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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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緩衝地帯 3

 最近、アクトが変だ。私に意地悪を言ってこない。それはまあ、良い事なんだけど、それよりも――。


「これ、お前にやる!」


 そう言ってアクトが差し出しのは花束。小さな白い花がたくさん付いた草を、紐で束ねてある。でも、これはただの花束じゃない。痛み止めの薬草の束だ。これだけの量があったら、それなりの量の鎮痛薬が作れると思う。


 ここ最近、結構頻繁に、アクトはこうして私に薬草の束をくれようとする。きっと、フォーゲルシメーレさんに薬草を教えてもらったんだと思う。わざわざ摘みに行くのか、たまたま見つけるのか……。どっちにしても、私はそれを受け取らない。だって、気味が悪いんだもん。きっと、何か良からぬ事を企んでいるに違いない!


「いらない」


 私は薬草束を差し出すアクトの横をすり抜け、物干し台へ足を向けた。今日はお洗濯物係のお手伝い。乾いた洗濯物を取り込んでたたむという使命がある。早く終わらせたら、先生や他の子達と遊ぶんだもん。頑張らねば!


「待てよ! やるって言ってんだろ!」


 アクトが走って私を追い抜いたと思ったら、再び私に薬草束を差し出した。しつこい!


「いらない!」


「何でだよ!」


「いらないったらいらないの!」


「だから何でだって!」


「アクト、意地悪だもん。変な仕掛けしてあるんでしょ、それ!」


 そう言うと、アクトの顔色が変わった。顔を真っ赤にして、今にも怒鳴りだしそう。でも、グッと言葉を飲み込むと、私に背を向け、どこかへと走り去った。今日もアクト撃退成功! 私も強くなったものだ!


 意気揚々と、物干し台へと向かう。そこではミーナが、小さな子達と一緒に洗濯物を取り込んでいた。ミーナが取った洗濯物を、小さい子達が我先にと受け取り、籠に入れる。中には、こんな所でたたみだす子までいた。


「シェリー。まだたたまないで?」


 ミーナが苦笑しながら声を掛けると、洗濯物をたたんでいた子――シェリーが不思議そうにミーナを見上げた。金色の髪と青い瞳に可愛らしい顔立ち。よちよち歩きも相まって、お人形のような子だ。


「この後、お部屋でたたむからね」


「う?」


「後で。ね?」


「う」


 今はたたむべきじゃないと分かったのか、シェリーが立ちあがった。そして、ミーナの手から新たな洗濯物を受け取り、籠に入れ――ようとして、またしゃがんで洗濯物をたたみだした。よっぽど、今、洗濯物をたたみたいらしい。


 このシェリーという女の子、つい最近、孤児院にやって来た。丁度、私達がいる時、お姉さんに連れられて。何でも、ご両親が亡くなり、姉妹二人だけが残されたそうな。シェリーのお姉さんは働くには少し幼いかなって年齢だった。でも、本人の強い希望で、ここから少し離れた町へ出稼ぎに行き、幼いシェリーだけがここで暮らす事になった。


 本当は、お姉さんもここで暮らした方が、シェリーの為にも良かったと思う。でも、本人が嫌がったら、私達に説得する術は無い。理由は、まあ、言われなくても分かってるし。夏までには一度会いに来るって言ってたけど、本当に会いに来るのかな……? そんな事を考えながら、洗濯物を取り込む。


 ふと、地面に置いた籠に目をやると、ミーナの籠から移動したシェリーが、私が取り込んだ洗濯物を地面に並べていた。目が合うと、ニパッと笑うシェリー。悪気は無いんだと思う。たぶん、下の方にあった手ぬぐいを取りたかったんだろう。それは分かる。分かるんだけど――。


「シェリー!」


 思わず、叫んでしまった。早く洗濯物を片付けて、先生と遊ぼうと思ってたのに。これじゃ、洗濯物、洗い直しだ……。くすん。


「あ~あ。土付いちゃってるわね……。アイリス、悪いけど、すすいで来てくれる?」


「ん。分かった……」


 ミーナの言葉に頷き、シェリーが地面に並べた洗濯物を回収すると小川へと向かう。そして、小川で洗濯物をすすぎ、濡れた洗濯物で重くなった籠を手に物干し台へと戻った。手早く干して、と。空の籠を手に、洗濯物をたたんでいるだろう談話室へと入ると、先生が洗濯物たたみを手伝ってくれていた。シェリーを膝の上に乗せて。シェリーはご機嫌に、洗濯物で遊んでいる。


 シェリーのせいで、余計な仕事が増えたのに! それなのに、本人はちゃっかり先生の膝の上とか! ズルイ!


 むくれながら先生のお隣に座ると、洗濯物を手に取った。とたん、シェリーがそれを掴む。これは、私が、たたむ、のっ! 引っ張って取り返そうとするも、シェリーは手を離さない。はぁ……。こんな小さい子相手にムキになってもしょうがない、か……。諦めて洗濯物から手を離すと、シェリーがキャッキャと声を出して笑った。


「シェリー。駄目ですよ。アイリスお姉ちゃんに、はいどうぞして下さい」


「う?」


「はいどうぞ、って」


「……あい、どーじょ?」


 先生の顔と手の中の洗濯物を見比べたシェリーが、上目遣いで私に洗濯物を差し出した。それは良い。それよりも、アイリスお姉ちゃんだってぇ! 何だかムズムズする! くふ~! 独り身悶えしていると、不思議そうに首を傾げたシェリーが再び口を開いた。


「あい、どーじょ」


 ここは、お姉さんらしいところを見せねば! シェリーから受け取った洗濯物を素早くたたみ、次の洗濯物を取ろうとする。と、横からずいっと洗濯物が差し出された。見ると、シェリーが期待に満ちた顔で洗濯物を差し出していた。


「あい、どーじょ!」


「あ、はい。どーも」


 再び、シェリーから洗濯物を受け取り、たたむ。とたん、横から洗濯物が差し出された。


「あい! どーじょ!」


「はい、どーも……」


 次々と差し出される洗濯物を次々とたたむ。他の子達は目を丸くして、先生はクスクス笑いながらそれを見ていた。


 何だかんだ、今日の洗濯物の大半は私がたたんだと思う。まあ、洗濯物を差し出すシェリーはちょっと可愛かったし、先生と遊ぶ時間もまだあるから良いんだけどさ。小さい子達を引き連れた先生と一緒に、孤児院の外に出る。


 先生も少しずつ、孤児院の子達と打ち解け始めている。特に、小さい子達とは完全に打ち解けた。この子達にとって、先生の立ち位置はきっと、一緒に遊んでくれる優しいお兄さんなんだと思う。竜王城の偉い人っていう先入観が無いから、早く打ち解けられたんじゃないかな。


 逆に、大きい子達は先生が偉い人だって知っているみたいだし、遠慮があるのか、あんまり積極的に関わろうとしない。話し掛ければにこやかに答えてくれるし、避けられているのとはまた違った感じなんだよなぁ。うむむ……。先生がここの先生になったら、少しは違った感じになるのかな?




 先生が緩衝地帯に結界を張り終わって数日後、とうとうヒロシさんとサクラさんにがっこう――寄宿舎の事を話す日となった。いつも通り、アオイ、先生、私の三人は緩衝地帯へと向かう。道中、先生は緊張しているのか、表情が少しこわばっていた。先生の立場を考えると、それも仕方ない事だと思う。だって、寄宿舎創設は、今では国を挙げての大計画なんだもん。


 今までは、人族に対して国が教育を施すなんて機会は無かった。だって、人族は隔離されてるんだもん。だから、読み書きが出来ない人族は結構多い。それはこの国だけじゃなく、魔大陸全体にも言える事。それを変えようとする試みが、この寄宿舎創設計画だ。緩衝地帯と寄宿舎創設計画は、他の国も注目しているらしい。


 だから、失敗は許されない。ヒロシさんとサクラさんを説得出来ませんでしたと言って、はいそうですかで終わる問題じゃない。先生の責任は重大だ。頑張れ、先生。負けるな、先生!


 孤児院に着くと、アオイが玄関扉をノックした。奥から返事が聞こえ、小さい男の子が顔を覗かせる。そして、私達の姿を見て奥に引っ込んだ。きっと、サクラさんを呼びに行ったんだろう。


 と思ったら、出て来たのはミーナだった。サクラさんはお昼の準備で手が離せないらしい。今日のお昼は何かな? そう思いつつ、玄関をくぐると、何だか食欲を刺激する良い匂いがした。


 アオイが目を輝かせ、意気揚々と食堂へと向う。アオイはこの匂いの正体が分かってるらしい。私達もその後に続き、食堂へと向かった。


 足を踏み入れた食堂には、ノイモーントさんとフランソワーズ夫婦、フォーゲルシメーレさんとリリー夫婦が座っていた。今日は珍しく、緩衝地帯に住んでいる全員がここにいる。まさか、寄宿舎の事を話すの、予めヒロシさんとサクラさんに教えてたの? そう思ってアオイを見ると、アオイは不思議そうな顔で二組の夫婦を見つめていた。どうやら、たまたま全員集合していたらしい。


「ねえ、お父さん? 今日、何か特別な日?」


 席に着いたアオイが首を傾げながらヒロシさんに問う。すると、ヒロシさんが緩々と首を横に振った。


「いや。……まあ、強いて言うのなら、から揚げ記念日だな」


 からあげ? この匂いの正体? 今日のお昼? どんな料理なのかな? ワクワク!


「お待たせしましたぁ!」


 サクラさんが大皿一杯の揚げ物らしき物を手に、食堂へと入って来た。ミーナが籠一杯のパンを持ち、ヴォルフさんが大鍋を手にしている。大鍋の正体は、おみそしるなるスープだろう、きっと。


 全員に、パンとおみそしるが配られる。今日のおみそしるは、間引きした菜っ葉かぁ。お芋じゃないのか……。お芋のおみそしるが良かったなぁ。


 ヒロシさんの挨拶と共に、みんながごはんを食べ始めた。大皿からからあげをサッと取り、口に入れる。これは……ウマーッ!


 サクッとした衣と、淡白なお肉の食感。香味野菜とおしょうゆの味付けが食欲をそそる逸品だ。どれ、もう一つ。ウマーッ! いくらでも食べられそう!


 それにしても、このお肉、何のお肉だろう? 一番似ているのはジズだけど、こんな柔らかくないし……。う~む……。まあ、そんな事考えても仕方ないし、もう一個食べちゃおっと! むふふ。


「ね、ねえ、アイリス? 唐揚げ、美味しい?」


 そう聞いて来たのは、正面の席に座るアオイだ。恐る恐るといった様子。これを美味しくないなんて言ったら、罰が当たると思うの!


「うん!」


 満面の笑みで頷いた私を、アオイが疑わし気な目で見つめる。そして、唐揚げに視線を移した。


「アオイ様? 召し上がらないのですか?」


 私のお隣に座る先生が、不思議そうな顔でそんなアオイを見つめる。そりゃ、不思議に思うよね。こんな美味しい物を食べないなんて。どれ、もう一個! くふぅ~! 美味しい!


「葵ちゃん? 食欲無いの?」


 そう言って、サクラさんが一つ、からあげを取る。見ると、大皿に残っているからあげは、残り二つとなっていた。


「葵? 具合が悪いなら、フォーゲルシメーレさんに薬、作ってもらえ?」


 そう言いつつ、ヒロシさんがからあげを一つ取る。とうとう残り一つ。ジッとからあげを見つめるアオイを、ジッと見つめる。それ、食べないならちょうだいよ。私、もっと食べたい。


 きっと、みんな同じ事を思っている。私と同じようにみんなアオイをジッと見つめているんだから。アオイの行動一つで、この後、戦争になる。それくらい張りつめた空気が食堂に漂っていた。


「い、頂きます……」


 小さく震える手で、アオイが残り一つのからあげを取る。ちぇ。食べるのか。張りつめた空気が、一気にガッカリ空気に変わった。それを感じ取ったらしい先生が苦笑する。


 アオイはまず、からあげの匂いを嗅いだ。そして、恐る恐るといった様子でそれを口に運ぶ。


「うぅ!」


 アオイの口から、うめき声の様な声が漏れた。どうしたのかと心配したけど、その心配は無用だったらしい。だって、アオイの顔。幸せそうに目尻が下がってるんだもん。


「ぅんまぁ~!」


 アオイのこの叫び、ローザさんがいたらお小言をもらう叫びだったと思う。でも、アオイの心からの叫びだから、私は何も言うまい。叫びたくなるアオイの気持ちも分からなくないから。


「お母さん! これ、何のお肉? レシピ教えて! お城で作ってもらう!」


 何と。これのレシピを教えてもらえるなら、是非ともお持ち帰りしたい! それで、イェガーさんに作ってもらって、食堂でも出してもらいたい!


「知りたい?」


 サクラさんが悪戯っぽく笑った。それを見たアオイが戸惑ったような顔をする。


「ええっと……?」


「これ、カエルのお肉なのよぉ!」


 な~んだ。カエルのお肉だったのか。ん? カエル? あれ? カエルって、アオイ、嫌いじゃなかったっけ? お肉になってたら平気なの? そう思ってアオイを見ると、アオイは血の気が引いた真っ青な顔で口を押さえていた。と思ったら、糸が切れたように椅子から落っこちた。


「ア、アオイー!」


 慌てて席を立ち、アオイの元へ行く。たまたまアオイのお隣に座っていたのが、ヴォルフさんで助かった。椅子から落っこちたアオイを片手でキャッチしてくれたから、頭を打たずに済んだ。


 床に下ろされたアオイの頬をペシペシと軽く叩いてみるも、目は閉じられたまま。これは、しばらく目を覚まさないだろうな……。まさか、カエルのお肉を食べて気を失うとは……。偏食、ここに極まり!


「ソファに寝かせて来ます」


 そう言って、私と共にアオイに駆け寄っていた先生がアオイを抱え上げた。先生はアオイの護衛としてここに来ているし、気を失ったアオイを運ぶのも先生の役目なんだろう。それは分かる。分かるけど――。


「アイリス、濡れた手ぬぐいを」


「ん……」


 私は先生の言葉に頷くと、洗面器と手ぬぐいを取りに向かった。


 とぼとぼと廊下を歩き、向かったのはお風呂場の隣、脱衣所。そこで綺麗な手ぬぐいと洗面器を棚の中から取り出した。


「おい!」


 突然かけられた声にビクリと身を震わせる。恐る恐る振り返ると、脱衣所の入り口にアクトが立っていた。


「な、何? 何か用?」


 だ、駄目だ。ビクビクしたら駄目だ! 強気にいかないと! 何を言われても、アクトになんて負けないんだから!


「お前、ラインヴァイス様の事、その……す、好き、なのか……?」


 こんな質問、答えてあげる必要なんて無い。私はフンとそっぽを向くと、アクトの脇をすり抜けようとした。途端、腕を掴まれる。


「待てよ!」


「痛い! 離してよ!」


「答えろよ! 好きなんだろ!」


「そうだよ! だから何? アクトには関係無いでしょ!」


「関係無くない! 俺……俺は……その……」


 アクトが顔を真っ赤にし、もにょもにょと何かを言っている。珍しく歯切れが悪い。言いたい事があるなら、はっきり言えば――と思ったけど、また意地悪言われるから何も言わなくて良い。私はアクトの手を振り解き、背を向けた。


「ま、待てよ! 話、まだ終わって――」


「先生待ってるの! 私、急いでるの!」


「な、何だよ、先生、先生って! お前の好きは、どうせ憧れだろ! ちょっと優しくされて、勘違いしてるだけだろぉー!」


 駆け出した私の背に、アクトが意地悪い言葉を投げる。私はそれを無視すると、水を汲みにキッチンへと向かった。そして、洗面器に水を汲むと、先生が待っているだろう談話室へと向かう。


 談話室に入ると、暖炉前のソファにアオイが寝かされていた。そんなアオイを、先生が優しい眼差しで見守っている。


「せ、先生? 手ぬぐい、持って来たよ……?」


 おずおずと声を掛けると、先生が私の方を見てにこりと笑った。その笑顔を見て、胸の奥がギュッと締め付けられる。それを悟られないように、俯きながら、絞った手ぬぐいをアオイの額の上に置いた。


 先生が私に優しいのは、リーラ姫の代わりだから。先生の一番はアオイ。分かっているのに、そんな先生を好きになってしまった。


――お前の好きは、どうせ憧れだろ!


 さっきアクトに言われた事が、ふと、頭を過る。そう言えば、憧れと好きってどう違うんだろう? 私の先生に対する気持ちって、好き……だよね……? 先生は私を魔物から助けてくれて、魔術を教えてくれて、いつも優してくれて、だから私は……。あれ? この気持ちって、憧れ? あれ? 分からない……。自分の気持ちなのに……。

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