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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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患者 2

 朝日が昇る前に起きた私は、隣のベッドで寝ているウルペスさんを起こさないよう、そっとベッドから下りて病室を後にした。部屋に戻ると着替えを済ませ、研究室でウルペスさんの朝の薬湯と栄養剤を作る。そうして朝の準備が終わると、先生のお仕事部屋へと向かった。


 先生のお仕事部屋の扉をのノックし、返事を待ってからそれを開く。先生はもうお仕事をしていたらしく、お仕事机に書類を広げていた。


「おはよう、先生!」


「おはようございます。今日は随分早いですね」


「ん! あのね、もうね、ウルペスさんの朝の薬湯の準備も終わったんだよ! 凄い~?」


「ええ、しかし、徹夜などしていませんよね?」


「ん。ちゃんと寝たよ!」


 私がそう答えると、先生がホッとした顔をした。昨日も無理をしないようにって言われたし、ブロイエさんのお屋敷で先生の看病をした時のように、徹夜しないか心配してたんだろう。でも、あの時の先生とは違って、ウルペスさんの容態は安定しているし、そんな無茶はしないもん。もし、ウルペスさんの容態がもっと悪かったら、徹夜して看病してたと思うけど。


「ウルペスの様子はどうです?」


「ぐっすり眠ってたよ。もしかしたら、寝不足もあったのかも」


「そうですか……」


「ん。今日一日ゆっくりしてたら、たぶん、元気になると思う。でも――」


「何です?」


「元気になったらなったで、また同じ事をするんじゃないかなぁって」


「確かに……」


 先生が口元に手をやり、考え込む。私も腕を組んで頭を捻った。ウルペスさんが二度と無茶しないようにする為に、出来る事、あると良いんだけどなぁ……。


「……とりあえず、しばらく入院させて様子を見てみましょうか?」


「ん」


 二人で頭を捻った結果、出た結論はこれだった。リーラ姫のかりそめの身体を作るのは、ウルペスさんの夢。私や先生に叶えたい夢があるように、ウルペスさんにも叶えたい夢がある。だから、私達にはウルペスさんの研究を無理矢理止めさせる事は出来ない。でも、無茶を許す訳にもいかないし、難しい所だよなぁ。


 先生と二人で食堂へと向かうと、もうごはんを食べ終わったらしいバルトさんと、食堂の前でばったり出くわした。バルトさんの足元にはミーちゃん。今日もバルトさんのお部屋にお泊りして、一緒に朝ごはんを食べたらしい。


 最近、ミーちゃんは夜もバルトさんと一緒にいる。何でも、ミーちゃんはミーちゃんなりに、アオイに気を遣っているのだとか。「新婚さんの部屋で寝れるほど、私の神経は図太くないよ」とは、バルトさん訳、ミーちゃん談。分かるような、分からないような……。そんなこんなで、ミーちゃんはバルトさんのお部屋に寝床を移したらしい。最近、ミーちゃんがアオイのねこじゃなくなってきているような……。


「おはよう、ミーちゃん、バルトさん」


 ミーちゃんの前にしゃがみ込み、ミーちゃんの喉元をくすぐる。ミーちゃんは挨拶なのか「にゃ~」と鳴き、喉をゴロゴロと鳴らした。今日もミーちゃんは可愛いなぁ。


「バルト、ウルペスの件なのですが――」


 先生がバルトさんに話し掛けた瞬間、ご機嫌だったミーちゃんの様子が一変した。慌ててバルトさんの前に行ったかと思うと、先生に向かって牙を剥き出し、低く唸りだす。今日もミーちゃん絶好調……。


「駄目だよ、ミーちゃん。お話の邪魔したら」


 ミーちゃんを回収して、と。これで先生もゆっくりお話出来るだろう。バルトさんがそんな私達をチラッと見たかと思うと、口を開く。


「見つかりましたか?」


「ええ。衰弱気味だったので、数日は病室に入院させます。警邏当番の調整をお願いします」


「分かりました。しかし、衰弱とは……。いったい、何をやっていたんです?」


「……まあ、色々と。少し、根を詰め過ぎたようです」


「そうですか。体調管理も騎士の務めだと、相変わらず理解出来ていないようで。ミー、行こう」


 バルトさんが私達に背を向け、廊下を歩き出す。私が手を離すと、ミーちゃんが慌ててバルトさんの後を追って行った。そんな二人の背を見送った先生が、小さく溜め息を吐く。


「先生?」


 不思議に思って先生を見上げる。すると、先生が苦笑した。


「この間体調を崩した身としては、耳の痛い話だな、と……」


 ああ、そっか。確かに、体調を崩して予定通りにお城に戻って来られなかった先生には、バルトさんの発言、耳に痛いだろう。しかも、先生の顔を見る限り、結構グッサリきたみたい。


「先生も当分、夜更かし禁止!」


「ですね……」


 ちょっとへこみ気味の先生の手を引き、食堂へと入る。健康には、たっぷりの睡眠と栄養だって、ついこの間読んだ本に書いてあったもん。お腹いっぱいごはんを食べて、夜も早く寝れば、いつでも元気いっぱいでいられると思うの。だから、ごはん、ごはん!


 朝ごはんの後、一通りアオイのお世話が終わると、私は病室へと向かった。先生はアオイのお供で緩衝地帯に行っている。面白くないけど、今日は我慢。だって、今日は病室に入院患者さんがいるんだもん。患者さんを看るのは、治癒術師見習いの私の務めだもん。


 食堂でもらったウルペスさん用の朝ごはんを手に、病室に入る。と、そこには先客がいた。光り輝くような金髪と長い耳。すらりと高い背。その足元には真っ白い毛玉、もとい、ミーちゃん。


「バルトさん? ウルペスさんのお見舞い?」


「いや……」


「じゃあ、具合悪いの?」


「いや……」


 ん~? 首を傾げる私に、ミーちゃんが何かを教えてくれる。ねこ語で。はっきり言って、何を言っているのか全然分かんない!


「バルトさん、ミーちゃん、何て?」


「訳す程の事ではない」


 そう言って、バルトさんはミーちゃんを抱き上げると、病室から出て行ってしまった。いったい、何をしに来たんだろう? 首を傾げつつ、ウルペスさんのベッドに寄る。見ると、ウルペスさんは既に起きていた。心なしか、ちょっと不機嫌そうな顔をしている。


「おはよう、ウルペスさん」


「うん」


「朝ごはん、持って来たよ」


「そう。ありがと」


「ウルペスさん、もしかして、今、ご機嫌斜め?」


「ああ。バルトさんのお蔭でね! 気持ちよく寝てるところ叩き起こされて、ネチネチ嫌味言われたら、誰だって不機嫌になるでしょ!」


「ふ~ん……」


 そっか。バルトさん、ウルペスさんのお見舞いじゃなくて、お説教に来てたのかぁ。バルトさんはウルペスさんの上役だし、言いたくなくても言わなくちゃいけない立場なんだろうな、きっと。


「今回はウルペスさんが全面的に悪い!」


「それはそうだけど……」


「それよりも、朝ごはん! たくさん食べて、元気にならないと!」


「へいへい」


 不承不承で返事をしたウルペスさんがベッドから起き上がり、私の差し出したお盆を受け取った。今日のウルペスさんの朝ごはんは、温野菜サラダとべへモスの煮込みとパン。昨日のスープメインの夕ごはんより、しっかりした量のごはんだ。それを黙々と食べるウルペスさんを見守る。そうしてウルペスさんの朝ごはんが終わると、お盆ごと食器を受け取り、病室の外の廊下に出した。こうしておけば、手が空いた料理人さんが取りに来てくれるらしい。


「じゃあ、薬湯飲もう! 実はね、もう準備は出来てるんだ!」


「無理。嫌だ。あれは飲む物じゃない!」


「せっかく、朝早く起きて作ったのにぃ……」


 そんな、嫌がらなくても良いと思うの。そりゃ、私の作った薬湯はちょっと不味いかもしれないけどさ……。ウルペスさんに元気になってもらいたくて、心を込めて作ったのに……。くすん……。


「だあぁ! そんな、泣きそうな顔しないでよ! 飲むよ! 飲めば良いんでしょ!」


「ん……。持って来る……」


 病室の隣の薬草保管庫の扉をくぐり、その奥の扉から研究室へ出る。テーブルの上には朝作った薬湯のビンが二つ。生臭い方が貧血用の薬湯で、青臭い方が栄養剤。それを手に、病室へと戻った。そして、カップを二つ用意し、ウルペスさんのベッドへと向かう。


「ぅぐっ……!」


 薬湯のビンの蓋を開けたとたん、ウルペスさんが鼻と口を手で押さえ、変な声を上げた。そんなウルペスさんを横目で見つつ、私は手早く薬湯を用意すると、サッとベッドから離れた。そして、止めていた息を再開する。


「じゃあ、それ飲んで寝て下さいね」


「そんだけ離れるって事は、この薬湯、臭い自覚はあるんだ……」


 鼻と口を手で押さえたまま、ジトッとした目で私を見たウルペスさんが言う。私はこくりと頷いた。


「ん。と~っても臭いよね」


「それを人に飲ませようって、どうなの?」


「ちゃんとした薬湯だから大丈夫だよ。変なのは入れてないよ?」


「逆に、変な物を入れてないのに、何でこんな臭いになるのか聞きたいんだけど……」


「これも才能だって、フォーゲルシメーレさんが言ってた!」


「才能って……。違う方向に向いてないか、これ……」


 ウルペスさんはぶつくさ文句を言いつつ、薬湯が入ったカップを手に取った。青臭い栄養剤から飲むらしい。


「やっぱり、これ、絶対に飲まないと――」


「駄目!」


「ですよねー……」


 乾いた笑い声を上げたウルペスさんが、深く深く息を吐いた。そして、意を決した顔でカップに口を付け、中身を一気に飲み干す。おぉ~! 良い飲みっぷり!


「ぷほぉ~!」


 飲み終わり、叫びながらカップを置いたウルペスさん。その頭にはとんがり獣耳が、お尻にはフサフの尻尾が出ていた。


「やばい。これはやばい。昨日よりやばい。マジでやばい! 寒気する!」


「はい、次~!」


「いや、待とう。少し待とう。お願いだから待って下さい」


「ん。分かった。……待ったよ!」


「いやいやいや! もう少し待とうよ! 心の準備が出来るまで待とうよ!」


 そう叫んだウルペスさん、半泣きである。人がせっかく朝早く起きて、心を込めて作ったのに、こんな反応するなんて失礼だと思う。む~っと頬を膨らませ、ウルペスさんを睨む。お昼の薬湯は、不味くなれって思いながら作ってやる。ウルペスさんなんて、と~っても不味い薬湯を飲めば良いんだ!


「今、良からぬ事を考えたでしょ? もっと不味い薬湯作ってやろうとか!」


「別にぃ?」


「その顔、絶対に考えてたよね! マジで勘弁して下さい。お願いします。お願いします」


 両手を合わせ、半泣きで拝み始めたウルペスさん。そんな必死にお願いされると、逆にとってもやりたくなるのを知らないらしい。私はツンとそっぽを向いた。


「お願いだよぉ! ね? ね?」


「知~らない。薬湯飲まない人なんて嫌いだもん!」


「ちゃんと飲むから。今すぐ飲むから! んぐ、んぐ……んぐふ、んごふぉ! の、飲んだ……から……」


 そう言い残し、ウルペスさんはバタンとベッドに倒れ込んだ。見ると、疲れきった顔で眠っている。私はそんなウルペスさんに掛け布をそっと掛けてあげた。


 さて。ウルペスさんが寝ている間に、お昼の薬湯でも準備しますか。私は気合入れにと腕まくりをし、研究室へと向かった。

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