対価 2
午後のフォーゲルシメーレさんの診察が終わると、アオイが病室に訪ねて来た。やっぱり変に心配させてしまったらしく、懇々とお説教されてしまった。アオイだって何回も魔力切れ起こしてるくせに……。でもまあ、おやつにってクッキー持って来てくれたし、良しとしよう!
アオイが帰った後、持って来てくれたクッキーを先生、ウルペスさんと一緒に食べたらやる事が無くなってしまった。私はベッドに仰向けに寝転がって、ボーっと天井を見つめていた。暇だ……。今日はお勉強、禁止されちゃったからなぁ……。ベッドで寝てなさいだなんて、みんな、大袈裟だよ。私、元気なのに。
何もしないでベッドでゴロゴロしてるの、飽きた。ガバッと起き上ると、ベッド脇の椅子で書類に目を通していた先生が顔を上げた。
「どうしました? お手洗いですか?」
「ん~ん。寝てるの、もう嫌!」
「魔力切れを起こしたのですから、今日は絶対安静だとフォーゲルシメーレも言って――」
「やだ! つまんない!」
「今日くらいは安静にしていて下さい」
「やだ! やだやだやだ!」
力一杯叫ぶと、先生が眉を下げた。
「アイリス……」
「いつも動き回ってる子に、絶対安静は無理だって、ラインヴァイス様」
そう言ったのは、隣のベッドに寝ているウルペスさん。苦笑を浮かべている。私は彼の言葉にうんうんと頷いた。すると、先生が諦めたように溜め息を吐き、苦笑する。
「では、気分転換に、少し散歩に行きましょうか?」
「ん! あのね、私ね、厩舎に行きたいの!」
「厩舎ですか……」
「ん! 私のユニコーン、会ってみたい!」
バルトさんには今度おいでって言われたけど、行くの、今日だって良いと思うの。どんなユニコーンが私のユニコーンになったのか、早く見たい!
「厩舎はここから距離がありますし、別の所にしませんか? 空中庭園なんてどうです?」
「嫌! 厩舎! ユニコーン!」
先生的には、今日は厩舎に行きたくないらしい。でも、私は絶対に行きたいんだもん。それで、私のユニコーンに会いたいんだもん。これは、絶対に譲れないんだもん!
「連れて行ってあげなよ、ラインヴァイス様。この様子じゃ、目を離した隙に、勝手に厩舎に行っちゃうよ?」
ウルペスさんが助け舟を出してくれる。私がそうそうと頷くと、先生が諦めたように溜め息を吐いた。
「分かりました……。体調が万全ではないのですから、ユニコーンを見たらすぐに戻りますからね?」
「ん!」
私が満面の笑みで頷くと、先生が「しょうがないなぁ」って顔で笑った。
私はお散歩に出る準備をすると、先生と手を繋いで厩舎へと向かった。先生と一緒に厩舎に入ると、近くで作業をしていた人が驚いたように目を見開いた。と思ったら、どこかへと駆けて行った。バルトさんを呼びに行ってくれたんだったら良いんだけどなぁ……。
先生と厩舎の中をお散歩する。どれが私のユニコーンかなぁ? キョロキョロしながら厩舎を歩いていて、ふと、ある事に気が付いた。
「今日、ユニコーン少ないね」
パッと見た感じ、先生の真っ白いユニコーンがいない。それどころか、竜王様のユニコーンもいないし、ブロイエさんのユニコーンもいない。バルトさんのユニコーンもいないし、他にも空いている寝床が多い。ガラガラだ。
「放牧場に出しているのですよ、きっと」
「ほーぼくじょー?」
「ええ。ユニコーンの運動場です。こんな狭い所に閉じ込めておいたら、ユニコーンが可哀想でしょう?」
言われてみたらそうだ。こんな狭い所で一日過ごさせていたら、ユニコーンが可哀想過ぎる。
「放牧場に行ってみましょうか?」
「ん!」
先生と手を繋いだまま、厩舎の奥へと進む。この先に放牧場があるらしい。ユニコーンの運動場って、どんな感じなのかな? ワクワクする!
厩舎の一番奥にあった扉をくぐると、見渡す限り草原が広がっていた。ここが放牧場かぁ。遠目に、駆け回るユニコーンが見える。あ。先生のユニコーン発見! 真っ白だから目立つなぁ。小さいユニコーンと追いかけっこしてるみたいだな。
「団長。アイリス」
呼ばれて振り返ると、すぐ後ろにバルトさんが立っていた。さっきどこかに走って行った人が呼んでくれたのかな?
流石はバルトさん。お仕事中でもミーちゃんと一緒だったらしい。彼の足元にはミーちゃん。いつも通りと言うか、何と言うか、先生に牙を剥いて威嚇している。
「ご用件は、アイリスのユニコーンですか?」
「ええ。アイリスがどうしても見たいと聞かないもので……」
「どの子? 私のユニコーン!」
興味津々で尋ねると、バルトさんが小さく笑った。と思ったら、人差し指と親指で輪っかを作って口元に持っていく。次の瞬間、ぴゅ~と甲高い音が鳴った。おお! 指笛!
視線を草原に戻すと、先生の白いユニコーンと、一緒に追いかけっこをしていた小さなユニコーンが足を止め、こちらをジッと見ていた。
二頭は動かない。指笛の音に驚いちゃったのかな? こっち、凄い見てる。バルトさんが再度、指笛を鳴らす。今度は二回。すると、先生のユニコーンがゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。その後を、慌てて小さいユニコーンが追って来る。
「団長のユニコーンの後ろ、小さいのがいるだろう。あれだ」
そう教えてくれたのはバルトさん。目を細め、小さいユニコーンを見ている。
小さいユニコーンは明るい茶色の毛をしていた。明るい茶色と言っても、ブロイエさんのユニコーンみたいに金色っぽい茶色じゃない。私の髪みたいに、赤く見える茶色。お揃いだぁ!
「去年生まれたユニコーンだが、少々性格に難ありでな」
「……性格、悪いの?」
私、性格悪い子なんて嫌だ。そりゃ、あの子の見た目は気に入ったけど、性格悪い子なんて欲しくないもん!
「言い方が悪かったな。戦には向かない性格をしている。初めて見る人や物、場所が苦手なんだ。今も、一度目はアイリスのユニコーンを呼んだんだが、団長とアイリスを警戒して来なかった。だから、二度目で団長のユニコーンも併せて呼んだ」
な~んだ。内気で臆病な子って事か。性格悪い訳じゃ無くて良かったぁ。
先生のユニコーンはバルトさんの元へ行くと、挨拶をするように彼の肩に鼻先をくっ付けた。そんなユニコーンの首の辺りを、バルトさんがよしよしと撫でる。バルトさんが先生のユニコーンから手を離すと、今度は小さいユニコーンが先生のユニコーンの真似をするように、バルトさんのお腹の辺りに鼻先をくっ付けた。同じようにバルトさんんが小さなユニコーンを撫でようとするも、小さいユニコーンは逃げるようにするりとその手を避けてしまう。
先生のユニコーンが、今度は先生に挨拶をするように鼻先をくっ付けた。先生が微笑みながらユニコーンを撫でる。すると、満足そうにユニコーンが目を細めた。そして、今度は私にも挨拶をしに来てくれる。私もバルトさんや先生を真似てユニコーンを撫でた。ユニコーン、可愛い!
小さい方のユニコーンは、そんな私達の様子を少し離れて見ていた。少し首を竦め、どんな動きも見逃さないぞってくらい、じ~っと見つめている。
「怯えるな。お前の主が会いに来ただけだ」
臆病な子に怯えるなって……。バルトさん、流石にそれは無理だと思うよ。怖いものは怖いんだよ。私、この子とは、そのうち仲良くなれれば良いよ。仲良くなれるまで、何回でも会いに来るし!
先生のユニコーンが私から離れると、小さいユニコーンがその陰に隠れるように身を寄せた。そして、恐る恐るといった様子で顔を覗かせる。あの様子だと、挨拶はしてくれないだろうな……。無理に近づいて、余計に怯えさせたら可哀想。
「先生、帰ろっか?」
「え? ええ……。もう良いのですか?」
「ん! どんな子なのか見れたから良い!」
私がそう言うと、先生がにこりと笑って手を差し出した。その手を取り、放牧場の出入り口へと向かう。そんな私達と共に、バルトさんも放牧場の出入り口へと足を向けた。
「突然押しかけてすみませんでした」
先生がそう言うと、バルトさんが首を横に振った。
「いえ。あれの性格的に、早めに主と対面出来たのは良かったと思います。ユニコーン同士ですら、人見知りするようなヤツですし」
「でも、先生のユニコーンとは仲良しだった!」
「ああ。気が合うらしいな。それも、あれがアイリスのユニコーンになった理由の一つだ」
バルトさんの言葉に首を傾げる。先生も一緒に首を傾げていた。
「共に出掛ける機会が多いだろう? 気が合うユニコーン同士が良いに決まっている」
そりゃそうだ。先生と一緒に出掛けて、出先でユニコーンに喧嘩されても困る。納得、納得。
突然、先生が足を止めた。不思議に思って先生を見上げると、先生が驚いた顔でバルトさんを見つめていた。
「貴方は、それで良いのですか……?」
口を開いた先生が問う。すると、今度はバルトさんが首を傾げた。
「当然の判断かと」
「そう、ですか……?」
「ええ」
先生は納得出来ないって顔を、バルトさんは不思議そうな顔をしていた。そんな二人を交互に見比べる。
何で、仲良しのユニコーンじゃ駄目なの? 良いことずくめだと思うんだけど……。それなのに、先生がそれで良いのか改めて聞く理由、聞く理由……。全然分かんない!
「団長……?」
バルトさんがおずおずと先生を呼んだ。すると、先生が目を伏せ、首を横に振る。
「すみません。変な事を聞きました。忘れて下さい」
「え? ええ……」
戸惑いがちにバルトさんが頷く。バルトさんはこれ以上理由を問い質すつもりは無いらしく、そのまま放牧場の出入り口へと歩を進めた。先生もゆっくりと歩き始める。
う~。気になる。でも、私が理由を聞くのも変だし……。悶々としながら、私は先生に手を引かれるまま放牧場を後にした。




