アベル 2
「早かったな!」
姿を現した私を見て、兄様がこちらに駆け寄る。アベルちゃんの手を引いて。女の子だって分かっても、態度が変わらない所は兄様らしい。
アベルちゃんは頭の両サイドに編み込みを作って、ローザさんのと思しきリボンを結んでもらっていた。さっきより随分女の子らしい感じになった。お化粧は口紅を薄く塗ってもらっただけ、かな?
「どんな服だ? お披露目の時のドレスか?」
「あれは駄目。大事なドレスなんだから!」
「だが、もう着られないだろう? アベルにあげったって――」
「そうだけど、駄目なの! あげるのはこっち!」
一張羅メイド服を広げて見せる。兄様は不服そうに、アベルちゃんは期待に目を輝かせてそれを見つめた。
「じゃあ、アベルちゃん。着替えよっか? 手伝うから」
「うん!」
満面の笑みで頷いたアベルちゃんが可愛い。なんか、妹が出来た気分。でも、きっと、アベルちゃんも私よりだいぶ年上なんだろうな。何たって、エルフ族だもん。でも、可愛い。ちっちゃいし。それに細いし。
「兄様、お隣の部屋、借りるよ?」
「ああ。好きに使うと良い」
兄様に断りを入れ、お隣の寝室にアベルちゃんと共に入る。兄様の寝室は、まあ、予想通りだけど広かった。お隣の部屋も十分広いけど、こっちのお部屋はその二倍くらいの広さ。奥の方にドンと大きな天蓋付きベッドがあり、手前側にソファセットとクローゼットが置いてある。アオイのお部屋と同じくらいの広さ、かな?
「凄い。部屋の中なのに、追いかけっこが出来そう……」
アベルちゃんが呆然とした顔で呟く。アオイの部屋より置いてある物が少ないせいか、確かに広々と感じる。アベルちゃんの言う通り、追いかけっこも出来るだろう。兄様とアベルちゃんの二人だけなら。
「さ。みんな待ってるし、着替えよ?」
「うん……」
頷いたアベルちゃんだけど、呆然と立ち尽くしている。たぶん、お部屋の雰囲気に圧倒されたんだと思う。
私も初めてアオイのお部屋に入った時はこんな感じだったと思う。私がくすりと笑うと、アベルちゃんがハッと顔を上げた。慌てて服を脱ぎ始めたアベルちゃんが可愛い。もう、ぎゅってしたくなるくらい可愛い!
一張羅メイド服に着替え終わったアベルちゃんは、決して男の子には見えない可愛らしさだった。これなら、立派に女の子。絶対に間違えない。アベルちゃんの手を引き、みんなの元に戻る。
「おお! 見違えたぞ!」
たたたっと駆け寄った兄様が、アベルちゃんを色々な角度から見る。こういう行動は、何となくブロイエさんと似ている。ブロイエさんもきっと、こういう時はこういう行動をすると思う。流石は親子。
「なかなか似合っているな。それなら男と間違えようがない」
バルトさんがそう言うと、先生とウルペスさんが苦笑しながら頷いた。みんなの反応に、アベルちゃんが頬を染め、はにかんだ笑みを浮かべる。
「あ、あの、アイリス様、ありがと。僕、この服、大事にする。里では着られないけど、ここにお邪魔した時にはこれ着るから」
もじもじするアベルちゃんが可愛い。こっちまでもじもじしたくなる。
「ん。どう致しまして。でもね、アベルちゃん。私に様はいらないんだよ。アイリスで良いよ」
「で、でも! アイリス様はスマラクト様の妹だって……!」
「ん~。私、兄様の妹だけど、本当の妹じゃないんだよ。私、孤児なの。普通の人族だし、偉くも何ともないし、たぶん、アベルちゃんの方が年上だし。だからね、私に様はいらないの」
そう説明すると、アベルちゃんは戸惑ったように兄様を見た。兄様は「うむ」と頷くだけ。ここはもっとこう、フォローを入れようよ、兄様。アイリスの言う通りだぞとか、アイリスちゃんと呼んではどうか、とかさぁ! んもぉ!
「じゃ、じゃあ、アイリスちゃん……ありがと……」
顔を真っ赤にして、消え入りそうな声でアベルちゃんが再びお礼を言う。もうね、可愛すぎて何も言えない。こっちが身悶えしちゃうよ!
「うむ。メイド服も良いが、やはりドレス姿も見てみたい。アイリス、お披露目のドレスも持って来い!」
「だーかーらー! あれは駄目!」
「誰もあげろとは言っていないだろう。少し貸すくらい良いだろう!」
「駄目! あれは宝物なの! そんなにアベルちゃんにドレス着てもらいたいなら、兄様が贈れば良いでしょ!」
「な、何! そんな、ドド、ドレスなど、軽々しく贈れる訳がないではないか!」
「何で! 着てもらいたいのは兄様でしょ! だったら自分で贈りなよ! それくらい訳無いでしょ!」
「ばば、馬鹿者! ぼぼぼ、僕に求愛など、まだ早い!」
「……は?」
求愛? 何それ? いや、求愛の意味は分かるけど、何でドレスを贈る話が、求愛の話にすり替わってるの? 意味が分からない。
兄様は真っ赤になった顔を隠すように、両手で顔を覆ってしまっていた。これじゃ、何も聞けそうにないな……。助けを求めるように先生を見る。すると、サッと目を逸らされてしまった。あれ? 次にバルトさんを見る。すると、不思議そうな顔をしていた。バルトさんも意味が分からなかったらしい。最後にウルペスさんを見ると、「あちゃ~」とおでこに手を当てていた。あの反応、ウルペスさんはどういう事か分かったらしい!
「ウルペスさん!」
「俺に聞かないで!」
「何で!」
「何でも!」
「せんせぇ! ウルペスさんが――」
意地悪すると言いつけようと、先生の方を振り返ると、先生の姿が消えていた。ついさっきまでいたはずなのに……。転移でお部屋に帰っちゃった? 何で?
この後、どんなにウルペスさんを問い詰めても、「俺に聞かないで」の一点張りで、何も教えてくれなかった。良いもん、良いもん。お城に帰ったら、ローザさんに聞くもん。ローザさんが教えてくれなかったら、ブロイエさんに聞くもん。それでも駄目だったら、知っていそうな人に片っ端から聞くもん。きっと、誰か教えてくれるもん。ふんッ!




