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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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決断 1

 無事に登用試験の全試合が終わり、私達はお屋敷の大広間へと移動した。登用試験の参加者さん達も一緒。いわゆる親睦会ってやつらしい。立食形式のお食事会に整えられた大広間は、ちょっとしたパーティー会場のよう。色とりどりのお料理が華やかだ。


 私はいくつかのお料理をお皿に取ると、大広間の隅っこに置いてあった椅子に腰を下ろした。こういうの、苦手だな。小さく溜め息を吐き、お料理を口に運ぶ。


 兄様の所が一番賑わっている。登用試験の主催者だし、挨拶しておこうって人が多いからだろう。


 先生とウルペスさんの所にも人が集まっている。先生は近衛師団長という事もあり、顔も名前も有名らしく、「憧れなんです!」って参加者さんの一人が言い出したら、「俺も、俺も!」「僕も!」と人が集まりだしてしまった。


 ブロイエさんの所にも人が集まっているし、アベルちゃんも他の参加者さん達に囲まれている。私、つまんない!


 口を尖らせてごはんを食べる私の隣に、誰かが腰を下ろした。驚いてその姿を見る。


「バルトさん……」


「団長の所に行かなくて良いのか?」


「だって……先生の所、知らない人ばっかりだから……」


 俯く私の足に、ミーちゃんがじゃれつく。くすぐったい。ミーちゃんのしっぽ。


「こういう場は苦手か」


「ん……」


「俺もだ」


 思いがけない発言に驚いてバルトさんの顔を見上げると、彼は苦笑していた。そっか。バルトさんもこういう場所、苦手なのか。仲間を見つけた気分。くすりと笑った私の足を、ミーちゃんが前足でぺしぺしと叩く。と、ねこ語で何事か言い始めた。それをふんふんと真面目な顔で聞いていたバルトさんが苦笑する。


「ミーちゃん、何だって?」


「苦手だと逃げていたら、いつまで経っても成長出来ないよ、だそうだ。耳が痛い」


「でも、逃げたくなるよね? 苦手なんだもん」


「ああ。疲れるしな」


「そうそう」


「んにゃにゃにゃんな! あにゃにゃにゃにゃん!」


 器用に二本足で立ち上がったミーちゃんが、前足でビシッと明後日の方向を指す。


「言い訳するな! 立ち向かえ! だそうだ」


 バルトさんがねこ語を訳してくれる。それは良い。それよりも、ミーちゃんの指してる方向、誰もいないけど……。何に立ち向かえって? 壁?


「ミー。そっちには誰もいない。俺達は壁に立ち向かえば良いのか?」


 バルトさんの言葉に、ミーちゃんが前足で指した方向と人だかりを見比べた。そして、後ろ足をプルプルさせながら、前足が人だかりを指すように向きを変える。そんなミーちゃんを、バルトさんは心底愛おしそうに見つめていた。


 熱血だけどどこか抜けたところがあるミーちゃんと、真面目だけどどこか冷めたところがあるバルトさん。この二人は、お互いに足りないところを補い合っているんだと思う。そう考えると、理想的な恋人同士だ。良いなぁ。私も先生と――。


 いやいやいや。先生にとって、私はただの弟子だ。私が先生を好きだなんて言ったら、先生は困るだけ。私は先生を困らせたくなんてない。


 でも、先生、私の事をリーラ姫の代わりと思ってる訳じゃ無いみたいだし、「好き」って言ったら、そういう対象として見てもらえるのかな? う~ん……。でも、今の関係が壊れるのも嫌だしなぁ。一緒にいる時間が短くなったら寂しいし……。


 ちらりと先生の方を見る。と、こちらを見る先生と目が合った。とたん、先生に目を逸らされてしまう。が~ん!


 もしかして、私、先生に避けられてる……? 今日の朝、ごはんいらないって言って部屋から出て来なかったのは、私を避けてたから? 登用試験の時も、本当は顔を合わせたくなかった、とか……? 部屋から出て来たのは、ブロイエさんとウルペスさんに説得されて仕方なく……?


 でも、先生に避けられる心当たりが全く無い。それに、今日の夜、会う約束してるし。そう考えると、避けられてる訳じゃ無い? でも、今、目を逸らされたのは? いつもだったら、にこって笑ってくれるのに……。


「アイリス? どうした。ボーっとして」


「ん……。ちょっと……」


「ちょっと、何だ?」


「ん~……」


 バルトさんとミーちゃんに話して、変に心配させるのは嫌だな。ここは黙っておこう。そう思って椅子から立ち上がる。


「あのね、私ね、アベルちゃんの魔力媒介が気になってるの」


「ああ、あれか。確かに、どういう仕組みなのか気になるな」


「見せてもらおうよ!」


「そうだな」


 立ち上がったバルトさんと共に、アベルちゃんの元へと足を向けた。そんな私達を先導するように、ミーちゃんが前を歩く。独りであの輪に入っていくのは心細いけど、一緒に来てくれる人がいると安心する。しっぽをゆらゆら揺らせながら先を歩くミーちゃんの小さな後ろ姿を見ていたら、何だか頑張ろうって思えてきた。


 たまには苦手な事に挑戦してみるのも悪くない。逃げてたって、苦手を克服出来る訳じゃないし。よしっ! 私はやるぞ! 頑張るぞ! えいえい、おぉ~!


「あ、あの、アベルちゃん……?」


 おずおずとアベルちゃんに話し掛ける。と、アベルちゃんが満面の笑みで振り返った。


「アイリスちゃん! さっきの僕の試合、見てくれてたでしょ? どうだった? 僕、頑張ったでしょ!」


「うん。凄かった。と~っても格好良かった。それでね、その、アベルちゃんにお願いがあるんだけど……」


「お願い?」


 アベルちゃんが目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げる。


「あのね、アベルちゃんの魔力媒介、見せてもらえないかなぁって……」


「うん! 良いよ!」


 アベルちゃんが笑顔で頷きながら、腰のホルダーからナイフを鞘ごと取り、私に差し出した。周りにいた出場者さん達は、そんな私達の様子を興味津々に見ている。


 私は手にしたアベルちゃんのナイフを鞘から抜いた。刀身の魔石の大きさは、私の小指の先くらい。これくらいの魔石だったら、どこの家にも一個はあるくらいの大きさしかない。魔術師からしたら、くず石レベルの小さな魔石だ。


 バルトさんが屈み込み、私の手の中のナイフ、特に魔石の部分を観察しだした。見やすいように、バルトさんの方にナイフを差し出しつつ、私も観察を続ける。


 よく見ると、魔石の中に小さな魔法陣がある。小さすぎてよく見えないけど、たぶん、ドンナーシュラークの魔法陣だろう。魔石で魔力を供給して、魔術を発動させていたんだろう事は分かった。それにしても、こんな小さな魔石にどうやって魔法陣を描いたんだろう?


「ねえ、アベルちゃん。この魔法陣、どうやって描いたの? 手で彫ったって訳じゃないんでしょ?」


 私がそう尋ねると、アベルちゃんがにんまりと笑った。


「秘密~! いくらアイリスちゃんでも教えな~い。僕の研究の要なんだから」


「アベルの研究は、くず石の活用法なのか?」


 そう言ったのはバルトさん。不思議そうにアベルちゃんと彼女の魔力媒介であるナイフを見比べている。と、アベルちゃんが頬を膨らませた。


「違うよ! そんなスケールの小さい研究じゃないよ! 僕の研究はもっと大きいんだよ!」


「具体的にはどんな研究なんだ?」


「魔術同時行使についての方法論!」


 ドヤ顔のアベルちゃんが可愛い。何か和む~。


「その研究結果が魔力媒介か」


「そう! 今日はドンナーシュラーク仕込んでたけど、他の魔術もあるんだよ!」


 そう言って、アベルちゃんは腰から下げている袋からいくつかの魔石を取り出した。そのどれもが、私の小指の先くらいの大きさで、中に魔法陣が彫ってあった。赤い火の魔石にはフォイア、青い水の魔石にはヴァッサー、透明の光の魔石にはシルトなどなど。それらを見ていて、ふと、ある事に気が付いた。


「初級魔術が多いんだね」


「うん。あんまり魔法陣が複雑になると、上手く仕込めなくて……。でもでも! 最近、ちょくちょく中級魔術でも仕込めるようになったから、そのうち、上級魔術とか最高位魔術とかも仕込めるようになると思うんだ!」


「そっか。まだ改良の余地があるんだね」


「そうだよ。まだまだ完成には程遠いんだ。一つの魔石にいくつも魔術を仕込めないと意味無いし。でも、完成したら凄い研究になると思うんだ! だから、僕の一生を掛けて研究するんだ!」


 ほぉ~! 一生を掛けて研究かぁ。何か格好良い!


「アイリスちゃんは? 何の研究してるの?」


「え……」


 研究って……。私は魔術を使って先生の目を治したいだけで、そんな、一生を掛けて研究するような事、考えた事も無かった。


「あの、私、まだ……」


「えぇ! そうなの? 人族なのに魔術習って治癒術師になりたいって、研究したい事があるからだと思ったのに! どんな病気でも治すんだぁ、とか」


「やりたい事はあるんだけど……」


「な~んだ。ちゃんと目標があるんなら、その過程が研究だよ!」


「そういうものなの?」


「そうだよ。僕だって、目的があって魔術同時行使の研究しようと思ったし!」


「アベルちゃんの目的って?」


「有名になる事! そうしたら、里のみんなを見返せるでしょ! だからね、魔術師共通の夢、魔術同時行使の研究しようって思ったんだ。歴史に僕の名が刻まれる日も、そう遠くはないよ!」


 そう言って、屈託なく笑うアベルちゃんが眩しい。アベルちゃんって、凄く前向きで強い子だと思う。私がアベルちゃんの立場だったら、きっと、こんな風に笑って夢を語れない。たぶん、里の人達への恨みつらみしか出て来ない。現に、私は今でも、私を捨てた母さんを――。


 突然、ミーちゃんが私の顔面目掛けて大ジャンプをしてきた。ボフッという衝撃と、ずっしりとした重さが頭にのしかかる。そのままバランスを崩して、私は床にひっくり返った。絨毯敷の床に頭をしたたか打ち付け、ゴンと良い音が鳴る。とたん、目から星が散った。


「アイリスちゃん!」


「ミー! 何やって――!」


 一拍遅れて痛みがやって来た。


「い~だ~い~! みーぢゃんのばかぁあああ~!」


 この後、親睦会会場は大騒ぎとなった。主に、アベルちゃんのせいで。いくら冷やそうと思ったからって、私の頭を氷漬けにするのはやり過ぎだ。バルトさんがすぐに氷を砕いてくれたお蔭で何ともなかったけど、危うく窒息するところだった。お花畑に父さんが立っているのが見えてしまったじゃないか……。


 アベルちゃん、怒られてないと良いな。兄様にもカインさんにも、そもそもはミーちゃんが悪いんだから、アベルちゃんは怒らないであげてねって伝えてあるし、大丈夫だとは思うんだけど……。


 それにしても、ミーちゃんってば、何で急に飛び付いてきたのかな? まさか、私が直前に考えていた事、分かって……? いやいやいや。いくら何でも……。でも、ミーちゃんって不思議なところがあるしなぁ……。


 私はお湯の中で膝を抱えた。身体が冷えているだろうからって、半強制的に入れられたお風呂。後頭部に出来た立派なたんこぶは自分で治したから、温まっても痛みも何も無い。こういう時、魔術って本当に便利だ。


 母さんの事は、あんまり考えないようにしようかな……。私もアベルちゃんみたいに強くなりたいから。ローザさんが前に言っていた心の折り合い。それを付けられるようになりたい。お城に帰ったら、ローザさんに相談してみようかな……。

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