デート 2
「あれぇ? じいさんは?」
カウンターに店主のお爺さんがいない事に気が付いたウルペスさんが辺りをキョロキョロ見回す。と、先生が何気ない仕草でスッと髪飾りを棚に戻した。
「裏の倉庫に行っているだけなので、すぐに戻って来るかと思いますよ」
「そっかぁ。にしても、二人揃って何して――。あ。そっか。俺、お邪魔か!」
ポンと手を打ったウルペスさんが、くるりと踵を返す。ああ、行かないで! ウルペスさん!
「邪魔じゃない! 全然邪魔じゃないよ! ね? 先生?」
「え? ええ……」
おっと。先生がちょっぴり不満そう。髪飾り選びを邪魔されるのがお気に召さないらしい。足を止め、振り返ったウルペスさんが、そんな先生を見て苦笑した。ウルペスさんは先生と付き合いが長いからね。不満そうなの、すぐに分かるよね。でもでも! ウルペスさんがいなくなったら、また先生が髪飾り選びを始めてしまう。それだけは阻止だ、阻止!
「ウルペスさん、魔道具買いに来たの?」
「いんや。親父の魔道具、修理に出そうと思って」
「壊れちゃったの?」
「うん。使わないからって放っておいたからさ」
そう言って、ウルペスさんが懐から魔道具を取り出して見せてくれた。兄様の魔道具みたいにわざとくすませているんじゃなくて、経年でくすんだと分かる銀色の魔道具は、かなり古い物だと一目で分かった。でも、これはこれで味があって良いと思う。
「大森林の調査に持って行こうと思って出してみたは良いけど、止まってたんだよねぇ」
ウルペスさんがはははと笑う。そんな彼を見て、先生が呆れたように小さく溜め息を吐いた。
「お父上の形見を粗末に扱って……」
「いやぁ。でも、まさか、止まるとはねぇ」
「駆動系、全て取り替えでしょうね……」
「あは。やっぱり?」
ほうほう。時を知らせる魔道具は、一度止まると駆動系を全部取り替えないといけないのか。
「時を知らせる魔道具って、放っておいたら止まっちゃうの?」
私がそう尋ねると、先生もウルペスさんも驚いた顔で私を見た。そして、二人揃ってポンと手を打つ。
「そう言えば、扱い方と見方、未だ教えていませんでしたね。教えなければと思っていたのですが、すっかり失念していました」
「初めて魔道具持つんだもんね。日頃のお手入れとかも知らないよね。お手入れ道具一式、買った方が良いよ?」
「ん! 分かった!」
先生からもらった大事な魔道具だから、簡単に止まってしまっては困る。ここはウルペスさんの助言通り、お手入れ道具も買っておこう。お爺さんが戻って来たら、お手入れ道具も出してもらわないと!
と、丁度その時、お爺さんが帰って来た。手に二つの小箱を持って。おお! 色違いの魔道具、二つもあったんだ! どんな色のかな? ワクワクしながらカウンターに駆け寄る。すると、お爺さんがニコニコしながら小箱のふたを取った。
二つの魔道具は、どちらも銀色だった。でも、色合いが微妙に違う。一つは兄様の魔道具みたいに、溝が黒くくすんだ細工が施されていて、もう一つは白銀色。
ふむ……。こうして見ると、色違いも悪く無いなぁ。色によって雰囲気が全然違うから、パッと見た感じは同じデザインのを持っているようには見えない。けど、よく見ると実は同じデザインとか。何かとってもお洒落な気がする!
先生が持つなら白銀色の方が似合いそうだな……。くすんだ銀色は、兄様と被るし……。うん。決めた!
「これ下さい!」
ずいっと白銀色の魔道具を押す。そうしてお会計。先生用の魔道具が金貨十枚、お手入れ道具が金貨一枚で、魔道具の修繕が金貨一枚。修繕費は先生が出すって言ってくれたけど、お断りした。だって、魔道具はもう私のだから。私が責任持って修繕して、大切に使わないといけないって思ったから。
お会計、金貨十二枚。それを全部、銀貨と銅貨で支払った。だから、お爺さん、お金を数えるのがちょっと大変そうだった。でも、仕方ない。私、金貨なんて持ってないんだもん。お小遣いはいつも銀貨だし、お買い物をした時のおつりは銅貨だし、それを貯めた先生貯金に金貨なんて入っている訳が無い。
色違いの魔道具を先生に渡すと、先生がはにかみながらそれを受け取った。そんな私達を、ウルペスさんとお爺さんがニヤニヤしながら見ている。「お熱いですねぇ」って二人の顔に書いてある。んもぉ! 見世物じゃないよ! 見物料取るよ!
「あの、アイリス? やはり、何かお礼をさせて下さい」
ソワソワしたように、先生が店内をチラチラ見る。もらってばかりだと落ち着かないってさっき言ってたけど、本当に落ち着かないみたい。参った……。
「おねだりしちゃいなよ、アイリスちゃん。せっかく何か買ってくれるって言ってるんだから。高~いの、買ってもらいな?」
ニヤニヤ顔のウルペスさんが口を開く。う~。ウルペスさんまで……。
「でもね、今日買った魔道具は、私がもらった魔道具のお礼なんだよ?」
「じゃあ、アイリスちゃんも、もう一個何か買ってあげれば? それとも、もうお小遣い無い?」
「ん~ん。あと金貨十枚はあるかなぁ?」
色違いの魔道具にしたから、予算は半分くらい残った。先生に何か買ってあげるくらいは十分残っている。魔道具を特注していたら、きっと、ほとんど残ってなかっただろうから、もう一個何か買ってあげるのは構わないけど……。
「んじゃ、一つずつ何か買って、贈り合いっこしてチャラ。これでどうよ?」
「そうしましょう」
言うが早いか、先生が身を翻し、お店の奥へ行ってしまった。そんな先生とウルペスさんを見比べる。すると、ウルペスさんが眉を下げながら私の前にしゃがみ込んだ。
「ごめんね、勝手に決めちゃって」
「ん~ん。いいよ。先生貯金、まだ残ってるから」
「そう言ってもらえると助かるわ。俺ら魔人族ってさ、贈り物で相手の気を引いてないと落ち着かないんだ。そうしないと、いつか、好きな人が離れていっちゃうんじゃないかって、気が気じゃ無くなっちゃうんだよねぇ……」
「そうなの?」
「そうなの。本能的なものだから、こればっかりは治せなくって……。ラインヴァイス様がくれるって物は、なるべく受け取ってあげて? そうしたら安心するだろうから。お礼は、アイリスちゃんの気が向いた時――お小遣いに余裕がある時にでも、何か買ってあげてよ? 今日みたいに」
「ん。分かった」
「じゃあ、ラインヴァイス様に贈る物、一緒に選ぼっか?」
「ん!」
立ち上がったウルペスさんと共に、私もお店の奥へと向かった。一つ一つ棚を見て回る。ん~。マントの留め具かぁ。先生が今使ってるのの方が、先生に似合ってるなぁ。ん~。こっちはベルトのバックルかぁ。これも何か違うしぃ……。おや? 変な玉、発見。穴の開いた丸い玉に、彫金が施されているけど、これ、何に使うんだ?
「ねーねー、ウルペスさん。これ、何?」
「え~? ああ、これ、ビーズじゃない? だいぶデカいけど」
「ビーズかぁ」
ビーズをあげてもなぁ。流石に、先生、ガッカリするだろうなぁ。でも、何か気になるな、これ。一つ摘まんで掌に乗せて見る。私の小指の先くらいの大きさがあるけど、何に使えるんだろう? う~ん……。
「何? 気に入ったの? って! 何、この値段!」
ウルペスさんが驚いたように声を上げた。私も値札を確認し、唖然とする。一粒、金貨三枚。えぇ~!
「こんなのが金貨三枚とか! ぼったくりじゃん! じーさん。じーさん!」
ウルペスさんが店主のお爺さんを呼ぶ。と、お爺さんがカウンターから出て、こちらに歩いて来た。
「そんな大きな声で呼ばずとも、ちゃんと聞こえとるわい……」
「いや、そういうの、どーでも良いから! それより、これ、値段間違ってるでしょ!」
「何? どれ……」
お爺さんがまじまじと値札を見る。そして、呆れたように溜め息を吐いた。
「金貨三枚、間違っとらんがな……。ボケるにはちと早いぞ、ウルペス……」
「いや、ボケてるの、じーさんでしょ! これ、高すぎるって! たかがビーズに金貨三枚って! 誰が買うんだよ!」
「何言っとる。こりゃあ、護符じゃ。こんだけ小さい護符を作るの、大変なんじゃぞ……」
お爺さんの言葉に、掌に乗せていたビーズをまじまじと見た。……あ。本当だ。平面じゃないし、小さいから気が付かなかったけど、これ、護符だ! 凄い。こんな小さくて丸い物に、ちゃんと護符の文字が刻まれている。
「因みに、お嬢ちゃんが持ってるのは、耐呪の護符じゃ……。そっちのが耐火の護符で、その隣が耐雷の護符、そのまた隣が耐闇の護符じゃな……」
「へ~。こんなちっさいのがねぇ。ねえ、じーさん。物理攻撃に効くのってある?」
「そこの端のが障壁の護符じゃ……」
「んじゃ、これはキープで――」
ウルペスさんが真剣な顔で護符を選び始めた。
「ウルペスさん、これ、買うの?」
「うん。大森林調査の準備金出たし、少しずつ準備しとかないとね。こういう護符って、いざという時、役に立つんだよ? 思いがけず、良い買い物が出来そうだわ」
「そっか」
いざという時かぁ。先生って、護符、持ってるのかな? そういう話、した事ないな……。
「ねえ、ウルペスさん? 先生って、護符、持ってるのかな?」
「どうだろう? そういう話、聞いた事ないや」
「そっか……」
ウルペスさんでも分からないのか……。もし、先生が護符持ってたら、これ、重複しちゃうかな? でも、いざという時に役に立つ物なら、たくさん持ってても良いのかな? 小指の先くらいの大きさだし、そんな目立つ物じゃないし――。
「悩むくらいなら、試しに渡してみれば? 装飾品にしたら喜ぶよ、きっと。アイリスちゃんが、せんせーを特別大好きだって言ってるようなものだから」
「装飾品……。首飾りとか?」
「そうだね。あとは、マントの留め紐とか髪紐とかだったら、すぐに作れるよ」
髪紐! 先生の髪、結構伸びてるし、丁度良いかもしれない! 髪紐をあげて、毎日髪を結ってあげて――。くふふ。想像するとくすぐったい!
「これ、髪紐にする!」
「おっ! じゃあ、俺、作り方教えてあげるよ」
「本当? ありがと!」
「いえいえ。お安い御用だよ。じゃあ、護符二つ、選んでおいてね。俺、髪紐調達してくるから」
「ん!」
ウルペスさんの指示通り、護符を二つ選ぶ。お爺さんに効果を確認して、吟味に吟味を重ね、一つは耐呪の護符、もう一つは障壁の護符にした。その間にウルペスさんが小物屋さんに走り、髪紐を一本買って来てくれた。
そうして選んだ護符のお会計を済ませると、カウンターの一角を借り、髪紐作りに取り掛かった。と言っても、とっても簡単。髪紐の両端に護符を通してから玉結びをし、その玉結びを護符の中にえいっと引っ張って入れる。するとあら不思議。両端に護符が付いた髪紐の完成! それをお爺さんに包んでもらっていると、先生がカウンターへとやって来た。
「アイリス、あの……目を瞑ってもらっていても?」
「ん!」
こういうのは、包みを開けるまでのお楽しみ。私はこくりと頷くと、目をギュッとつぶり、ついでに耳も塞いだ。そうして先生のお会計を待ち、私達三人は魔道具屋さんを後にした。
「お二人さんは、この後、どうするの?」
お店の前でウルペスさんに問われ、私は先生と顔を見合わせた。どうするって……。どうしよう。もう、目的の品は買ったし……。う~ん……。夜ごはんの時間まで、いつも通りに過ごす、とか? でも、それも何だかなぁ……。せっかく商業区まで来たし、もう少し遊んでいたい気もする。
「予定ないなら、ウチの店でお茶でもしてく? あ。もちろん、二人きりで過ごしたいってなら、俺は邪魔しないから。断って良いからね?」
隣に立つ先生を見る。先生は思案顔。どうしようか迷ってる感じ。と、先生がちらりとこちらを見た。私の意見を求めてるっぽい。というか、私が決めて良いよって感じ?
「先生、私、喉渇いた!」
「では、せっかくなので、ウルペスの店にお邪魔しましょうか?」
「ん!」




