隠れ里 2
次の日、エルフの里へ出かけるバルトさんを見送ると、私と先生は裏庭の迷路へとやって来た。今日も迷路探検だ。今日こそ、自力で出口を見つけるんだから!
「は~。懐かしいなぁ、ここ。全然変わってないや」
そう言ったのはウルペスさん。今日は一日書庫に篭るのかと思いきや、私達が迷路に行く事を聞きつけると、一緒に来てしまった。
良いのかなぁ? でも、お仕事を放り出して、私達に付いて来た兄様よりかは幾分マシ、か……。
「やはり、ウルペスもここで遊んでいたか」
兄様が腕を組み、満足そうにうんうんと頷いている。自分が予想した通りだったから、ご満悦らしい。
「はい。俺たちのお気に入りの遊び場でしたから。ここで色々無茶やったよね、ラインヴァイス様」
「ですね。叔父上も大抵の事は、君達元気だねぇと笑っていましたしね。ただ、魔術使用可の鬼ごっこをした時は、流石の叔父上も怒りましたね」
「あぁ~。でも、あれは、ラインヴァイス様が大人気無い事するからだよ」
「確かに、少し大人気無かったかもしれませんが、使用魔術の上限を設定しなかった方が悪いのですよ。それに、無茶をしたのは僕ではありません」
「いやいやいや。リーラ姫の性格考えたら、流石にあの戦法は無いよ。リーラ姫がムキになるの、目に見えてたじゃん。俺、とばっちりで一月もベッドの上だったんですけど!」
「恨み言は、やった本人に言って下さい。僕は何もしていません」
「ホント、昔からそういうところ、変わらないよねッ!」
話が見えなくて、兄様と顔を見合わせ、首を傾げる。ここでいったい何があったんだろう?
「ねーねー。何があったの?」
先生の上着の袖をクイクイと引き、尋ねる。すると、先生が優しく微笑みながら私の頭をポンポンした。
「話せば長くなりますから」
おっと。先生的には話したくない話らしい。じゃあ、私、聞かない。と思ったのに、ウルペスさんがフンと鼻を鳴らし、口を開いた。
「昔、ここで魔術使っても良い鬼ごっこをした事があったの。その時、ラインヴァイス様ってば、絶対に負けたくないからって、習得したばっかりの絶対障壁を使ったんだよ。俺もリーラ姫も最高位魔術を習得する前で、俺らに絶対障壁を破るのはほぼ不可能って分かっててそういう事するんだから、性格悪いと思わない?」
絶対障壁は、結界術の最高位魔術。物理、魔術に関わらず、大抵の攻撃を防ぐという万能の結界だ。これを破るには、各種最高位魔術をぶつけて相殺させるくらいしか方法は無いはず。それを鬼ごっこで使うって……。流石に大人気無いよ、先生。
「どんな魔術を使っても良いという取り決めだったのだろう? 僕がラインヴァイス兄様の立場だったら同じ事をすると思うぞ? と言うか、絶対にそうするな!」
そう言ったのは兄様。至極当たり前って顔をしている。
「じゃあ、聞きますけど、スマラクト様がリーラ姫の立場だったらどうします? あの頃のリーラ姫は、最高位魔術をまだ習得していませんでした。絶対障壁を突破する為、どう行動したでしょう?」
ウルペスさんが眉間に皺を寄せ、ずいっと兄様に詰め寄った。兄様が顎に手を当て、しばし考え込む。ややあって、閃いたとばかりにポンと手を打った兄様が口を開いた。
「竜化して、ブレスで結界を吹き飛ばす!」
「正解! その結果、何故か俺だけが爆風で吹っ飛ばされて、一月程寝たきりになりました! しかも、ブロイエ様と先代様に、三人揃ってこっ酷く怒られました! 俺、何もしてないのにッ!」
「そ、それは災難だったな……」
兄様がはははと乾いた笑い声を上げる。私も乾いた笑いしか出なかった。カインさんは苦笑している。彼は、先生やウルペスさん、リーラ姫の小さい頃を知っているからね。予想の範囲内なのか、当時見聞きしたかのどちらかなのだろう。
「しかし、災難だけでは無かったのですよ? あの時、ウルペスはリーラに献身的に看病してもらって、鼻の下を伸ばしていたのですから」
「伸ばしてないッ!」
「伸びていました。ついでに、目尻も下がっていました。大層幸せそうな顔で、もう死んでも良いと言っていたのはどこの誰でしたっけ?」
「うぐっ……!」
言葉に詰まったウルペスさんを見て、先生がクスクス笑う。ウルペスさんをからかっているらしい。これはきっと、性格悪いって言われた仕返しだろう。
そんな先生とウルペスさんを見て、カインさんが懐かしそうに目を細めていた。もしかしたら、カインさんが知っている頃の先生とウルペスさんも、こんなやり取りをしょっちゅうしていたのかもしれない。
今回、ウルペスさんをここに連れて来て正解だったかもしれない。穏やかに微笑むカインさんを見ていて、何だかそう思えてきた。
「よし! 今日はラインヴァイス兄様とウルペス思い出の、魔術使用可の鬼ごっことやらをしようではないか!」
兄様が両手を広げ、高らかに宣言する。と、ウルペスさんが「ウゲッ!」と嫌そうな顔をした。ウルペスさんにとって、魔術使用可の鬼ごっこは、思い出と言うよりも心の傷らしい。でも、兄様はお構いなし。目を爛々と輝かせ、期待の眼差しを先生とウルペスさんに向けている。
「別の遊びにしましょうよ。ほら、ラインヴァイス様が絶対障壁を使ったら、アイリスちゃんにそれを破る術は無いですし」
「いや、そんな事は無いぞ。アイリスが泣き出せば、ラインヴァイス兄様なら、絶対障壁を解除するはずだ!」
私、負けそうだからって、泣いたりしないもん! そんなズル、しないもん!
「それに、そもそも、鬼ごっこが成立しないじゃないですか。アイリスちゃんに俺らを捕まえられるとは思えないですし、俺らから逃げられるとも思えませんもん」
「そんな事は無い! アイリスが泣いていれば、どうしたのか気になって近くに寄りたくなるはずだ。それに、泣きながら逃げるアイリスを追う程、僕は人でなしではないぞ!」
何で、私が泣く事前提なのよ、兄様。私、そんな泣き虫じゃないもん!
「私、今日も、普通に迷路の出口探すんだもん」
私が口を尖らせながらそう言うと、兄様がが~んって顔をした。よっぽど、魔術使用可の鬼ごっこをしたかったらしい。でも、残念。私はまだ出口を見つけてないのでした! 私にはまだまだ、普通に迷路を楽しむ余地があるのです! ふふふん。
「し、仕方ない。そんなに出口を見つけたいのなら、この僕が、迷路攻略の秘訣を教えてやろう! 迷路は、こう、壁に片手を付いてだな――」
兄様が迷路の入り口に立ち、右側に伸びる壁に右手を付いた。そうして、そのまま右手を壁に付けながら迷路を進む。私も兄様の真似をして、右手を壁に付きながらその後に続いた。先生とウルペスさん、カインさんもぞろぞろと付いて来る。
迷路は少し行った所で行き止まりになっていた。でも、兄様はお構いなし。突き当りの壁まで進んで行く。そして、右手を壁に付いたまま。道を折り返した。私も兄様の真似をして折り返す。歩く事しばし。入り口を通り過ぎ、通路を少し進むと曲がり角になっていた。
「迷路は、こうして壁を伝って行けば迷わないのだぞ!」
角を曲がりながら振り返った兄様がドヤ顔で説明してくれる。そして、前を向いた兄様が動きを止めた。私達も唖然として、咄嗟に動けなかった。壁に手を付いた兄様のすぐ目の前に、金色の髪の知らない子が兄様と同じように壁に手を付いて立っていたのだから。
金髪の子は、年の頃なら兄様と同じか少し小さいくらい。つぶらな瞳の可愛らしい子だ。でも、怪しいか怪しくないかと言ったら、怪しい人になるんだろう。いくら小さい子だからって、ここは勝手に入って良いお屋敷じゃないもん!
「坊ちゃま!」
真っ先に我に返って動いたのはカインさんだった。彼は兄様を素早く回収すると、金髪の子と距離を取った。
「何者です?」
そう言ったカインさんの見た目が、いつもと大きく違っていた。頭には二本の角。口からはみ出る鋭い牙。あの姿は、ええっと……。あ。そうだ! オーガ族! だからカインさんって力持ちだったのかぁ。納得。
悪魔種オーガ族は、腕っ節自慢の、かなり好戦的な部族だ。石を握り潰せるとか、拳一つで一抱えもある岩を粉々に出来るとか、そういう力自慢エピソードは、ワーベア族に匹敵するくらいある。
力自慢のこの二つの部族、純粋な力比べではワーベア族の方が上らしいけど、殴り合いではオーガ族の圧勝らしい。と言うのも、オーガ族も例に漏れず、固有魔術があるから。それが何と言うか、治癒術師見習いの私からすると、危険極まりないものだし、絶対に使って欲しくないものだったりする。
オーガ族の固有魔術は痛覚遮断。それを使うと、その名の通り、全く痛みを感じなくなるらしい。でも、痛みは身体からの危険信号なんだ。それを感じなくするなんて……。
たとえ骨が折れても、手足が千切れても、力尽きるまで戦い続ける部族。それがオーガ族だ。本には、誇り高い戦闘部族だって書いてあった。
でも、まさかだ。カインさんがオーガ族だったなんて。オーガ族って、もっと、こう、違う感じだと思ってた!
「うわぁ! オーガ族だぁ! 格好良い!」
叫んだのは金髪の子。深い森のような濃いグリーンの瞳をキラキラ輝かせ、カインさんを見つめている。それよりも、あの子の耳……。
「じい……苦しい……。口から、出てはならぬものが……出る……!」
あ。兄様がもがいてる。カインさんにお腹の辺りをがっちり締められてるからね。あれは苦しいはずだ。何たって、相手がカインさんだからね。腕力には定評のあるオーガ族だからね。
頑張れ、兄様。負けるな、兄様! 出たら駄目なものは、出したら駄目だからね?
「あ~。隊長、大丈夫ですよ。その子、不審者じゃないですから」
声を上げたのはウルペスさん。困ったような顔で、後ろ頭をガリガリ掻いている。
「えーっと。アベル君だったっけ? 登用試験、明日だよ?」
ウルペスさんの言葉に、金髪の子――アベル君はこくりと一つ頷いた。やっぱりと言うか何と言うか、アベル君の耳はエルフ族特有の長い耳だし、昨日バルトさんとウルペスさんが勧誘した、登用試験の参加者だ。昨日の話では結構若いのかなって思ってたけど、想像以上に小さい子だった!
「うん。知ってる! 今日は下見に来たんだ。明日迷子になったら困るから!」
「そ、そっかぁ。でも、何で迷路の中にいたのかな? 下見なら、屋敷の場所が分かれば十分だったでしょ?」
「何でって……。そこに迷路があったから。迷路が僕を呼んでた!」
アベル君の答えに、ウルペスさんが乾いた笑い声を上げた。もう、笑うしかないよね。分かるよ、ウルペスさん。このアベル君って子、どれだけ自由なのさ!




