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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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子ども 1

 冬真っ盛りのある日、フランソワーズとノイモーントさんとの間に男の子が誕生した。緩衝地帯が出来て初めて誕生した赤ちゃんだ。お城の中は、しばらくの間、その明るい話題で持ち切りだった。


 冬は、明るい話題なんて乏しい時期だ。やれ、どこそこで雪崩が起きた、どこそこで食料が足りていないなどなど、どちらかというと暗い話題ばかり。だから、こういう明るい話題があると、そればかりになるのは仕方ない。それは分かっている。けど、人が食堂でごはんを食べている時にまで、「もう見に行った?」とか、わざわざ聞きに来ないで欲しい。見れば分かるでしょ! 今年は雪が多いから、アオイを連れて緩衝地帯に行けない事くらい!


 私と先生だけなら、ユニコーンで緩衝地帯を行き来するなんてわけない。けど、アオイはユニコーンに乗れない。乗る練習をしていない。だから、必然的にお留守番になってしまう。太腿あたりまである雪を掻き分けて緩衝地帯に行けるほど、アオイは常人離れしていない。雪かきするのも大変だし、「すきい」か「そり」でも作ろうかなとか何とかアオイは言っていたけど、それらが何なのか誰も分からなかったから、一応止めた。そんな無理して行かなくても、あと一月もすれば緩衝地帯に行けるようになるからって。


 アオイを置いて、私達だけで赤ちゃんを見せてもらいに行くなんて出来ないから、私達もアオイと共にお城に缶詰だ。だって、後が怖いもん。私も先生も、今、とっても忙しいって事にしてあるから、アオイも無理に緩衝地帯に行こうとはしていない。今のところは、だけど。一月経っても雪が大量に残ってたら、どう誤魔化そうか……。


「アイリス?」


 呼ばれて顔を上げると、正面の席に座っている先生が怪訝そうに私を見つめていた。いけないけない。考え事をしてて、食べる手が止まってた。慌てて、お皿の上のお肉の欠片を口に運ぶ。


「食欲が無いのですか? 体調が悪いのなら、早めに――」


「違うよ。ちょっと考え事してたの」


「考え事?」


「そう。フランソワーズとノイモーントさんの赤ちゃん……ええっと……」


「ノルトリヒト?」


「そうそう。その子に会いに行くの、アオイに我慢させてるでしょ?」


「今年は何時に無く雪が多いですからね……」


「ん。それでね、あと一月くらいで、歩いて緩衝地帯に行けるようにならなかったらどうしようかなぁって考えてたの。アオイ、我慢出来なくなりそうでしょ?」


 私がそう言うと、先生がくすりと笑った。そんな先生に首を傾げてみせる。


「先生?」


「いえ。アオイ様もアイリスも、ある事を忘れているな、と」


「ある事って? 重要な事?」


「重要かそうでないかは分かりませんが、思い出したら、少なくともアイリスの懸念は晴れるでしょうね」


 ん~? 何だろう? 私、何を忘れてるんだろう? 腕を組み、頭を捻る。でも、考えても分からない。


「先生、分かんないよぉ!」


「ヒントその一。最近、アオイ様に構ってもらえず、へそを曲げているように思います」


 へそを曲げる? お城の中で、アオイと交流がある人……? でも、構うって何だ、構うって……。


「ヒントその二。ここによく来ています。アオイ様に構ってもらえなくなってからは特に」


 ここって、食堂? そりゃ、ごはん食べに来るだろうしぃ……。


「ヒントその三。今もいます」


 今? ぐるりと周囲を見回す。夕ごはんを食べるには少し早い時間帯だからか、食堂の中の人はまばらだ。その中に、見慣れた後ろ姿。輝くような金髪と長い耳。バルトさん発見! そして、バルトさんの膝の辺り、ユラユラ揺れる白い尻尾が見える。ミーちゃんは、今日もバルトさんと一緒らしい。本格的に、ミーちゃんはアオイのねこじゃなくなって――。……ん? あぁ~!


「分かった! ミーちゃん!」


「ええ。彼女ならば、転移で緩衝地帯に行く事も可能でしょう?」


「すっかり忘れてた……」


 確かに、ミーちゃんに緩衝地帯に連れて行ってもらえば、雪なんて関係ない。アオイが無茶したらどうしようかと思ってたけど、確かに、先生の言う通り、私の懸念は晴れた。納得しかけたところで、ふと、疑問が湧く。


「ねえ、先生? 何でアオイに教えてあげないの?」


「彼女の転移を使うと、十中八九、僕は城に置いて行かれるので。護衛として、それは不味いでしょう?」


 ああ、そうだった。ミーちゃんと先生って仲が悪い、と言うか、ミーちゃんが一方的に先生を嫌ってるんだった。ミーちゃんの転移を使うと、先生だけ置いてけぼりだ。


「それにしても、何でミーちゃんって、先生にだけ冷たいんだろうね?」


「さぁ……? 嫌われるような事をした覚えは無いのですが……」


「聞いてみよっか? 丁度、バルトさんと一緒だし!」


 がたりと椅子から立ち上がり、ごはんの乗ったトレーを持って移動する。先生も慌てて立ち上がり、私の後を追って来た。


「バ~ルトさん! 一緒にごはん食べよ?」


 そう言って、返事を聞く前にバルトさんの正面の席に着く。バルトさんは食べる手を止め、ぽかんとした顔でそんな私を見た。ミーちゃんは私に気が付かない。ごはんに夢中だ。


「すみません、バルト。お邪魔させて下さい」


 そう言って、先生も私の隣の席に着く。と、バルトさんの表情が怪訝なものに変わった。


「あの……?」


「あのね、ちょっとミーちゃんに聞きたい事があるの! だから、一緒にごはん食べさせて?」


「ミーに? まあ、俺は構わないが……」


 頷いたバルトさんがごはんを再開させた。私もごはんを食べつつ、ミーちゃんが食べ終わるのを待つ。ごはんに夢中になって、先生がすぐ近くにいるのに威嚇しないミーちゃんに、今は何を聞いても無駄だろうから。


 しばらくそうしてごはんを食べていると、ミーちゃんのお皿が空になった。口の周りを舐めつつ、満足そうに目を細めながら顔を上げたミーちゃんの尻尾がボンと膨らんだ。驚愕に目が真ん丸になっている。きっと、今のミーちゃんの心境は「いつの間に!」だろう。当然、その視線の先には、私じゃなくて先生がいる。


 全身の毛を逆立て、牙を剥き出しにしたミーちゃんが先生を威嚇しだした。先生はそんなミーちゃんにお構いなし。マイペースにごはんを食べ続けている。


「ミーちゃん?」


 私が呼ぶと、ミーちゃんがこちらを向いた。牙を剥き出しにした威嚇顔のままで。そして、ピシリと凍り付く。固まる事しばし。バツが悪そうに私から視線を逸らしたミーちゃんが、誤魔化すように前足を舐めて顔を洗い始めた。


「ねーねー、ミーちゃん? 聞いても良い?」


「あにゃ?」


 顔を寄せてミーちゃんを呼ぶと、ミーちゃんが可愛らしく小首を傾げた。さっきまでの迫力が嘘のよう。


「どうしてミーちゃんは先生に冷たいの? 何か理由があるんでしょ? 教えて?」


 私がそう尋ねると、ミーちゃんがあっちを見たりこっちを見たり、下を向いたり上を向いたりした。たぶん、視線を彷徨わせてるんだと思う。獣姿だと視線だけを向けるのは難しいのか、顔ごと動いてしまってる。そうして最後に、ミーちゃんはバルトさんを見上げた。


「俺は、一度、きちんと話した方が良いと思うが?」


「うにゃぁ……」


 バルトさんの言葉に、ミーちゃんは前足を口元に当てた。考え込んでいるんだと思う。理由を話そうかどうしようか。


「あにゃ! にゃにゃにゃ!」


「よし。話す。だそうだ」


 器用に後ろ足だけで立ち上がったミーちゃんが、先生を前足でビシッと指差す。通訳は勿論、バルトさん。今日も無表情にミーちゃんの言葉を訳してくれる。


「あにゃにゃにゃにゃにゃっにゃんにゃ! にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃい!」


「私と被ってるんだ。だから気に入らない。だそうだ」


 バルトさんの訳に首を傾げる。被るって? どういう事? 先生も不思議そうに首を傾げていた。


「あの、被っている、とは……?」


 遠慮がちに先生が口を開く。と、ミーちゃんが後ろ足で地団太を踏んだ。


「にゃにゃいにゃにゃ、にゃんにゃにゃにゃにゃ!」


「白い毛と金色の目」


「にゃにゃっにゃにゃん! にゃにゃにゃにゃにゃい!」


「被ってる。気に入らない。だそうです」


 テーブルに仰向けになったミーちゃんが、前後の足をバタバタさせた。まるで小さい子が駄々をこねるように。


 ええっと……。ミーちゃん的には、先生と見た目が似てるから気に入らない、と? え~! そんな事で嫌ってたの? 何と言うか、大人気ないよ、ミーちゃんってば。


「瞳の色も髪の色も、私にはどうする事も出来ないのですが……」


 流石の先生も困惑気味。頬をポリポリ掻きながら口を開いた。と、ミーちゃんががばりと起き上り、地団太を踏む。


「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃい!」


「毛、染めれば良い」


「にゃにゃにゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」


「白だから、よく色が入るでしょ。だそうです」


 ミーちゃん……。流石にそれはわがまま過ぎるよ……。


「ええと……。貴女が毛を染めるというのは――」


「にゃんにゃにゃにゃにゃにゃ!」


「何で私が。だそうです」


 先生が言い終わらないうち、ミーちゃんが叫んだ。それを無表情でバルトさんが訳す。もうね、乾いた笑いしか出て来ない。


 ミーちゃんが先生を嫌う理由、もっと、こう、まともなものだと思ってたのに……。私は空の食器が乗ったトレーを手に、脱力しながら立ち上がった。先生もちょっと疲れた顔で立ち上がる。そんな私達を、バルトさんが無表情で見つめていた。


「……良かったのか、ミー?」


 私達が彼らに背を向けた時、バルトさんがそう呟いたように聞こえた。けど、先生には聞こえていなかったみたい。だから、たぶん、私の気のせいだったんだろう。

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