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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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デート 1

 ブロイエさんのお屋敷からお城に帰って来て数日。やっと、先生と一緒にお買い物へ行く事になった。先生と手を繋ぎ、お城の商業区を歩く。


 ここ数日、先生は忙しかった。原因は城壁の抜け穴。もしかしたらそういう物があるかもしれないっていう不確かな情報だけど、国としては調べない訳にはいかない。大森林という場所が場所なのもあり、人選とか調査期間とか時期とか、その他諸々、何度も竜王様やブロイエさんと協議していたらしい。少しお疲れ気味の顔で、歩きながら話してくれた。


 大森林は、隣国との境の山脈の麓にある広大な森だ。寒冷な地にあるその森は、その特殊な環境下でのみ育つ植物の宝庫。珍しい薬草とかもあるらしい。治癒術師見習いとしては、そんな森に興味が無い訳が無い。でも、行きたいなんて言わないよ。だって、先生が心配するの、分かってるもん。


 そんな森に、来年の夏、極秘調査が入る事になった。大っぴらに出来ないのには、二つ、理由がある。一つは、そこが隣国との国境近くだから。隣国との関係は良好らしいけど、要らぬ不安をもたらしたり、詮索されたりするのは御免らしい。そして二つ目に、万が一にでも、人族にまで調査の噂が広がったら困るから。


 人族は、城壁の中だからこそ、安心して暮らしている。魔人族とほぼ接点の無い、城壁の中だけが人族にとっての安全地帯。そんな城壁に、誰も知らない抜け穴があるかもなんて、人族に知られる訳にはいかない。大騒ぎになって、「どうなってるんだ!」って、暴動とかが起こるかもしれないから。


 だから、森の調査は、極限まで人数を絞る事になった。ウルペスさんとバルトさんとミーちゃんの三人だけで行く予定。それを聞いて、私は思わず耳を疑った。ウルペスさんとバルトさんは分かるよ。でも、ミーちゃんって……。付いて行って役に立つの? と思ったけど、ミーちゃんには転移魔法がある。定期的にお城に帰って来て報告を入れるには、ミーちゃんがいてくれた方が助かるらしい。それに、ミーちゃんって、実は結構強いらしい。巨大獣化したら、だけど。


 でも、ミーちゃんの巨大獣化は、身体の不具合の件があるから、長時間は維持出来ない。だから、超短時間ならっていう限定。持久戦は不可。そう考えると、あんまり戦力として期待は出来ない。


 持久戦に一番強いのは、屍霊術師のウルペスさんだろう。ゴーストなどの不浄の者を使った戦い方は、体力の消耗が極端に少ない。だって、屍霊術って、不浄の者が術者に代わって戦うんだから。まあ、ウルペスさんは、自分も一緒になって戦うけどね。屍霊術本来の戦い方は、術者は戦況を俯瞰して、不浄の者に命令を下すだけらしい。ウルペスさんだって、そういう戦い方が出来ない訳じゃ無い。じゃあ、何でウルペスさんは一緒になって戦うのか。答えは簡単。その方が手数が多く、有利だから。それに、不浄の者は、決して強くないからだ。


 三人の中で、総合力なら、風の魔術師のバルトさんが圧倒的だろう。御前試合の時は、アオイに惨敗したけど、あれは初手が悪かった。なるべくアオイを傷つけないよう、選んだ魔術が裏目に出ただけ。調査に行く三人の中での主戦力は、どう考えてもバルトさんだ。それで、ウルペスさんが援護で、ミーちゃんはバルトさん専属応援係。この布陣が妥当だと思う。


 それにしても、ウルペスさんもバルトさんも第一連隊の役職付きなのに、そんな二人が調査に出て大丈夫なのかな? 第一連隊の人達、困らないかな? 特に、隊長さんのノイモーントさんは大変だと思うけど……。


「アイリス?」


 呼ばれて顔を上げると、隣を歩く先生が不思議そうな顔で私を見つめていた。先生から調査のお話を聞いて、上の空になってた! いけない、いけない。今は先生とでーと中なんだから。しっかりせねば!


 でーととは、アオイの世界の言葉。恋人同士が一緒にお出掛けするのがでーとらしい。アオイに時を知らせる魔道具を自慢しながら、先生と将来結婚するんだって話したら教えてくれた。


 せっかく恋人同士になったんだから、でーとくらいして来なさいって、後押ししてくれたのはアオイだ。勉強なんて一日二日遅れてもどうって事無いって。限りある青春を謳歌しなさいって。


「何か欲しい物が見つかったら、遠慮なく言って下さいね」


「先生……。今日は、私が先生に贈り物を買うんだよ?」


 その為に、今日は商業区まで来たのに。先生に何か買ってもらったら、本末転倒だと思う。


「それは分かっていますが、もらってばかりも落ち着かないので……」


「んもぉ。私の方がもらってばっかりなんだから、気にしなくて良いの!」


「しかし……」


 先生が困ったように眉を下げた。私も、思わず眉を下げてしまう。ここ数日で知った事だけど、魔人族の人達は、女の人から贈り物をされる事に慣れていないらしい。キッチンでイェガーさんに魔道具を自慢しながら、今度、先生にお揃いの魔道具を買ってあげるんだって話をしたら、懇々と言い聞かされた。


 きっと先生は、私が贈った魔道具を命の次に大切にしてくれるだろうから、私も先生からもらった魔道具を大切にしないと駄目だって。と言うのも、贈り物は、魔人族の人達には好意を示す特別な意味があって、女の人に受け取ってもらえるのは稀。ましてや、好意を形として返してもらえるのは、その中でも幸運な一握りの人だけなんだって。普通はもらえないんだって。


 普通は贈り物をもらえないなら、慣れてないのも納得出来る。確かに、落ち付かないだろうね。分からなくはない。分からなくはないんだけど……。


「あのね、先生。私が先生ににまた何かもらったら、私はまた先生にお礼して、先生はまた何かくれてって、ず~っと贈り合いっこしなくちゃいけなくなるでしょ? ただでさえ、色々もらってお礼しきれてないのに、そんな事になったら、私、破産しちゃうよぉ!」


「僕は、受け取ってもらえるだけで満足というか……お礼なんて……嬉しいですけど……アイリスの喜ぶ顔が一番嬉しくて……」


 頬をほんのり赤く染め、先生がもにょもにょと言う。うぅ~! 照れてる先生が可愛すぎて、直視出来ない!


「と、とにかく! 今日は私が先生に贈り物する日なの!」


 繋いだ先生の手をグイグイ引き、目的のお店を目指す。今日の目的地は魔道具屋さん。先生行きつけのお店らしい。先生の時を知らせる魔道具も、ず~っと前にその魔道具屋さんで買ったんだとか。


 先生を引っ張って歩いていると、すれ違う人すれ違う人、みんながみんな、驚いたように目を丸くしていた。先生が引っ張り回されているのが、よっぽど珍しいらしい。そりゃそうだろう。だって、先生だもん。竜王様の弟だもん。近衛師団長っていう、この城のナンバースリーだもん。これがウルペスさんあたりなら、誰も気にしないんだろうけどね。


「あ。アイリス、ここですよ」


 そう言って、先生が一枚の扉の前で足を止めた。先生を引っ張っていた私は、がくんと後ろにつんのめり、よろけてしまう。と、そんな私の肩を、先生が片手で抱き留めた。私が転ばないようになんだろうけど。けど! 何だか無性に恥ずかしい! きゃ~! ボンと音がしそうな勢いで顔が赤くなったのが、自分でもはっきりと分かった。


「何というか、感慨深いものがありますね……」


 ポツリと呟いた先生の声が、私の耳朶を打った。抱き留められた体勢のまま、先生を見上げる。すると、先生が目を細め、私を見つめていた。


「な、何が? 何で?」


「そうして照れるのは、僕を異性として見てくれている証でしょう?」


「そ、そりゃあ……先生の事……好きだし……」


「城に来たばかりの頃は、異性として見てもらえていないようでしたからね。だから、感慨深いな、と」


「そんな事――」


「無いですか? 目の前で下着の包みを開けようとしたり、寝間着を脱いだりしていましたけど?」


「う……」


 そういえば、そんな事もあったような……。ま、まあ、私も子どもだったという事で。許して頂きたい。


「ショックだったのですよ? ああ、僕は、アイリスに異性としては見られていないのか、と……」


「い、今はそんな事無いから!」


 慌てて叫ぶ。すると、先生がクスクスと笑った。私の反応を見て楽しんでる? まあ、先生がご機嫌なら、私は何でも良いんだけど……。良いんだけどぉ……!


「何故、むくれているのです?」


「先生が私の反応を見て楽しんでるから!」


「おや。アイリスも時々、僕の反応を見て嬉しそうな顔で笑ってますよね? お互い様ですよ?」


「う……」


 バレてた……。何という事だ。バレてた。自分では、上手く隠しているつもりだったんだけど。バレてた……。


 がっくりと項垂れる私の手を引き、先生が魔道具屋さんの扉を開く。と、カランコロンと扉のベルが鳴った。先生と共に、お店の中に一歩、足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ……」


 突然、すぐ近くから掠れた声が聞こえ、私は思わずビクッと身を震わせた。見ると、入り口すぐ脇のカウンターに人が立っていた。腰の曲がった小柄な身体。元は別の色だっただろう髪は、その殆どが白髪になっている。


 それよりも、このお爺さん、何か不思議な感じだ。存在感が薄いと言うか、何と言うか。暗闇で見たら、たぶん、お化けと間違えて悲鳴を上げてしまっただろう。今が明るい時間帯で良かったぁ。


「これはこれは、ラインヴァイス様……。本日はどのような物をお探しで……?」


「すみません。僕は客ではなくて付き添いで……」


「では、そちらのお嬢ちゃんのお探し物ですかな? おや、まあ……。素敵な髪飾りをしておいでじゃ……。で、何をお探しかな?」


 私はワンピースのポケットに入れてあった魔道具をいそいそと取り出した。そして、それをカウンターの上に置く。


「これとお揃いのが欲しいんですけど」


 私がそう言うと、おじいさんが魔道具を手に取り、しげしげと眺めた。蓋のポッチを押して中を見て、また蓋を閉じたと思ったら蓋を開ける。今度はカウンターの隅に置いてあった拡大鏡を取り出して、盤面をジッと観察している。


「あの……?」


「これは、修繕をした方が良さそうじゃな……」


「えっと……。違くって、それとお揃いのが――」


「蓋の金具は取り換えじゃな……。駆動系は問題無し……」


 このお爺さん、私の話、聞いてくれない! 助けを求めるように先生を見る。すると、先生がクスクスと笑った。


「では、修繕をお願いします。それと、その魔道具と同じ意匠の魔道具、あります? 無ければ作ってもらいたいのですが」


「そう何度も言われずとも聞こえておりますよ……。こう見えて、耳は良いですからな……」


 盤面を観察したまま、お爺さんが事も無げに言う。分かってるなら、ちゃんと返事して欲しい。聞こえてないのかと思っちゃった。


「全く同じ物が宜しいですかな? 色違いでしたら、裏にあるかと思いますがねぇ……」


 色違いかぁ。悩むなぁ。腕を組み、う~んと考える。


「色違い、見せてもらっても良いですか?」


 私がそう言うと、お爺さんが魔道具から顔を上げた。そして、「ふぇっふぇっふぇ」と笑う。そうして笑いながら、カウンターの奥に引っ込んで行った。


 このままここで待ってるのも、何だかなぁ。カウンターの前でソワソワしながらお爺さんの帰りを待ちつつ、お店の中をチラチラ見る。棚の大半を占めるのは、時を知らせる魔道具だ。持ち運び用の小型の物が一番多いけど、置き型の中型、壁掛けの大型のもある。


 その他にも、髪飾りや首飾りといったアクセサリーも置いてあった。ここは魔道具屋さん兼装飾品屋さん? でも、アクセサリー類は、アオイが持っているのとは違って、宝石の類は付いていない。前に先生にもらって、今日も付けている私の髪飾りみたいに、彫金細工が施された物が主流だ。


 お値段はどれも、色々な意味で素晴らしい。今日は全財産を持って来て正解だったな。うん。先生の行きつけのお店が、安い訳が無いという私の予想は大当たりだ。


「店の中、少し見て回ります?」


 先生が微笑みながらそう言った。お店の中が気になってるの、気が付かれてしまったらしい。こくんと小さく頷くと、先生がにっこりと笑いながら手を差し出した。その手を取り、ゆっくりとお店の棚を見て回る。


「綺麗だねぇ」


「実を言うと、アイリスの今付けている髪飾り、ここで注文したのですよ」


「そうなの?」


 どれもこれも良いお値段のこのお店で? しかも、注文? もしかしなくても、この髪飾り、物凄く素敵なお値段なんじゃ……。ここの所毎日付けてたけど、もしかして、これ、普段使いじゃない……?


「これ、特別な日用にしようかな……」


「何故?」


「だってぇ……」


 高価な髪飾りなんて、私に不釣り合いだもん。特別な日ならまだしも……。


「そう簡単に失くすようなものではありませんし、良いじゃないですか」


「ん~……」


「では、普段使い用を贈りましょうか? どれが良いですか?」


「え! それは駄目!」


 ブンブンと首を横に振るも、先生はお構いなし。棚に並んだ髪飾りを繁々と眺めはじめた。


「せ、先生! 今日は、私が先生に贈り物する日!」


「しかし、普段使いの髪飾り、必要でしょう?」


「いい! いらない!」


「そう言わずに。これなどどうです?」


 先生が一つの髪飾りを手に取る。銀色の小花のブーケの髪飾りだ。うん。素敵。デザインも、お値段も。


「せんせぇ~!」


 腕をぐいぐい引っ張ってみるも、先生は動じない。嬉々として髪飾りを選んでいる。


「これの方が似合いそうですね」


 今度は大輪の薔薇を模った髪飾りを手にした。ああ、どうしよう。どうしてこんな事に……!


 ひとり頭を抱えていると、お店の入り口のベルがカランコロンと鳴った。先生と二人、反射的に入口へと振り返る。と、お店に入って来たウルペスさんと目が合った。

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