デート 3
ウルペスさんのお店に着くと、先生とカウンター前の椅子にお隣同士に座る。お店の奥へ一度姿を消したウルペスさんは、ホカホカと湯気の上がるティーカップが乗ったお盆を手に、すぐに戻って来た。いつだったか、ここで飲んだお花のお香りがするお茶だ。そして、お茶請けにと、ウルペスさんがカウンターの下からスミレの砂糖漬けと薔薇の砂糖漬けのビンを取り出し、小皿に取り分けてくれた。
お茶を啜り、試しにと、スミレの砂糖漬けを一つ口に入れる。……不思議な味。不味くはないと思うし、お口の中がお花畑みたいでちょっと面白い。どれ、薔薇の方は、と。おお。お花畑感がより一層強くなった!
「アイリス」
先生に呼ばれ、顔を上げる。すると、先生が包みを差し出した。さっきの魔道具屋さんで買った物だろう。包みを受け取り、今度は私が包みを差し出す。そうして、先生にもらった包みをいそいそと開け、中身を見た。
包みの中身は小花のブーケの髪飾り。色は控えめな、くすんだ銅色。可愛らしい感じの髪飾りだ。せっかくだし、明日からはこれ付けよっと!
「ありがと、先生!」
「こちらこそ。この髪紐、大切にします」
「ん! あのね、明日から、先生の髪、それで私が結って良い?」
「是非」
頷いた先生がはにかんだ笑みを浮かべる。そんな先生に私も笑みを返した。
「ところでさぁ」
カウンターの奥の席でお茶を一口啜ったウルペスさんが口を開く。と、先生が小首を傾げた。
「はい? 何でしょう?」
「二人って、いつ結婚するの? そういう具体的な話、したの?」
具体的な話……。そういえば、そういう話、全然してなかった。思わず、先生と顔を見合わせる。
「その様子だと、全然してなかったみたいだね……」
「ええ、まあ……」
「でも! 結婚するんだもん! ねえ、先生?」
私が問うと、先生がこちらを向いてにこりと笑って頷いた。具体的な話をしていなくても、これだけは決定事項なんだもん。私も先生に笑みを返す。と、ウルペスさんが盛大に溜め息を吐いた。
「あのね、アイリスちゃん。ラインヴァイス様って変に気が長いと言うか、のんびりしたところがあるから、気が付いたらアイリスちゃんがおばあちゃんになってる、な~んて事もあるかもよ?」
「え……」
それは困る。おばあちゃんになったら、先生と結婚出来なくなってしまう!
「具体的な時期、決めておいた方が良いよ、きっと」
「分かった! 先生、いつ結婚しようか?」
「あの……それは……その……。そ、そもそも、貴女は未だ、婚姻の意味も分かっていない訳ですし、そんな、急がずとも……」
「意味って?」
「それは……。あの……ローザ様に聞いて下さい……」
最後の方は消え入りそうな声で先生が言う。見ると、先生の頬が薄らと赤くなり、目が泳いでいた。私、そんな、先生が照れるような事を聞いただろうか? うむむ……。
「ま、まあ、意味とかはとりあえず脇に置いといて」
ウルペスさんが両手を脇に避ける仕草をする。ウルペスさんも意味、教えてくれないらしい。これは今晩あたりにでも、ローザさんに聞かなければ! 私だけ知らないのは、何だか悔しいもん。
「目安というか、目標というか、そういう時期を決めておいた方が絶対良いって!」
「いやに押しますね?」
「そりゃそうだよ! この間、こっちがどれだけヒヤヒヤイライラしたと思ってるの? あんなの、二度とごめんだからね!」
「それは……すみませんでした……」
「素直でよろしい」
頭を下げた先生に、ウルペスさんが腕を組み、うんうんと尊大に頷く。付き合いが長い二人だからこそのやり取りだ。羨まし――くなんてないもん! 先生と結婚するの、私だもん! 先生は私の旦那様になるんだもん! 先生と一番仲良しなのは私なんだもん!
「せんせぇ! いつ結婚するのぉ?」
先生の腕を掴み、ユサユサと揺する。すると、先生だけじゃなく、ウルペスさんまでもが苦笑した。
「ほらぁ。せんせーがはっきりしないから」
「そうは言っても……。僕が一方的に決めるのも違う気がしますし、アイリスが婚姻の意味を理解出来てから相談――」
「じゃあ、意味教えて! そしたら、今、相談出来るよ!」
期待を込めて先生を見つめると、先生が視線を彷徨わせた。教えようかどうしようか迷っているというよりは、どう断ろうか考えてる感じ?
「それは……僕には荷が重すぎます……」
先生が出した答えがこれ。私は頬を目一杯膨らませた。
「まあ、俺も、ラインヴァイス様の気持ちも分からなくはないんだよねぇ……」
ウルペスさんが腕を組み、う~んと頭を捻る。ややあって、思い付いたとばかりにポンと手を打った。
「じゃあさ、二人で一つずつ条件出せば? そうしたら、ラインヴァイス様が一方的に決めた訳じゃ無くなるじゃない?」
「条件って? 例えば?」
小首を傾げて問う。すると、ウルペスさんがニッと笑いながら、人差し指を立てた。
「アイリスちゃんの場合なら、治癒術師になれたら、とか?」
ほうほう。治癒術師になれたら、先生と結婚かぁ。私も先生も、今より大人になってて――。お披露目はどこが良いかなぁ? お城? でも、アオイの時みたいな盛大なのは嫌だな。お世話になった人達だけの、内輪のパーティー的なものを開いてぇ……。それで、ドレス着て、目一杯お洒落してぇ……。アオイのお披露目の時みたいな、真っ白いドレス、良いなぁ。やっぱり、先生のお隣に並ぶなら、真っ白が良いと思う。それで、お披露目の当日は、私が先生の髪を結ってあげて、先生が私の髪を結ってくれてぇ……。
「お~い。アイリスちゃん、戻っておいで~」
「はっ!」
危ない、危ない。妄想の世界に浸っていた。ウルペスさんが声を掛けてくれなかったら、延々と妄想し続ける所だった……。
「とまあ、こういう条件を一つずつ出し合って、二つの条件を満たしたら晴れて結婚、みたいな?」
「ん! 分かった!」
条件かぁ。どうしようかなぁ? 大人になったら、とか? でも、大人になるって何だ? 何をもって大人になったって言えるんだろう? やっぱり年齢?
「では、僕の条件から。アイリスが十六歳になったら、で良いでしょうか?」
「何で十六歳?」
小首を傾げる。ウルペスさんも不思議そうな顔をしていた。十六歳って、凄く中途半端だと思う。十五歳とか二十歳とかのキリの良い歳じゃなくて、何故十六歳……?
「ヴォルフの奥方、ミーナさんの婚姻年齢です」
「あ、そっか!」
思い当たり、ポンと手を打った。言われてみれば、ミーナって、十六歳でヴォルフさんと結婚してた。ミーナの結婚年齢を最低年齢って考えて十六歳。なるほど、なるほど。
「考えたね、ラインヴァイス様。前例があれば、変な噂が立つ心配は無いもんねぇ?」
「ウルペス。余計な事は言わないように」
「へ~い」
二人のやり取りを聞きつつ、私は腕を組んで頭を捻った。年齢は先生に取られてしまった。となると、やっぱり、私は治癒術師になれたらって条件かなぁ?
「私が治癒術師になれるのって、あと何年くらい掛かるかなぁ?」
「本来の意味での治癒術師ですと、あと十年は掛かるでしょうね」
先生の答えに、私はギョッと目を剥いた。じゅ、十年! ウルペスさんも頷いているところを見ると、それが妥当なんだと思う。けど、そんなに掛かるなんて思ってなかった!
「でもでも! 私、次から上級の術、習うんだよ!」
「ええ。しかし、回復系の大半を後回しにしている事を忘れていますよ。治癒系、回復系、どちらも精通していてこその治癒術師でしょう?」
「じゃあ、私、先生の目を治す最高位の術を使えるようになっても、治癒術師じゃないの? 最高位魔術まで使えても、治癒術師を名乗ったら駄目?」
「それは……。治癒系特化の治癒術師という事になるのでしょうか……? そういった治癒術師も、いそうではありますね……」
「って事は、治癒術師、名乗っても良いのかなぁ?」
「どうでしょうかねぇ」
先生と二人、腕を組み、う~んと頭を捻る。
「だあぁぁ! 治癒術師かそうじゃないかは、今は重要じゃないでしょ! 条件! 結婚の条件!」
カウンターをひっくり返しそうな勢いでウルペスさんが叫ぶ。すっかり話が逸れていた。危ない、危ない。
「先生の目、治すまでだったら、あとどれくらい掛かる?」
「そうですねぇ……。五年前後といった所だと思いますよ」
五年……。私がお城に来て、今、四年目で、私はもうすぐ十二歳。十二足す五で十七。先生の目を治す頃、私、十七歳前後かぁ……。先生の出した条件は、私が十六歳になったらだったし、この条件なら丁度良いかもしれない。うん。決めた!
「じゃあ、私の条件は、私が先生の目を治したら。そうしたら結婚しようね、先生!」
私がそう言うと、先生が目を見張った。でも、すぐに嬉しそうに笑って頷いてくれる。そんな先生に、私も笑って頷き返した。




