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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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練習 4

 次の日、とうとうウルペスさんとバルトさんがエルフの里へ行く日となった。何だかソワソワして、いつも通り、早く目が覚めてしまった。朝の準備を終え、髪型の本を手にする。


 もし、誰かが早く起きて来たら、髪を結う練習に付き合ってもらおっと! 香油とブラシを上着のポケットに入れ、準備万端! 部屋を後にし、食堂へと向かう。途中、カインさんとばったり出くわした。


「おはようございます、アイリス様」


 深々と頭を下げたカインさんに、私も頭を下げる。


「おはようございます、カインさん」


「サロンにて、お茶の支度をさせて頂いております。朝食までは、そちらでごゆっくりお過ごし下さい。ご案内致します」


 そう言って歩き始めたカインさんの後に続く。前に遊びに来た時は食堂でお茶を出してくれたけど、今日はサロンとかいう部屋なのか。もしかして、前にお手伝いをしようとしたのが原因だったりして……。


 案内されたサロンに入ると、先客がいた。ソファでお茶を飲みながら、昨日、書庫で借りた歴史書を読んでいる。でも、すぐに私に気が付くと、微笑みを浮かべた。


「おはようございます」


「おはよう、先生」


 先生も、いつも早起きしてお仕事をしてるせいか、お休みの日でも早く目が覚めてしまったらしい。日頃の癖は、なかなか抜けないよね。分かるよ、先生。


 先生の正面の席に腰を下ろすと、カインさんがお茶を出してくれた。そして、私達に頭を下げ、部屋を後にする。私はお茶を啜りつつ、上目で先生を窺った。


 お願いしたら、髪、結わせてくれるかな? 読書してるし、邪魔かな? でも、先生の髪、結いたい。ローザさんとブロイエさんみたいに結いっこは出来なくても、私が先生の髪を結うくらいなら――。


 悶々とそんな事を考えていたら、先生が静かに本を閉じた。本の余韻に浸っているのか、目を閉じ、深く息を吐く先生。


「アイリス」


「ひゃい!」


 唐突に名を呼ばれ、飛び上がる程ビックリした。今ので、舌、噛んじゃった。痛い……。


「少し、暇つぶしをしませんか? 朝食の準備が整うまで、まだ時間がありそうですし」


「ひ、暇つぶし? 何するの?」


「アオイ様のお披露目パーティーの支度の時、お嬢様ごっこをしたの、覚えています? あれなんてどうでしょう?」


「ん! やる! やりたい!」


 こくこく頷くと、先生が嬉しそうに笑った。嬉しいのは私なのに。そう思いつつ、私もにんまり笑う。


「あ。そうだ! 誰かが起きてたら髪結わせてもらおうと思って、これ、持って来たの!」


 ポケットをごそごそ漁り、香油とブラシを取り出す。すると、先生は目を丸くした後、クスクスと笑った。


「やけにポケットが膨れていると思ったら、そんな物を入れていたのですか」


「ん!」


「では、これは必要ありませんでしたね」


 そう言って、先生が上着のポケットから取り出したのは、小さな手鏡と小瓶、一本の櫛だった。小瓶の中身はたぶん香油。でも、何で持ってるの?


「アイリスも早く起きて来ると思っていたので。朝食の準備が整うまでやる事が無いのでは、つまらないでしょう?」


 確かに。流石、先生。準備が良い! でも、まさか二人で同じような物を準備していたなんて。それが何だか無性に可笑しくて、二人でクスクスと笑い合った。




「お嬢様。本日はどの様な髪型になさいますか?」


 私の後ろに立った先生が、私の髪を梳きながら口を開く。私は少しの間考え、口を開いた。


「と~っても可愛くて、このリボン使った髪型!」


「かしこまりました」


 私が差し出したリボンを、先生が恭しく頭を下げながら受け取った。こうしてると、本当のお嬢様になった気分。くふふ。顔がにやけちゃう。


 先生はまず、私の髪を二つに分けた。そして、頭の高い位置に髪紐で髪を結う。これだけだといつも通りの髪型だけど、それを今度は太いのと細いの、二本の三つ編みにしだした。これだけでも十分に可愛い髪型だと思う。でも、これで終わらないのが先生らしい。太い方の三つ編みをお団子にまとめ、根元にリボンを結んでくれる。


 チャームポイントは、お団子の真ん中から垂れている細い三つ編み。頭の動きに合わせてプラプラ揺れる。


「如何でしょうか、お嬢様?」


 先生が頭を下げながら問う。私は持っていた手鏡から顔を上げ、後ろに立つ先生を振り返った。


「と~っても素敵!」


「気に入って頂けたようで何よりです」


 顔を上げた先生がにこりと笑う。その笑顔を見て、私の心臓がドクンと跳ねた。慌てて先生から目を逸らす。


「つ、次、先生の番!」


「え?」


「私、メイドさんやりたいの!」


 ソファから立ち上がり、先生の後ろに回る。そして、その背をグイグイと押してソファに座るように促した。


 ソファに座った先生に手鏡を渡し、香油を手に取る。そうして私は先生の髪を梳きながら口を開いた。


「本日はどの様な髪型になさいましょうか、坊ちゃま?」


「アイリス、坊ちゃまは流石に……」


「え~。じゃあ、旦那様?」


「っ! それは……ちょっと……」


「じゃあじゃあ、ご主人様?」


「それも頂けません」


「え~! じゃあ、何て呼べば良いのぉ?」


 坊ちゃまも旦那様もご主人様も駄目じゃ、ごっこ遊びにならないよ! んもぉ~!


「……名を……」


「ん?」


「名を、呼んでくれませんか……?」


「ラインヴァイス様?」


 これで良いの? 首を傾げつつ呼んでみる。すると、手鏡越しに見えた先生の口元が、ほんの少し綻んでいた。先生的にはこれで良いらしい。


「では、改めまして。本日はどの様な髪型になさいましょうか、ラインヴァイス様?」


「昨日と同じ髪型で」


「かしこまりました」


 恭しく頭を下げた後、再び先生の髪を梳く。そうして軽く髪を整え終わると、片側――見えている右目側に編み込みを作り、毛先を三つ編みにして髪紐で留めた。


「如何でしょうか、ラインヴァイス様」


 昨日より、綺麗に出来たと思うんだ。それに、ほんの少しだけ早く結えたと思うんだ。


「昨日より綺麗に出来ていますね」


「ありがとうございます」


 再び恭しく頭を下げると、先生が堪らずといったように噴き出した。私も可笑しくなって笑いだす。


 何だか良いな、こういうの。心がポカポカする。ブロイエさんとローザさんがお互いに髪を結いっこしてるのって、こういう温かい気持ちになれるからなのかな?


 そうこうしている間に朝ごはんの準備が整ったのか、ノックの後、カインさんがサロンに入って来た。そして、髪型が変わっている私達を見て目を細める。


「お二人とも、少し見ぬ間に、素敵な髪型になっておいでですね」


「ん! あのね、これね、先生が結ってくれたの! それでね、先生の髪、私が結ったの! 昨日よりも早く結えたの!」


「そうでしたか。アイリス様は、髪を結うセンスもおありのようですね」


 それほどでもぉ。えへへと笑い、後ろ頭を掻く。


「こちらも、準備が整いました。しかし、もう少しゆっくりお迎えに上がった方が宜しかったですか?」


 カインさんが先生を見てにこりと笑う。先生はというと、複雑な顔をしていた。


 何でゆっくりが良いの? 私、お腹空いてるよ? すぐにごはん食べられるよ? ……はっ! 先生はお腹が空いてない、とか? そう思って先生を見上げていると、私の視線に気が付いた先生がにこりと笑った。


「お腹空いたでしょう? 朝食にしましょうか?」


「ん~……」


「どうしました?」


「先生、お腹空いてる?」


「え? ああ……。もしかして、カインが言った事を気にしているのですか?」


「先生がお腹空いてないなら、私、朝ごはん遅くても良い……」


 お腹空いたけど、先生がまだお腹空いてないなら我慢する。だって、先生と一緒に食べたいもん。一緒に食べた方が美味しいもん……。


「そういう意味ではありませんから、アイリスがそんな顔をする必要はありませんよ」


「申し訳ありません、アイリス様。余計な事を申しました」


 頭を下げるカインさんと、苦笑する先生を見比べる。


「先生、お腹空いてる?」


「ええ。空いてますよ」


「本当?」


「本当です。早く朝食を食べないと、お腹と背中がくっ付いてしまうかもしれません」


 大真面目な顔でそう言ったかと思うと、先生は優しく微笑みながら私に手を差し出した。


「アイリスお嬢様、朝食へ参りましょうか?」


「ん!」


 差し出された手に手を重ねる。お嬢様ごっこ再び、だ。先を歩き始めたカインさんの後を、先生にエスコートしてもらいながら付いて行く。


 気分は、おとぎ話のお姫様。素敵な騎士様にエスコートって、よくあるシチュエーションだもん。くふふ。


 食堂に入ると、赤い騎士服姿のウルペスさんとバルトさんが席に着いていた。私と先生が挨拶をしながら席に着くと、カインさんが食堂を後にする。たぶん、兄様を呼びに行ったんだと思う。


「二人とも、今日はやけに凝った髪型してるねぇ」


 そう言ったのはウルペスさん。ニヤニヤ笑っている。と、そんなウルペスさんに先生がにっこりと笑みを返した。


「ウルペスも今夜、凝った髪型になりますよ。ねえ、アイリス?」


「ん!」


 そうそう。今日もウルペスさんには髪結いとお化粧の練習に付き合ってもらうんだから。今日も髪型とお化粧の研究をして、昨日よりも綺麗にしないとなんだから!


「その返しはキツイ! キツイよ、ラインヴァイス様!」


「茶化すからだろう。何も言わなければ、心を抉られる事もあるまい」


 そう言ったのはバルトさん。膝の上に後脚で立たせたミーちゃんの両前脚を上げたり下ろしたりして遊んでいる。ミーちゃんもまんざらではないらしく、されるがまま。あれ、私もやってみたい……。


 じ~っとミーちゃんを見ていたら、私の視線に気が付いたミーちゃんが「にゃうにゃう」とねこ語で何かを言った。不思議に思ってバルトさんを見る。すると、バルトさんがフッと笑った。


「その髪型、よく似合ってるよ、だそうだ」


「ん! ありがと! あのね、この髪ね、先生がやってくれたんだよ!」


 私がそう言うと、ミーちゃんが「ケッ!」て顔をした。そして、その顔のまま「にゃうにゃう」と何事か言っている。


「なんか、ミーさん、やさぐれてません?」


 そう言ったウルペスさんは苦笑している。バルトさんも苦笑する。


「思いがけず、団長を褒めた形になったからだろう。その髪、アイリスが自分で結ったと思っていたらしい」


「あぁ~。アイリスちゃんが結ったのは、ラインヴァイス様の髪でしょ? ほら、褒めてあげなよ、ミーさん」


「うにゃにゃにゃい! シャッ~!」


「うわっ! ミーさんが怒った!」


「茶化すからだ……」


 ウルペスさんとバルトさんとミーちゃんって、何だかんだ良いバランスの三人組だと思う。バルトさんが他二人を面倒見てる感はあるけど、彼になら任せていられる安心感があるし。先生も同じ事を思ったのか、三人のやり取りを見て、微笑まし気に目を細めていた。

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