リシェネ
今回は政略結婚を題材にしてみました。お付き合い宜しくお願いします!
「俺は、結婚しても一生君を愛する事はない。君に愛して欲しいとも思わない。むしろ愛なんて邪魔なものだ。
それでも最低限、結婚生活に関しての保障をしよう。君も俺の子供を生めば、他に子をつくる以外は自由にしてくれていい」
私、リシェネ・コンルールと
次期伯爵レオナルド・カンファーヌ様との婚約を交わした日、レオナルド様にそう告げられました。
見事な金髪が動くたびにキラキラと輝き、端整な顔立ちに引き込まれてしまいそうな蒼い瞳。
このような美しい方が存在するのですね。見惚れていて返事が遅れてしまいました。
「…出来るだけ、早く子をなせるように頑張りますので宜しくお願いします」
私は、社交界への参加回数がまだ浅くあまり世間のお噂に疎いほうなのだが、それでも彼の噂は耳に入った。
毎晩 女性を渡り歩くプレーボーイ。彼に落とせない女性はいない。この話はあながち嘘ではないらしい。
婚約は不本意なのだと顔に出したまま、この話を進めるのはレオナルド様しか伯爵家を継ぐものがいないからだ。
多くの女性から私を選んだのは、家同士の結びつきが大きい。レオナルド様と私の兄クリスとは良き同僚であり最も信頼できる仲だと聞いている。
女性関係は酷いが、顔、家柄 将来性のあるレオナルド様はきっと選び放題だったに違いない。
両親も兄もこの婚約に猛反対していた。もちろん女性関係もなのだが、レオナルド様には愛する方がいたのだ。
社交界の薔薇の宝石とされたエステル・バーソン様。婚約間近だったのだが国王に気に入られ側室となってしまっていた。
女性関係が派手になったのもそんな事があった後だとお兄様はおっしゃっていた。
そんなレオナルド様との婚約を望んだのは私だ。
レオナルド様との事が駄目なら修道院に入る事を両親や兄に告げると渋々ながらもこの話を進めてくれた。
貴族の娘が何もないのに修道院に入るのは世間に対する体裁が良くない。殆ど脅しのようなものだった。
そして今日婚約が交わされた。
心底嫌そうなレオナルド様と対照的に幸せをかみ締めた私。周りから見たらさぞや滑稽な二人だっただろう。
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花嫁を包む純白のドレス。シルクでできた生地はなんと心地よく美しいものか。私は何度もドレスを撫でるように触る。
「お奇麗ですわ」
「本当に?そう思ってくださるかしら?」
着付け最後の仕上げをしている侍女マーサにいつものように彼の事を話す。
「もちろんでございます。きっと誰にもお見せしたくないとかおっしゃって、リシェネ様を攫ってどこかにお隠れになってしまうことでしょう」
「それは大変だわ。だから花嫁と花婿は式の前にお会いできないのかしら?」
「そうかもしれませんわね。切実に必要なしきたりだと気が付きましたわ」
「まぁ」
私は、マーサと顔を合わせて笑いあう。
「リシェネ様…私はずっと貴方様のお傍におります…」
「ありがとう…。ずっと…ずっとよ」
マーサはしばらく見つめていたが、目線をそらしたかと思うと肩をゆらし静かに泣いていた。
私はそんなマーサに寄り添い、式が始めるまでそうしていた。
結婚式は滞りなく終わり、私は最後に家族の見送り為、馬車の前まできていた。
私の帰る場所は、レオナルド様のこの屋敷になったのだ。今生の別れではないのだけれど、もう毎日顔を見ることはない。少しの寂しさと不安があるが、私にはここでやっていく自信がある。
「私のお願いを叶えてくださってありがとうございます」
素晴らしい方を、私の結婚相手に選んでくださったお父様とお兄様に感謝のキスを送ると複雑そうに顔をゆがませる。
「本当に…これでいいんだな?」
お父様は離されていない手をしっかり握り聞いてくる。もう結婚は成立しているのに何とも面白い問いだ。
お兄様も心配そうに私を見つめて言葉をまっているようだ。
「はい。レオナルド様が私の理想の方です」
そんな顔をしないでくださいませ。本当に私にとっては良き旦那様になられる方なのです。
きっとレオナルド様にとっても、私は良き妻となると確信しております。
満面の笑みを浮かべているであろう私をお兄様は静かに抱きしめてくれる。
「…幸せになって欲しい…」
「私は幸せですわ。ずっと…」
レオナルド様となら私は一生幸せでいられる。
ずっと、ずっと、私は愛し続ける事ができるのだから。
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結婚生活は、毎日が新鮮だった。屋敷の事は、レオナルド様に任せて貰えるようになっていた。自由にしてもいいという言葉の通りレオナルド様は私に何かを求める事はなかった。
初めての夜も気遣うように優しく接してくれた。さすが女性の扱いに長けていらっしゃる。不安でしかなかった夫婦の営みも苦痛もなく、これならば子を生すまで何の心配もなさそうだ。
時折、実家からの心配する手紙が届くが、何を心配しているのか分からないぐらいだ。
レオナルド様が屋敷に帰ってくるのがいつも夜中になってしまっているので体調が心配なぐらいだと手紙に書けば、それに対する返信は微妙なものばかりだった。
今日は庭園に私の大好きな花を植えた。ピンクで少し小ぶりの花は一年中咲き続ける珍しい花だ。
庭師が丁寧に植え替えていくのを邪魔にならないよう後ろに控えて見ていた。
「この花…覚えていてくださってるかしら?」
「もちろんでございますよ。リシェネ様がお喜びになった花をお忘れになられる方じゃありません」
「そうよね。気づいた後が大変そうね」
「この庭園全部をこのお花に変えてしまおうとするかもしれません」
マーサが肩をすくめながらいう姿に思わず吹きだしてしまう。
「それは何としてもお止しないとね」
「リシェネ様、笑い事ではございませんよ」
マーサはため息をつきながらゲンナリしている。
そんなマーサとの会話を毎日私は楽しむ。
庭園にピンクの花が植え替えられ、この生活に慣れてきた頃。私のお腹に一つの生命が宿った事を知った。
体調不良の為に呼んだ医師が私にそう告げて、「おめでとうございます」っと言った。
まだ膨らんでもないお腹を見ても実感がわかない。けれど、自然と愛しさが込み上げる。
マーサが医師を見送り、帰ってきたと思ったら急いで膝掛けをかけられる。
「暖かくなさってくださいませ。何かありましたら、私が怒られてしまいます」
「きっと驚かれるわね。嬉しすぎて、私振り回されてしまうかも?」
「身を挺してリシェネ様をお守りしませんといけませんね」
「そうね!今日はマーサに頑張ってもらわないといけないわ」
「頑張ります。その為にはリシェネ様にもご協力いただかないと…」
「…分かっているわ。ちゃんと大人しくしています」
「くれぐれも、嬉しいからといって動きまわらないでくださいませ」
先を読んだようなマーサの発言に、私は席を立とうとして止めた。思っていた以上にマーサは過保護らしい。
何だか、マーサの新しい一面を見れた気がする。
あぁ…早く伝えたい。そして何度も口付けを交わして欲しい。私も負けずに口付けを贈るの。
…愛してるわ。…愛してるの。ずっと…。
子供が生まれた日、私は嬉しくて嬉しくてなかなか涙が止まらなかった。
こんなに幸せな気持ちになれるなんて想像以上で、私はただ涙を流し続ける。
そんな私に、マーサも泣きながらいった。
「リシェネ様。おめでとう御座います。可愛い男の子です」
私の横で大きな声で泣いている私の赤ちゃん。なんて可愛いのかしら。
きっとこの子を見たら私と同じように泣いてしまわれますわね。赤ちゃんを抱っこした事がないからきっと恐る恐る抱っこするの。泣いている赤ちゃんにオロオロしながらも絶対に離さなくて、それでもあまりに泣いてしまっうから泣く泣くマーサに赤ちゃんを渡して…それから…それから…
そして、私を見つめて…。
「…ありがとう。よく頑張ってくれた…」
いつの間にか目の前にはレオナルド様がいて私の手を握った。
「…レオナルドさま」
「…今はゆっくり休んでくれ」
「そういう訳にはいけませんわ。この子にミルクをあげませんと」
「そう…か。その…見ていても構わないだろうか?」
「もちろんです。レオナルド様の赤ちゃんではありませんか」
「あぁ…あぁ。そうだ。そうだな」
目に潤ませながら子供を見つめているレオナルド様。
私の部屋に飾られたピンクの花。今日も奇麗に咲いている。
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レオナルド様との間に男の子と女の子の二人の子供が生まれ、私の役目が終わったと一息ついた頃。
レオナルド様が私をお茶に誘った。近頃はレオナルド様との二人の時間も増え誘われる事に違和感は感じなくなっていた。
どこかソワソワしたレオナルド様が私のかけていた椅子の隣に座った。
私の髪をレオナルド様が優しくすくう。何かを言おうとして次の言葉を言おうとしないレオナルド様のずっと待つ。
その間もずっとレオナルド様は、私の髪に触れ続けている。
「リシェネは…」
名を呼ばれ、目線をレオナルド様のほうへ戻すと少し困った表情で私を見ていた。
「リシェネは、幸せか…?」
一瞬、何を聞かれているのか分からなかったが早く答えないと、レオナルド様に誤解を与えてしまう事に気づき答える。
「もちろんです。レオナルド様のお陰で私はとても幸せです」
「そう…か」
少しほっとされたレオナルド様を見て私もきちんと答えられた事に安堵した。
そういえばレオナルド様に幸せだと告げた事は一度もなかった。大切な事だったのに感謝さえもしていなかったのだ。
これはこれからもきちんとレオナルド様に伝えていかなければいけない。
「リシェネは…俺を、愛しているだろうか?」
またもレオナルド様の意図が読めない質問に、私ははっとした。
最近ずっと私に気を使ってか真っ直ぐ屋敷に帰ってくるようになっていた。あれほどあった女性の影もぱったりと見えない。
子供が生まれてから分かったのだが、意外にも子煩悩だったレオナルド様は家族の時間を大切にする様になっていた。
自然と過ごす時間が多くなった私が、レオナルド様との事を勘違いしてしまったのではないかと不安にさせてしまったのだろう。あぁ…何故気づかなかったのか…。レオナルド様の良き妻に、良き理解者になると結婚するときに誓っていたではないか…。自分の幸せを優先しすぎてしまった自分を恥じなければならない。
本当にお可哀想なレオナルド様。
お好きな女性とは結ばれず、好きでもない女と結婚して子供を残す事を強制され…。
目の前に、手が届く範囲に愛する人がいるというのに、愛を囁く事も愛を請うことも、ましては触れる事も叶わない。愛し合っているというのに、何て残酷な仕打ちなんでしょう…。
レオナルド様に幸せをいただいている私が出来る事は子を生み育てることだけ。貰いすぎているぐらいなのに私事で心痛めてしまわれているなんて。もしかしたら、お兄様が何かレオナルド様におっしゃったのかも…。毎回手紙で幸せだと書いているのにまだ、信じて貰えてないのかしら?レオナルド様が私の事なんて気にする必要なんてまったくないというのに。
私は、レオナルド様の手をとりしっかりと目を見つめた。
「…安心してください」
「リシェネ…」
「安心してください。私は、レオナルド様を愛しておりません」
他に愛する人を見つけて幸せになってください。握っていた手を一度だけ力を込める。レオナルド様の返事はなかったけど、これで少しは伝わっただろうか?
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あれから幾度も季節は過ぎ、二人だった子供は男の子1人女の子2人増え、五人の母になっていた。
レオナルド様に女性の影は跡形もなく私のせいかとも一時期思ったが、愛するものが増えたからもういいのだと言っていた。レオナルド様は、お年を召してからもますます魅力を増し女性からの熱い視線をおくられているというのに、子煩悩になってしまってからは軽く流してらっしゃるようだ。
私は、庭園のピンクの花を摘んでは屋敷を飾った。愛する花と愛する人への思いは、途絶える事を知らない。
毎日毎日…私は幸せに包まれる。
繰り返されているマーサとの会話はいつまでも新鮮だ。
忙しい、忙しいといいながら、愛しい人のへ言葉を告げる。マーサにとっては、いつまでも手がかかる方なのだそうだ。
いくつになっても、頭があがらない。
五人の子供達が、成人してそして結婚して私の手から離れていってしまった。
レオナルド様は家督を長男に譲ると私をつれて田舎の別荘に移り住んだ。
その別荘にもあのピンクの花を植えていてくれていた事には驚いた。本当にレオナルド様はお優しい。
時より、子供達が孫を連れて遊びに来てくれる。
子供達の声は段々と体力が落ちていた私を元気にしてくれる。
この世界に未練なんてないはずの私にも、少しは生きたいと思える事が嬉しかった。
だけれども、もう私の最後は近づいている。
「マーサ…マーサ…。愛する方より後に逝けるのは、幸せな事だったのね」
「リシェネ様…」
「ふふっ…だって、あの方を残して逝ってしまったらきっと、大変よ」
「えぇ…えぇ。その通りです。リシェネ様…お体に障ります。どうぞ横になってくださいませ」
「…マーサ。ずっと傍に居てくれてありがとう。そして、つき合わせてしまってごめんなさいね」
マーサは、何も言わず黙々と手を動かして私に背を向ける。
レオナルド様にもお礼を言わなくては…孫に囲まれてクタクタになりながらも優しい顔を向けているだろう彼の人を思い浮かべる。
子供達の声が遠くなっていく。意識が落ちていくのを感じる。
あぁ…今日は、とても眠たいわ…。
――――――――――――
最後の力を振り絞り手を伸ばす。優しく握り返される優しい手…。
あぁ…本当にお優しい貴方…。
愛おしい方が私を迎えにきてくださる。ごめんなさい、少しお待たせしてしまいましたね。
私は、本当に幸せでした…。
愛を教えてくれた方と出会えて…私を愛してくれた貴方に出会えて…
「愛している…ずっと、愛していた」
まぁ…分かっていますわ…そんな事。ずっとずっと分かっておりました。
「安心してください。私もずっと、愛してますわ…」
― …ずっと…ずっと…愛して…―