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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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風邪 5

 先生は真夜中に一度、喉が渇いたって目を覚ました以外、ぐっすりと眠っていた。正しくはぐったりなのかな? 先生の顔の汗を手ぬぐいでそっと拭きつつ、そんな事を考える。


 ふと、窓の外を見ると、空が薄らと白み始めていた。もう夜明けか……。あっという間に朝になっちゃったな。


 私、初めて徹夜した。昨日は起きてようって思っても、すぐに眠くなっちゃったのに、今日は全然眠くならなかった。気合を入れれば起きてられるってスマラクト兄様が言ってたけど、こういう事かぁ。


「アイリス。仮眠しないで大丈夫?」


 そう言ったのは、私のお隣の椅子に座っているブロイエさん。いつもと顔つきも雰囲気も変わらないところを見ると、徹夜は慣れっこらしい。


「ん。まだ眠くないから大丈夫」


「辛くなったらそこのソファでも使って、いつでも寝て良いんだからね?」


「ん。分かった!」


 今は全然眠くないけど、後で眠くなるかもしれないもんね。私が頷くと、ブロイエさんがにこっと笑った。


「僕が城に帰った後、ラインヴァイスの事、頼むね?」


「ん!」


 頼むねって言い方、信用されてるみたいで何だか無性に嬉しい。力一杯頷いたその時、先生が「う~ん」と小さく唸って目を開けた。起こしちゃった? あわわ!


「喉、乾いた……」


 掠れた声で先生が呟く。お水、お水! 慌てて砂糖塩水をグラスに汲み、先生に差し出す。先生は上体を起こしてそれを受け取ると、一気に飲み干した。


「おかわり……」


 そんなに喉渇いてたの? 先生が出したグラスに砂糖塩水を並々注ぎ、見守る。先生は、今度はゆっくりとそれを飲み始めた。


「先生、身体、まだ痛い?」


「少し……」


「喉は?」


「痛い……」


 顔色を見る限り、まだ熱ありそうだな。ここはひとつ、気合を入れて体力回復をしよう! そうしよう! 私は砂糖塩水を飲み終わった先生からグラスを受け取り、それをベッド脇のチェストの上に置くと、腰のホルダーから杖を引き抜いた。


「先生、体力回復するよ?」


 私がそう声を掛けると、先生は小さく頷き、ベッドに横になった。先生を包み込むようなイメージで魔法陣を展開し、体力回復の術を掛ける。すると、先生がホッと息を吐き、目を閉じた。しばらくして、先生からスヤスヤと寝息が上がり始める。


「少し落ち着いたみたいだねぇ」


 そう言いつつ、ブロイエさんが水を張った洗面器に手ぬぐいを浸し、ギュッと絞った。それを横目に、私は椅子から立ち上がる。


「砂糖塩水無くなっちゃったから、新しいの作って来る」


「分かった。行っておいで」


「あ、そうだ。ブロイエさんも柑橘水飲む?」


「う~ん。せっかくだし、頂こうかなぁ」


「分かった! じゃあ、たくさん持って来る!」


「無理のない範囲でね」


「ん!」


 私は水差しを手に、先生の部屋を後にした。駆け足でキッチンへと向かい、先生用の柑橘砂糖塩水を作る。そして、それとは別に、私達用の柑橘水も準備して、先生の部屋へと戻った。


 ブロイエさんは柑橘水がとっても気に入ったらしく、ガバガバとそれを飲んでいる。私もチビチビ飲みつつ、先生を見守る。先生はぐっすりと眠っていた。昨日の夜よりも顔色は良い。けど、ぐっすり眠りすぎて逆に心配になってしまう。息、してるよね? 先生の口元にそっと手を差し出す。ん。息してる。良かったぁ。


「何してるの?」


 ブロイエさんが不思議そうに首を傾げる。まさか、先生が息してるか心配になったなんて言えない。だから、私は何でもないと首を横に振った。


 先生は朝ごはんの時間を過ぎても目を覚まさなかった。だから、私とブロイエさんの二人は、先に朝ごはんを食べてしまう事にした。だって、先生が起きたら、昨日みたいに自由に身動きが取れなくなっちゃうかもしれないから。ごはんをお預けになるのは、出来るなら避けたいもん。お腹空いちゃうもん。


 先生の部屋のテーブルで、ブロイエさんと向かい合わせに座って朝ごはんを食べる。時々先生の方を見るも、先生は眠り続けている。昨日とは違い、うなされている様子も無い。穏やかな寝顔。体調、少しは良くなってきたのかな?


 その後、私達が朝ごはんを食べ終わるか食べ終わらないかくらいになって、やっと先生が目を覚ました。気が付いた時には起きていて、じーっとこちらを見ていた。


「先生、ごはん食べられそう?」


 私がそう尋ねると、先生が小さく頷いた。こっちを見てたのは、お腹が空いたからだったのかな? ごはん、良いなぁって。そう考えると、ちょっと可愛い。


「今、もらって来るね!」


 そう言って私が椅子から下りると、先生もベッドから身を起こした。もしかして、これはまたしても……?


「先生、横になってて?」


 私の言葉に、先生が首を横に振る。またかぁ……。もう。本当に参ったなぁ、これ……。


「アイリスは付いててあげて。僕がもらって来るから」


 私が小さく頷くと、ブロイエさんがにこっと笑い、私の頭をポンポンとした。そして、部屋を後にする。私はこっそり溜め息を吐くと、ベッド脇の椅子に向かった。


「ここにいるから。横になって」


 私の言葉に、先生がベッドに身体を横たえた。見張るようにジッと私を見る先生を、私もジッと見る。お互いに見張り合ってるみたい……。


「ねえ、先生。どうして、私、独りでごはんもらいに行ったら駄目なの? どうして、先生から見える所にいなくちゃいけないの? ずっと一緒にいるって、看病するって約束したから?」


 そう尋ねると、先生が小さく首を横に振った。あれ? 約束したからじゃないの?


「じゃあ、何で?」


「守れない、から……。リーラ、みたいに……。もう、後悔、したくない……」


 リーラ姫みたいに、か……。先生にとって、私はリーラ姫の代わりだもんね……。私は俯き、ギュッとスカートを握り締めた。泣いたら駄目……。先生を困らせちゃうんだから。笑わないと。何でも無い事だから。先生にとって、私はリーラ姫の代わりなんだって、ずっと前から知ってたんだから……!


「せ、先生? 水、飲もうか?」


 先生の顔を見れなくて、私は水差しとグラスが置いてあるチェストへと向かった。感情が高ぶってしまったせいか、グラスを持つ手が震える。落ち着け、私。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて――。


「アイリス?」


 不思議そうな声で先生が私を呼ぶ。私はグラスに柑橘砂糖塩水を注ぎ、振り返った。ベッドの上で上体を起こしていた先生に向かって、無理矢理笑みを作る。


「何?」


「……いえ」


「はい、お水。これね、夜と違って柑橘の匂いが付いてるんだよ。きっと美味しいよ」


 先生は少し怪訝そうな顔をしながら水を受け取った。でも、何も言わず、柑橘砂糖塩水をゆっくりと飲み始めた。


 そうしてしばらくすると、ブロイエさんが先生の朝ごはんを手に、部屋に戻って来た。今日も押し麦っぽい物が入った野菜のスープ。昨日残したからか、煮込み肉は入っていない。その代りなのか、一口大に切った腸詰が入っていた。


 先生の朝ごはんの後、先生の清拭と着替えが終わると、ブロイエさんは竜王城に帰って行った。「なるべく一緒にいてあげてね」って言って。先生にフラフラ出歩かれても困るから、今日も私は先生の部屋に篭りっきり。気分転換と空気の入れ替えに窓を開く。今日も良い天気。良い風。は~。癒される。


「アイリス……」


 呼ばれて振り返る。でも、私を呼んだはずの先生はスヤスヤと寝息を立てていた。今の、寝言? ベッドの傍に寄り、眠る先生をジッと見つめる。


 私、先生の妹じゃないよ。リーラ姫の代わりなんて嫌だよ。先生と一緒にいられるなら、先生がどう思っていても良いやって一時はそう思ってたけど、やっぱり嫌! だって、私にとって、先生は特別だから。特別大好きで、特別大事な人だから。


 眠る先生の頬にそっと触れる。ねえ、先生。私を見てよ。リーラ姫の代わりとしてじゃなくて、私を見て……。私は先生にゆっくりと顔を近づけた。


 触れるか触れないかの口づけの後、ハッと我に返った。わ、私、なな、何して……! 具合悪くて寝てる先生にこんな……! う~。うぅ~! 最低だ。がっくりと項垂れながら椅子に腰を下ろし、ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟る。


 最低だ。最低、最低、最低、最低! 私がリーラ姫の代わりじゃなくなったら、先生にとってはただの弟子。どう頑張っても、先生の一番にはなれないのに……。先生の一番はアオイなんだから……。


 ごめんね、先生。今、拭くからね。だから許して。手ぬぐいを取り、先生の口元を拭う。そして、ついでに顔の汗も拭いた。と、その時、ゆっくりと先生の目が開いた。


「お、起きてたの?」


 そう言った私の声は、変な風に上ずっていた。心臓がバクバクする。どどど、どうしよう! 起きてるなんて思わなかったよぉ! ひぃ~!


「夢、見てました……」


「ゆ、夢? どど、どんな?」


 夢って事は、寝てたの? 今起きたの? そうなの?


「とても幸せな夢……。それよりも、髪……乱れてる……」


 そう言って先生がフッと笑い、私の頭を優しく撫でた。と思ったら、ふと気が付いたように、視線を移した。


「……窓」


「ま、窓? ああ、さっき開けたの。寒かったら閉めるよ!」


 そう言い、窓に向かおうとした私の手を先生が掴む。


「そのままで。風、気持ち良いから……」


 再び先生の目が閉じる。私はすとんと椅子に腰を下ろし、先生を見つめた。


 口づけした事、気が付いてなかった、よね……? 起きてなかったんだよね? このまま何も言わなければ、先生は気が付かないまま、だよね……?


 よし。さっきの事は、私だけの秘密にしよう。こんな事、先生に知られて嫌われたら嫌だもん。そうと決まれば、気分転換に仮眠でもしよう。この後も、先生の看病を頑張らないとだから。


 と思ったのに、先生との口づけの事が頭から離れなくて、全然眠れなかった。一晩起きてたから流石に眠い……。でも寝れない……。これは、具合悪くて寝てる先生に口づけた罰だな。と思ったら、罰はこれだけじゃ済まなかった。


 次の日の昼頃、少し元気になった先生の看病をしていたら、何だか寒気がしてきた。そして、その日の夜。何と、私が高熱を出した。先生の風邪、うつっちゃった……。くすん……。


「せんせぇ。喉渇いた~」


「はいはい」


「せんせぇ。ごはん食べさせてぇ」


「はい、口開けて下さいね」


「せんせぇ。行っちゃだめぇ~!」


「はいはい。ずっとここにいますよ」


「せんせぇ。手、繋いでてぇ」


「はいはい」


「せんせぇ。お着替え手伝ってぇ!」


「はいは……それは自分でなさい」


 そんな私を、熱が下がって元気になった先生が看病してくれた。お返しにって。私がしてあげた事を全部先生にしてもらえたし、これはこれで良かったと思う。ごはんだって食べさせてもらったし、眠る時には手も繋いでもらったし。着替えのお手伝いはお断りされちゃったけど、それは私も手伝ってないから仕方ない。


 今回の事で、看病する人の大変さも、熱を出した時の心細さも、看病してくれる人のありがたさもいっぺんに分かった。そう思うと、この休暇、とっても有意義だった。高熱の辛さは、先生に口づけた罰だけじゃなくて、治癒術師見習いとしての勉強代。そう思っておこっと!

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