調査 4
次の日、ウルペスさんとバルトさんとミーちゃんは大森林の調査に旅立った。朝早く、ユニコーンに乗って出発する三人を、近衛師団のみんなと一緒に見送る。
「行っちゃったね……」
「ええ」
だんだんと小さくなり、やがて見えなくなった背中。呟いた私の言葉に、先生が頷く。見ると、先生は三人が去った方をまだ見つめていた。
何を思っているのか、今の先生の表情からは窺い知れない。でも、ウルペスさんは先生の幼馴染だし、バルトさんだって付き合いは長いはず。そんな二人の旅立ちに、先生が何も思う所がない訳がないはずだ。そっと先生の手を取ると、先生がギュッと私の手を握り締めた。心なしか、いつもより手を握る力が強い。
「あの三人なら大丈夫。きっと、調査だって上手くいくよ!」
「ええ……」
「先生? あんまりしょんぼりしてると、ウルペスさんに言い付けちゃうよ? 先生、ウルペスさんがいなくて寂しがってるよって」
「それはやめて下さい」
「ど~しよっかなぁ」
にんまりと笑いながら、首に掛けてあった連絡用の護符を取り出し、手に持ってユラユラ揺らす。と、先生が私に手を伸ばした。護符を先生に取られないよう、ひょいっと引っ込めて、首に掛け直して服の中に入れれば完璧! 先生なら、私の服の中に手を突っ込んで護符を取ったりしない。そんな乱暴な事をしないのが先生だもん。
「アイリス……」
案の定、先生は困ったように眉を落とした。
「う~そ。言わないよ、絶対。だって、ウルペスさん、先生が心配で戻って来ちゃいそうだもん!」
笑いながらそう言うと、私達を見守っていた近衛師団のみんなが一斉に頷いた。と、先生が苦笑する。
「そうですね。いつまでもここでこうしていても仕方ありませんし、仕事、しましょうか?」
先生の言葉に頷く。やっと、先生がいつもの先生らしくなった。
「では、久しぶりに訓練にでも参加して来ますか。今日の訓練は……」
先生が近衛師団のみんなに向き直る。途端、みんなが一斉に青ざめた。そして、みんな揃って嫌々と首を横に振る。
「ああ。今日は全体訓練の日ですね!」
先生がポンと手を打つ。と~っても良い笑顔で。
「アイリスも、偶には訓練の見学しません?」
「ん!」
独りで勉強も寂しいし、見学して良いなら見学してみたい。だから、私は満面の笑みで頷いた。張り切る先生と手を繋ぎ、訓練場へと移動する。悲壮感漂う近衛師団を引き攣れて。
その日の夜、先生のお仕事部屋にお邪魔して、ウルペスさん達からの報告を待った。なんとなく、先生と一緒に聞きたかった。だから、先生にお願いしてみたら、あっさりと許可してくれた。
アオイのお世話が終わり、先生の仕事部屋にそのままお邪魔して、ソファで向かい合わせに座ってお茶をする。ローテーブルの上にはお茶菓子と、先生の連絡用の護符。先生は落ち着かないのか、チラチラと護符を見ていた。私と話をしていても、チラチラ、チラチラ、チラチラ。
「んもぉ。先生、少し落ち着きなよ? 護符、見すぎ!」
「すみません……。ただ、遅いな、と……」
「えぇ~。言う程遅くないよ。お部屋に戻って来て、まだそんなに経ってないよ。日によってはまだお仕事してる時間だし、もう少し経ってからじゃないの?」
「そう、ですよね……」
頷きつつ、先生がお茶を一口飲む。そして、護符をちらりと見た。先生がウルペスさんを心配する気持ち、分からない訳ではない。だから、私はこれ以上何も言うまい。そう心に決め、私はお茶菓子に手を伸ばした。
それから少しして、ローテーブルの上の護符が薄らと光りだした。それを見た先生が慌てて護符に手を伸ばす。そうして深呼吸。さっきまでの不安いっぱいの顔が嘘のように、先生はきりりとした顔を作った。
「はい」
『やっほ~。朝ぶり。こっちは元気だよぉ!』
護符からウルペスさんの声が聞こえる。私は席を立つと、先生の後ろに回り、護符を覗き込んだ。
『お~。アイリスちゃんもいるんだぁ。やっほ~!』
護符の向こうからウルペスさんが手を振る。そんな彼に、私も手を振り返した。
『ウルペス、さっさと報告しろ』
護符の向こうから、バルトさんの声が聞こえる。護符に姿は映ってないけど、すぐ近くにいるらしい。
『へ~い』
『返事ははい、だ』
『はい~』
『伸ばすな』
このやり取りも、いつもの二人。良かった。元気そう。先生もホッとした顔をしている。
『んじゃ、現在地から――』
ウルペスさんの報告を聞き終え、護符の映像を切った先生は、お仕事机へと向かった。私はソファに戻り、お茶の残りを飲む。と、先生が何かを手にソファに戻って来た。手にした物をローテーブルの上に広げる。これは……地図? 兄様の所で見た物よりも随分細かい地図だ。町や村、城壁だけじゃなく、道までもが書かれている。
先生は地図に日付のメモを貼り付けた。さっき報告された現在地が、メモを貼った町らしい。竜王城の隣町かぁ。順調に進んでるのかそうじゃないのか、私にはいまいち分からない。
「順調?」
私がそう尋ねると、先生が小さく笑いながら頷いた。そうか。順調なのか。良かったぁ。
こうして、毎日報告を聞いては地図を貼るを繰り返し、ウルペスさんとバルトさんとミーちゃんが旅立ってから十日が経ち、三人が久しぶりにお城に戻って来た。ミーちゃんの転移魔法を使って。
名目上は、竜王様への報告日。でも、竜王様は先生からの報告を聞いているから、改めて報告を聞く必要は無い。本当は、三人に定期的に休息を与える為のものらしい。
せっかくミーちゃんが一緒にいるんだから、住み慣れたお城に戻って来る日があっても良いんじゃないかって、そう提案してくれたのは竜王様らしい。竜王様のそういうところ、結構優しいと思う。流石は先生のお兄さん!
先生と手を繋ぎ、ウルペスさんのお店へと向かう。ウルペスさんは今日一日、お店にいるらしい。私室よりもお店が落ち着くんだとか。バルトさんはバルトさんで、今日一日、厩舎にいる予定。二人とも、お仕事好き過ぎ。でもまあ、私も二人と同じ立場だったら、研究室か病室かアオイの部屋かにいるだろうから、気持ち、分からないでもないんだ。
ウルペスさんのお店の前で足を止めた先生は、そっと扉を開いた。カランコロンというベルの音で、カウンター奥に座って本を読んでいたウルペスさんが顔を上げる。
「やほ~。おひさ~!」
パッと顔を輝かせ、手を振るウルペスさんはいつもと変わらない。言われなければ、旅に出てる人だなんて分からない。旅の疲れは、まだ出ていないみたいだ。
「旅はどうです?」
先生がカウンター前の椅子に腰を下ろしながら口を開く。私も先生に倣い、椅子に座った。そんな私達に、ウルペスさんがお茶を淹れてくれる。
「どうって言っても、まだ十日しか経ってないからねぇ。大森林に着くまでに、まだまだかかりそうだけど、順調っちゃ順調だよ」
「でも、旅って疲れるでしょ? ユニコーンに乗ってても。三人とも、無理してないよね?」
私がそう尋ねると、ウルペスさんが苦笑した。
「無理しなくちゃいけない程の、無茶な行程は組んでないよ。の~んびりした旅だから安心して」
「ん。なら良いんだ」
「遠征以外で旅に出たのなんて初めてだけど、悪くないよ、こういう生活。気に入っちゃったかもしれない」
ウルペスさんは頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに寄りかかった。そんな彼を、先生が何か言いたげな目で見つめている。
「調査終わったら、真っ直ぐお城に帰って来てよ?」
先生の代わりに、先生が言いたそうな事を口にする。と、ウルペスさんがカラカラと笑った。
「分かってるよ。やらなきゃいけない事もあるし、真っ直ぐ帰って来るよ、たぶん」
「たぶんって……」
先生が呆れたように溜め息を吐いた。私もやれやれと溜め息を吐く。何と言うか、ウルペスさんって、こう、どこかにすっ飛んで行っちゃいそうな、そんな危なっかしさがあるなぁ。ウルペスさんの旅、違う意味で心配になって来た。
「あ、そうだ。ラインヴァイス様、引っ越し、いつ頃になる? バルトさんが聞いておけって。荷物運びくらいだったら、戻って手伝うからって」
「っ! ウルペス!」
「え? ……あ! ご、ごめん……」
引っ越し? 引っ越しって……。先生とウルペスさん、二人の顔を見比べる。先生は気まずそうな顔をし、ウルペスさんはまずったとばかりに焦った顔をしていた。
引っ越し……。そうか。ついこの間、孤児院の改修は終わり、新しい建物も無事に完成した。いつでも寄宿舎をスタートさせられる。つまり、先生は、いつお城から緩衝地帯に引っ越してもおかしくないんだ……。
先生はきっと、私に引っ越しの直前まで引っ越すって言わないつもりだったんだ。私に悟られないよう、少しずつ引っ越しの準備をしているのかもしれない。ギュっと両手を握り締める。
「あ、あのね、先生。私、荷物の片付け、手伝うから……」
「ええ。ありがとうございます……」
「ん……」
こうして私達は、言葉少なに先生のお仕事部屋に戻った。引っ越しの事を黙っていたのは、先生なりの思いやり。それは分かってるのに、何だか悶々としてしまった。
ウルペスさんもバルトさんも、先生の引っ越しの事は知っていた。ブロイエさんが知らないはずはないし、ローザさんだって竜王様だってアオイだって分かっていたはず。近衛師団のみんなも。なのに、誰も何も言ってくれなかった。
そりゃ、先生と離れるのは寂しいけど、引っ越さないでなんて駄々をこねたりしない。私だって、いつまでも聞き分けのない子どもじゃないんだから。なのに……。なのに……!




