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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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練習 3

 お化粧練習をした後は、みんなでお茶を飲みながら休憩となった。因みに、先生もスマラクト兄様も、髪とお化粧はそのままだったりする。兄様の面白化粧顔にも慣れ、やっとまともに見れるようになった。となると、気になるのは手直し箇所で。


 白粉が濃すぎた。真っ白でのっぺりしている。頬紅も濃すぎた。人によっては赤いほっぺだってチャームポイントになるけど、兄様の場合は面白ポイント。アイシャドウも濃すぎた。紫色の瞼が何とも言えないキモさを醸し出している。口紅も濃すぎた。毒々しい赤が目に眩しい。


 全てが濃すぎて、こんな出来になったんだな。かといって薄すぎると、さっきの先生みたいになっちゃうし。丁度良い具合に、お化粧の濃さを調節出来るようにならないとだな。それが出来るようにならないと、アオイのお顔にお化粧なんて出来ない。万が一にでも失敗して、面白化粧になっちゃったら笑い事じゃ済まないもん。


 ローザさんで練習するにしても、ある程度はちゃんと出来るようになっておかないと。この後、ウルペスさんが帰って来たら練習させてもらって――。明日も明後日も、ここにいる間は練習させてもらおう。ウルペスさん、面倒臭がるかな? 大人しく、練習台になってくれると良いんだけどな……。


「どうした? 何か心配事か?」


 兄様に問われ、私はハッとして顔を上げた。見ると、兄様だけでなく、先生もこちらを見ていた。心配そうな顔で。


「ん~ん。ウルペスさんが協力してくれるかなぁって考えてただけ」


「それなら大丈夫だろう」


 兄様が自信満々にそう口にする。先生も兄様の言葉に同意するように、うんうんと頷いていた。二人とも、ウルペスさんの説得に自信があるらしい。説得は、二人に任せておけば大丈夫、かな……?




 日が傾いてきた頃、出掛けていたウルペスさんとバルトさんがお屋敷に戻って来た。カードゲームをしていた私達にそれを知らせてくれたのは、お屋敷で働く使用人さんの一人。


「そうか。では、二人をここに連れて来い」


「え……。宜しいので?」


 使用人さんが戸惑いがちに口を開く。兄様は「うむ」と頷いた。使用人さんがカインさんを見る。すると、カインさんも微笑みながら頷いた。


 何でこんなに戸惑って……? はっ! 先生と兄様のお化粧と髪、そのままだった! 見慣れちゃったからか、違和感が無くなってたけど、二人が見たら驚くだろうなぁ。先生も兄様も、ウルペスさんとバルトさんを驚かす気、満々?


 しばらくすると、兄様の部屋の扉がノックされた。きっと、ウルペスさんとバルトさんだ。兄様が短く返事をすると、ゆっくりと扉が開いた。使用人さんに案内されたウルペスさんとバルトさんが部屋に足を踏み入れる。


「ただいま戻……」


 バルトさんが途中で言葉を切り、固まる。その顔は驚愕一色。ウルペスさんも驚きに目を見開いたまま固まっていた。その手から、持っていた紙束がばさりと落ちた。


 そんな二人を見て、先生とカインさんは明後日の方を向いて肩を震わせていた。兄様は「してやったり」とでも言うように、ニヤニヤと笑っている。


「あの……これは、また……大層な出で立ちで……」


 コメントに困るバルトさんの気持ちも分かる。分かるけど……! 大層なって。大層な、って……! もう、限界……! 必死に堪えていた笑いが堰を越えた。私がお腹を抱えて笑い出すと、先生とカインさんも堪えきれなくなって大笑いしだした。兄様は満足そうに、にんまりしている。


「スマラクト様? その顔、鏡見ました……?」


 ウルペスさんが遠慮がちに口を開く。聞きたくなるよね、それ。見てたら、絶対にお化粧落としてるはずだもんね。髪だって、解いてるはずだしね。


「いや。見ていない!」


「見た方が良いですよ……たぶん……」


「そうか? まあ、そろそろ夕食にしようと思っておったし、落として来るか」


 兄様がそう言ってソファから立ち上がる。そして、お隣の寝室らしき部屋へと入っていった。そうして待つ事しばし。


「なんじゃこりゃ~!」


 兄様の悲鳴が響き渡った。それを聞いて、私と先生、カインさんが再びお腹を抱えて笑ったのは言うまでも無い。


 その後、先生もお部屋でお化粧を落とし、夕食にする事となった。食堂に集合し、ウルペスさんとバルトさんから今日の報告を聞きながらごはんを食べる。


「思った以上に反響があったな」


 兄様が書類を見ながら口を開く。さっき、ウルペスさんが落とした書類。あれは登用試験の参加申込書だったらしい。事前に受け付けていたよりも多く集めて来たんだから、ウルペスさんもバルトさんも頑張った!


「比較的、年若い者からの希望が多かったように思います」


 そう言ったのはバルトさん。ミーちゃんにお魚を取り分けてあげつつ、真面目なお話をするところは流石だ。


「ほう……。悪くない」


「ええ。良い傾向だと思います。ですので、試験の方は――」


「分かっておる。志願者の伸びしろも考慮する事としよう」


「お願いします」


「うむ。しかし、よくもまあ、これだけ集まったものだ」


 兄様が感心したような、それでいて呆れたような、そんな声を出した。すると、バルトさんがフッと小さく笑い、ウルペスさんを見る。ウルペスさんはというと、お魚さんに悪戦苦闘していた。このお魚さん、小骨があるから食べにくいよね。分かるよ、ウルペスさん。でもね、ウルペスさんも一緒に勧誘に行ったんだから、我関せずは良くないよ!


「ん? ウルペスが勧誘したのか?」


 バルトさんの視線を追った兄様が、不思議そうに首を傾げる。すると、バルトさんはゆっくりと首を横に振った。


「いえ。ウルペスはただ突っ立っていただけです。しかし、騎士服を着て、その場にいた事に意味があったようで。ここまで若い役職付きは、今までいませんでしたから。団長の若さも広く知れ渡っておりますし、その結果かと」


「ふむ……。若者の野心をくすぐったか」


「はい。若くとも、実力さえあれば上を目指せる。そう思った者が多かった結果でしょう」


「なるほど、な……」


 兄様は書類を見つめ、何事かを考えているようだった。兄様が何を考えているのか気にはなるけど、私に政なんて分からない。だから、余計な事は聞かず、ごはんを食べ進めた。


 そうしてごはんを食べ終わり、みんなで食後のお茶をする。お茶菓子はお芋のプティングだった。お芋の味が良い感じ。普通のプティングとはまた違ったお味で、一言で言うなら美味。


「ウルペス。この後、少し時間を貰えるか?」


 そう切り出したのは兄様。お茶を啜りながら、上目でウルペスさんを窺う。


「え? あ、はい……」


「何。心配はいらぬ。ラインヴァイス兄様とアイリスも一緒だ」


 兄様がニヤリと笑う。何かを企んでいるのが、一目で分かる笑い方。そんな兄様を見て、ウルペスさんが怪訝そうな顔をした。


「ラインヴァイス様とアイリスちゃんも?」


「ああ。希望とあらば、バルトにも、共に来てもらって構わぬぞ?」


「はあ……。あの、何をするのか聞いても?」


「大した事ではない。アイリスの練習に付き合うだけだ」


「練習……?」


 ウルペスさんは不思議そうに兄様を私を見比べた。でも、すぐに何かに気が付いたような顔をし、ガタリと椅子から立ち上がった。そんなウルペスさんの腕を、お隣に座っていた先生が掴む。


「逃げられると思っています?」


 そう言った先生は笑っていた。でもね、目が全然笑ってないの。それを見たウルペスさんが顔を引き攣らせた。


「化粧の練習なら、ラインヴァイス様とスマラクト様が付き合ってあげれば良いじゃん! 俺まで巻き込まないで!」


「ほう……。この僕の頼みを断るつもりか?」


 そう言った兄様から、どんよりした重苦しい空気が出始める。これは兄様の威嚇? 先生や竜王様とはまた違った雰囲気だ。粘っこく、纏わり付く感じの空気。これはこれで迫力があるかもしれない。


「今夜は野宿にはちと冷えると思うぞ、ウルペス?」


 兄様のこれは、意訳すると「断れば、お屋敷から追い出すぞ」って事かな? 町までどれくらいの距離があるのか分からないけど、お屋敷から見える距離に町は無い。という事は、それなりの距離がある訳で……。転移魔術が使えれば良いけど、そうじゃなければ、兄様の言う通り野宿確定なんだろう。はてさて、ウルペスさんは転移魔術が使えるのかどうなのか。ここに来る時の、ブロイエさんの転移では慣れてる感じがしたけど……。


「大した事は頼んでいないであろう? 僕やラインヴァイス兄様がしたように、アイリスに髪と顔を少し弄らせてやれば良いだけなのだから」


「スマラクト様、ご自身の顔、鏡で見ましたよね? あれが大した事ないんですか?」


 ウルペスさんがジトっとした目で兄様を見る。すると、兄様は満面の笑みで頷いた。


「ああ。大した事ではない。むしろ、ご褒美だ!」


「うわぁ……」


 兄様の発言には、声を上げたウルペスさんだけじゃなく、この場にいる全員がドン引きした顔をした。自分でやっといてなんだけど、あれがご褒美って……。兄様……。


「とにかく、だ。僕の頼みが聞けないと言うのなら、屋敷への滞在は許可出来ん。早々に、父上に迎えに来るよう、連絡させてもらう。流石に、今夜中に迎えに来るというのは無理だろうが、明日には来るだろうな。はてさて、エルフの里に行く時間があるかのう?」


「ちょっ!」


「ああ、そうだ。一人で帰還も体面が悪いな。勧誘を失敗したなどという噂が立たぬよう、二人が予想以上の働きをしてくれた事は父上と竜王様には報告しておこう。だから、バルトと二人一緒に帰るが良――」


「だあぁぁぁ! 分かりましたよ! 付き合えば良いんでしょ! 付き合えば!」


「うむ。僕は、話の分かる者は嫌いではないぞ。では、早速だが行こうか!」


 兄様が椅子から立ち上がり、スタスタと扉へ向かう。その後ろを、ウルペスさんが諦めきった顔で続いた。私も後に続く。先生とカインさんも一緒。そして、バルトさんとミーちゃんも。


 みんなで兄様の部屋に移動すると、早速、髪結い練習から取り掛かる事にした。束ねてあったウルペスさんの髪を解き、ブラシで梳く。ウルペスさんの髪は柔らかめで、フワフワした感じ。サラサラ髪の先生や兄様とはまた違った手触りだ。


 今日の髪型は基本中の基本、後ろで一つのお団子。ローザさんの髪型より、少し簡単そうなのにした。


 ウルペスさんの髪を後ろで一つに結い、本を参考にしながらお団子にまとめる。そして、髪飾り。ローザさんが昔使っていたという髪飾りの中から、銀髪のウルペスさんの髪に映えそうな、金の地金に青い石がはまった物を選んだ。それをお団子の根元に付けて、と。


「完成!」


 どうかな? 上手く出来たと思うんだけどな。見守っていたみんなを振り返る。すると、カインさんが手を挙げた。


「少々手直しさせて頂いても?」


 う~。カインさん的には、まだまだだって事か……。小さく頷き、カインさんと立ち位置を変わる。


「少々きっちり過ぎますね。こう、まとめた髪の毛束を引っ張り出してボリュームを出した方が、華やかさが増します。若い方にはこちらの方が宜しいかと存じます」


 ほうほう。確かに、カインさんの言う通りだ。きっちり結うより若々しいし、華やかな印象になった。少し手を入れるだけで、これだけ雰囲気が変わるのかぁ。


「花を咲かせるようなイメージで毛束を出して頂くと、上手に出来るかと思います」


「ん! 分かった!」


 これは、どんなまとめ髪にも使えるかもしれない! 良い事を教えてもらったぞ!


「では、お化粧をどうぞ」


 そう言って、カインさんが兄様の元に戻った。私はウルペスさんの正面に立つ。


「ウルペスさん、アイシャドウの色、どうする? 好きな色とかある?」


 一応、ウルペスさんの好みも聞いておかないと。そう思って尋ねるも、ウルペスさんは困った顔。


「別に無いけど……。あ。ピンクとか赤とかは絶対に嫌だ」


 ウルペスさんの言葉にこくりと頷き、ローザさんのお化粧道具の中に入っていた香油を手にする。ローザさん愛用の香油。これはきっと、ここに泊まる時用に置いてあった物なんだと思う。


 ウルペスさんの香油の匂いとローザさんの香油の匂いが合わさって、これはこれでありの匂いになった。二人の香油は両方とも、爽やかな匂いだから、かな?


「ねーねー。ウルペスさんの香油、何の匂い? ローザさんの香油の匂いと混ざっても良い匂いする!」


「レモングラス。これ、良い匂い? 薬湯みたいな匂いじゃない?」


「え~。良い匂いだよ。こんな匂いの薬湯だったら飲みた~い!」


「そうかねぇ?」


 ウルペスさん的には、この匂いはあまり好きではないらしい。私は好きなのに。兄様の香油とはまた違った感じでお腹が空く匂いなのにぃ! ウルペスさんは乙女心が分かっとらん! 私は口を尖らせながら、ウルペスさんのお化粧を続けた。


 そうして、一通りお化粧をし終わり、後ろに下がって全体の出来を確認する。うん。悪くはない。悪くはないんだけど……。


「なんか、性格悪そう……」


 ポツリと呟いた私の言葉に、先生、兄様、カインさんだけでなく、バルトさんとミーちゃんまでもがうんうんと頷いた。それを見たウルペスさんが口元を引きつらせる。


 今回は、濃くもなく薄くもなく、程よくお化粧が出来たと思う。なのに、どうしてこうなった……? 助けを求めるようにカインさんを見ると、彼が苦笑しながら口を開いた。


「アイシャドウの色が原因でしょうね。ウルペスの目元は、ブルー系のアイシャドウでは冷たい印象を与えてしまうのでしょう。私でしたら、この様な場合はゴールドと茶を使いますね」


「ん! 分かった! じゃあ、明日はそれを使ってみる!」


 それを聞いたウルペスさんが、ギョッとしたように目を剥いた。


「明日って! 今日だけでしょ!」


「何を言っておる。ここにいる間は毎日に決まっているではないか」


 そう答えたのは兄様。お屋敷の最高権力者の言う事は絶対~! にんまり笑う私と兄様を見て、ウルペスさんが助けを求める様に先生とバルトさんの方を振り返った。でも、先生は微笑みながら、バルトさんは無表情でウルペスさんを見つめ返すだけ。二人に異存は無いらしく、黙って事の成り行きを見守る姿勢だ。


 ウルペスさんは誰からも助け船が無い事を悟ると、両手で顔を覆って泣き崩れた。あ~あ。泣くとお化粧崩れちゃうのに。せっかく、それなりの出来映えになったのに。んもぉ!

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