侯爵令嬢の嗜み 2
「ミモザ! 今日授業が終わったら、カフェテリアに行かない?」
「ええ、勿論」
学園に入学して仲良くなったのは、アイリスという名前の女の子。
彼女はアルメリア公爵家という、この国の貴族の中で最も地位も資産もある家のご令嬢だ。
そこそこの交流で、人脈を広げることができれば良いか……と、学園では特定の人と仲良くすることは考えていなかったんだけどな……。
……始め、声をかけてきたのは彼女の方からだった。
名前を聞いて、一体どれだけ気位の高い方なのだろうと思ったら……顔を赤らめて『友達になって下さい!』だなんて、反則でしょう。
アルメリア公爵家の権威を思えば、私に対して『友達になりなさい』と命令しても、おかしくないのに。
だと言うのに、顔を赤らめて『友達になって下さい!』だなんて……それに、ぽっちゃり目だけど愛くるしい顔立ちの彼女が本当に可愛らしくて……つい、絆されてしまった。
そして結局私は、当初の目論見から大きく外れて彼女とずっと行動を共にするようになっていた。
……そんな彼女の顔が曇るようになったのは、彼女の婚約者である第二王子のエドワードがユーリという男爵令嬢と共にいることが多くなった時からだ。
はっきり言って、学園内でのユーリの評判は全く良くなかった。
と言うのも、次々と地位のある男性に近づいては仲を深めていたから。
幾ら国が学園内で男女の同席を認めていても、それはあくまで子どもたちが知見を深める為。
社会に出れば、女性が男性と距離を縮め過ぎると『はしたない』と映る。
当然ここに入学する生徒たちには、その常識を親や家庭教師たちから叩き込まれて入学してきているのだ……当然、ユーリのしていることは、『はしたない』と映るのだ。
そもそもで、婚約者のいる男に、そうと分かっていて近づくこと自体どうかと思う。
それは、平民も貴族も関係ない筈でしょう?
平民の出自を盾にして、『貴族のことは分からない』とか言い訳をしているらしいけど……何を馬鹿なことを、と鼻で笑っていた。
けれども何故か、男の子たちはどんどんユーリに堕ちていく。
否、確かに彼女は可愛いけれども。
それでも、そんなことで堕ちるような彼らではなかったのに。
……彼らはその地位に見合うだけの警戒心を、養われている筈だから。
……怖かった。
次々と、地位ある男を堕としていくユーリが。
堕とされた男たちのタガが外れて、次々と彼ららしくない判断を下すその姿が。
……絶対、彼女の裏には何かある。
私は、そうアイリスに言って諌め続けた。
けれども、アイリスの目にはエドワードしかいなかった。
彼を取り戻そうとエドワードやユーリに真っ向から苦言を呈す。
エドワードからは煙たがられ、ユーリからは『虐めないで』と言われることで彼女自身の評判を落とす結果となっても。
それでも彼女は、それを続けていた。
徐々に下がっていく、アイリスの評判。
それは意図的に広められ、そうして彼女を陥れる包囲網が出来上がりつつあるような気がした。
それに対抗すべく、あちらこちらのグループに顔を出しては、良い噂を流し続けたけれども……気づいた時には、全てが遅かった。
……私が風邪をひいて倒れている間に、彼女は学園を追放されていたのだ。