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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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ミーちゃん 1

 ベルちゃんとの騎乗練習が始まってから二月程が経ち、汗ばむ日が続くようになって来た頃、初めてお城の外で騎乗練習をする事になった。先生とバルトさんが付き添いで、緩衝地帯まで行って帰って来るだけのコース。でも、放牧場以外でベルちゃんに乗るのは初めてだから、ちょっと緊張する。ベルちゃんの背中の上でごくりと生唾を飲み込むと、ベルちゃんがこちらを振り返った。その瞳には不安の色。


「緊張しているのか?」


 バルトさんが私の隣にユニコーンを並べ、そう問い掛ける。私は小さく頷いた。


「いつも、放牧場の中だけだったから……」


「どこで乗っても変わらない。アイリスが緊張すればユニコーンが不安になる。歩き慣れた道だろう? もっと肩の力を抜け」


「ん……」


 大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐き出す。そうして深呼吸すると、少し気持ちが落ち着いてきた。それを見計らったように、先頭の先生が出発する。その次に私とベルちゃん、最後にバルトさんが続いた。


 パカパカと、三頭のユニコーンの蹄の音が響く。目的地は遠目に見えてるし、目の前には先生がいるし、後ろにはバルトさんもいるし、大丈夫。いつも通り、何も変わらない練習だ。大丈夫、大丈夫。


 そよそよと優しい風が私の頬を撫で、森の匂いを運んでくる。途端、ベルちゃんが落ち着かないというように、辺りをキョロキョロと見回し始めた。今にも足を止めそうだ。手にしたベルちゃんの手綱を軽く振る。


「ベルちゃん、集中、集中」


 ハッとしたように、ベルちゃんが足を速める。前を行く先生に少し遅れていたけど、あっという間に追いつき、追い越した。


「ベルちゃん、速すぎ。抜かしたら駄目でしょ」


 今度は手綱をほんの少し引き、ゆっくり歩かせる。いつもよりベルちゃんの扱いが難しい。追い越しなんて、今までした事なかったのに……。


「少しナイーブになっているみたいですね……」


 隣に並んだ先生は思案顔。先生のユニコーンはベルちゃんを励ますように鼻を寄せている。私もベルちゃんの首をトントンして励ました。


「想定の範囲内です」


 そう言ったのは、後ろから付いて来ていたバルトさん。ベルちゃんの訓練責任者のバルトさんがそう言うんだから、大丈夫だろう、きっと。


 訓練を始めたばかりのユニコーンには、訓練責任者として担当の人が付く。バルトさんはベルちゃんの担当。人見知りのベルちゃんが、呼ばれて毎回ちゃんと挨拶するのは厩舎で働く人の中でもバルトさん他、数えるくらいしかいないのに、訓練責任者をやっても良いよって言ってくれた人がバルトさん以外にいなかったらしい。


 本当なら、バルトさんはこういう事の担当はしない。だって、バルトさんは第一連隊の副長さんだから。役職付きの人は忙しいから、訓練責任者からは除外されるのが普通なんだって、先生が教えてくれた。訓練中はこうして付き添いをしたりしないといけないけど、役職付きとしての仕事もおろそかに出来ないし、時間のやりくりが難しいらしい。


 何で他の人がベルちゃんの訓練責任者をやりたがらなかったかと言えば、理由は私にある。私が人族だから。厩舎で働く人の多くがエルフ族で、人族に良い感情を抱いていない。私とはあんまり関わりたくないっていうのが彼らの本音。意地悪なんかはされた事は無いけど、私とは積極的に関わらないようにしているのが、彼らの行動を見ていて良く分かる。エルフ族以外の部族の人だって厩舎で働いているけど、その人達はエルフ族の人達の目を気にしているのが伝わってくる。


 人族だからって理由で避けられるの、本当は凄く悲しい……。私だって、好きで人族に生まれたんじゃないのに……。私だって、魔人族が良かった。ローザさんとブロイエさんの本当の子どもとして生まれたかった。そうしたら――。


「アイリス?」


 隣に並ぶ先生の呼ばれ、ハッと我に返った。いけない、いけない。ユニコーンに乗っている時は集中しないといけないんだった! 考え事はまた今度! キリッとした顔で進行方向を見据える。


「大丈夫ですか?」


「ん!」


「ノイモーントの家で休憩させてもらう話はつけてあります。その後、荒野で駆け足の練習をしつつ、城に戻ります。出来そうですか?」


「ん。大丈夫!」


「では、頑張りましょうね」


「ん!」


 頷き、まっすぐ前を見る。遠目に見えていた緩衝地帯はもうすぐそこだ。頑張ろう。お~!


 その後、大きな問題は無く、緩衝地帯に到着した。孤児院は現在改修中。足場でぐるりと囲われ、一種、異様な雰囲気を醸し出している。足場の上には数人の職人さん。しかも、全員魔人族。訓練を無事に終わらせた、優秀で信頼に値する人材とは、先生談。知らな人が見たら、きっと、驚くべき光景なんだと思う。魔人族が人族の領域にいるなんて、と。


 でも、ここで暮らす子達は前と全く変わらない。外で遊んでいたり、畑仕事をするヴォルフさんを手伝ったり、洗濯物を干すミーナを手伝ったりと、自由に過ごしている。これが、アオイとこの国、いや、今では魔大陸全体で目指している姿なんだと思う。


 ノイモーントさんの家に到着すると、ベルちゃんから下りて、ノイモーントさんの家のユニコーン用の小屋の柱にベルちゃんを括った。先生とバルトさんもユニコーンを括る。


 外で遊んでいた子達が私達のユニコーンを見て、わらわらと寄って来た。その中にはアクトの姿も。意地悪を言われる前に、ノイモーントさんの家に避難! そう思って慌てて戸口に向かう。でも、そんな私より素早い人がいた。バルトさん……。


 バルトさんが激しく扉をノックする。もうね、早く開けろって言ってるの、ノックの音で分かる感じ。これだけ人族が苦手なのに付いて来てもらって、逆に申し訳なくなってしまう。


 ノイモーントさんの穏やかな返事の後、扉が開く。すると、バルトさんが転がり込むように中に入っていった。私も慌てて中に入る。ふぅ~。二人同時に安堵の息を吐く。


「今、お茶を淹れますから。適当に座って下さい」


「ありがとうございます」


 最後に家の中に入った先生が静かに扉を閉めながら、ノイモーントさんにお礼を言う。私とバルトさんも慌てて頭を下げた。


 私と先生は隣同士に、バルトさんが先生の正面の席に腰を下ろした。ノイモーントさんが淹れてくれたお茶を啜って一休み。あれ? そういえば……。


「フランソワーズは? 孤児院?」


 私がそう尋ねると、私の正面の席に腰を下ろしたノイモーントさんが小さく笑いながら首を横に振った。そして、上を指差す。上って……。


「寝てるの? 具合悪いの? いつから?」


 ノイモーントさんの家の二階は寝室だったはず。そこにいるって事は寝てるって事。風邪でもひいた? こんな時期に?


「昨晩から。具合が悪いと言えば悪いですけど、心配は無いとフォーゲルシメーレ殿が。生理現象のようなものだから、と」


 具合悪いのが生理現象? 意味が分からなくて、私は首を傾げた。先生も分からなかったらしく、不思議そうな顔でノイモーントさんを見ている。唯一、今のやり取りで分かったらしいのがバルトさん。彼は姿勢を正すと、ノイモーントさんに頭を下げた。


「隊長、おめでとうございます」


「ええ。ありがとうございます」


 おめでたいの? 具合悪くて寝てるのに? ええっと……?


「つわりですよ。子どもが出来たんです」


 ノイモーントさんの言葉にやっと納得いった。そりゃあ、おめでたい!


『おめでとうございます』


 期せずして、先生と声が重なった。二人で顔を見合わせ、微笑み合う。


「ただ、一つ問題がありまして……」


 ノイモーントさんが遠慮がちに口を開く。


「竜王様へ報告に行きたいのですが、フランソワーズをひとり残して行くのも心配で……。そこでお願いがあるのですが、少しの間、留守番していてもらえないでしょうか? 報告を済ませたらすぐに戻って来ますから」


「ええ。分かりました」


 先生が微笑みながら頷く。ノイモーントさんはパッと顔を輝かせると、二階に上がってフランソワーズに声を掛け、取るものもとりあえず家を飛び出して行った。たぶん、ユニコーンで行ったんだろう、蹄の音が玄関前を通り、遠ざかっていく。正に飛んで行った感じ。留守番がいても、フランソワーズが心配なんだろうな。


「凄い勢いで飛ばしていきましたね……」


 先生が苦笑しながら、テーブルの真ん中に置いてあったお茶菓子に手を伸ばした。私もお茶菓子を一つもらう。これは……蒸しパン? それにしては重いような……。一口かじると、中から変な物が出てきた。ほろっとしていて甘い中身。それが薄い蒸しパンと合わさって、絶妙なお味。一言で言うなら美味しい!


「不思議な茶菓子ですね」


「ん。初めて見たけど、サクラさんとフランソワーズ、どっちが作ったのかな?」


「どちらでしょうねぇ……」


 緩衝地帯で食べる不思議な食べ物は、大抵がサクラさん作の異世界料理。たま~に、フランソワーズ作のメーア大陸料理。ここがフランソワーズの家だという事を考えると、フランソワーズが作ったお菓子という可能性が高い。でも、油断大敵。この緩衝地帯には、たくさん作ってご近所さんに配る、おすそ分け文化があるんだから。


 遅れてお茶菓子を取ったバルトさんが、それを一口かじった。そして、不思議そうに手の中のお茶菓子を見る。でも、それも一瞬だった。バルトさんはこの不思議なお茶菓子をいたく気に入ったらしく、残りを一気に食べると、二つ目に手を伸ばした。


「そう言えばバルトさんって、いつ、緩衝地帯に入る訓練受けたの? 孤児院の工事してる職人さん達と一緒に受けたの?」


 お茶菓子をぱくつくバルトさんにそう尋ねると、先生がクスクスと笑った。不思議に思って先生を見る。


「バルトは訓練を免除する代わり、人質を取られているのですよ」


「人質?」


「アオイ様の白い獣。一緒に緩衝地帯に行かない事を条件に、訓練が免除になりました。バルトには、訓練よりもそちらの方が効果的だろうからと、叔父上が。白い獣も乗り気でしたし、それで良いだろうと竜王様の許可も下りました」


 言われてみれば、今日はバルトさんとミーちゃんが一緒じゃない。今、初めて気が付いた!


「人族に何かしたら、ミーは一生、俺と口を利いてくれないらしい。嫌味すら不可だそうだ……」


 そう言って、バルトさんが憂鬱そうに溜め息を吐く。そんなバルトさんを見ていて、慌てて家の中に入った理由が分かった。孤児院の子達と顔を合わせて、万が一にでも嫌味なんて言ってしまった日には、ミーちゃんが口を利いてくれなくなるからだ!


 ミーちゃんの言いつけなら絶対に守るだろうというバルトさんの変な信頼度の高さ……。私も納得出来ちゃうんだから、よっぽどだと思う。流石、獣狂いのバルトさんといったところだろう。


「何かごめんね、バルトさん。緩衝地帯だとミーちゃんと一緒にいられないし、今度の訓練は魔人族側の領域にして良いよ?」


「ああ。そう言ってもらえると助かる」


「何を言っているのですか……」


 私達のやり取りを聞いていた先生が、呆れた顔でそう言った。私はそんな先生をキッと睨む。


「二人は恋人同士なの! 一緒にいられないと寂しいでしょ! バルトさんだけじゃなくてミーちゃんも!」


「……は?」


 先生が珍しく、間の抜けた声を上げた。ぽか~んとする先生って、初めて見たかもしれない。珍しい物を見てしまった!


「ちょっと待って下さい。恋人? 獣と?」


 先生がこめかみの辺りを押さえながら片手を上げ、難しい顔をした。そんな先生に、私はこくりと頷いて見せる。


「そうだよ。ねぇ? バルトさん?」


「ああ」


 バルトさんが真顔で頷く。そんなバルトさんを、先生が凝視した。


「冗談ですよね? いくら獣好きでも、流石にそれは……」


「獣、獣と言いますが、ミーは異界の魔人族に近い種族です。ようかいのねこまただと、本人から聞いています」


 まさか、こんなところでミーちゃんの素性が知れるとは。ミーちゃん的にはねこまただって、確かに聞いた覚えがある。でも、獣じゃなくて、魔人族に近い種族なのは知らなかった。


 アオイはこの事、知ってるのかな? 確認しても良いのかな? それとも、黙っていた方が良いのかな? う~ん……。余計な事を言ってミーちゃんに嫌われるのも嫌だし、知らない振りしとこっと!


「魔人族に近い? しかし、人型を取っている姿など、見た事がありませんけど……」


「そうですね。人型を取るのは、今のミーには出来ないようです。獣化した姿も、僅かな間しか維持出来ませんし」


「何故……」


「昔、大怪我をした事があったらしく、その時に体内の魔力循環がおかしくなったと言っていました。治す方法を探して方々を、それこそ異界までも旅した事があったらしいですが、今は半ば諦めているようで……」


「そう、ですか……」


 思いがけず、重い話になってしまった。室内の空気がず~んと沈む。


 体内の魔力循環って、きっと、自然に魔力が回復したりする現象の事だろう。それがおかしくなる程の大怪我って……。ミーちゃん、良く生きてたね。普通なら死んじゃうような怪我だよ、きっと! 助かったの、奇跡だよ!


「治してやりたいとも思うのですが、何分、専門外なもので……」


 バルトさんは、確か、風属性とその派生の雷属性の魔術が得意だったはず。そりゃ、確かに専門外だ。


 身体の構造や体内の魔力を診るのは、治癒術が専門のはず。治癒術師見習いの私が専門家と名乗るのはおこがましいけど、私が勉強している内容は専門だと思う。


「私、専門?」


 それにしても、魔力循環かぁ……。体内の魔力を回復する術はあるけど、魔力の流れを治すような魔術ってあったかな?


「いや。治癒術でも治せないだろう。うちの隊長に、そういう症例を治癒術で治せるのかそれとなく尋ねた事があるが、そのような術は無いと言われたからな」


「そっかぁ……。ノイモーントさんでも知らないとなると、無いんだろうなぁ……」


 ノイモーントさんの専門は呪術だけど、呪術と治癒術は深い関係があり、彼は治癒術の知識も豊富だったりする。薬師のフォーゲルシメーレさん以上に詳しく、私の治癒術の師匠だ。


「力になってやりたかったんだがな……。俺には、ミーの話を聞いてやる事くらいしか出来ないな」


 そう言って、バルトさんは自嘲気味に笑った。毎日一緒で、とっても楽しそうに過ごしているミーちゃんとバルトさんだけど、こんな悩みがあったなんて知らなかった。

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