メリークリスマス
「……クリスマス、ですか?」
それは、一ヶ月前。
訝しむディーンに、私はニコニコ笑う。
実はこの世界、クリスマスという日はない。あくまでファンタジー、異世界なのだ。
「そう。既にアズータ商会を通して、情宣しているのよ」
常春のこの国では当然四季もなく。何を以ってしてクリスマスと言えるのか、私自身疑問なのだが……。
いかんせん、物足りなかったというかなんというか……とにかく、お祭りをしたかったのだ。私が。
というわけで、クリスマス。
ダリル教が普及しているこの世界で、元の世界と同じ意味づけはできないので……ズバリ、『大切な人に、感謝を捧げる日』という程で広めてみた。
アズータ商会を通じて、情宣活動。
シーズンオフの日……特に近くに行事のない日をクリスマスとして制定したおかげか、割と広まった。
……と、いうわけで。
私は誰にも憚られることなく、堂々お祝いモード!!
まずは、昼間に院に訪問。
大量のお菓子やプレゼントを抱えて行った。……とはいっても、実際一人きりでは持ちきれなかったのでディーンやターニャやセイにも手伝ってもらったが。
「あー!アイリスさまだぁ」
わっと、駆け寄ってくる子供たち。ああ、可愛らしい。
「こんにちわ、皆」
「きょうはどうしたのぉ?」
「今日はね、クリスマスという日なのよ」
「くりすます!!きいてる!!お祝いの日なんだよね」
「そう……大切な人に感謝を示す日なの。皆が、今年も良い子でありがとう。元気に大きくなってね……っていう気持ちを込めた、私からのプレゼント」
子ども達は、嬉しそうにプレゼントを受け取る。併せて、院にも絵本や勉強道具を寄付。
ミナ先生や子どもたちの嬉しそうな顔をしていると、日頃頑張って仕事をしていて良かったなあ……と、心の底から思える。
子ども達もクリスマスにと、描いてくれていた絵だとか手紙をくれた。……家宝ね、これは。ああ、1人ぐらい連れて帰れないかしら。邪な気持ちをこらえつつ、子どもとのひと時を楽しんだ。
屋敷に帰って、今度は屋敷の皆でパーティー。気心知れた面々とのパーティなので、大分フランクな感じだ。
「んー!!メリダ、よく出来てるわ!!」
ローストターキーだとか、マッシュポテトだとかクリスマスプディングだとか。
記憶にある料理を、こんな感じ……って伝えてメリダが再現。
ああ、美味しい。
メリダは私の感想に嬉しそうに微笑んでいた。
「おー!!なんだこれ、初めて見る料理だ」
ディダがお酒を飲みつつ楽しそうに料理を摘む。その横で、ライルは結構ガツガツと食べていた。
「後でお時間くださいよぅ、メリダ!」
レーメがメリダに詰め寄っている。
「ああ…分かってるよ、レーメ。ったく、食べてる時ぐらい、本のことは忘れて欲しいんだけどねぇ」
そんなレーメに、メリダは苦笑いだ。
「アハハ、それは無理ですねぇ」
最近、レーメはメリダのレシピを本にしている。……門外不出、アルメニア公爵家内のみで読むことが可能な本として。
レーメの読書の幅は広くて、料理のレシピもその一つ。そんなレーメが、“こんな珍しい料理を後世に残さないなんて、文化への冒涜です”と目の色を変えてメリダに提案したらしい。メリダも膨大となったレシピの整理のためにもレシピ本を作りたいなあ……と思っていたので渡り舟だったらしいが。
閑話休題。
セイはのんびりと食事をしつつモネダと談笑していて、ターニャはお酒のお代わりを要求してきたディダと何やら言い合っているようだ。
最近ずっと忙しそうにバタバタとしていたセイが、こうしてのんびりした姿を見せるのは珍しいこと。
「……お嬢様、どうぞ。ターニャからです」
ディーンが、私にワイングラスを差し出す。
「ありがとう、ディーン。でも、ターニャからって?」
「ディダに飲み尽くされる前に、是非お嬢様にどうぞ……らしいですよ」
「まあ……それじゃ、ありがたくいただきましょうか」
ディーンと乾杯し、私は一口貰う。うーん、料理にもよく合うわね。
「……って、コレ随分良いお酒じゃない?」
私がさっきまで飲んでいたのより、良い酒だ。
「ガゼル将軍からの、プレゼントらしいです」
「ああ、なるほど」
妙に納得。お祖父様、お酒大好きだもんね……。
「とても楽しい会ですね」
「そうね。皆と一緒に楽しめて、とても良かったわ」
無事にこの日を迎えることができたのも、皆のおかげだもの。
バッドエンディングからスタートして、色々な事があったけれども、だからこそ……今この会がある。
「大切な人に、感謝を捧げる日……とても、貴女らしい」
「まあ……」
「最初聞いた時は、失礼ながら『そのイベントに何の意味が?』とも思いましたが。……でも、今日1日過ごして、貴女が拘った理由がよく分かりました」
ずっと前だけを、見てきた。
でも、今日1日を過ごして……久しぶりに、立ち止まって今の自分とそして今の自分を作り上げた過去を見る事が出来た気がする。
私は、私の大切なモノを思い返すことができた。
「話は逸れましたが、お嬢様。私からの感謝の気持ちです」
そう言って渡されたのは、小さな花。樹脂で固められたらしいその花は、とても美しい飾り付けがされていた。
青い薔薇。花言葉は……夢が叶う。
「嬉しいわ……」
そっと、私はそれを受け取る。
「ありがとう。……貴方が、私の横にいてくれるのなら。私は、何でもできる気がするわ。夢を夢で終わらせずに、理想を現実に変えることができる。そう、思えてくるの」
「お嬢様……」
「だから、ディーン。これからも、その手を貸してね」
「勿論です」
ディーンの笑顔の応えに、私も笑顔を浮かべた。




