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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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登用試験 2

 第四試合、第五試合と進む試合を見守っていると、遠くの方から微かに話し声が聞こえて来た。だんだんと近付いてくるこの声――!


「先生!」


 椅子から立ち上がり、廊下の角を曲がって姿を現した先生の元に駆け寄る。


「んもぉ! 心配したんだよ!」


「あの~、僕とウルペスもいるんですけど~? ラインヴァイスを連れて来た僕達は無視ですか~? アイリスさ~ん」


 ブロイエさんが何か言ってるけど、今はそれどころじゃない。先生の上着の袖をギュッと握り、その顔を見上げる。


「具合悪くないって本当? 大丈夫?」


「ええ。心配させてすみません」


 先生がすまなそうに眉を下げる。顔色は悪くない。いつも通りだ。本当に、具合が悪い訳じゃ無かったみたい。良かったぁ。そう思って安堵の息を吐くと、先生が言い難そうに口を開いた。


「それより、今夜、その……少し、時間を貰っても……?」


「時間? ん。良いよ!」


「もしも~し。無視しないで~」


「夕ごはんの後で良い?」


「ええ」


「二人とも、おとーさま、悲しくなっちゃうよぉ!」


 ブロイエさん、しつこい!


「おとーさま、しつこい! 兄様の所、行ってて!」


 叫びつつ、キッとブロイエさんを睨む。と、ブロイエさんがパッと顔を輝かせ、スキップしながら兄様の元へと向かった。何だ?


「ねえ、アイリスちゃん? 今のって素?」


 ウルペスさんが口を開く。私は首を傾げた。ブロイエさんに怒った事だったら、いつもの事なのに。ウルペスさんだって知ってるはずなのに。


「あ~……。気が付いてないんだ」


「何が?」


「呼び方。ブロイエ様の事、おとーさまって言ってた」


 う、嘘! カァッと顔が熱くなる。何という言い間違い! 恥ずかしい!


「叔父上、嬉しそうでしたね」


「うん。何だかんだ、スマラクト様が羨ましいんだろうね。どうよ、アイリスちゃん。これを機に、ブロイエ様の事、お父様呼びしたら?」


 無理! 恥ずかしい! 私はブンブンと首を横に振った。


 ブロイエさんもローザさんも、私の親代わりだ。そう思えるくらい、二人には可愛がってもらっている自覚はある。でも、二人を今更、「お父様」「お母様」呼びするのには抵抗がある。そう呼ぶのが嫌な訳でも、父さんと母さんだけが私の親だなんて言うつもりも無い。


 ただただ恥ずかしい。ちっちゃい子になったような、そんな恥ずかしさ。赤ちゃん言葉を話すのと同じくらいの恥ずかしさ。どう考えても出来ない!


「呼び慣れていないのですから、思い切りが必要ですよ」


「それもそっか」


 はははっと笑ったウルペスさんが、私の頭をグリグリと撫でる。そして、兄様達の元へ足を向けた。私と先生もその後に続く。


 席に戻ると、丁度試合が終わったところだった。まだ戦っていない出場者さん達も残り少なくなった。そのうち一人がアベルちゃん。中庭の隅っこに座り込み、入念に魔力媒介だろう大振りナイフをチェックしている。その顔は真剣そのもの。


 そんなアベルちゃんを見ていて、ふと、ある事に気が付いた。あの魔力媒介、何か変。柄だけじゃなく、刀身にも小さな魔石が一個だけ嵌め込んである。


「先生、アベルちゃんの魔力媒介、変な所に魔石が付いてるね」


「え? ああ、本当ですね。破魔剣……にしては、魔石が少ない、か……」


 先生の言葉に、私はこくりと頷いた。私が知っている破魔剣と言えば、アオイが竜王様との結婚祝いでもらっていた剣だ。あれもアベルちゃんのナイフと同じように、刀身に魔石が嵌め込んである。でも、数が違う。アオイの剣の刀身には、五個だったか六個だったか魔石が付いていたはずだ。その並び順と形が破魔の印なる魔法陣みたいなものになっていて、何でも斬れる剣になっているんだとか。


「気が付かれましたか」


 そう言ったのは、兄様の後ろに立つカインさん。悪戯っぽく笑っているところを見ると、カインさんはあの魔石の正体を知っているっぽい。昨日、アベルちゃんのナイフを預かっていたみたいだし、その時にでも調べたんだろう。


「彼女の試合、なかなか面白いものが見られますよ、きっと」


 カインさん、魔石の正体を教えてくれるつもりは無いらしい。見てのお楽しみってやつだな。


「彼女の事、随分評価していますね」


 先生の言葉に、カインさんが苦笑した。


「評価している訳ではありません。ただ、面白い事を考えつくものだと思っているだけです」


 それを評価って言うんだと思う。でも、私も先生も、その事を突っ込んだりはしない。私達が余計な事を言って、カインさんがアベルちゃんに冷たくしだしたら、可哀想なのはアベルちゃんだもん。私と先生は顔を見合わせ、こっそりと笑い合った。


 そうこうしている間にも試合は進み、とうとうアベルちゃんの出番となった。カインさんに名前を呼ばれて立ち上がったアベルちゃんの顔は真剣そのもの。まあ、エルフの里を出られるかどうか、比喩では無く今後の人生が掛かってるんだから、真剣になるのも当たり前なんだけど。


「随分ちっちゃい子だねぇ。大丈夫なの? あんな幼い子まで参加させて」


 そう言ったブロイエさんが、兄様の後ろに立つカインさんを仰ぎ見る。カインさんは、アベルちゃんに負けず劣らずの真剣な顔で頷いた。


「彼女が昨夜お話したアベルです。実力がどの程度なのかは分かりませんが、年回り的には、坊ちゃまの従者としては丁度良いかと」


「何! アベルをやもがもがふぉがふぉが!」


 叫んだ兄様の口を、カインさんが手で塞ぐ。ブロイエさんとのお話を邪魔するなって事かな? それにしても、物理的に口を塞ぐとは……。カインさん、兄様に容赦ない。


「彼女? あの子、女の子なの?」


「はい」


「君の心境の変化は、あの子が女の子だったから?」


「その辺は、今夜にでもゆっくりお話し致します」


「そう。じゃあ、久々に一緒に飲もうか? わざわざ呼び付けたんだから、勿論付き合ってくれるよね、カイン?」


 にっこり笑ったブロイエさんに、カインさんが苦笑を返す。この二人、友人と言うには年が離れている。でも、ここのお屋敷の使用人さん達は、ブロイエさんが人族との戦争の後、お城を出て行った時に付いて行った人達だ。言い換えると、ブロイエさんを慕っている人達。そのうち一人が飲み仲間でも、まあ、おかしくはないのかもしれない。


 ふと、中庭に目を戻すと、大振りナイフを手にしたアベルちゃんがチラッチラッとこちらの様子を窺っていた。対戦相手、まだ呼ばれてないもんね。どうしたら良いか分からないよね。私は苦笑しながらカインさんに声を掛けた。


 そうしてアベルちゃんの試合が始まった。アベルちゃんの対戦相手は、これぞ力自慢って感じの、がっちりした体型の人だった。ちっちゃいアベルちゃんが、より一層ちっちゃく見える。大丈夫かな? 護符があるから、怪我はしないと思うけど……。


 地を蹴ったアベルちゃんが、対戦相手との間合いを一跳びで一気に詰めた。あれは、たぶん、「飛翔」あたりの魔術を使ったな。アベルちゃんは身体がちっちゃいぶん、素早さ重視の戦い方なんだろう。それに、魔術の展開速度的に、風属性の魔術の適性があると見た!


「ふ~ん。初手は悪くないねぇ」


 ブロイエさんが呟く。見ると、顎に手を当て、真剣な面持ちで中庭を見つめていた。普段はあんまり見せない真面目な顔。アベルちゃんは兄様の従者候補だもんね。父親として、真剣にもなるよね。


「加速も悪くありません」


 そう言ったのはバルトさん。風の魔術師の称号を持つバルトさん的にも、アベルちゃんは良い線いってるっぽい!


 キンと甲高い音が響き渡り、中庭に視線を戻すと、アベルちゃんのナイフが対戦相手の剣に止められていた。ああ、残念! ここは、一旦距離を取って、と。縦横無尽に飛び回り、対戦相手の四方八方からナイフを繰り出すアベルちゃんだけど、その全てを止められてしまう。


 ああ! また! おしい! そこだ! いけぇ! ああ、残念。また止められた……。大きく後ろに跳び、対戦相手との距離を取るアベルちゃん。肩で息をするアベルちゃんだけど、その顔は余裕そう。笑っているようにも見える。そんなアベルちゃんを警戒しているのか、対戦相手も突っ込んできたりはしない。慎重にアベルちゃんの出方を窺っている。と、アベルちゃんが大きく跳んだ。


 対戦相手の斜めに回り込み、アベルちゃんがナイフを振るう。と、対戦相手はぎりぎりで、その攻撃を剣で受け止めた。あと少しだったのに! と思った瞬間、アベルちゃんの口の端が僅かに上がった。途端、アベルちゃんのナイフの、小さい方の魔石から青白い光が噴き出した。くるりと宙で一回転したアベルちゃんが、倒れ伏した対戦相手の横にシュタッと見事な着地を決める。今のって……。


「ドンナーシュラーク?」


 ポツリと呟いたのは、私の隣に座る先生。呆気に取られた顔で中庭――アベルちゃんを見つめている。先生だけじゃない。みんな、同じように呆気に取られてアベルちゃんを見つめていた。でも、カインさんだけは得意そうな顔。想定通りと、その顔に書いてある。


 ドンナーシュラークは、風属性の亜種、雷撃系に属する攻撃魔術だ。小さな雷を発生させ、大抵の生き物を一撃で麻痺させて行動不能にする事が出来る魔術。便利な反面、中級魔術という事もあって、魔法陣の展開は、初級魔術程は早く出来ない。どうしたって一瞬の隙が出来てしまうから、相手と距離を取って使うのが一般的だ。あんな風に、接近して使える魔術じゃないはず。それに――。


「ねえ。あの子、魔術の同時行使してなかった? 初めに展開してた魔術、破棄してなかったよね?」


 ウルペスさんがアベルちゃんとこちらを交互に見ながら言う。私にも、ウルペスさんが言う通り、アベルちゃんが魔術を二つ同時に使っているように見えた。だから、こくりと頷く。


 普通、魔術は一度に一つしか使えない。人には一つしか意識が無いからというのが定説だ。同時に二つの事に集中するのは無理な話。だから、魔術は一つしか使えないって、本に書いてあった。


 まあ、二つの魔術を同時に行使する方法が無い訳じゃ無いんだけど。現に、アオイは二つ同時に魔術を使えるし。でも、それは、アオイと契約しているリーラ姫の存在が大きい。アオイには、アオイの意識の他にリーラ姫の意識があるから、それぞれが魔術を制御する事が出来るだけだ。でも、アベルちゃんは精霊と契約出来ない魔人族。アオイが二つ同時に魔術を使えるのとは訳が違う。


「あの魔石……」


 ポツリと呟いた先生の視線の先には、アベルちゃんの魔力媒介のナイフ。今まさに、倒れた対戦相手に振り下ろすというところだった。


 魔石……魔石……。言われてみれば、さっき、魔石から魔術が出てた気がする! そうか! あの小さい魔石が、魔術の同時行使のタネなのか! でも、タネは分かっても、仕組みは全く分からない。後であの魔力媒介、見せてってお願いしてみよっと。


 護符の魔石が砕ける乾いた音が響き渡り、アベルちゃんの試合が終わった。最初は攻撃が全然当たらないからどうなる事かと思ったけど、アベルちゃんが勝っちゃった! アベルちゃんよりず~っと身体が大きくて、と~っても強そうな人だったのに。すごい、すごい! 立ち上がり、称賛の拍手を贈る。と、ライバルであるはずの他の出場者さん達からも拍手が上がり始めた。拍手はしばらく鳴り響き、アベルちゃんは照れたように頬を染め、くすぐったそうに笑っていた。

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