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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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隠れ里 4

 楽しいお茶の時間はあっという間に終わり、兄様がお仕事をしなくてはならない時間となった。ウルペスさんも遊んでばかりはいられないし、私もお勉強しなくちゃいけない。だから、名残惜しいけど、アベル君とはお別れ。と思ったのに、それを良しとしない人が一人。


「嫌だ! アベルともっと遊ぶ! 僕の代わりにじいが仕事しろッ!」


 兄様はお仕事をしたくないらしい。そりゃ、初めて出来た友達ともっと遊びたいっていう兄様の気持ちも分かる。でも、我儘言ってカインさんを困らせるのは良くないよ、兄様。


「兄様。明日だってアベル君と会えるんだから。明日、登用試験があるんだし、今日はちゃんとお仕事しようよ?」


「嫌だ!」


「今日は私だけじゃなくて、ウルペスさんも一緒に書庫に行くんだから。それで我慢してよ?」


「い~や~だ~ッ!」


「兄様……」


 困った……。兄様が言う事聞いてくれない。どうしよう……。先生と顔を見合わせるも、妙案が思い付く訳も無く。参った……。


「あの、スマラクト様? 僕も一緒に書庫、行っても良い……?」


 おずおずと、アベル君が声を上げる。とたん、兄様の顔がぱぁっと輝いた。


「本当か! 共に来たいか!」


「う、うん……」


「よし! では行こう!」


 兄様はアベル君の手をむんずと掴むと、グイグイ引っ張りながら書庫へと向かう。私達もその後に続いた。


 兄様に連行されるアベル君を生暖かい目で見守りつつ、先生と手を繋いでお屋敷の長い廊下を歩く。先生のお隣にはウルペスさん。その斜め前にはカインさん。カインさんからは不機嫌な空気が出ている。たぶん、まだおっかない顔をしてるんだろう。


「カイン。そろそろ、本気でスマラクト様の従者の件、考えた方が良いと思いますよ?」


 先生がそう言うと、カインさんが振り返った。と言うか、睨んだ。怖っ! 思わず、先生の手をギュッと握り締める。


「坊ちゃまの従者ならば、私がおります」


「今は、でしょう? 貴方が衰退期に入った時、誰がスマラクト様をお守りするのです? この屋敷の誰かですか? それだって、ずっとは無理ですよね? 皆、スマラクト様よりもかなり年上ですから」


「それは……」


「スマラクト様を可愛がるのも結構ですが、そろそろ、貴方がいなくなった後の事にも目を向けなさい。それが出来ないというのであれば、貴方はスマラクト様の従者失格です。さっさと引退した方が、互いの為ですよ」


「ちょっ! ラインヴァイス様、言い過ぎ!」


 ウルペスさんが慌てたように、先生に声を掛ける。でも、先生は静かに首を横に振った。先生の顔つきは厳しい。まるで、お仕事中のように。


 カインさんは何も言わなかった。でも、不機嫌な空気は治まっていて、その代り、悲しいような寂しいような、そんな背中をしていた。きっと、兄様とお別れになる時を想像したんだと思う。


 目に入れても痛くない程に可愛がっている兄様とお別れになる時が、カインさんには必ずやって来る。だって、カインさんは兄様よりず~っと年上だから。兄様が大人になるまで、カインさんは兄様と一緒にいられるのだろうか? それくらい、彼らには年の差がある。時の流れには逆らえない。兄様とずっと一緒にいて、兄様を守れるのは、同じ時の流れを生きる同年代の魔人族。そう。アベル君みたいな。


 それ以上は誰も何も言わず、書庫へと歩を進める。兄様はこっちの気も知らず、ご機嫌にアベル君を引っ張って歩いていた。


 アベル君はエルフの里を出たがっているし、兄様には同年代の魔人族の子が必要だ。先生がさっき言った、兄様の従者の件を考えろっていうのは、つまり、アベル君を兄様の従者として雇ってみてはどうかという事なんだろう。


 アベル君のさっきの行動――一緒に書庫に行って良いか聞いたのは、たぶん、兄様が駄々をこねてみんなを困らせていたから。アベル君はただ自由なだけじゃないんだなって、先生はその行動を見ていて思ったんだろう。


 自分で言い出した手前、先生はきっと、竜王様とのお話し合いで口添えをしてくれるはずだ。でも、カインさんの気持ちを考えると、私はそれを手放しで賛成出来ない。だって、大好きな人が自分じゃない他の人を見ている切なさは、私にも分かるから。私が先生に抱く感情とはちょっと違うだろうけど、カインさんにとって、兄様は一番大事な人なんだ。一番大事な人の一番になりたいっていうのは、誰だって思うはずだもん……。


 書庫に着いた私達は、それぞれやらなくてはならない事の準備に取り掛かった。カインさんは書類の準備。私はお勉強の準備。ウルペスさんは本探し。先生もウルペスさんに同行するらしい。


 アベル君は初めて入った書庫に興味津々。目を輝かせ、あっちを見たり、こっちを見たり。そんなアベル君を見て、兄様が口を開いた。


「本は好きか?」


「うん。でも、里にはあんまり本が無いんだ。こんなにたくさんの本、初めて見た」


「そうだったのか。戦記などは好きか? 僕のお勧めの本、読んでみるか?」


「良いの?」


「ああ。こっちだ!」


 兄様がアベル君の手を引き、本棚へと駆けて行く。その背を無言で見送ったカインさんが、小さく溜め息を吐いた。見ると、その顔はちょっと寂しそうで……。


「カインさん、あの……えっと……」


 呼んだは良いけど、何て声を掛けて良いのか分からない。元気出してもらいたいのに……。私はギュッと唇を噛み、俯いた。


「現状が坊ちゃまにとって良くない事くらい、ラインヴァイス様に指摘されずとも、分かってはおりました……」


 独り言のようにカインさんが呟く。私はこくりと頷いた。


「私はただ、坊ちゃまをお守りしたかった……。リーラ姫の時のように、二度と、己が無力を味わいたくなかった……」


 ああ、そうか……。カインさんの心にも、リーラ姫の死は、大きな傷となって残ってるんだ……。カインさんの、兄様に対する執着も、本を正せばリーラ姫の死による歪みだったのか……。リーラ姫を守れなかった事への償いと、心の隙間を埋める為の代償行為……。


「老いぼれの自己満足だと笑って下さい……」


「ん~ん。笑わないよ。カインさんはそれだけ、兄様の事が大切なんでしょ? リーラ姫の事だって……」


 傷付いて、悲しんで、後悔して、方法は間違っちゃったかもしれないけど、それでも前を向こうとしたカインさんを、私、笑ったりしない。笑ったり出来ない……。


「でもね、リーラ姫はね、きっと、カインさんを心配してると思うの。独りで頑張ってしんどくないかしら、って。私がリーラ姫なら、きっと、そう思う……」


「アイリス様……」


 兄様は将来、ブロイエさんの跡を継ぐはずだ。ブロイエさんが年を取って宰相さんが出来なくなったら、その代りにお城に来るんだと思う。その時、カインさんが一緒にお城へ来られるくらい元気なら良いけど、それはたぶん無理だと思う。だって、カインさんはブロイエさんよりも年上だから。


 カインさんがいなくなったら、兄様は独りぼっち。流石にそれは可哀想。せめて、カインさんに子どもがいたら――。


「ああ、そっか!」


 閃いた! ポンと手を打った私を、カインさんが不思議そうに見つめている。


「カインさん、跡取り作れば?」


「跡取り、ですか? しかし、私に子は――」


「跡取りって、本当の子どもじゃなくてもなれると思うよ。だってね、跡取りってね、カインさんの考え方から何から全部叩き込んだ、カインさんの分身なんだもん!」


「分身、ですか……」


 カインさんは呟き、考えるように顎に手を当てて俯いた。そうしてしばし。顔を上げたカインさんは、複雑な表情を浮かべていた。悩んでるような、そんな顔。


「少し、お時間を頂ければ、と……」


「ん」


 すぐに心の整理をつけるのは無理だと思う。大真面目な顔で頷いた私を見て、カインさんがフッと小さく笑みを作った。


 しばらくして、席に戻った兄様はお仕事を始めた。そんな兄様の隣にちょこんと座ったアベル君は、大人しく本を読んでいる。兄様のお気に入りの戦記を。男の子って、戦いの本とか好きなのかな? 私にはよく分からない。おとぎ話とかの方が面白いのに。そんな事を考えつつ、私も魔道書を読む。


 治癒術の勉強も少しずつ進み、やっと、中級の終わりが見えてきた。今読んでいる魔道書が、中級最後の術。次からは、上級の魔術を勉強し始めるらしい。こんなに早く勉強が進んでいるのも、回復系は後回しにしているお蔭。でも、体力回復系だけは後回しに出来ない。と言うのも、治癒系の術は、患者さんの体力と魔力を削って傷を治すから。


 術が高度になればなるほど、大きな怪我が治せる治癒系の術。でも、それを使われる患者さんは大怪我をしている訳で。最優先で体力回復を掛けておかないと、患者さんが衰弱死なんて事になりかねない。だから、体力回復系だけは、回復系の中でも絶対に外せない術。病気の人にも役に立つ術だし、知っておいて得しかない。


 だから、上級の勉強は、最初は体力回復が良いってノイモーントさんに伝えてある。今勉強してる術が終わったら、体力回復系の上級魔術を勉強する事になるだろう。早く上級魔術を勉強したい! それで、上級の術もさっさと終わらせて、先生の目を治す術を勉強したい!


 でも、その為には一つ一つ魔術を習得しなくちゃ駄目。物には順序があるんだから。急がない、急がない。でも、中級の終わりが見えてくると、上級が見えてくる訳で。上級が見えてくると、最高位が見えてくる訳で! くふふ!


「……そろそろ休憩にしませんか? アイリスの集中力が切れたようですし」


 先生の声で、私はハッと我に返った。勉強そっちのけで考え事してたの、先生に分かってしまった! う~。失敗、失敗。


「うむ。僕も少々疲れた。休憩だ、じい」


「かしこまりました」


 兄様の言葉に、カインさんが深々と頭を下げた。そして、お茶の準備を始める。私も! お手伝い!


 と思ったのに、私よりも早く動いた人がいた。アベル君だ。彼はお茶を淹れ始めたカインさんの元にとととっと駆け寄ると、何事か声を掛け、お茶菓子を受け取った。そして、それをテーブルに並べる。それが終わると、今度はお茶をカインさんから受け取り、一人一人に配り始めた。う~。私だって、お手伝いしたかったのにぃ!


「アベルは、普段からこういう事をやっているのか?」


 そう聞いたのは兄様。アベル君は「はて?」という顔で首を傾げた。


「こういう事って?」


「今、ごく自然にじいの手伝いをしただろう? そういう事だ」


「あ~。僕、親がいないんだ。だからね、世話してくれるじーちゃんの手伝い、よくしてるんだ!」


「そうだったのか」


 兄様は納得したようにうんうんと頷いた。と、カインさんが不思議そうに首を傾げる。


「親がいない? ご両親共にですか? 貴方のお母様は人族だったのですか?」


「ううん。エルフ族だよ。母さんは、だいぶ前に無理が祟って死んじゃった」


「お父様は?」


「知らない……」


「知らない? 里を出たいというのは、その辺りが原因ですか?」


「え……。うん、まあ……」


 アベル君が困ったように眉を下げながら頷いた。彼の反応を見る限り、里を出たい理由はあんまり聞いて欲しくない話題らしい。でも、カインさんはお構いなし。


「昨日勧誘に行った二人に、こんな小さな村でじじばばに囲まれて暮らすのはもう嫌だとおっしゃったそうですが、可愛がってくれているおじい様を独り残す事に、呵責の念は無いのですか?」


「だって……。じーちゃん、もう歳だし、あんまり迷惑かけるのも悪いし……。僕と血、繋がってないし……。それに、僕のせいでじーちゃんまで除け者されるの、可哀想だし……」


「除け者? 除け者とは何です?」


 カインさんの目がキーランと光った。聞き逃せない単語を聞いたぞ的な目をしたカインさんは、それはそれで怖いものがある。だって、適当に誤魔化せない雰囲気なんだもん。洗いざらい全部話さないといけない、みたいな?


「う……。ええっと、除け者とは、仲間外れにされたり、爪はじきにされたりする――」


「言葉の意味を聞いているのではありません。貴方は、里で除け者にされているのですか? ご両親がいないせいで?」


「いや、まあ、親がいないのは関係無いと言うか、そもそも、親の親の親のせいというか……」


「アベル、意味が分からないぞ。きちんと説明しろ」


 兄様がフンと鼻を鳴らしてそう言った。見ると、先生とウルペスさんも、兄様の言葉に同意するようにうんうんと頷いている。私も、うんうん頷いておく。


「これ、里の恥になるから、あんまり話したくないんだけど……」


「だが、それが里を出て騎士になりたいという理由なのだろう? 誰が登用試験の主催者か分かっているのか?」


「う……。その……僕のひいばあちゃん、他の里から来た人だったらしいんだ……。ひいじいちゃんの結婚相手に丁度良い年回りの人がいないからって、他のエルフの里からわざわざ来てもらったんだって、じーちゃんが言ってた。でも、みんなして、ひいばあちゃんを余所者だって除け者にしたって……。その娘のばあちゃんも、そのまた娘の母さんも……。嫌な事とか辛い事とか、他の人がやりたがらない事とかを押し付けて、その見返りに里に住まわせてやっているんだって……。余所者の血が入ってるんだから当たり前だろうって、僕も言われた事があって……」


「排他的な里だとは思っていましたが、そこまでだったとは……」


 カインさんが眉を下げ、同情的な視線をアベル君に注いだ。カインさんだけじゃない。ここにいるみんな、そんな目をしてアベル君を見つめていた。


「も、もちろん、じーちゃんみたいに良い人だっているんだよ! でも、僕……僕は……!」


 アベル君はギュッと唇を噛むと俯いてしまった。その目にいっぱい、涙を溜めて。きっと、昨日、アベル君がバルトさんとウルペスさんに言った言葉は、彼なりの精一杯の強がりだったんだと思う。里を出たいのは、除け者にされているせいじゃないって……。

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