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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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練習 2

 他愛のない話をしつつ、スマラクト兄様でお化粧練習を続けた。そして、仕上げにと、真っ赤な口紅を引いて――。完成! 数歩後ろに下がって全体を確認する。三つ編みだらけの髪型も相まって、すれ違ったら、色々な意味で思わず振り返ってしまうような出来になった。


 先生とカインさんが、明後日の方を向いて肩を震わせている。声を出して大笑いしないあたり、兄様と私に気を遣ってるんだと思う。でも、笑いたくなる気持ち、とってもよく分かる。それくらい、面白い出来になった。


 濃いお化粧は、一歩間違えるととんでもない事になる。練習させてくれた兄様のお蔭で、と~っても勉強になった。アオイでこれをやったら、流石に怒られる。いや。兄様でも、流石にこれを見たら怒るんじゃ……。


「どうだ? 綺麗に出来たか?」


「あ、うん……」


 まさか、失敗しましたなんて本人に言えない。だから、私は誤魔化すように笑った。すると、兄様が満足そうに頷く。


「そうかそうか。髪も結えて化粧も出来れば、アイリスもメイドとして胸を張っていられるな」


「う、うん。そだね……」


 胸を張るには程遠い出来だけどね。どっちかって言うと、恥ずかしい出来だ。


「次はラインヴァイス兄様の番だ!」


『え……』


 私と先生は同時に声を上げ、顔を見合わせた。まさか、先生にこんな面白化粧をする訳にはいかない。というか、そんな姿になった先生を見たくない。


 ……いや、待てよ。兄様は濃い目のお化粧をしようとしてこんな出来になったんだ。薄化粧なら大丈夫なんじゃないだろうか? アイシャドウとか頬紅とかは、いっそ、塗らない方向でいけば――。うん。いける気がしてきた!


「じゃあ、先生と兄様、席、交換ね!」


「よし!」


 兄様が椅子から立ち上がり、ソファに戻った。先生は私と椅子を見比べ、少し悩んでいる。


「先生、大丈夫だよ!」


 自信満々でそう口にすると、先生は立ち上がるのに少し躊躇した様子を見せたものの、椅子に座ってくれた。早速、そんな先生の顔に香油を薄~く塗る。兄様の香油の匂いも良いけど、やっぱり先生の香油の匂いの方が好き。


「あの……あまり濃くしないで下さいね?」


 先生が不安そうな顔をしながら口を開く。私はそんな先生に、にっこり笑って頷いてみせた。


「ん。大丈夫。薄化粧の練習だから」


「それなら良いのですが……」


 先生は未だ不安そう。そりゃ、兄様のあの顔を見たら不安にもなるだろう。私が先生の立場だったら、不安で不安で仕方ないと思う。どんな顔にされるんだって。


 香油を塗った顔に、白粉を薄く叩く。塗りたくったら真っ白になって、面白化粧の第一歩になっちゃうから注意、注意。肌が全体的に薄ら白くなったら、次はのっぺりしないようにハイライトとかいうキラキラの粉で凹凸を強調して――。


 面白化粧にならないように細心の注意を払いつつ、先生のお化粧を進める。そうして最後に薄ピンクの口紅を引いて完成! 数歩後ろに下がり、全体の仕上がりを見る。


 うん。今度は面白化粧にはならなかったぞ。兄様よりだいぶ自然な仕上がりになった。それに、先生は元々女性的、というか中性的な顔立ちをしているからか、なかなかの美人さんになった気がする。でも、どこか幸が薄そうな顔。何故だ?


「上手に出来ました?」


 先生は未だ、不安げな顔。大丈夫。面白化粧じゃないよ。幸が薄そうだけど。戸惑いつつも頷くと、先生が薄らと笑った。笑った顔も幸が薄そう……。


「あ、あのね、先生……。さっきよりは上手に出来たけどね、失敗した、かも……。ごめんね……」


「え……」


「あ。綺麗には出来てるよ? でもね、幸が薄そうな顔になっちゃったの……」


 しょんぼりしながらそう言うと、先生が何とも言えない顔をした。そりゃ、幸が薄そうな顔にされたら、誰だってこんな表情になると思う。


「アイリス様? 少々手直しさせて頂いても?」


 声を上げたのは、それまで黙ってお化粧練習を見ていたカインさん。驚いて振り返ると、カインさんがにこりと笑った。


「カインさん、お化粧出来るの?」


「ええ。これでも、奥様のお世話係りをさせて頂いていた時期がございますので」


「先生の顔、幸せそうになる?」


「なりますとも」


 自信満々、カインさんが頷く。私はカインさんと立ち位置を変わると、お化粧の手直しを始めた彼を見守った。


 カインさんが手に取ったのは頬紅。面白化粧になると嫌だから、私は使わなかったけど、カインさんは使うらしい。太めの化粧筆に取った頬紅を、カインさんは自身の手の甲で少し馴染ませると、先生の頬に軽く塗った。


 ほうほう。私が兄様で頬紅を使った時は、太めの化粧筆でそのままグリグリ塗ったけど、本当はああやって塗る物だったのか。あれなら、濃くなりすぎないんだな。色はピンクだ。先生は肌の色が白いから。本に書いてあった通りの色だ。


 次に、カインさんはアイシャドウのパレットを取った。細めの化粧筆でクリーム色を瞼全体に塗る。色が付くか付かないかくらいの微妙な塗り加減。あれじゃ、塗ってあるのか塗ってないのか分からないけどなぁ。と思ったら、彼は二色目を人差し指に取った。薄い黄緑色のアイシャドウを瞼の半分くらいに塗る。


「アイシャドウはグラデーションになるように塗ります」


 そう言いつつ、カインさんは三色目、金色掛かった緑色をチップに取り、二重の線に沿うように塗った。私は兄様に紫色のアイシャドウを塗りたくったが、それが駄目だったんだな。グラデーションね、グラデーション。覚えたぞ。


「清楚に仕上げるのなら、これくらいの色味がお勧めです。それと、アイシャドウの色は好き嫌いがありますので、事前に、お化粧をして差し上げる方の好みを伺っておいた方が宜しいかと思います」


「そっかぁ」


「ええ。今回は私の独断と偏見で似合いそうな色を選ばせて頂きましたが、それで納得される方ばかりではありませんので」


「先生? 緑色、好き?」


 一応、確認してみる。すると、先生がくすりと笑った。


「ええ。好きですよ。アイリスは?」


「私も好き!」


 だって、緑色は私の目の色だもん。目の色、好きだもん。母さんとお揃いだったし、ローザさんともお揃いなんだもん。


「そうか。二人とも、そんなに僕の髪色が好きだったのか」


 そう言ったのは兄様。腕を組み、満足そうに頷いている。私と先生は顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。そういえば、兄様の髪も緑色だった。兄様ともお揃いだね。


 アイシャドウが終わると、今度は口紅に手直しが入った。私は薄いピンクを選んだけど、カインさんはそれより少し赤っぽい口紅を手にする。


「口紅は、もう少し色味を足した方が健康そうに見えます」


 カインさんはそう言いつつ、先生の唇を手ぬぐいで拭った。そして、口紅用の化粧筆で口紅を引き直す。


「口紅は、色が濃過ぎると派手な印象になります。時と場合によっては、濃い目の色を選びますが、普段使いには本来の唇の色を参考に選んで差し上げて下さい」


 ん~。口紅一つ取っても、お化粧って奥が深い。仕上がった先生の顔は、さっきとは全然雰囲気が違っていた。清楚だけど華がある。決して、幸が薄そうではない。


「慣れるまでは、思い通りに化粧を施すのは難しいものですが、アイリス様はセンスがあります。練習すれば、きっと上達しますよ」


 そう言って、カインさんがにっこりと微笑んだ。センスがあるだなんて、そんなぁ。んもぉ。照れるなぁ。照れ隠しに後ろ頭を掻く。


「今度、母上で練習させてもらうと良い。きっと、喜んで協力してくれるぞ」


 兄様の言葉にこくりと頷く。今度、お化粧だけじゃなくて、髪も結わせてもらおっと!


「父上も、アイリスになら喜んでその役目を譲るだろうしな」


「ブロイエさん?」


「ん? 何だ? 知らなかったのか? 毎日、父上が母上の髪と化粧をしているのだぞ? 因みに、父上の髪を結っているのは母上だ」


 な、何だって! それは知らなかった。初耳だ。先生も初めて聞いたらしく、驚いた顔をしている。


「何でラインヴァイス兄様まで驚いているんだ? それが普通じゃないのか?」


 たぶん、普通じゃない。先生の反応を見る限り。


 そっかぁ。ローザさん、毎日自分であの髪型に結うの大変だろうなと思ってたけど、ブロイエさんが結ってあげてたのか。ビックリしたけど、妙に納得した。


 毎日、お互いに髪を結いっこするなんて、ちょっと素敵。いつか私もやってみたいな、なんて……。ちらりと先生を盗み見ると、丁度先生もこちらを見た所だった。思いがけず目が合ってしまい、慌てて目を逸らす。


 ビ、ビックリしたぁ! 考えてた事、顔に出てなかったよね? 大丈夫だったよね? ふぅ……。

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