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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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緩衝地帯 1

 ここのところ、アオイは連日孤児院に通っている。「お母さんの手料理が食べたいから」という理由で。


 アオイがそんなにサクラさんの手料理を食べたがるのには理由がある。アオイが生まれ育った土地の調味料を、サクラさんが作ったからだ。懐かしくて、ついつい足が向いてしまうらしい。


 私もアオイと一緒に、その調味料を使ったお昼ごはんをご馳走になっている。それで、サクラさんの料理が美味しんだよってイェガーさんに報告したら、お城でもアオイの故郷の調味料を使いたいって、私がそれをもらって来る事になった。


 壺に入ったピューレ状の調味料がみそで、ビンに入った液体状の調味料がしょうゆ、と。サクラさんに使い方を簡単に教えてもらい、それをイェガーさんから預かった掌サイズの写本にメモする。本当は、イェガーさんが直接もらいに来られれば話は早かった。でも、イェガーさんは緩衝地帯に入る為の訓練を拒否しているから、それが出来ない。だから私が代行。


 緩衝地帯の安全の為、緩衝地帯に入りたい魔人族は訓練を受ける決まりになっている。緩衝地帯に住んでいる隊長さん三人組はもちろん受けた。でも、その後が続いていない。だって、訓練の内容が……。


 隊長さん三人組は丸腰で、竜王様や先生、ブロイエさんと戦わせられたらしい。魔術を使う相手に丸腰など、死ねと言っているようなものとは、ノイモーントさん談。人族に危害を加えた時の制裁は、訓練の比じゃないだろうとは、フォーゲルシメーレさん談。あんな事二度と御免だとは、ヴォルフさん談。よっぽど辛い訓練だったんだろう事は、話をする三人の顔を見てすぐに分かった。三人が三人とも、青くなってたんだもん。


 それでも三人が無事に訓練を終えられたのは、それぞれ好きな人がいたからだと思う。緩衝地帯で一緒に暮らすという目標があったから。でも、イェガーさんや、お城に住んでいる人達は違う。そんな辛い訓練を受けてまで緩衝地帯に入りたいかって言われたら、「う~ん……」ってなってしまう。だから、後に続く人が出ない。緩衝地帯に住む魔人族が少なければ、それだけ管理がしやすいとは、ブロイエさん談。う~ん……。


「どうしたの? 難しい顔をして」


 そう言ったのはサクラさん。少し心配そうな顔で、私の顔を覗き込む。私は「何でもない」と首を横に振った。


「そろそろお腹が空いたでしょう? お味噌とお醤油はここに置いておくから、帰りに忘れないようにね?」


「ん!」


「じゃあ、お昼にしましょうか? みんなに声を掛けて来てもらっても良い?」


「ん。分かった!」


「あ! ラインヴァイスさんも誘ってみてくれない?」


「ん!」


 頷き、キッチンを飛び出す。そして、私は「ごはんだよ~!」とみんなに聞こえるように叫びながら、先生の姿を探した。


 孤児院の近くをウロウロしていると、突然、髪の毛を引っ張られた。驚いて後ろを振り返る。すると、意地悪く笑うアクトがすぐ後ろに立っていた。この状況、どう見ても、今、髪の毛を引っ張ったの、アクトだ!


「痛い!」


「変な髪型してんな、今日」


「変じゃないもん!」


 今日の私の髪型は、下ろして、先生にもらった髪飾りで部分的に留めてある。アクトが言う程、変じゃない。先生は似合うって言ってくれたもん!


「変だろ。グリグリ頭のくせに」


「グリグリじゃ――」


 ない、とは言えない。私は唇を噛み、俯いた。途端、アクトが声を出して笑う。


「グリグリ~! グリグリ~!」


 私だって、アオイみたいにサラサラでツヤツヤの、綺麗な髪が良かった。そうしたら、先生だって――。


「頭の飾りだって、全然似合ってねーし! 変なの!」


 変じゃない! これは、先生がくれた髪飾りだもん! 先生が私の為に準備してくれたんだもん! 大事な髪飾りなんだもん! こんなヤツ、大っ嫌い! 私は腰の杖を抜くと、魔法陣を展開した。


「ヴィント!」


 発動した魔術は、強い風が魔法陣から吹き出すだけの初級魔術。頑張って踏ん張っていれば、大人なら耐えられる。でも、身体が軽い子どもならそうはいかない、と思う……。


「うわっ! ……痛ぇなっ!」


 私の目論見通り、アクトが強風に耐え切れずに尻餅をついた。その体勢で私を睨む。でも、下から睨まれても怖くない。ここでとどめ!


「ふふんっ!」


「んなっ!」


 鼻で笑った私を見て、アクトが驚愕に目を見開く。これぞ、ローザさん直伝の必殺技! これで大丈夫のはず。でも、これ以上絡まれても嫌だから、私はアクトに背を向けた。そして、駆け出す。後ろから追って来る気配は無い。アクトはたぶん、まだ呆然としてるんだと思う。私からこんな逆襲があるとは思ってなかったはずだもん。この調子で、いじめられるたびに逆襲していれば、そのうちいじめて来なくなるって、ローザさんが言ってたから大丈夫、だと思う……。


 それよりも、先生探しをしなければ! せっかく、サクラさんが先生もお昼に誘ってくれたんだから。今日は、何が何でも先生を孤児院に連れて行くぞ! おぉ~!


「先生~!」


 先生を呼びつつ、辺りをキョロキョロ見回す。近頃、先生はアオイを孤児院に送ると、全く姿を見せなくなる事が多くなった。前は、呼べばすぐに来てくれたのに。


 フォーゲルシメーレさんのお店にも、ノイモーントさんのお店にもいない。ヴォルフさんの家は、明るいうちはヴォルフさんもミーナも孤児院にいるから留守だし……。先生、どこで何やってるの?


「先生~!」


 真面目な先生の事だから、私達を残してお城に帰ってるなんて事は無いだろうし……。う~ん……。再びキョロキョロと辺りを見回してみるも、先生の姿は無い。見える所にはいない。畑や、その先に広がる荒野にいない。という事は……。私は振り返り、森を仰ぎ見た。


「先生~! どこぉ?」


 先生を呼びながら、森の縁に沿って歩く。森の奥からは、ギャーギャーと薄気味悪い獣の鳴き声が聞こえている。いつ来ても、不気味な森だ。暗いし、ジメジメしてるし、おどろおどろしい。


「先生~!」


 直後、少し先の茂みがガサガサと揺れた。ま、まさか! 魔物? 魔物なの?


 この森には、狂暴な魔物や、大型の獣が多く住んでいる。私が襲われて、助けに入った先生の目を奪った魔物――雪狼は、もう暖かくなったからいないだろうけど。あれは、暖かくなると寒い地域に移動していく魔物だから。けど、それ以外だって脅威になる魔物はたくさんいる。


 ど、どど、どうしよう! とととと、とにかく、まま、魔術! 魔術で対抗! 私は慌てて腰の杖を抜き、構えた。


 だんだんと茂みの揺れが大きくなる。近づいてきている証拠だ。強い魔物だったらどうしよう。獣でも、べへモスとかは嫌だ。出来れば小さい獣! お願い!


「アイリス?」


 茂みを掻き分けて姿を現したのは、探していた姿。杖を構える私を、不思議そうな顔で見ている。先生……。私はへなへなとその場にへたり込んだ。安心したら、腰が抜けちゃった……。


「アイリス!」


 慌てて私に駆け寄る先生を見上げる。頭に葉っぱ、付いてる……。安心したせいか、そんなどうでも良い事に目がいってしまった。


「大丈夫ですか?」


「ん……。魔物かと思った……」


「驚かせてしまったのですね。すみません……」


「ん~ん」


 首を横に振り、立ち上がろうとするも、足に上手く力が入らない。今の私、きっと、生まれたてのユニコーンみたいだと思う。


「せ、先生……あのね……腰……抜けちゃった……みたい……」


 私がおずおずとそう言うと、先生が目を丸くした。と思ったら、クスクスと笑いだした。腰が抜けたの、先生のせいなのに! そう思って頬を膨らませると、先生が微笑みながら私の頭を撫でた。


「怒らないで下さい。孤児院まで送って行きますから」


 そう言って、先生が屈む。おんぶしてくれるらしい。ちょっと恥ずかしい気もするけど、嬉しい気もする。おずおずと先生の首元に腕を回し、その背に乗る。すると、先生がゆっくり立ち上がり、孤児院に向かって歩き出した。


「城に来たばかりの頃より、だいぶ重くなりましたね……」


「お、重くないもん!」


「ええ。まだまだ軽いですよ。ですから、好き嫌いせず、しっかり食事を摂らないと。キャロト、いつになったら食べられるようになるのですか?」


「う……」


 そりゃ、何でも食べた方が、早く大きくなれるんだろうけどさぁ。キャロト、嫌い。


「せ、先生だって、煮込んだお肉、嫌いなくせに!」


「嫌いじゃありませんよ? 好きではないだけで。普段はきちんと食べています」


「じゃ、じゃあ、辛い物! 嫌いでしょ!」


「苦手なだけです。辛い物を食べると、口の中が痛くなりません?」


「ん。なる」


「ああいう物を好んで食べる者の気が痴れませんね」


「ん」


 二人でうんうんと頷き、クスクス笑い合う。緩衝地帯にがっこうが創設されたら、先生とこういう時間を過ごす事も出来なくなっちゃうんだろうなぁ……。先生の首元に回した腕に力を籠め、先生にギュッとしがみ付く。


「アイリス?」


「あのね、先生。サクラさんがね、お昼、先生も誘ってって言ってたの」


「いえ、僕は――」


「先生、みんなの先生になるんでしょ? 早く仲良くなった方が良いと思うの。だからね、今日から、みんなと一緒にお昼ごはん食べよ?」


 ずっと、私の――私だけの先生でいて欲しい。他の子の先生になんてならないで。その気持ちを必死に押し殺してそう言うと、先生が考え込むように黙った。そして、小さく頷く。


「私ね、先生がみんなと仲良くなるように協力するよ」


「ええ。ありがとうございます」


 それきり私達は互いに何も話さず、黙って孤児院へと向かった。春の穏やかな風が頬を撫でる。このまま時が止まれば良いのに……。何だか無性に泣きたくなって、そう思ったのは私だけの秘密……。

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