調査 1
長かった冬が終わり、春を迎えると、ウルペスさんとバルトさん、ミーちゃんの三人は大森林の調査に出かける事になった。竜王城から大森林まで、移動で一月程。大森林の夏は短いから、正味二月程しか調査出来ないらしい。そう簡単に城壁の穴は見つからないだろうから、来年も同じメンバーで調査予定とはブロイエさん談。ウルペスさんもバルトさんもミーちゃんも大変だなぁとは思うけど、これもホムンクルスの研究を進める為だ。頑張れ~。
昨日は上級騎士団員をはじめとしたお城の人達で、調査に出る三人の壮行会をした。今日は私達内輪の壮行会。秘密の研究室に集まった私と先生、ウルペスさん、バルトさん、ミーちゃん、ブロイエさんの六人で乾杯をする。
私の飲み物はジュース。ミーちゃんはスイギュウの乳。それ以外の人達はお酒。おつまみはそれぞれが持ち寄った軽食だったり乾物だったりお茶菓子だったり。テーブルの上は全く統一性が無い。甘い物としょっぱい物が乱雑に置かれている。けど、こういう雰囲気、嫌いじゃない。
干し肉を齧りながらジュースをちびちび飲む。いつもはついつい甘い物を選んじゃうけど、今日の私はちょっと違う。大人になった気分。くふふ。
「あんれぇ? アイリスちゃんってば、お菓子じゃないのぉ?」
赤い顔のウルペスさんがニヤニヤしている。乾杯してからあんまり経ってないのに、ウルペスさんってば、もう酔っ払ってるみたい。お酒、あんまり強くないのかな?
「ほらほら。アイリスに絡まない。こっち来てなさい」
ブロイエさんが、そんなウルペスさんを引っ張って行く。なまじお酒に強いだけに、こういう時、酔っ払いのお世話役をする羽目になるのがブロイエさんだ。昨日の壮行会も、酔っ払いの相手をしつつ、酔いつぶれた人をお部屋に送ってあげてたりしてた。
「アイリスは飲まないのか?」
ぼ~っとブロイエさんを眺めていると、バルトさんが話しかけてきた。手には酒瓶を持ち、至極真面目な顔をしている。私は手の中のグラスを掲げた。
「飲んでるよ? これ、二杯目」
「ジュースだろう、それは。酒、飲まないのか?」
「飲まないよ。だって、まだお子様だもん」
こういう時、お子様は楽だ。昨日の壮行会もそうだったけど、子どもだって言っておけば無理にお酒を勧められる事はないもん。アオイもローザさんも、昨日は断るの、大変そうだった。まあ、自分で自分を子どもだって言うの、抵抗はあるけど。無理にお酒を飲まされるよりは幾分マシだ。
「子どもでも大丈夫だ。子どもだから酒を飲んだらいけないなどという決まりはない」
「大丈夫じゃないよ。お酒なんて、一回も飲んだ事ないし……」
「じゃあ、飲んでみろ」
そう言って、バルトさんがずいっとお酒入りのグラスを差し出した。もしかして、バルトさんってば、全然顔に出てないけど酔ってる……? 普段なら、私にお酒を勧めるなんて絶対にしないもん。どっちかって言うと、私がお酒を飲もうとしたら止める人だ。
「ええっと……」
困った。どうしたら良いんだろう? やんわり断っても突っぱねられちゃったし……。思わず、先生に目で助けを求める。と、それに気が付いた先生がこちらに寄り、バルトさんの手の中のグラスを取った。
「僕が代わりに頂きます」
そう言って、にっこり笑った先生が一気にグラスの中身を煽る。すると、バルトさんが満足げに笑った。と思ったら、空になった先生のグラスに並々とお酒を入れた。再び、先生が一気にそれを飲む。またバルトさんがお酒を注ぐ。先生が飲む。注ぐ。飲む。注ぐ。飲む。そうしてバルトさんが手にしていた酒瓶が空になった。それに気が付いたバルトさんがお酒の置いてあるテーブルに向かう。そして、新しいお酒の瓶を手にすると、今度はブロイエさんの元に向かった。
「先生、お酒、強いんだね」
「まあ……。ドラゴン族自体、酒に強いのでしょうね。兄上も叔父上も強いですし」
「そっか。普段からお酒、飲んでるの?」
「殆ど飲みませんよ。こういう時くらいです」
そう言って先生が苦笑した。そっか。先生にとって、お酒を飲む日は特別な日なんだ。知らなかった。あれ? でも……。
「アオイのお披露目の時、飲んでなかったよね?」
「ええ。飲んでいませんよ。何故です?」
「ん~。先生にとって、お酒を飲む日は特別な日なのかなぁって思ったんだけど……。アオイのお披露目の日だって特別でしょ?」
「あの時は、余興がありましたから。それに、貴女もいましたし」
「私?」
私がいると、お酒が飲めないの? でも、今は? ん~……。腕を組み、頭を捻る。そんな私を見て、先生がくすりと笑った。
「他の男から、貴女を守るという使命がありましたから」
先生が耳元でそう囁く。私の顔に熱が集中した。先生の発言は嬉しい。けど、恥ずかしいぃ~!
「あぁ~! アイリスちゃんにいかがわしい事してる人がいるぅ!」
ウルペスさんの声が狭い室内に響き渡る。見ると、彼はケタケタと笑いながらこちらを指差していた。
「ちょっと! うちの子に何するの!」
眉を吊り上げたブロイエさんが足早にこちらにやって来る。そして、私の肩を掴んで引き寄せた。と、先生の眉間に皺が寄る。
「彼女は僕の婚約者ですから! 問題無いはずです!」
先生が私の腕を掴み、ぐいっと引っ張った。あ~れぇ~! そのまま、先生の腕の中に確保されてしまう。
「まだ結婚してないから駄目! 結婚するまではうちの子なの!」
今度はブロイエさんが私の腕を掴み、引っ張った。ブロイエさんの腕の中に確保されてた私を見て、先生の顔が険しさを増す。
それにしても、二人とも、何でこんなムキになって……。ああ、そっか。顔に出てないだけで、ある程度、お酒は回ってるんだ。さっきのバルトさんもそうだけど、顔に出ない人って、酔ってるんだか酔ってないんだかよく分からないから困るなぁ。ウルペスさんくらい顔と態度に出ると分かりやすいのに……。先生とブロイエさんの間を行ったり来たりしながら、私はぼ~っとそんな事を考えていた。
しばらくそうして二人の間を行ったり来たりしていたけど、疲れた。これ、いつまで続くんだろう……。
「もう止めてよぉ。疲れたよぉ」
「うちの子なの!」
「婚約者です!」
「ね~え~。止めてってばぁ」
「うちの子!」
「婚約者!」
「んもぉ! 止めてって言ってるでしょぉ!」
我慢の限界。私が叫ぶと、先生もブロイエさんもぴたりと動きを止めた。
「怒られてやんのぉ!」
ウルペスさんがこちらを指差し、ケタケタ笑う。バルトさんも苦笑い。
「取り合いっこみたいな事しないでよ! どっちか一方を選ぶなんて出来ないんだから!」
「え~。僕を選んでくれないの……?」
「結婚の約束、したのに……」
ブロイエさんと先生が、二人揃ってガックリと項垂れた。
「んもぉ。ブロイエさんはお父さん代わりだし、先生は、こ、ここ、婚約者だし……。どっちかなんて選べないでしょ?」
「二人とも選びたい、じゃないのぉ?」
ウルペスさんが茶々を入れてくる。そんな彼をじろりと睨むと、またケタケタと笑い出した。何がそんなに面白いんだか……。
「とにかく、もう引っ張らないで!」
『はい……』
先生とブロイエさん、二人揃って返事をする。項垂れたままで。何か、私がお説教したみたいになってるけど……。解せない。
「二人とも、そんな顔しないでよ……。今日はウルペスさんとバルトさんとミーちゃんの壮行会なんだから、三人が調査頑張れるように、楽しく過ごそう?」
「掛け合い、もっと見た~い! そしたら、俺ら、調査頑張れる~!」
ウルペスさんがケタケタ笑いながらそう言うと、バルトさんが深く頷いた。彼の足元では、ミーちゃんまでもが頷いている。えぇ~。
「三人とも、私達、芸人じゃないよ?」
「え? これから芸で食べてくんじゃないの?」
ウルペスさんが「ねぇ?」とバルトさんへ向くと、バルトさんも頷いた。真顔で。
「そんな浮き沈みの激しい職に就く気はありませんよ、僕は。アイリスがいますので。僕には、アイリスを幸せにする義務があります」
先生が真顔で答え、私の肩を抱く。再び私の顔に熱が集中した。先生が……。先生が何か変! こんな先生、初めて見た。いつもは、肩抱くなんてしないのに。手、繋ぐくらいなのに! それに、今みたいな発言、絶対にしない! アワアワと慌てる私を余所に、先生は「言ってやったぞ」くらいの得意げな顔をしていた。
これは、先生の本音? 普段は飲まないお酒を飲んで、ちょっと気が大きくなっているのか何なのか。ドヤ顔でこんな事を言う先生、なかなか見られないとは思う。けど! 恥ずかしい! 私、物凄く恥ずかしいよ、先生!
他のみんなもこんな先生はなかなか見られないと思ったのか、この後、私と先生は冷やかされ続けた。私は恥ずかしすぎてお部屋に帰りたくなったのに、先生がそれを許してくれなかった。先生に捕獲されたまま、先生の惚気を聞く羽目に……。何故、こんな事に……!
もう、恥ずかしすぎて死にそうだった。だから、私は一つ、心に決めた。先生には、絶対、今後一切、お酒なんて飲ませない! お酒飲んだら、先生とは絶交だ!




