ユニコーン 1
私は三日と開けず、厩舎へと通い始めた。お目当ては私のユニコーン。早く仲良くなりたいんだもん。
今日も私はユニコーンのおやつのお芋の切れ端の入った籠を手に、厩舎へと向かった。先生も一緒だ。先生は、私が厩舎に行くとなると、必ず一緒に来てくれる。もしかしたら、私がエルフ族の人達から意地悪されていないか心配してくれているのかもしれない。だって、エルフ族は人族嫌いだから。
でも、厩舎で働くエルフ族の人達は、私に意地悪をしたりはしない。その代り、積極的に関わろうともしない。ユニコーンに会いに来た私をユニコーンの元に案内して、はいさようなら、だ。今日もそう。放牧場に案内してくれた人は何も言わずに一点を指差すと、そそくさと厩舎へと戻って行ってしまった。
「お~い! ベルちゃ~ん!」
私が叫ぶと、私のユニコーン――ベルちゃんがこちらを振り返った。今日も先生の真っ白いユニコーンと一緒に遊んでいたらしい。ベルちゃんは、先生の真っ白いユニコーンとこちらを見比べ、行こうかどうしようか迷う素振りを見せた。
おもむろに、先生が指笛を吹いた。すると、先生のユニコーンが走って先生の元へとやって来た。先生に鼻先をくっ付けて挨拶するユニコーンを、先生がよしよしと撫でる。
う、羨ましくなんてないんだもん! そのうち、うちのベルちゃんだって、私が呼んだらすぐに来てくれるもん。それで、私に挨拶してくれるもん。仲良くなれるように、ちゃんとおやつだって持って来てるんだもん!
「ベルちゃ~ん! おやつだよぉ!」
再び叫ぶと、先生のユニコーンに置いて行かれたベルちゃんが、のそのそとした足取りでこちらにやって来た。警戒を示すように、ベルちゃんの頭は低く下げられ、額の一本角をこちらに向けている。う~ん……。今日も挨拶はしてくれそうにないなぁ。
ベルちゃんが、私達から少し離れた所で足を止めた。そんなベルちゃんに向かって、おやつのお芋の切れ端を差し出す。でも、ベルちゃんは警戒を崩さない。仕方なく、私はお芋の切れ端を地面に置いた。そして、二歩ほど後ろに下がる。先生も一緒に、一歩、後ろに下がった。とたん、ベルちゃんが目にも止まらぬ早さで地面のお芋を口にくわえ、私達に背を向けた。そのまま走り去る姿を、私は溜め息と共に眺めていた。
「今日も駄目だったかぁ……」
ガックリと項垂れる私の肩を、先生のユニコーンが鼻先で突っつく。急かさなくても分かってるよ……。籠からお芋の切れ端を出し、先生のユニコーンに差し出す。ユニコーンがそれをくわえたところで、よしよしと頬の辺りを撫でた。
先生のユニコーンとは、こうして触れ合う事が出来るのになぁ。ベルちゃん、警戒心強すぎ。小心者すぎやしない? あれじゃ、確かに戦場には向かないだろう。分かっていた事だけどさ……。だから、ベルちゃんは私のユニコーンになったんだけどさ……。はぁと再び溜め息を吐くと、先生がクスクスと笑った。
「何で笑うの、先生?」
ジトッとした目で先生を睨む。すると、先生は笑いを堪えるような顔で口を開いた。
「いえ。あのユニコーンは、アイリスにそっくりだなと思って」
「そ、そんな事ないもん!」
「本当ですか? あの、芋を咥えて走り去る姿、アイリスが僕に薬草をくれていた時とそっくりですよ?」
「う……」
それを言われると……。確かに、自分でも、ちょっとだけ似てるかなぁって思ってたけどさ……。でも、私はあそこまで小心者じゃない……気がする。
「早くアイリスに慣れてくれると良いですね」
「ん……」
見ると、ベルちゃんは木の陰に隠れていた。ついさっきあげたお芋を陰で食べているのだろう、顔だけ木の陰に隠れている。ベルちゃん、お尻丸見えだよ……。
ベルちゃん、いつか、私に慣れてくれるのかな? 背中に乗せてくれるのかな? ずっとこのままなんて……。いやいやいや。いつか仲良くなれるはず! それまで頑張らねば!
「アイリス。今日は少し騎乗練習をしてみませんか? 教えますよ」
「本当? やったぁ!」
ベルちゃんが慣れてくれた時、私がちゃんと騎乗出来るようになっていたら、すぐに先生とお出掛け出来る! 教えてもらえるなら、是非とも教えてもらいたい!
「準備して来ます。ここで少し待っていて下さい」
「ん!」
私が笑顔で頷くと、先生はにこりと微笑み、ユニコーンと一緒に厩舎の方へと向かった。私は籠から新たなお芋を取り、ベルちゃんとの交流を試みる。そうしてしばらく待っていると、先生が戻って来た。ユニコーンに乗って。は~。格好良いなぁ。
見上げる私の目の前でユニコーンを止めた先生が、ひらりとユニコーンから下りた。下りる姿も何だか格好良い。私もあんな風にユニコーンに乗れるようになりたい!
ユニコーンを引かせてもらい、近くの木まで歩く。そうして木にユニコーンの手綱を括りつけると、ユニコーン騎乗の授業が始まった。
「今日は乗り降りを練習します。まずは、こうして首の辺りを軽く叩いて、ユニコーンを落ち着かせます」
「ん」
いそいそとユニコーンの傍に寄ると、先生のユニコーンがこちらを向いた。「何か?」って顔をしてるのは、私の気のせいじゃないと思う。
「背中、乗せて?」
首の辺りをトントンしつつ、一応、声を掛けてみる。すると、先生のユニコーンが私から別の方へと視線を移した。その先には、木の陰からこっちをジッと見るベルちゃん。
「アイリス? 鐙に足を」
「あ、うん」
先生に促され、鐙に足を掛ける。前に先生と一緒にユニコーンに乗った時、鐙にギリギリ足を掛けられなかったけど、今日は何とか乗せられた。私も成長したものだ!
「足が反対です。後ろ向きに乗るつもりですか?」
「はっ!」
う~……。間違っちゃった。恥ずかしい。私は熱くなった顔を下に向け、慌てて反対の足を鐙に掛けた。
「手をこことここに付いて――」
先生の指示した場所に手を伸ばすも、体勢が辛い。地面の足、つま先しか付いてない。半分ぶら下がってる感じ。
「そのまま腕と足の力を使って背に上って、鞍を跨いで下さい」
腕と足の力……。よし! うりゃ! 気合一発、腕と足に力を入れてユニコーンの背によじ登ろうとするも、上手く背中に上がれない。う~! うりゃっ! む~! うりゃっ! 何度か試すも、やっぱり出来ない。まだ背が足りない?
「アイリスには少し、ユニコーンが大きいですかね……。補助しますから、ここに足を乗せて下さい」
そう言って、先生が片膝を地面に付いて両手を組むと、掌の方を上にして差し出した。先生の顔と手を見比べると、先生が微笑みながら一つ頷く。
「遠慮はいりません」
では、お言葉に甘えて、と……。なるべく先生の手に体重をかけないように足を置く。こうしてると、完全にユニコーンにぶら下がってる感じ……。
「では、一二の三でいきますよ?」
「ん!」
「一、二の、三!」
先生の合図と共に、鐙に掛けていた足とユニコーンの背中に付いた手に力を入れ、身体を引き上げた。先生も腕に力を入れて立ち上がり、私の足を持ち上げてくれている。
ここまで上がれば! 先生の手から足を外し、ユニコーンの背中の鞍を跨ぐ。ぺたんと鞍にお尻を付き、反対の足も鐙に掛けて、と。
「乗れた!」
先生の方を振り返ると、先生は優しげに笑っていた。良く出来ましたと言うように。
「歩き出しは、ユニコーンの腹を軽く蹴って合図します。歩いている間は、軽く蹴り続けて下さいね。止まりたい時は、手綱を引くと止まります」
ほうほう……。言われてみれば、前に先生と一緒にユニコーンに乗った時、先生、今言った感じでユニコーンを操っていた気がする。
「下り方は、乗り方の逆です。元に戻る感じで。足を鐙から外し、右足を背から抜いて、静かに飛び降ります。下りてみましょうか?」
「ん!」
言われた通り、鐙から足を外して、右足を戻して飛び降りる。着地成功!
「良いですよ。その調子ですと、すぐに乗れるようになりそうですね」
「本当?」
「ええ」
わ~い。先生にそう言ってもらえると心強い。ベルちゃんが私に慣れてくれるまでに、ちゃんと乗れるようになっておかなければ! その為にも、練習、練習!
「もう一回乗る!」
「あ……」
先生が小さく声を上げた直後、私と先生のユニコーンの間に茶色い影が割って入った。そのまま私を押しのけるように、ベルちゃんが先生のユニコーンに寄り添う。
「ベルちゃん?」
呼んでみても、ベルちゃんはこちらを見ない。目の前に回ってみる。すると、フンとそっぽを向かれてしまった。
よく考えてみたら、ベルちゃんだって面白くないよね……。だって、先生のユニコーンは、ベルちゃんにとって、数少ない遊び相手なんだもん。きっと、私に友達を取られたと思ったんだろうな……。
「ごめんね、ベルちゃん。もう二人で遊んで良いよ。これ、仲良く食べてね」
籠の中の残りのお芋を二頭の前に並べる。そして、私と先生は騎乗練習を切り上げ、先生のユニコーンを放つと放牧場を後にした。




