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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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患者 4

 病室に入ると、ウルペスさんがベッドからむくりと起き上った。そして、私とバルトさんを見比べ、首を傾げる。


「ええっと……?」


「あのね、バルトさんね、ウルペスさんのお見舞いに来てくれたんだよ!」


「違う。業務連絡をしに来ただけだ」


 バルトさんは不機嫌そうにそう言うと、ウルペスさんのベッドの正面の空きベッドに腰掛けた。そんなバルトさんの膝の上でミーちゃんがびろ~んと伸び、大あくびをする。


「業務連絡? ああ……。警邏当番ですか?」


「そうだ。誰かさんが倒れたお蔭で大幅な変更が出た」


「それはすみませんね。でも、警邏くらいなら、もう出来――」


「警邏くらい、ねぇ……」


 バルトさんが呆れたように溜め息を吐く。


「ウルペス、お前はもう少し自覚を持て。警邏くらいなどという言い方、許される立場では無いだろう」


「う……」


「お前は第一連隊の役職付きだ。皆の手本となるように団長を見習えとまでは言わないが、そろそろそれに見合う言動をしろ」


「……はい」


 俯いて、掛け布を握り締めたウルペスさんが、消え入りそうな声で返事をする。ベルトさんは「分かれば良いんだ」というように、満足そうな顔で頷いた。


 それにしても、バルトさんってば、言い方がキツイなぁ。朝もこんな調子だったのかな? そりゃ、ウルペスさんだって不機嫌にもなる。でも、言ってる事は間違っていないと思う。きちんと自覚があったら、倒れるまで根を詰めるなんてしないもん。


「早く元気になれるように、ごはん、い~っぱい食べよう!」


 そう言って、私はウルペスさんにお昼ごはんの乗ったお盆を差し出した。木の実入りの丸パンと、生野菜のサラダ・ジズの薄切りロースト乗せと、オレンジ色が鮮やかなキャロトのスープ! バルトさんが一緒に選んでくれたら、栄養バランスはバッチリのはず!


「スープに悪意を感じる……」


「キャロトはね、血の元になる栄養が入ってるんだって。それにね、このスープはね、スイギュウの乳が入ってるから、貧血に良く効くんだって。バルトさんが教えてくれたの。これだけでも食べて?」


「これ以外なら食べる」


「バルトさ~ん! ウルペスさんが我がまま言ってるよ~!」


 振り返り、バルトさんを見る。と、バルトさんが深い溜め息を吐いた。


「四の五の言わずに食べろ」


「へ~い」


「返事ははいだ」


「はい。はいはいはいはい!」


「まんまガキだな。アイリスの方がよっぽど大人だ」


 よく分からないけど褒められた。それ程でもないですよぉ。えへへと頭を掻く。ウルペスさんはというと拗ねたように口を尖らせ、キャロトのスープを一口啜った。そして、うぇっと顔を顰める。


「じゃあ、ちゃんとごはん食べてね。私、薬湯の準備してくるから!」


「ちょっと待った! 薬湯はもういいから。もう大丈夫だから!」


 慌てた様子でウルペスさんが叫ぶ。でも、そうは言われても、薬湯を飲ませない訳にはいかないもん。病人には薬湯が付き物なんだもん。


「駄目! バルトさん、ウルペスさんが逃げないように見張ってて? すぐに戻って来るから」


「ああ」


「お願いね。絶対に逃がしたら駄目だからね!」


「分かっている。安心して行って来い」


「ん!」


 頷き、二人に背を向ける。バルトさんなら、絶対にウルペスさんを逃がさない気がするから安心、安心。薬草保管庫を抜け、研究室に出た私は、作っておいた薬湯のビンを手に取った。


 薬湯を手に病室に戻ると、ウルペスさんは項垂れながらごはんを食べていた。この世の終わりくらいな、ず~んと沈んだ空気を出している。そんなウルペスさんを見守るバルトさんは無表情。罪人と、それを見張る看守みたい。


「戻ったか」


「ん。ありがと!」


「いや」


 バルトさんが首を横に振る。バルトさんの膝の上で、ミーちゃんも尻尾を緩々と振った。何気に、ミーちゃんもウルペスさんを見張っててくれたらしい。


「戻って来なくて良いのに……」


 ポツリとウルペスさんが呟く。私はむ~っと頬を膨らませた。


「そういう事、言うんだぁ。良いもん。そんな意地悪言うんなら、私にだって考えがあるんだから。この二つの薬湯、混ぜちゃうんだもん! どうせ、お腹の中で混ざるんだもん。飲む前に混ぜたって、どうって事無いでしょ!」


「止めて。マジで止めて。お願いだから止めて」


「知らない!」


 フンとそっぽを向き、大きめのカップを棚から取り出す。そして、そこに貧血の薬湯を注いだ。それに栄養剤を入れて、と。ぐわっ! 臭い! 今までで一番臭い薬湯が出来た!


「くっさ!」


 ウルペスさんが叫んだかと思うと、激しくむせ込み始めた。……吐かないでね? 掃除するの、私なんだから。


「汚水みたいな臭いだな……」


 呟いたバルトさんは、鼻と口を手で覆っている。その膝の上では、ミーちゃんがバルトさんに鼻を擦り付けていた。毛を逆立てて半ばパニックになっているミーちゃんをなだめるように、バルトさんが空いている方の手でミーちゃんの背中を撫でている。


「んふふ。お昼の薬湯は一回で済むね。良かったね、ウルペスさん」


「いくない!」


 叫んだウルペスさん、涙目である。でも、意地悪を言う方が悪いと思う。それに、そもそも、入院しなくちゃいけなくなったのは、ウルペスさん自身の責任だもん。


「これに懲りたら、入院などしない事だな」


 バルトさんの言葉に、私もこくこくと頷く。ウルペスさんは悔しそうな顔で私をバルトさんを睨んだ。でも、諦めたように溜め息を吐いたかと思うと、小さく頷いた。


 ごはんを食べ終わったウルペスさんに薬湯を飲ませると、彼はすぐに眠りについた。うんうんと唸ってるし、眉間に皺も寄ってるし、うなされてるんだろうなぁ。今夜はぐっすり眠れる薬湯も準備してあげようかな……。でも、眠れてない訳じゃないしなぁ……。う~む……。


「ウルペスはどうなんだ?」


 バルトさんが、眠るウルペスさんを無表情に見つめていたかと思うと、そう言った。こうして様子を見に来るくらいだし、やっぱり、何だかんだ言っても心配してるんだと思う。


「もう退院しても良いんだけどね、もうしばらく入院させようって、先生と決めたの。このままだと、また無理しちゃうから。ウルペスさんには内緒ね?」


「ああ。退院までどのくらい掛かる?」


「ん~……。入院なんてもう懲り懲りって、ウルペスさんが思ってくれたら退院しても良いんだけどなぁ……」


「ならば、あと二、三回、さっきの薬湯を同じ物を飲ませれば良い。流石に、ウルペスも懲りるだろう」


「本当?」


「ああ。あまりの不味さに、気を失うくらいなのだから」


 え? ウルペスさん、寝てるんじゃないの? 不味くて、気を失ってたの? ギョッとしてバルトさんを見ると、彼はフッと小さく笑った。


「誰も入院したがらなくなるだろうな、ここには」


「い、良いんだもん! 入院患者さんで賑わったら困るもん! 薬湯飲みたくないって、みんなが体調に気を付けるなら、それで良いんだもん!」


 私の薬湯は不味いけど、その不味さが役に立つ。これはずっと前、先生が教えてくれた事だ。そういう薬湯も必要なんだもん。先生、言ってたもん!


「そうだな。フォーゲルシメーレ殿とは逆の役立ち方だが、それはそれでありだろう」


「で、でしょ!」


「ああ。だが、一つ、忘れている事がある。アイリスの薬湯は気が遠くなるほど不味いと、皆が知らなければ意味が無い。だから、俺が噂を広めておいてやろう。ウルペスは、気を失うくらい臭くて不味い薬湯を飲まされていた、と」


「バルトさんの意地悪!」


 ぷ~っと頬を膨らませると、バルトさんが声を出して笑った。こんなに楽しそうに笑うバルトさんって、初めて見たかもしれない。いや。獣達とは、こんな風に楽しそうに触れ合ってるな。ん? とすると、私、バルトさんから見て、獣達と同類って事か? いやいやいや。流石にそれは無い。……無いよね、バルトさん?


 と、突然、バタンと病室の扉が開き、慌ただしい様子で人が駆け込んで来た。急患? と思ったけど、違ったらしい。病室に入って来た人は私に目もくれず、バルトさんに駆け寄った。耳、バルトさんと同じだ。という事は、この人、エルフ族?


 二人は真剣な顔で何事かを話していた。と思ったら、バルトさんがミーちゃんを抱えて立ち上がった。彼らを見上げると、バルトさんが思い出したようにこちらを見る。


「アイリス。お前、どれくらい治癒術が使える?」


「え? ええっと……。応急処置くらい?」


 私が使える治癒術は、初級の術と中級の一部だけ。怪我だったら、結構深い切り傷くらいはあっという間に治せるけど、それ以上の、命に関わるような大怪我になると治すのは難しい。それこそ、フォーゲルシメーレさんが緩衝地帯から駆け付けるまでの時間稼ぎくらいしか出来ない。


「体力回復は? 使えないのか?」


「ん~。この間、中級の体力回復の術、習得したばっかり」


「今夜の予定は?」


「ん~と、アオイの寝る準備が終わった後は、ウルペスさんを看るくらいかなぁ?」


「そうか。では、今晩付き合え」


 そう一方的に言い残し、バルトさんはエルフ族の人と一緒に病室を出て行ってしまった。何なんだろう? 今晩付き合えって……。どこにとか、何でとか、もう少し説明があっても良いと思うんだけどなぁ。

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