患者 1
「今日のお話し合い、上手くいって良かったね」
お城に帰り、先生と一緒に食堂で夕ごはんを食べつつ口を開く。先生は、それはそれは嬉しそうな顔で頷いた。
「ええ。未だ課題は山積みですが、一先ずはといった所ですね」
「あとどれくらいで寄宿舎出来るの?」
「寮の改築と校舎の建設がありますから、一、いえ、二年が目安ですね」
「二年……」
二年後には、先生はお城からいなくなっちゃう。私の先生じゃなくなっちゃう。そんなの嫌だ。でも、それを口に出す訳にはいかない。私は唇を噛んで俯いた。
寄宿舎創設は、先生の夢だ。私が先生の目を治したいように、先生には先生のやりたい事がある。それは分かってる。分かってるのに……!
「団長」
先生を呼ぶ声に驚いて顔を上げると、バルトさんが私達の席のすぐ脇に立っていた。いつ来たの? 全然気が付かなかった。
バルトさんの腕の中には、当然のようにミーちゃんがいる。そして、当然のように先生に対して牙を剥き出しにして唸っていた。そんなミーちゃんを、バルトさんはあやすように撫でている。
「お食事中に申し訳ありませんが、少々宜しいでしょうか?」
バルトさんがそう言うと、先生の顔つきが少し厳しいものになった。緊張感ある表情。これはきっと、近衛師団長としての先生の顔。私に対しての顔つきとは全然違う。
「急ぎですよね?」
「ええ。しかし、重要かと聞かれたら、疑問符が付きます」
急ぎだけど、重要じゃないの? どういう事? 先生も同じ事を思ったらしく、不思議そうな顔をしている。
「用件は?」
「はい。昼にイェガーから話があったのですが、ウルペスがここ二、三日、食堂に姿を見せていないようです。先程、彼の店と私室を訪ねたのですが、そのどちらも留守にしていて……。団長でしたらウルペスとの付き合いも長いですし、居場所に心当たりがあるのではないかと……」
思わず、私と先生は顔を見合わせた。心当たりならある。たぶん、あそこ。
「分かりました。その件に関しては、私が対応します」
「はっ。宜しくお願いします」
バルトさんは深々と頭を下げた後、私達に背を向けた。そして、食堂の端の大テーブルにごはんを取りに向かう。先生はその姿を見送ると、ふぅと小さく溜め息を吐いた。そして、私の視線に気が付き、苦笑する。
「ウルペスにも困ったものですね」
「ん。後で様子見に行ってみよっか?」
「ですね」
こうして私達は、アオイのお世話が終わった後、ウルペスさんを訪ねる事となった。先生と手を繋ぎ、廊下を進む。目指すは秘密の研究室。そこはブロイエさん取って置きの秘密の部屋なんだとか。大昔、ブロイエさんが研究室として使っていた部屋の一つらしい。
竜王城には、秘密の部屋や隠し通路がいくつもある。主に、非常時に使う物らしく、ブロイエさんと竜王様は全部把握しているらしい。先生も、半分以上は知っているらしい。ここには、まだまだ私の知らない事がいっぱいだ。
目印の石像の前に来ると、先生はそれの裏に手を入れた。そして、隠しボタンを押す。とたん、石像脇の壁がゴゴゴッと低い音を立てて動いた。その奥には一本の通路。足を踏み入れると、通路の両側に設置してある燭台に魔術の明かりが灯った。実に手の込んだ隠し通路だ。
二人並んで通路を進むと、行き止まりにぶつかった。壁の燭台の一つを先生が手前に倒す。すると、地面がスゥッと下りていき、止まった先にはまた通路。足を踏み出すと、通路の両側の燭台に明かりが灯った。
通路を進み、二股を右に折れる。そこはパッと見、行き止まり。でも、実はこここそが私達の目的地。先生が突き当たりの壁をコンコンとノックする。その音は、普通の扉を叩いている音と同じ。それもそのはず。ブロイエさんの空間操作術で、周りの石壁と同じように見えているだけで、本当は、ここには普通の扉があるんだもん。
それよりも、中からの応答が無い。先に寄ったお店にもお部屋にもいなかったから、てっきりここかと思ったけど、違かったのかな? 再び、先生がノックする。でも、中からの応答は無い。う~ん……。
「ウルペス?」
先生が手探りで探り当てたドアノブを回す。鍵は掛かっていなかったらしく、石壁が扉の形に開いた。
研究室の中は、明かりが点いたままだった。消し忘れ? と思ったけど、違った!
「ウルペス!」
先生が思わずといったように叫び、床に倒れているウルペスさんに駆け寄る。私も慌てて駆け寄った。
「ウルペス。ウルペス!」
先生がウルペスさんの頬をペシペシと叩く。でも、ウルペスさんからの反応は無い。
「先生、診せて!」
ウルペスさんの顔色、青白い。触った感じ、体温が低い。息は……してる。これは……。とりあえず、応急処置だ。魔法陣を展開し、つい最近習得した、体力回復の中級魔術を掛ける。すると、ウルペスさんの目がゆっくりと開いた。
「あれ……? ラインヴァイス様と……アイリスちゃん……?」
ぼーっとした顔のウルペスさんが、先生と私を不思議そうに見る。私はそんなウルペスさんに、出来る限り厳しい顔を向けた。
「ウルペスさん。最後にごはん食べたの、いつ?」
「え……? ええっと……」
「ここの所ずっと、ごはん、まともに食べてなかったんでしょ?」
「え……。まあ……そう、かも……?」
「栄養失調と貧血です。先生、食堂連れて行こう」
「ええ」
頷いた先生が、ウルペスさんの腕を取り、彼を抱えるように立ち上がらせた。足に力が入っていないからか、ウルペスさんは先生にもたれ掛るよう。それでも顔色一つ変えないんだから、先生ってば力持ち。体型的には、全然そんな風に見えないんだけどなぁ。ドラゴン族自体、ワーベア族程じゃないにしても力持ちの部族だから、別に驚くほどの事じゃ無いんだけど……。でも、やっぱり変な感じがする。
背が高くて引き締まった体型の竜王様なら、力持ちでも、まあ、納得出来る。でもなぁ、背が高いなら、ブロイエさんだってそうだけど、力持ちだなんて思えないんだよなぁ……。だって、ブロイエさんの場合、本より重い物は持てませんって雰囲気なんだもん。今度、それとな~く、力持ちなのか確かめてみようかな? 実は見た目通りだったりして。そんな事を考えながら、元来た道を戻り、食堂へと向かった。
食堂に着くと、ウルペスさんを適当な席に座らせた先生が、彼のごはんを取りに行った。それを遠目に見守りつつ、お茶を淹れる。たっぷりハチミツとミルクを入れて、と。
「ウルペスさん、とりあえず、これ飲んで」
「うん。ありがと」
お茶を啜ったウルペスさんが、ホッと息を吐いた。私はそれを横目で見つつ、料理人さんと何かを話ている先生を見守る。きっと、あの料理人さんは、イェガーさんに言われて出て来たんだろう。イェガーさん、ウルペスさんが食堂に来てないって心配してたみたいだったし。あ、そうだ! バルトさんも心配してたし、大丈夫だったよって教えてあげないと。明日、教えてあげれば大丈夫かな? それとも、この後、お部屋に行った方が良いのかな? でも、バルトさんのお部屋の場所、知らないや。そんな事を考えていたら、料理人さんと話を終えた先生が戻って来た。
先生が手に持つお盆には、スープのお皿とパンのお皿。スープには燻製肉と柔らかく煮込んだお野菜がたっぷり入っている。お腹に優しいメニューだ。流石、イェガーさん。ごはんを食べてなかったウルペスさんでも食べやすいメニューをわざわざ準備してて、それを出してくれたみたい。私達がごはんを食べた時は、こんなスープ、並んでなかったもん。
「よく噛んで食べるように、と。パンは無理そうだったら残して良いそうです」
先生がそう言うと、ウルペスさんが微妙な顔で頷いた。そして、スプーンを持ち、スープにそれを付けたと思ったら、上目で先生を見た。
「ね、ねえ? ラインヴァイス様? 根菜、食べない?」
「いりません」
「ですよねぇ。アイリスちゃん、お腹空いてない?」
「空いてない!」
「ですよねぇ……」
乾いた笑いを上げたウルペスさんが、諦めたような顔でスープを食べ始めた。もぐもぐとするウルペスさんの目が、どこか遠くを見つめている。ただ今、現実逃避中。しばらくお待ち下さい。ウルペスさんの顔にそう書いてある。本当に根菜が嫌いなんだね。まあ、私もキャロト嫌いだし、人の事は言えないんだけどさ。
ウルペスさんがごはんを食べ終わると、私達は三人でお茶をする事にした。ウルペスさんの為に、ミルクたっぷり甘いお茶を追加で淹れてあげる。先生用には甘さ控えめで、私のはハチミツ増し増し! くふふ!
「それで――」
お茶を一口飲んだ先生が口を開く。先生の顔、怖い。怒ってる? 怒ってるの? ウルペスさんはそんな先生を見て、顔を引きつらせている。
「ほ、ほら。あれだよ。魔道書って、一度読み始めると時間忘れるじゃん? そんな感じだったんだよ。あはっ。あはは!」
「自己管理が出来ないのなら、研究など止めてしまいなさい!」
「は、はぃ~……」
先生の剣幕に、ウルペスさんが縮こまる。私も一緒になって縮こまった。う~。怒ってる先生、苦手……。怖いよぉ……。
「ほ、ほら、ラインヴァイス様。アイリスちゃんが怯えてるから――」
「誰のせいだと思っているのですかっ!」
バシンと、先生がテーブルを叩く。先生の怒鳴り声とその音で、ウルペスさんがビクッとなった。
「はい~! 俺のせいです! すみません、すみません!」
「だいたい、ウルペスはいつもいつも――」
ガミガミ、ガミガミ。先生のお説教、長いな。それだけウルペスさんを心配してるんだろう。怒りが私に向いてないせいか、怒ってる先生にちょっと慣れてきたぞ。そう思いながらお茶を啜る。
「イェガーやバルトにも謝っておきなさい。姿が見えないと心配していたのですから」
「は? 料理長は分かるにしても、バルトさん?」
「ええ。イェガーから話を聞いて、わざわざ店と私室を訪ねたようですよ?」
「えぇ~。何か意外。バルトさんって気難しいし、他人に全然興味無さそうなのに」
「まあ、確かに意外ですけど……。彼は貴方の上長ですから。思うところがあったのでしょう、きっと」
「ふ~ん」
頷いたウルペスさん。でも、納得出来ないなぁって顔に書いてある。
バルトさんの行動、言う程変じゃないと思うんだけどなぁ。バルトさんって他のエルフ族の人達と違って、別の部族の人と話している姿、けっこう見るし。まあ、必要に迫られてなのかもしれないけど。バルトさんは第一連隊の副長さんだし、部下の人への連絡とかありそうだし。
「バルトが心配していたのは事実なのですから、きちんと謝罪しておきなさい?」
「へ~い」
先生のお説教はこれで終わりなのか、二人の間に緩~い空気が流れた。でもね、私のお説教が終わってないよ、ウルペスさん!
「ウルペスさん、あんまり無理したら駄目なんだよ!」
「分かってるって」
「分かってないもん。そんなだから倒れるんだもん!」
「以後、気を付けます」
「ん。じゃあ、行こう」
「行こうって……。どこに?」
「病室。今日からしばらく入院です」
倒れるまで衰弱したんだから、このまま帰ったら駄目なんだもん。病室で貧血に効く薬湯と、栄養剤を飲ませないと! と思ったのに、ウルペスさんはフルフルと首を横に振った。
「無理。嫌だ」
「わがままは許しません!」
「ラインヴァイス様、どうにかしてよ。俺、やらなくちゃいけない事があるんだから!」
ウルペスさんが先生に助けを求める。先生はそんなウルペスさんへ満面の笑みを向けた。
「治癒術師見習いのアイリスが入院だと言っているのですから、大人しく入院なさい? さ、行きましょうか?」
「ん!」
逃亡しようと暴れるウルペスさんを先生が引きずり、私が二人を先導する。病室を譲ってもらってから、初めての入院患者さんだ。治療、頑張らねば!
病室に着くと、先生がウルペスさんをベッドに寝かしつけてくれた。私はそのまま先生にウルペスさんの見張りを頼むと、お隣の薬草保管庫へと向かった。保管庫で必要な薬草を見繕い、その奥の扉から研究室に出る。そして、貧血に効く薬湯と栄養剤を作ると、病室へと戻った。
ウルペスさんは薬湯と栄養剤を飲むのを抵抗した。必死の形相で抵抗した。でも、先生と協力して、何とかそれらをウルペスさんに飲ませる事に成功した。そうしてウルペスさんが眠りにつくと、先生はお仕事があるからと帰って行った。くれぐれも無理はしないようにと言い残して。私だって無理するつもりは無い。ウルペスさんみたいに倒れるのはごめんだもん。私はウルペスさんの隣のベッドに潜り込み、目を閉じた。明日、早起きして、薬湯の準備しておいて、朝ごはん食べたらアオイのお世話をして、その後、ウルペスさんのお世話して……。やる事、いっぱいだな……。




