協力者 1
私の風邪も無事に治り、お城に帰ったその日のうちにウルペスさんのお店を訪ねる事にした。先生と手を繋ぎ、ウルペスさんのお店を目指す。スマラクト兄様からもらった本を携えて。
もう日が暮れているから、お店は閉まっているはず。でも、ウルペスさんはお店の方にいるだろうって先生が言うんだから、いるんだと思う。万が一いなかったら、私室か図書室か……。私室はお店から少し離れてるらしいし、図書室もちょっと遠いから、是非お店にいて欲しい。そう思いながら廊下を進む。
ウルペスさんのお店の前に着くと、先生がその扉を押した。キィと小さく音が鳴り、扉が開く。鍵が開いてるって事は、先生が言った通りだった! 先生と二人、お店に足を踏み入れる。
カウンターの中には長い銀髪の青年。言わずもがな、ウルペスさんだ。私達に気が付かない様子で、分厚い本を読んでいる。
「ウルペス」
先生が呼ぶと、ウルペスさんが顔を上げた。そして、私達を見て、目を丸くする。
「あれ? 城に帰ってたの? ラインヴァイス様が出先で倒れて、しばらく帰れないって申し送りがあったけど……」
「それ、何日前の事です?」
先生が溜め息混じりにそう言うと、ウルペスさんが腕を組み、う~んと頭を捻った。
「五日前、くらい……?」
「五日もあれば、体調も良くなるでしょうに……」
「だね」
ウルペスさんが誤魔化すように、「ははは」と笑う。先生は再び溜め息を吐いた。
「それよりも、話があります。少し良いですか?」
「何? 改まって」
「アイリス」
先生が私を呼ぶ。私は一つ頷くと、タタタッとカウンターに駆け寄り、その上に兄様からもらった本を置いた。
「これ、読んで!」
「読んでって……。アイリスちゃん、字、読めるでしょ? 何で俺が読み聞かせなんて――」
「ちがーう! この本に良い事が書いてあるの。ブロイエさんのお屋敷で見つけてね、ウルペスさんの役に立つと思ってもらって来たの! だから読んで!」
「良い事、ねぇ……」
そう言って、ウルペスさんが本を手に取った。そして、パラパラとページを捲る。
「これ、物語……?」
「ん! そう! 本当にあった事でね、そこに出てくる人に聞いた話をブロイエさんが書き起こしたんだって!」
「ブロイエ様がねぇ……」
「急いで読んでね! 今夜中ね!」
「え~。俺、忙しいのに……」
「今夜中! 絶対に今夜中!」
「はいはい。分かったよ」
ウルペスさんは、参ったなぁって顔をしながらも頷いてくれた。よし。じゃあ、帰ろう。もう寝る時間だし。先生の手を引き、ウルペスさんのお店を出る。
「――良かったのですか?」
廊下を歩きながら、先生が口を開いた。何かと思い、先生を見上げる。
「もう少し詳しく説明した方が、ウルペスもあのような態度は取らなかったと思うのですけど……」
「ん。分かってるよ。でも、良いの。だって、驚かせたかったんだもん!」
「まあ、確かに驚くでしょうね。失われた知識に関する記述ですし、まさか、アイリスがそれを見つけるとも思っていないでしょうし」
「でしょ? 明日、どんな顔してるかなぁ? 楽しみ!」
「ですね」
二人で顔を見合わせ、クスクス笑い合う。あ~。楽しみだな。ウルペスさん、どんな反応するかな?
次の日、アオイの朝ごはんのお世話を済ませた私は、先生のお仕事部屋でお勉強を始めた。私専用の小さな勉強机で魔道書を開き、読み進める。今日から新しい魔術を勉強する事にした。体力回復の中級魔術。初級の術じゃ、風邪にだってほとんど役に立たないって分かったから、急いで習得する事にした。ノイモーントさんには事後報告になるけど、たぶん大丈夫。だって、先生が、どんな魔術が今一番必要か、自分で考えるのも勉強だって言ってたんだもん。私が今一番必要だって思ったのがこの魔術で、その理由だってちゃんと説明出来るもん。だから大丈夫、大丈夫。
そうして魔道書を読み始めてしばらくすると、部屋の扉がノックされた。先生が「どうぞ」と返事をすると、バンと乱暴に扉が開く。その先にいたのはウルペスさん。興奮しているのか寝不足なのか、目が血走っている。ちょっと怖い。
「二人に話がある!」
そう言ったかと思うと、ウルペスさんがソファにドカッと座った。そんな彼の為に、先生がお茶を準備し始める。お手伝い、お手伝い! 先生が淹れたお茶をウルペスさんに出し、その正面の席に先生のお茶を置き、私のお茶をその隣に置いて、と。お話し合いの準備、出来た!
「で?」
私と先生が席に着くと、ウルペスさんがそう切り出した。「で?」の意味が分からず、先生と顔を見合わせる。
「で、とは?」
先生が問うと、ウルペスさんが昨日貸した本をテーブルの上に置いて口を開いた。
「この本のホムンクルスについて、二人はどの程度知ってるの?」
「全く知りません。禁術ですし」
そう言ったのは先生。私も同じ。うんうんと頷くと、ウルペスさんが頭を抱えた。
「手が掛かりは全く無いのかぁ。くそぉ……!」
「ブロイエさんには? 聞いた?」
私がそう尋ねると、ウルペスさんが顔を上げずに口を開く。
「聞いたよ。ホムンクルスなんて聞いた事も無いって、のらりくらりとかわされた!」
「そっかぁ」
ブロイエさん、ウルペスさんに話をする気は全く無いんだな。私が聞いた時にはある程度は話してくれたのに、ウルペスさんが聞いたら知らないだもんね。まあ、それも仕方ないのかもしれない。だって、ブロイエさんが禁術の記述がある物語を書いたって、どこから竜王様の耳に入るか分かんないもん。そうなったら、いくらブロイエさんでも怒られちゃうもん。
「叔父上の協力が得られないのは痛いですね……」
先生がポツリと呟く。見ると、難しい顔で何かを考え込んでいた。ウルペスさんも難しい顔で考え込んでいる。じゃあ、私も。う~ん……。
ブロイエさんに協力してもらうには、何か渡すのが手っ取り早いのかなぁ……。お礼的な。タダで協力してくれるとは思えな……ん?
「あぁ~!」
突然叫んだ私を、先生とウルペスさんがギョッとした顔で見つめている。でも、今はそんな事どうでも良い。それよりも――。
「ブロイエさんに協力してもらう方法、あった!」
「ローザ様に頼んでもらうとか止めてね?」
そう言ったのはウルペスさん。苦笑いしている。む~! 馬鹿にして! そんな事しないもん!
「違うもん! 私、良い物持ってるの! 取って来るから、ちょっとだけ待ってて!」
そう言って、私は東の塔に繋がっている扉から部屋を飛び出した。向かうはお隣。私の部屋。
部屋に入り、本棚を漁る。どこやったかなぁ? 確か、何冊目かの写本の間に挟んだんだよなぁ。どれだったかなぁ? これか? ん~。無いなぁ。こっちかな? 写本を逆さにしてバサバサ振ると、ヒラリと一枚の紙が落ちた。あった! これこれ!
紙を手に、意気揚々と先生のお仕事部屋に戻ると、先生とウルペスさんは私抜きで何かを話し合っていた。んも~! 待っててって言ったのに! 二人だけで話進めないでよ! む~っと頬を膨らませながら席に戻ると、先生が苦笑しながら私の頭を撫でてくれた。しょうがないなぁ。先生に免じて許してあげよう。そう思いつつ、ローテーブルの上に紙を置く。先生とウルペスさんが興味津々でそれを覗き込んだ。
「ええっと……。一生のお願い券? 何、これ?」
ウルペスさんが戸惑いながら口を開く。私はえっへんと胸を張った。
「これにお願い事を書いてブロイエさんに渡すと、お願い叶えてくれるの。前にね、メーアをお世話した時、ご褒美でもらったの!」
これでブロイエさんに協力してもらえるはず。と思ったのに、ウルペスさんはあんまり乗り気じゃないみたい。
「こんな子ども騙しで協力してくれる?」
「子ども騙しじゃないもん! これに書いたお願い、何でも叶えてくれるって約束したんだもん!」
「でもなぁ……」
そんな風に言うなら、ウルペスさんに協力してあげないんだから。そう思って、再び頬を膨らませる私の頭を、先生がよしよしと撫でてくれた。
「案外、良い案かもしれませんよ? アイリスのお願いなら、叔父上もそうそう邪険に出来ないでしょうし。ただ――」
『ただ?』
私とウルペスさんの声が思いがけずハモる。思わず、二人で顔を見合わせてしまった。
「アイリスはそれで良いのですか? これは、アイリスの為に叔父上が渡した物です。自分の為に使った方が良いのではないかと……」
「ん~……。良い! 私、お手伝いしたいんだもん!」
少し考え、口を開く。すると、先生が微妙な顔で笑った。それを見て、私は再びウルペスさんと顔を見合わせた。
「先生? どうしたの? 具合悪い? 私、治せるよ?」
「いえ……。そうではなく……」
どうしてそんな顔するの? ウルペスさんのお手伝いしたら、先生、喜んでくれると思ったのに……。
「その……どうしてそこまで、と……」
先生が遠慮がちに口を開く。そこまでって? 私がウルペスさんのお手伝いするの、変?
「ああ……。そういう事ね……」
ウルペスさんが納得いったという顔をして呟く。分からないの、私だけ?
「ねえ、アイリスちゃん。どうして俺に協力してくれるの? アイリスちゃんにとって、メリットなんてある?」
「ん~……。あのね、ウルペスさんが元気だとね、先生も元気でね、私も元気になるの。でもね、ウルペスさんが悲しそうだとね、先生も悲しそうでね、私も悲しいの。こんな理由でお手伝いしたら変? 駄目?」
首を傾げながらそう言う。すると、ウルペスさんは優しく微笑んで首を振った。
「全然変じゃないし、駄目じゃないよ。アイリスちゃんはせんせーに喜んでもらいたかったんだよね?」
「ん。そう!」
「だそーですよ、せんせー」
そう言って、ウルペスさんが先生を見る。私も隣に座る先生を見上げた。先生は何故か俯き、頭を抱えてしまっていた。どうしたの、先生? 頭痛い? 私、治せるよ? 治そうか?




