患者 3
ウルペスさん用のお昼の薬湯を作り終わると、私はフォーゲルシメーレさんが診察で使っていた机でお勉強を始めた。今日は入院患者さんがいるから、一応ね。
魔法陣を描いていると、ウルペスさんの小さな唸り声が耳についた。ウルペスさん、うなされてるんだなぁ。あんまりうなされるようだったら、ぐっすり眠れる薬湯も作ってあげようかな……。そんな事を考えつつ、勉強を進める。
しばらくそうして勉強をしていたら、私のお腹の虫が鳴った。もうそろそろお昼かな? 窓の外を見ると、日は既にかなり高い位置にあった。
お腹空いた。机から離れ、ウルペスさんのベッドに向かう。そうしてウルペスさんの顔を覗き込み、異常が無い事を確かめると、私は食堂へと向かった。
そういえば、今日は完全にひとりぼっちだ……。先生はいない。前みたいに待っていても、今日は来てくれない。それに気が付くと、通い慣れた食堂でも別の所に思えて入り難くなってしまった。
う~。ウルペスさんを叩き起こして、一緒に来れば良かったかな? でも、それでウルペスさんの具合が悪くなっても嫌だし……。ローザさんは――。駄目だ。ローザさんはブロイエさんと一緒に、お部屋でごはんを食べるんだった。う~。どうしよう。どうしよう……。
食堂の前を行ったり来たり、行ったり来たり。やっぱり入り難い。お隣のキッチンに行って、イェガーさんのおっかない顔でも見たら落ち着くかな? でも、イェガーさんだって忙しいだろうし、変に心配されたくないし……。
「アイリス? そんな所で何をしている?」
呼ばれて振り返ると、バルトさんがミーちゃんを抱っこしてこちらに歩いて来ていた。そして、私の目の前で足を止める。
今日もミーちゃんはバルトさんと一緒に過ごしていたらしい。本格的に、ミーちゃんはバルトさんのねこになりつつある。って、違う。そうじゃない。
「あのね、お昼食べに来たの。でもね、今日ね、先生いなくってね……それでね……あのね……」
「何だ? 団長がいなくて寂しくなったか?」
「ん~ん。違うの。そうじゃなくってね……あのね……」
「独りで入り難いのか?」
「ん……。そう……」
小さく頷くと、バルトさんの腕の中のミーちゃんが何か言い始めた。ねこ語だから、私には何を言っているのか分からない。でも、バルトさんはミーちゃんの言っている事が分かるから、ふんふんと聞いている。
「バルトさん、ミーちゃん、何て言ってるの?」
「こんな時こそ、お姉ちゃんを頼って良いんだよ、と。一緒に食べようと誘っている」
「……良いの?」
バルトさんを上目で窺う。すると、彼は大真面目な顔で口を開いた。
「決めるのはミーで、俺じゃない。俺はミーの決定に従うまでだ」
「ん。ありがと、ミーちゃん、バルトさん」
「んにゃ!」
ミーちゃんがご機嫌に叫び、バルトさんの腕から飛び降りる。そして、食堂の扉の前に座った。早く開けろって事なのか、ミーちゃんの尻尾がパタパタ揺れる。私が扉を開けると、ミーちゃんが意気揚々と中に入っていった。その後に続き、私も食堂へと入る。
ミーちゃんは慣れたもので、一目散に、食堂とキッチンを繋ぐ小窓へと駆けて行った。そして、そこに飛び乗り、べたーっと小窓のガラスに張り付く。ああして料理人さんに姿を見せると、キッチンでミーちゃんのごはんを準備してくれるって、バルトさんが教えてくれた。
あんな細い桟にバランス良く立てるんだから、ねこって凄いなぁ。感心しつつ、バルトさんと並んでごはんを取る。
パンにお芋のサラダを挟むと、案外美味しいんだよなぁ。それに、しっかりお腹に溜まるし、今日はお芋サンドに決定! パンは丸いのと薄切りの、どっちにしようかなぁ? あ。今日の丸パン、木の実入りだ。これ、ウルペスさんが見たら喜びそう。後で持って行ってあげよっと! 私は、シンプルな薄切りパンの気分かなぁ。
今日のスープは、と……。げげっ! このオレンジ色、そして、この臭い! キャロトだ! わざわざキャロトを磨り潰してスープにしてある。これは無理。もう一つの方は、と……。あめ色のスープだ。こっちならキャロトは入ってなさそうだな。こっちにしよっと!
パンとサラダとスープ。少し前なら、お昼はこれで十分だったけど、孤児院でサクラさんが作ってくれるお昼はしっかりした量があるからか、何だか物足りない。あと一品――お肉が欲しい。
あ。ジズのローストの薄切り発見! これで良いや! ごそっと薄切り肉を取り、お皿に盛る。
「そんなに食べるのか?」
「ん!」
「大きくなりそうだな。横に」
横……? 横……。はっ! 太るぞって言いたいんだなッ! でも、これくらいで、おでぶになったりしないもん! そう思い、キッとバルトさんを睨む。バルトさんはそんな私をみてフッと小さく笑った。と、その時、キッチンから若い料理人さんが出て来た。その手には小皿。それをバルトさんのお盆に乗せる。とたん、ミーちゃんが小窓から飛び降り、バルトさんの足にじゃれつき始めた。あの小皿、ミーちゃんのごはんなのか。
バルトさんが空いている席に向かうと、ミーちゃんがその後をタタタッと追い掛けた。ま、待って! 私も慌てて二人の後を追い掛ける。
バルトさんの正面の席、テーブルの上にミーちゃんが座る。バルトさんが小皿をミーちゃんの前に置くと、ミーちゃんが小皿に齧り付く勢いでごはんを食べ始めた。私もミーちゃんのお隣の席に座り、ごはんを食べ始める。
「団長はアオイ様と共に緩衝地帯か?」
バルトさんにそう尋ねられ、私は小さく頷いた。今頃先生は、アオイと一緒に孤児院でサクラさんのごはんを食べているはず。それで、その後は孤児院のお仕事を手伝って、小さい子達と遊んであげて――。
「寂しいか?」
そう言ったバルトさんを見ると、彼は優しく笑っていた。普段、彼がこんな顔を私に向ける事は無い。こういう優しい顔は、ミーちゃんとかユニコーンとか、動物達にしか向けないのがバルトさんだ。エルフ族の人と話している時だって、こういう顔をする事はほとんど無いらしい。こんなだから、彼はみんなから「獣狂い」と呼ばれていると、教えてくれたのは誰だっただろうか……?
「どうした? ボーっとして」
不思議そうに首を傾げたバルトさんにフルフルと首を横に振ると、私は慌ててパンに齧り付いた。
ミーちゃん、バルトさんの二人と他愛のない話をしつつお昼ごはんを食べ終えた私は、ウルペスさんのごはんを持って、二人と共に食堂を出た。今日は二人のお蔭で、先生がいなくてもあんまり寂しくなかった。それに、普段は一緒にごはんを食べない二人とごはんを食べられて、ちょっと新鮮だった。
「じゃあ、私、病室に戻るね。今日はありがと」
「ああ」
頷き、バルトさんが歩き出す。お仕事場の厩舎とは反対方向へ。ミーちゃんがそんな彼の後を慌てて負う。私は少しの間、呆気に取られてそんな二人の姿を見ていた。でも、ハッと我に返り、慌ててその後を追った。
「バルトさん、道、間違えてるよ!」
二人に追い付き、口を開く。すると、バルトさんは不思議そうな顔で私を見た。
「病室はこっちだろう?」
「病室? 厩舎じゃなくて?」
「病室だ」
「そっか」
バルトさんってば、何だかんだウルペスさんが心配なんだろうな。今朝はお見舞いじゃないなんて言ってたけど、本当はお見舞いだったんだろうな。素直じゃないんだから。くふふ。
「何だ? ニヤニヤして」
「別にぃ?」
「気持ち悪いな……」
バルトさんが溜め息交じりにそう言う。すると、ミーちゃんが何か言い始めた。そんなミーちゃんをバルトさんが抱き上げる。
「ミーちゃん、何だって?」
「アイリスにあまり意地の悪い事を言うな、と。私の妹分なんだから、だそうだ」
「お説教?」
「ああ」
ミーちゃんは未だ、何事かを言い続けている。長いな、お説教……。
「いつもこんなにお説教長いの?」
「ああ。一度始まると、なかなか止めないな。やれ、言葉遣いが悪いだの、態度が大きいだの、意地が悪いだの、へそ曲がりだの――」
「へ~。そうなんだぁ。もしかして、ミーちゃんってば、バルトさんのお母さん気分?」
私がそう言うと、ミーちゃんがこちらを見て何事かを言い始めた。結構強い口調で。
「失礼な。私達は恋人同士なんだよ、だそうだ」
大真面目な顔で、バルトさんがミーちゃんの言葉を訳してくれる。衝撃的な発言に、戸惑いがちに二人を見比べると、バルトさんが小さく笑った。否定しないって事は、そういう事?
そっか。二人は恋人同士だったのかぁ。獣とエルフ族なのに。見た目だって身体の大きさだって、全然違うのに。世の中って奥が深いなぁ……。




