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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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訪問 2

 一月程が経ち、私と先生、ウルペスさん、バルトさん、ミーちゃんの五人がスマラクト兄様の所へ訪ねる日となった。五泊六日の滞在予定。こんなに長い休みをもらっても良いのかとも思ったけど、「こういう事が無いと、休みなんて取れないんだから」ってブロイエさんが言ってたし、アオイもローザさんも「楽しんで来なさい」って言ってたし、大丈夫なんだろう。


 時期的に、ちょっと厚着しないと寒い。だから、今回のお出かけ用の服は、ノイモーントさんのお店で注文して作ってもらった。二月分のお小遣いを使っちゃったけど、黄色いワンピースに濃い赤の上着の組み合わせは、丁度今の時期の山の色みたいでとっても気に入ったから良いんだ。久しぶりに、先生にもらったリボンを付け、ノイモーントさんからおまけに付けてもらったベレー帽を被る。そして、お出かけ用のラッセルボックの背負いカバンを背負うと、私は部屋を後にした。


 今回の訪問、行きはブロイエさんの転移で送ってもらい、帰りはミーちゃんの転移で帰る予定。ブロイエさんやミーちゃんが使う転移魔法って、実は制約があるらしい。知り合いの所か、一度行った事がある所にしか転移出来ないんだとか。ミーちゃん的にはマーキングって言うらしい。それをしていないと転移出来ないから、行きだけはブロイエさんが送ってくれる事となった。


 先生のお仕事部屋に集合した私達は、ブロイエさんの周りに集まる。そうしてブロイエさんの転移魔法で兄様の元へと向かった。


 転移は一瞬。ちょっとクラクラする。この感覚、慣れないなぁ。みんなは平気な顔をしているけど、慣れっこなのかな? う~ん。


 あ。先生は転移魔術が使えるし、もしかしたら、バルトさんもウルペスさんも転移魔術が使えるのかもしれない。そう考えると、私だけ慣れていないのも納得出来る!


「アイリス!」


 呼ばれて振り返ると、間近に兄様の顔。うわっ! 飛びついて来た兄様を咄嗟に受け止める。


「元気だったか!」


「う、うん……」


「今回は何をして遊ぶ? また魚釣りをするか? ベリー摘みもまだ出来るぞ! それとも、近くの山で木の実拾いでもするか?」


 私の腕の中で、上機嫌に捲くし立てる兄様。そんな彼を、ウルペスさんは生温かい目で、バルトさんは呆れたように見つめていた。そんな中、先生が無表情でこちらに手を伸ばす。そして、兄様の首根っこを掴み、ベリッと私から引き剥がすと、傍に控えていたカインさんの方へペイッと放った。


 ……え? 先生の思わぬ行動に、私の目が点になる。今、捨てた? 私の見間違い、じゃない……よね……?


 カインさんの腕の中の兄様を見つめる先生から、背筋も凍るような冷たい空気が漂って来る。う~。ゾクゾクする。先生、超不機嫌。怖い。


「ラインヴァイス兄様は相変わらず容赦が無いなぁ!」


 投げ捨てられたはずなのに、兄様はそれを全然気にしていない。と言うか、凄く嬉しそうに笑っている。さすが兄様。たまにいるタイプの変態さんだけある。


「スマラクト様って、よく、ラインヴァイス様の本気の威嚇受けて平然と笑ってられるよね? と言うか、凄く嬉しそうに見えるんだけど、俺の気のせい……?」


 ウルペスさんがこっそり私に話し掛けてくる。私はウルペスさんの言葉にこくりと頷いた。


「ん。あのね、兄様ね、たまにいるタイプの変態さんなんだって。フランソワーズが言ってたよ」


「フランソワーズさんって、うちの隊長の奥さんの?」


「ん。そう。あのね、兄様ね、怒られたり意地悪言われたりすると喜ぶんだよ」


「ああ……。確かにそういう人、たまにいるね……」


 ウルペスさんはそう呟くと、「ははは」と乾いた笑い声を上げた。と、兄様が、今気が付いたというように、ウルペスさんに視線を移した。そして、「おぉ」と声を上げる。


「確か、ウルペスだったか? 会うのは二度目だな。息災だったか?」


「はい。お久しぶりです、スマラクト様」


「うむ」


 満足そうに頷いた兄様がカインさんの腕から抜け出すと、とととっとバルトさんの元に駆け寄り、その顔を見上げた。好奇心に溢れたその表情は、どことなくブロイエさんと似ている気がする。


「そなたと直接言葉を交わすのは初めてだな」


「はい。第一連隊副長バルトと申します。以後、お見知りおきを」


「ほう……。第一連隊副長、か……」


 兄様がジッとバルトさんを見る。その目はどこか値踏みするようで。バルトさんはそれに気が付いているだろうけど、顔色を変えない。何も言わない。余計な事を言って、兄様の機嫌を損ねたり、本当の目的――ホムンクルス研究の為にエルフの隠れ里に行く口実を作ったと悟られないようにしているんだと思う。


「確か、ウルペスも赤服だったな? こんな田舎の登用試験の手助けに、役職付きが二人、か……。ふむ……」


「に、兄様! 私、お腹空いてるの! お腹と背中がくっ付きそうなの!」


 兄様に考察時間を与えてはならない。絶対に駄目。だって、兄様はブロイエさんの息子。何か感付かれる! 阻止だ、阻止!


「おお、そうか! 茶会の準備は出来ているぞ。アイリスの好きな芋の菓子を、料理人に頼んでおいた!」


「わ~い、わ~い!」


 ピョンピョン飛び跳ね、ちょっと大袈裟なくらい喜んでみる。すると、兄様は満足そうに笑った。


「そうかそうか。そんなに嬉しいか!」


「うん! 兄様、大好き!」


「何! では、ここで一緒に暮らすか!」


「え……。それは嫌」


「ぐふぅ!」


 兄様が胸を抑え、蹲る。たぶん、顔は笑ってるんだと思う。だって、兄様だもん。


「なかなかだね、色々な意味で」


 ウルペスさんが呆れ気味に口を開く。色々な意味とは何か気になるが、褒められた気がする。だから、自信満々、大真面目な顔で頷いた。ウルペスさんは笑いながら、そんな私の頭をグリグリ撫でた。お蔭で、帽子を取ったら髪がボサボサだった。んもぉ~! ウルペスさんってば!


 カインさんの案内で、私達は食堂へと移動した。さっき、兄様が言った通り、食堂のテーブルの上には既にお茶会の準備がされていた。軽食はお芋尽くし。デザートもお芋尽くし!


「うわぁ! 凄い!」


「好きなだけ食べて良いぞ。全て、アイリスの為に準備したんだからな」


「ん! ありがとう、兄様!」


 いそいそと、兄様の斜め向かいの席に座る。私の正面の席には先生、先生のお隣にウルペスさん、私のお隣にバルトさんとミーちゃんが着いた。


「ウルペスとバルトはこの後、早速出掛けるのか?」


 カインさんが淹れてくれたお茶を一口飲み、兄様が口を開く。すると、バルトさんが頷いた。


「はい」


「近隣の町とエルフの里へ、勧誘の使いが行くとの連絡は済んでいる。エルフの里の方は、あまり乗り気の返事ではなかったが、問答無用で追い返される事は無いだろう」


「感謝しております」


「エルフの里へ勧誘など、父上から話があった時には驚いたが……」


 兄様の言葉を聞いているのかいないのか、しれっとした顔でバルトさんがお茶を啜る。あんまり突っ込まれたくない話題だからか、いつも以上に返事も態度も素っ気無い。そんなバルトさんを見て、兄様の後ろに控えているカインさんが若干眉を顰めている。


「バルトはあの里の出身なのか?」


「いえ」


「では、じいも同行させるか? 何かあってからでは遅いからな」


 兄様は純粋に、バルトさんとウルペスさんを心配してくれているらしい。兄様は眉を落とすと、控えるカインさんを振り返った。


「じい――」


「い、いえ! たいちょ――じゃなかった、カイン殿の同行は不要です。我々にお任せ下さい!」


 慌てて叫んだのはウルペスさん。そんな彼を、兄様は目を丸くして見つめていた。


「隊長? もしや、ウルペスはじいの元部下なのか?」


「そうです! 元部下です! 元部下を信じて、お屋敷で待っていて下さい!」


 「ね?」とウルペスさんがカインさんに視線を送る。ウルペスさん、必死である。出来るなら、バルトさんと二人だけで行きたいんだろう。だって、その方が自由に行動出来るもん。


「ご心配には及びませんよ、坊ちゃま。エルフの里に行きたいと言い出したのは、この二人のうちのどちらかでしょうし」


 表情を変えず、カインさんが鋭い指摘をする。バルトさんは相変わらずだけど、ウルペスさんが不味い。顔色が変わってる。行動を読まれて焦ってるのが一目で分かる。


「む? じい、どういう事だ?」


「先程、坊ちゃまもおっしゃっていたでしょう? こんな田舎の登用試験の手助けに役職付きが二人、と」


「ああ。確かに言った。違和感があったのでな。普通は、来ても一般の上級騎士程度。誰も来ない事さえざらにある」


「ええ。その通り。こんな田舎に逸材など、なかなかいませんから。しかも、近隣の町の他に、エルフの里とは……。領内でも一、二を争う程人口が少ない集落へ、わざわざ行く意味などありますでしょうか?」


「無いとは言い切れないが、あの里の排他的な雰囲気を鑑みるに、他の集落に行った方が互いにとって有益だと思う」


「ええ。私もそう思います」


「だが、父上から連絡があったのだぞ?」


「ウルペスは旦那様の愛弟子です。大方、旦那様に頼み込んだのでしょう。旦那様もグルですね?」


 カインさんがにっこり笑ってウルペスさんに尋ねる。ウルペスさんはアワアワと慌てている。もうね、態度が正解だって言ってるよ、ウルペスさん。


「父上も……。という事は、アイリスとラインヴァイス兄様もグルなのか……?」


 兄様がしょんぼりしながらこちらを見た。久しぶりに遊びに来たと思ったら、別の目的があったなんて、そりゃ、兄様じゃなくても悲しくなる。こんな風に、お茶会の準備までして、とっても楽しみにしててくれたんだろうし……。


 うう……。胸の奥がチクチクする。これが罪悪感ってやつか……。ごめんね、兄様。騙すような真似して……。


「兄さ――」


「団長とアイリスは関係ありません」


 私の言葉を遮るように口を開いたのはバルトさん。きっぱりはっきりとした口調で、先生と私が無関係だと言い切った。


「帰れとおっしゃるのなら従います。ですが、今回の登用試験の手助けの任を、宰相殿より与えられているのも事実。それは精一杯行うつもりでおります。どうか、滞在の許可を」


 頭を下げたバルトさんを見て、兄様、カインさんが驚いたように目を見開いた。


「お願いします!」


 ウルペスさんも、両手をテーブルに付くと、ガバッと勢い良く頭を下げた。兄様とカインさんが困ったように顔を見合わせる。


「顔を上げよ。そこまで必死になる理由は? 聞かせてもらえないか?」


 兄様が困り顔で尋ねると、今度は頭を上げたウルペスさんとバルトさんが顔を見合わせた。そして、バルトさんが首を横に振る。


「申し訳ありませんが、それは出来かねます」


「理由は話せないが滞在させろ、と? 随分虫の良い話ではないか?」


「自分でもそう思っております。ですが、理由を話せば、貴方方にもいずれご迷惑をお掛けする事になるやもしれません。自分もウルペスも、それは望んでおりません。どうか、ご容赦を」


「ふむ……」


 兄様は顎に手を当て、俯き、考え込んだ。それを、この場にいる全員が緊張の面持ちで見つめる。ややあって、兄様は顔を上げると、決めたとばかりに頷いた。


「良いだろう。滞在を許可しよう。登用試験の勧誘要員は、どのみち必要だしな。それを役職付きがやってくれるというのなら安いものだ」


「ありがとうございます」


 バルトさんが頭を下げる。それを見て、ウルペスさんも慌てて頭を下げた。


「それにしても、難儀な物に手を出そうとしているな。咎人になる事も、一生を捧げる事も厭わないのか?」


 兄様がティーカップに手を伸ばす。そして、それを啜りながら上目でバルトさんを窺った。何気に、兄様ってば、ウルペスさんとバルトさんが禁術の研究してるの、気が付いたっぽいな……。


 兄様とバルトさんの間に緊張感が漂う。そうしてしばらく見つめ合っていた二人だけど、折れたのはバルトさんだった。溜め息を一つ吐き、口を開く。


「必要とあらば。代償を払わず、望みが叶うなどとは思っておりません」


「そこまでする理由は? それくらいは聞かせてくれても良いだろう?」


「愛する人の為です」


「……臭いな」


「ええ。自分でもそう思います」


 兄様とバルトさんがフッと笑い合う。二人の間にピリピリした空気は流れてないし、丸く収まったんだと思う。


 ふぅ。緊張した。でも、兄様が話の分かる人で良かったぁ。禁術の事だって、兄様の様子を見る限り、誰にも言わない気がする。何となくそう信じられる。だって、兄様だもん。

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