決断 2
お風呂から出ると、強い眠気が襲って来た。たぶん、魔術の影響だな。体力を消耗して怪我を治す治癒系の治癒術を自分に使ったから。魔力と体力を消耗したせいだろう。あと、お風呂で身体が温まったのと、お腹が満たされているせいもありそう……。大あくびをしつつ、鏡台の椅子に腰を下ろす。
眠い……。でも、髪、びしょびしょ……。乾かさないと……。でも、眠い……。ちょっと油断すると、まぶたが……落ちて……くる……。でも……髪……。すぴー……。……はっ!
もう、いいや……。お昼寝しよう……。鏡台の椅子からのそりと立ち上がり、ベッドへと向かう。身体、重い……。自分に治癒系治癒術使ったのって初めてだけど、こうなるなら、よっぽどじゃない限り使わない方が良さそうだ。アオイにも教えてあげよっと……。
どさっとベッドに腰を下ろし、もぞもぞと掛け布の中に潜りながら横になる。この眠気、魔力切れとちょっと似てる、かも……。
ふと目を覚ますと、窓の外は夕焼けで赤く染まっていた。もう夕方なのか……。眠い目を擦りつつ、むっくりと起き上る。と、ベッド脇の椅子で書類を読んでいたブロイエさんが顔を上げた。
「おはよ。身体の調子、どう? 大丈夫そう?」
「ん……」
「ベッド、狭くなかった?」
「狭くなんて――」
ないとは言えなかった。ベッドの上が凄い事になっている。私の右隣にはアベルちゃん。小さく丸まって、すやすや寝息を立てている。私の左隣にはミーちゃん。大の字になって寝ている。その向こうにはスマラクト兄様。ミーちゃんに前足で顔を押しのけられ、嬉しそうに笑いながら寝ている。
「え……。何事……?」
呆然としながら呟く。と、ブロイエさんが押し殺したように笑った。
「この子達、心配だからアイリスの所に行くって聞かなくてねぇ。僕は付き添い。んで、部屋に来てみたら、アイリス寝てるじゃない? そうしたらアベルがね、アイリスが死んじゃったぁって大泣きしだして、泣き疲れて寝ちゃって。アイリスの隣に寝かせたら、白い子もアイリスの隣に寝ちゃって。あ。スマラクトは泣いたりしてないよ? 仕事したくないからって寝ちゃっただけだから」
私が寝ている間の事をブロイエさんが説明してくれる。とアベルちゃんがもぞもぞと動き出した。そして、ゆっくりと目を開く。
「うぅ~……。アイリスちゃん……」
ぐずぐずと泣き出したアベルちゃんの髪を、私はそっと撫でた。
「アベルちゃん、大丈夫だよ。私、生きてるよ」
「うぅ~……。ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」
「大丈夫だよ。謝らなくて良いんだよ? アベルちゃんは何も悪い事してないからね」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃ」
うわごとのように泣きながら謝るアベルちゃんが、私のお腹の辺りに抱き付いてきた。そのまま泣き続けるアベルちゃんを、ギュッと抱きしめ返す。そして、落ち着かせるようにトントンと背中を軽く叩いた。
「大丈夫、大丈夫」
「うぅ~……」
「何だ、騒々しい……」
あ。兄様が起きた。むくりと起き上った兄様は、不機嫌そうな顔。寝起き悪い。
「また泣いているのか……」
泣き続けるアベルちゃんを見て、兄様が呆れたように溜め息を吐く。
「泣き虫め……」
「良いの。アベルちゃんは女の子なんだから、ちょっと泣き虫くらいが可愛いの!」
「……それもそうか」
「ん!」
分かれば良い。私が大きく頷くと、ブロイエさんがニヤッと笑った。
「そうだねぇ。アイリスも泣き虫さんだもんねぇ~?」
「私、泣き虫じゃないもん!」
「本当に~? ローザさんの胸で泣いてたの、一回や二回じゃないと思うけど~? 僕が知らないとでも思った?」
「ブロイエさんの意地悪!」
嫌い! 頬を膨らませ、そっぽを向く。と、兄様が声を出して笑った。
「泣き虫アイリスと泣き虫アベルで、泣き虫コンビだな!」
「兄様の意地悪ッ!」
知らない! 更に頬を膨らませつつ、ベッドから下りる。向かうは食堂。そろそろ夕ごはんの時間のはずだもん。お腹ペコペコ。
アベルちゃんも、ぐずぐずと鼻は鳴らしているけど泣きやんでいて、一緒に付いて来た。二人で手を繋ぎ、廊下を歩く。たぶん、ブロイエさんと兄様も付いて来ていると思う。でも、私は今、怒ってるんだもん。わざわざ確認したりしないもん。振り返ったりなんてしないもん!
食堂に入ると、既に先生、ウルペスさん、バルトさんの三人は席に着いていた。テーブルの上も夕ごはんの準備万端。私達がもう少し来るのが遅かったら、カインさんが呼びに来ていたんじゃないかな。そんなタイミングだった。
全員揃って夕ごはんを食べる。今日もアベルちゃんはお屋敷にお泊りするらしい。ブロイエさんも今日はお屋敷に泊まって、明日、私達と一緒に帰る事になった。賑やかな食卓は楽しい。それに、ごはんもいつも以上に美味しく感じる。
と、そんな中で浮かない顔をしている人が一人。心なしか、先生の元気が無い。ボーっとしていると言うか、考え事をしていると言うか、そんな感じ。どうしたんだろう? 後でそれとな~く聞いてみようかな……。
先生の様子を気にしつつも、それを悟られないように夕ごはんを食べる。そうしてごはんを食べ終わると、食後のデザートが運ばれて来た。今日のデザートはお芋のプティングだった。お芋! いそいそとスプーンを取り、一口。うま~!
「ちょ~っとみんな、食べながら聞いてもらえるかな?」
口を開いたのはブロイエさん。みんなが何だ何だとブロイエさんに注目する。
「内々の話になるから他言無用でお願いしたいんだけど、アベルの今後の事。みんな気になってるでしょ? 僕の考えと言うか方針と言うか、一応、それを話しておこうと思って」
どうなるの? どうするつもりなの? 兄様の従者として雇うの? それとも、まさか、里に帰すの? どうなの?
「結論から言うと、僕はアベルをスマラクトの従者として雇っても良いと思ってる。スマラクトはアベルを気に入ってるようだし、年齢も問題無い。実力は、まあ、もう少しってところだけど、伸びしろはあるとおもうし。鍛え甲斐があるでしょ、カイン?」
ブロイエさんが、兄様の後ろに立つカインさんに視線を送る。と、カインさんが苦笑しながら頷いた。
「ただねぇ……。うちに一人、説得が大変な人がいるんだよ……」
説得が大変な人? はて? 誰だ? 竜王様?
『ローザ様ですか……』
バルトさんとウルペスさんが声を揃えて呟く。と、ブロイエさんがやれやれと溜め息を吐いた。
「彼女のエルフ嫌いは筋金入りだからねぇ……」
そう言えば、ローザさんってバルトさんと仲が悪かったな。気が合わないのかと思ってたけど、ローザさんがエルフ族を嫌ってるからなのか。
「正式にアベルをスマラクトの従者にするとなると、一応さ、ローザさんと顔合わせじゃないけど、そういう事をしないとマズイでしょ? ただ、すぐにという訳にはいかないと思うんだ」
「でしょうね」
相槌を打ったバルトさんは、心底納得という顔をしていた。ウルペスさんも神妙な顔でうんうん頷いているところを見ると、ローザさんのエルフ嫌いは、結構有名な話なのかもしれない。
「アベルには里で沙汰を待って欲しい――と言いたいところなんだけど、昨日、カインから連絡を貰った時に受けた報告だと、それも忍びない」
そうだそうだ。うんうんと力強く頷いておく。
「だから、しばらくは、屋敷の使用人見習いとして雇おうと思う。それなら、ここを離れているローザさんと顔合わせをする必要は無いし。彼女の説得が出来たら、正式にスマラクト付きの従者になってもらう。それでどう?」
ブロイエさんの言葉に、アベルちゃんがぱぁっと顔を輝かせ、何度も何度も頷いた。
「じゃあ、明日の朝一で、里に一緒に行こうか? 君の世話をしてくれていたおじいさんに、挨拶くらいはしとかないとね」
「その訪問、私もお供致します」
そう声を上げたのはカインさん。神妙な顔で頭を下げる彼に、ブロイエさんが微笑みを返す。
「そうだね。アベルを預かるのは、実質的には君だからね。挨拶くらいはしておいた方が良いと、僕も思うよ」
「では、じいは僕の代理という事で。頼んだぞ、じい」
「はい」
顔を上げたカインさんが微笑みを浮かべる。すると、兄様がニヤッとした笑い方でそれに答えた。
「あと、シュヴァルツとの協議だけど――」
そう言って、ブロイエさんが先生へと視線を向けた。先生は話を聞いてるのかいないのか、ジッとテーブルの一点を見つめている。
「ラインヴァイス?」
ブロイエさんに名を呼ばれ、先生がハッとしたように顔を上げた。
「は、はい。ええと……」
「シュヴァルツとの協議、君にも参加してもらえたらと思ったんだけど……。大丈夫?」
「はい……。すみません……」
「いんや。……とまあ、こんな感じにしようかと思ってま~す」
ほうほう。竜王様との協議には、先生も参加なのか。それは心強い。カインさんに、アベルちゃんを兄様の従者にしてはどうかと提案したのは先生だし、きっと、強く推してくれるはず。兄様の父親であるブロイエさんだけじゃなく、先生の推薦もあれば、間違いなく竜王様の許可が出るはずだ。
それにしても、今日の先生、やっぱり変だ。今だって、考え事をしてるみたいだった。先生、何か悩み事? ……はっ! 今日の夜誘われたのは、悩み相談だったりして! だとしたら嬉しいな。先生に頼りにされてるみたいで。くふふ!




