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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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隠れ里 3

 ウルペスさんとアベル君のやり取りを見守っていたカインさんは、少し考えた後、兄様を地面に下ろした。守ってもらっていたはずの兄様だけど、カインさんの守りはダメージを伴うらしい。お腹の辺りを押さえて地面に蹲っている。まあ、口から出たら駄目なものが出なかったんだから、良しとしとかないとね。


 カインさんはフッと力を抜くように、いつもの姿に戻った。でも、まだ警戒はしているらしい。蹲る兄様を背後に庇うように、アベル君と兄様の間に立っている。


「下見と言うのならば、もう用事は済んだでしょう。お引き取り下さい」


 カインさんが冷たい。口調も視線も冷たい。こんなカインさん、初めて見た。でも、これが兄様の護衛としてのカインさんの顔なんだろう。


「えぇ~! まだ、迷路の出口、見つけてないのに! 見取り図だって描いてたんだよ! ほら! 力作なんだから!」


 アベル君は手に持っていた紙を私達の方に掲げて見せた。空白は入り口付近のこの辺りだけで、見取り図はもうほとんど完成している。それよりも、広いな、この迷路。よくこれだけの広さの迷路の見取り図を描いたな、アベル君。


「ほう。どれ、見せてみろ!」


 あ。兄様がいつの間にか復活してた。カインさんを押しのけて前に出ようとする兄様を、カインさんが首根っこを掴んで阻止する。


「坊ちゃま。いつも申し上げているでしょう。少しは警戒心を持って下さい」


「うるさい! じいがそうやって僕に人を近づけないようにするから、僕には遊び相手の一人もいないのだぞ!」


「遊び相手ならば、私がいるではありませんか。ご不満ですか?」


「ああ。不満だ!」


「チッ!」


 ……え? 今、カインさん、舌打ちした? え? え? 戸惑う私を余所に、先生もウルペスさんも平然としている。もしかして、このちょっとガラの悪い感じが、カインさんの素なの? 穏やかで優しい人じゃないの?


「これ、見たいんなら良いよ!」


 アベル君が兄様に迷路の見取り図を渡すと、兄様は食い入るようにそれを見始めた。時々、何かを考えるように視線を彷徨わせている。先生とウルペスさんも興味津々らしい。二人とも兄様のすぐ傍にしゃがみ込み、兄様の手の中の見取り図を見ている。カインさんだけは警戒心露わに、アベル君から目を離さない。


「にしても、凄い迷路だね、ここ」


 アベル君が周囲を見回しながらそう言うと、兄様は見取り図から顔を上げ、満足そうに笑った。


「そうだろう。父上が作った、自慢の迷路なんだぞ!」


「へ~。そうなんだ。時々あった石板、あれも君のお父さんが考えたの?」


「そうだぞ! 僕にも未だ解けない、難解な謎なんだ!」


「あれ、答えあるの? 石板のあった場所、正解の道から外れてるし、目くらましか何かだと思ったんだけど……」


 え? そうなの? 私、昨日、一生懸命、石板追っちゃったよ。ふと先生を見ると、先生は驚いたように目を丸くしてアベル君を見つめていた。ウルペスさんも先生と同じように、驚いたようにアベル君を見つめている。二人の反応を見る限り、アベル君が言った事、合ってるっぽい。何という意地の悪い迷路だ。お城に帰ったら、ブロイエさんに文句を言ってやらねば!


「そ、そんなはずは……!」


「赤い点が石板のある場所でね、石板の周りは行き止まりが少ないんだけど――」


 アベル君が見取り図を指差し、説明を始める。兄様は興味深げに、ふんふんとそれを聞いていた。先生とウルペスさんもアベル君の説明を聞いている。私、つまんない!


「先生! 私、迷路探検行きたい!」


 私が叫ぶと、先生が苦笑しながら立ち上がった。ウルペスさんもよっこらしょと立ち上がる。兄様はそんな私達とアベル君を見比べていた。


「じゃあ、僕はこれで。見取り図の続き描かないとだから!」


 アベル君がすちゃっと手を挙げ、軽い挨拶をする。と、そんなアベル君の前に立ちはだかったのはカインさん。顔が怖い。凄く怖い。取って喰われそう! と、兄様がそんなカインさんを、片手を挙げて制した。


「じい、よせ」


「しかし――!」


「僕は、彼が見取り図を描いているところに興味がある。アベルとやら、同行しても良いか?」


「うん。でも、見てて面白いものじゃないよ? 地味な作業だから」


「良い」


「あ。それ、俺も興味ある!」


 ウルペスさんが手を挙げ、叫ぶ。そんな彼らを見て、カインさんは諦めたように溜め息を吐いた。自由人が三人……。大変だね、カインさん。


「じゃあ、行こっか。ウルペスさんと、ええっと……」


「僕は領主代行スマラクトだ」


「よろしく、スマラクト様」


「ああ!」


 そうして、笑顔の兄様、ウルペスさん、アベル君の三人と、憮然とした顔のカインさんは元来た道を戻り始めた。私と先生は迷路を進む。


 兄様に教えてもらった通りに壁に右手を付いたまま迷路を進んでいると、一枚の石板が目に留まった。気になる。でも、アベル君の言う事が合ってるなら、これは目くらまし。見ない振り、見ない振り。


 いくつもの石板を通り過ぎ、行き止まりにぶつかる度に折り返し、永遠とも思える道のりを、歩く、歩く、歩く……。つ、疲れた……。この迷路、無駄に広い!


 迷路なんてもう嫌だ。やっぱり、私、探索には向いていない。もう出たい! それで、お茶を飲みながらまったりして、先生とおしゃべりしてたい。その方が絶対に楽しい! そう思いつつ歩いていると、迷路の出口が。やっと出られる! たたたっと出口に駆け寄り、駆け抜けた。


「出れたぁ!」


 わ~い! やったぁ! やっと出れた嬉しさのあまり、ピョンピョン飛び跳ねる。と、そんな私を見て、先生が目を細めていた。わ、笑われた。先生に、お子様だって思われた! そう思うとはしゃいでいた自分が急に恥ずかしくなった。


「せ、先生! 兄様達の所、戻ろう!」


「帰りも迷路の中を進みます?」


「外、回って帰る!」


 また迷路の中を進むなんて嫌だ。疲れたから早く戻りたい。そう思ってぶんぶんと首を横に振る。先生はそんな私に優しく微笑むと、手を差し出した。


「では、行きましょうか?」


「ん!」


 こうして私達は手を繋ぎ、迷路を後にした。


 迷路から戻り、兄様達がいるであろう庭に出ると、驚くべき光景が広がっていた。な、何事……? 唖然として立ち尽くす私と先生に気が付いた兄様(?)がこちらを向く。


「遅かったな!」


 そう言った兄様がご機嫌そうに目を細めた。その脇には、不機嫌そうに顔を歪めたカインさん。そりゃ、カインさんも不機嫌になるだろう。だって、兄様の姿……。


 兄様は緑色のドラゴンの姿になって、アベル君をその背に乗せていた。竜化した兄様は先生よりずっと小柄だから、アベル君は兄様の背中に跨って乗っている。まるで、ユニコーンにでも乗っているように。


「お帰り~!」


 ウルペスさんまで……。銀色の獣姿になったウルペスさんが、私達の前にお座りし、ふさふさの尻尾をパタパタと振っている。


「何をしているのですか……」


 先生が溜め息混じりに呟くと、ウルペスさんが目を瞬かせた。


「何って……。見て分かんない? アベル君と遊んでる」


「そういう事ではなく……。何故、獣化しているのです?」


「だってぇ。アベル君、他の種族、見た事無いって言うんだもん。エルフ族って排他的な人、多いから。凄い悲しそうな顔してそう言われたらさ、獣化した姿、見せてあげたいって思わない?」


「思いません」


「うわぁ。ラインヴァイス様、冷たい! こんな冷たい男なんて放っておいて、一緒に遊ぼ、アイリスちゃん!」


「私、疲れた……」


「よっしゃ。じゃあ、お茶にしよっか!」


 ウルペスさんは獣姿のまま、兄様達の元へ駆けて行った。そして、兄様に声を掛ける。兄様が一つ頷くと、アベル君が兄様の背から降りた。アベル君が兄様から少し離れると、兄様の姿が緑色の光に包まれ、光が収まった先にはいつも通りの兄様。いつの間にか、ウルペスさんもいつも通りの姿に戻っていた。


 みんなでテラスに移動すると、使用人さんがティーセットと軽食を持って来てくれた。今日の軽食は、パンとクッキーの中間くらいの、丸い焼き菓子。ジャムと一緒に食べる物らしく、色とりどりのジャムも一緒に運ばれてきた。それを見て、アベル君が目をキラキラ輝かせている。


「うわぁ! これ、本当に食べて良いの?」


「ああ。好きなだけ食べると良いぞ! 足りなければ、追加もある。遠慮する必要は無いからな!」


「うん。いただきま~す!」


 嬉々とした様子でアベル君が焼き菓子に手を伸ばす。そして、ジャムを付けて一口。


「うんまぁ~!」


「気に入ったか」


 嬉しそうに笑いながら、兄様も焼き菓子に手を伸ばす。ウルペスさんも微笑みながら焼き菓子を手に取った。先生だけは焼き菓子を取らず、お茶にジャムを落として飲んでいる。


 あれ、美味しのかな? 私も先生の真似をして、お茶にジャムを落として飲んでみる。うん。美味しい。お茶がフルーティーなお味になった。でも、これだけじゃお腹は膨れない。だから、私も焼き菓子を取った。


 ジャムを付けて焼き菓子を一口。中はしっとり、外はさっくり。でも、焼き菓子自体に味があんまり無いから、ジャムが必須だ、これは。


 ふと、お隣同士に座っている兄様とアベル君を見る。すると、兄様がアベル君の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。口の端に付いたジャムをナプキンで拭いてあげたり、お勧めのジャムを付けた焼き菓子を渡したり。


「なんだか、兄様とアベル君、すっかり仲良しだね」


 私のお隣に座る先生にこっそり話しかける。すると、先生がにっこり笑って頷いた。


「ここには、スマラクト様と同年代の者がいませんから。初めての友達なのでしょうね」


「確かに、ここ、おじさんとおじいさんばっかりだもんね」


 カインさんを筆頭に、ここのお屋敷の使用人さんは年齢層が高い。前に来た時に入ったキッチンにも、若い人は一人もいなくて、おじさんばっかりだった。お庭の手入れをしている使用人さんだって、おじさんとおじいさんの間くらいの歳だ。よくよく考えると、このお屋敷で若い人を見掛けた事、一度も無い!


「叔父上が隠遁する時に城から付いて行った者達ですから、年齢層が高いのも致し方ないのですよ」


 そっかぁ。だからおじさんとおじいさんばっかりなのか。納得、納得。


「それに、スマラクト様が年若い者――第一線で戦えるような者を従者として雇うには、竜王様との協議が必要ですし」


「協議? 何で?」


「スマラクト様は第二王位継承権者。決して低くない王位継承権をお持ちです。派閥を作ろうだとか、王位を狙っているのではと思われない為に、竜王様との話し合いが必要になるのですよ」


「う~ん……。じゃあ、兄様は、戦えるような年齢の人、雇えないの? おじさんかおじいさんしか雇えないの?」


「いえ。勝手に雇ってしまっては不味いという事です。理由如何、人数如何によっては、竜王様はきちんと許可を出すお方ですから、後ろ暗い事が無ければ、事前協議をしておいた方が得策というだけです」


 確かに、竜王様なら話せば分かってくれると思う。でも、友達が欲しいから年の近い子雇って良いか聞いても、うんとは言ってくれないんじゃ……。そう考えると、遊び相手の一人もいないというこの状況も、仕方ないんだと思う。


「でもね、アイリス。一番の原因はあの人にあるんですよ」


 先生が悪戯っぽく笑いながら、目でカインさんを指した。カインさんは兄様の傍にいつも通り立っている。でも、その顔はいつもと違ってかなり不機嫌そう。


 カインさんが原因って? 何で? 不思議に思って首を傾げる。


「カインは、スマラクト様が生まれた時から世話し続けていますからね。可愛くて可愛くて仕方ないのですよ。それこそ、目に入れても痛くない程に。だから、スマラクト様に人を寄せ付けず、彼が頼るのも甘えるのも、叔父上とローザ様意外は自分だけという状況を作り上げた訳です。悪鬼と呼ばれた男も、こうなると形無しですね」


 先生がクスクスと笑う。と、それに気が付いたカインさんがぎろりと先生を睨んだ。普段は絶対にやらない行動だ。たぶん、あれが素の姿なんだろう。穏やかで優しい人の仮面が剥がれ落ちてますよぉ、カインさ~ん!

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