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刀狩りのココロ  作者: 奈良月 君尋
1/3

第一話 ナイフ①

 昔、祖父がよく言っていた。

「いつ辞めてもいいんだよ」

 それは、まだ六歳だったおれを思っての言葉だったように思う。

「世の中にはたくさんの楽しいことがあるんだよ。もっともっといろんなものを見て、遊んで、ゆっくり豊かな大人になればいい。なにも小さいときから剣術一筋に打ち込むことはない――」

 口下手だが、柔和で優しかった祖父のそんな気持ちが、「辞めてもいい」のその一言にこめられていた。うちの流派はもう道場を閉めて久しく、そのままゆっくりと滅びていく運命だった。世間的にも、武道というのはもう流行らず、人を集めようにも集まらない。しかし、祖父はそれで良いというふうに思っているようだった。「平和な世の中に、人を殺す技術は必要ない――」。とくにうちは、実戦に重きをおく流派だったから……。

 その一方で、祖父はおれが剣術を学ぶことを喜ばしく思っていたようだった。孫が自身の技と心を吸収し、身につけていくのを見るのは、嬉しいことだったのだろう。

 その期待通りに、おれは剣術を続けた。剣術が好きだったわけでも、楽しかったわけでもない。ただなんとなく、祖父に褒められたから。

「お前には才能があるねえ」


 あれから十八年経ち、おれは二十四歳になった。

 祖父は高校生のときに亡くなったが、そのあともおれは剣術を続けた。

 いつの間にか、剣術がおれの体の一部になっている。



     一


 そこは、大衆居酒屋の一室だった。大きなテーブルの上には料理が並び、それを囲む人数は男三人、女三人。それぞれの目の前には色とりどりのアルコール飲料が置かれており、ときおり口元へと運ばれてゆく。

 騒がしい場だった。

 ――苦手だ。こういう場所は苦手だ……。

 なぜおれはこんな場所にいるのかと、堂上は二日前にかかって来た電話を呪った。

 それは大学時代の友人からの電話だった。

「合コンに出て欲しいんだ。急にひとりが行けなくなってさ。堂上は毎日定時上がりなんだろ? 警察の窓際部署に配属されたって聞いたぜ。それじゃ、頼んだよ」

 暇なのは確かだった。

 でも、こんな場所に放り込まなくたっていいじゃないか。人一倍苦手なのに。女の子とか。ああ、うちのカビ臭い道場が無性に恋しい……。

「ねえ、堂上どうがみくん。堂上心くん……?」

 突然、隣の女の子が話しかけてきた。

「は、はい……っ!」うわずった声が出た。

「心ってかわいい名前だよね。男の人にしてはめずらしい」

「そ、そうですか……? じいちゃんが、名づけてくれたんです。心を持った大人になれって。似合わないですよね……、こんなデカイ男なのに」

 堂上の身長は、185センチ。体重は、87キロある。見た目は熊みたいにごつい。名付けたとき、まさか祖父も孫がここまで大きくなるとは思ってはいなかっただろう。この熊の名前に、「心」は似合わない。自分でもそう思ってしまう。

 この見た目のせいで、女性には怖がられてしまうことが多い。

 ほら、目の前の女の子も、少し顔が引きつっている気がする……。

 ああ、だから合コンなんて来たくはなかったのに……。

「ねえ、堂上くんってお仕事なにしてるの? ほら、さっきの自己紹介で、名前しか聞いてなかったからさ……」女の子が訊いてきた。

 堂上は恥ずかしさに、顔が熱くなった。十分くらい前、参加者が順番に自己紹介をしたのだが、緊張のあまり自分の名前しか言えていなかったのだ。

「警察官をやっています……」堂上は、か細い声で言った。

 それに対し、女の子は黄色い声を上げた。

「警察! すごいじゃん。公務員だよ。なんかぴったりって感じだねー。ねえ、警察のなかでどういったお仕事してるの? 交通課とか、地域課とか、捜査課とか、いっぱい部署があるんでしょ? ドラマとかで見たことあるよ!」

 彼女は、警察官に憧れを抱いているようだった。

 申し訳ない……と堂上は思う。自分はそんな華やかな部署ではないのだ。もっとじめじめしていて、殺風景で、署内でも端っこにある窓際部署なのだ。署員に尋ねても「そんな部署あったっけ?」と、おそらく半分以上の人が言うと思う。残りの半分以下は、きっと黙って顔をしかめる。

 なにせ、少々オカルトが絡んでいる。

 警察にはそういう部署もあるのだ。

 そんなことを正直に話してしまったら、怖いのを我慢して、がんばって話しかけてくれているこの女の子を、いよいよ困らせてしまうことになるだろう。

 でも、正式名称なら大丈夫かな? 堂上の所属する部署には、正式な名称と通称が存在する。正式なほうはまともだから、こちらなら教えても大丈夫だろう。


 正式名称『危器物管理課』――通称『刀狩り課』。

 それが、堂上心が所属する部署だ。



     二


 次の日、堂上はとある街の住宅街を歩いていた。

 昨日の合コンを思い出す。失敗したなぁ、と思う。やっぱり自分は、ああいう場は苦手だ。あの女の子に所属を教えたあと、すぐに席替えがあり、仕事について深く訊かれることもなかった。次に隣になった女の子は、こちらを見向きもせず、堂上は黙々と酒のグラスを舐め続けるしかなかった。……でも、まあいいか。もう二度と行くことはないだろう。というか、行きたくなかった。

 街路樹が植えられた道の左右には、様々なデザインが凝らされたマンションが立ち並んでいる。この辺りは、高級住宅街として知られている。ひと月に支払わなければならない家賃は、いったいどれくらいなのか。知りたいような、知りたくないような。

 正面に、崩れかけのジェンガのような、白色のマンションが見えてきた。あれが目的地だ。表面がでこぼことしていて、そこに各部屋の窓が並んでいる。たぶんどこかの有名なデザイナーが関わっているのだろう。この住宅街においても、一際異質で、高級感がある。

 正面に立っている制服警官に挨拶をし、手帳を見せて中に入る。エレベーターに乗って四階まで行き、降りて左の通路を進んでいくと、ドアに黄色いテープが張られた部屋が見えてきた。そこにも制服警官がひとりいて、手帳を見せてから中へ入る。

 重い扉を開けると、そこにはひとりの少女がいた。

「やあ、こころちゃん。遅かったね」

 少女は、場違いな赤い着物を着ていた。髪は長く、腰辺りまで伸びている。各所に身につけられた純和風の装飾品たち――そのうちのひとつの小さな鈴が、身振りに合わせて揺れ、チリンチリンと音を立てた。

 堂上はその音が消えるのを待ち、少女へと声をかけた。

「珍しいな、まどかが先にいるなんて」

「こころちゃんが遅いのさ。珍しくね」

 少女――久坂円は肩をすくめた。

「聞いたよ。昨日は合コンに行ったんだって。どうだったんだい? どうせ、上手く馴染めずにテーブルでも眺めていたんだろう?」円はその品のある身なりとは対照的に、にやにやとした下卑た笑みを浮かべた。

「わかっているなら訊くな。思い出して落ち込んでくる……」

 蛙が呻くような声を出して堂上が肩を落とすと、円は「やっぱりね」と大声で笑った。

 会話をしながら、玄関、廊下、その奥へとふたりは進んだ。

 突き当りの部屋の扉を開けると、ガラスが散乱する光景が目に入った。窓が割れている。そこから風が吹き込み、部屋の隅にある観葉植物を揺らしていた。その光景は、なるほど、事前に聞いていたものと合致した。

 この部屋で事件があったのは、一昨日の夜のことだという。男がひとり、窓を割って部屋へと侵入してきた。この部屋の主は三十代の男性で、ちょうどそのとき部屋に居てテレビを見ていた。そこへ突然あらわれた侵入者は、主の男性と目が会うなり、持っていたナイフでいきなり斬りつけてきたらしい。それで主の男性は、胸を浅く斬られた。しかしそのあと、侵入してきた男が急に苦しみ始め、外へと飛び出し、逃げていったという……。

「この部屋の主は、大丈夫なのかい?」円が言った。

「ここへ来る前に会ってきた。傷は浅い。ぴんぴんしていたよ」

「そりゃ良かった」

「――で、どうなんだ? 痕跡はあるのか?」

「そう慌てないの」

 言いながら円は、視線を宙へと向けた。

なにを見ているのか……眼球がなにかを追うようにふらふらと動き、中空を視線がさまよう。首をめぐらし、ひと通り室内を眺めると、割れた窓へと近づいて、円は言った。

「――間違いないね」

 振り向いた円の顔には、先ほどまでとは違う、冷えるような笑みが浮かんでいた。

「こころちゃんが来るまで暇だったからさ、他の警官に捜査状況を聞いたんだ。鑑識は襲撃者の侵入ルートをまず調べたそうだよ。この部屋は四階。このマンションには隣接する高層物がないから、必然的に犯人はここまで登ってきたことになる。しかし、その痕跡が見当たらなかったらしい。一階にも。二階にも。でも、三階にはあった。――靴跡が一か所」

 堂上は黙って聞いていた。

「そこから導き出される結論はなにか? まさか、犯人が一気に三階まで跳び上がったわけではあるまい? 最近の科学捜査は、痕跡が消された痕跡さえ暴きだす。しかし、それが無い。不思議なことに。そもそも、襲われたこの部屋の主人によると、犯人はとても正気には見えなかったらしい。痕跡をわからないように消すほど、頭が回るとは思えない。……そこからある推測がなされ、だから今回、ぼくたちが呼ばれたんだ」

 円は、まるで部屋の中をただよう空気を見るように、ふたたび、どこかに焦点を結んでいるのかわからない視線を空中へと走らせた。

「この部屋に入ったとき、すぐに感じたよ。淀んだ妖気――。犯人はきっと、本当に、一気に三階まで跳んで、そこを足がかりに四階のこの部屋へと侵入したんだ。――決まりだよ。これはぼくたちの仕事だ」

 堂上は、重苦しく呟いた。

「…………『妖刀』か」

「それを回収するのが、きみたち『危器物管理課』の仕事だろう?」

 霊能者の少女は、変わらず冷えた笑みを浮かべていた。


 

     三


『妖刀』というのは、付喪神の『ある一種』を指した言葉である。

『長い年月を経た物は、魂を宿し、霊的な力を持つ』というのが付喪神だ。絵巻物の題材としてよく見られ、代表的なもので言えば、「付喪神絵巻」。現在でも、「唐傘お化け」や「提灯お化け」などとしてもよく知られており、日本に古くから存在している神、妖怪、精霊の一種類である。

 絵巻物では、主に人に害を成す妖怪として描かれることが多いが、実際は、人に幸福を

もたらすものであることも多い。例えば、神社のご神木や霊石。広義的ではあるが、あれらも付喪神の一種である。また、身近なもので言えば、長年大切にされてきた人形なども、その持ち主の災厄を払うお守り的な付喪神と成ることがある。

 ――なぜそんな違いがでてきてしまうのだろうか?

 そう問われれば、分かれ道はそのものの扱われ方にあるのだ、と答える。

 粗末に扱われれば、人へと復讐する性質に。

 大切に扱われれば、人へと益を成す性質に。

 言ってしまえば、因果応報である。

「付喪神」は「九十九神」とも書き、「九十九」とは「八百万」のように多種多様を指す言葉であるから、悪神も善神も、妖怪も、精霊も、「九十九年」を経て霊的な力得たものはすべて「付喪神」と呼ばれるようになる。だがその性質は、扱われ方によって大きく変わり、そのために人は昔から、『物は大切に扱うように』と、先人から教わってきたのだ。

 しかし――である。

 ここにある別格が存在する。

 いかに大切に扱われようが、ソレを犯したものは無条件で悪神以下へと堕ちることになる。粗末に扱われたものは、おおむね人へと復讐しようと行動するようになるが、ソレをしたものはその心さえ無く、ただ再びソレを求める鬼へと成ってしまうのだ。

 ソレとは――人を殺すことだ。

 人の魂の味に取り憑かれた付喪神は、霊力によって人の精神を汚染し操ることで、さらなる人の魂を得ようと行動するようになる。つまり、取り憑いたものを殺人鬼へと変えてしまう。付喪神の求めるままに、際限なく。そこに指向性はなく、ただただ無差別に、目についた人を殺して回る。そうして出来上がるのは、現世に場違いにも再現された地獄絵図だ。

 そんな最悪の付喪神のことを、堂上たちは『妖刀』と呼んでいた。

『危器物管理課』――『刀狩り課』は、それを回収するための部署なのである。

 

 ――とは、言ってもなあ。と、堂上は思う。

 回収するにしても、手がかりが無い。

 侵入してきた男はすぐに逃げてしまったし、そのおかげで、犯行現場にはろくな証拠が残っていなかった。あるのはせいぜい靴跡だけ。その靴跡から犯人を突き止めるのに、いったいどれほどの時間がかかるのだろうか。――しかし、

「妖刀は人に取り憑き、持ち主の精神を狂わせていく。けれど、まだ望みはあるよ。今回の被害者によると、侵入してきた襲撃者は、急に苦しみだしたんだろう? 拒絶反応だよ。まだ良心が残っているんだ。完全に取り憑かれてはいないということだよ。もうしばらくは持つだろうね」

 円がそう言っていたのだから、まだ猶予はあるのだろう。

 もどかしいけれど、打つ手がないいまは、待つしかないのが現状だった。鑑識がさらに調査を進め、捜査課が襲撃者の足取りを掴むまで……。妖刀を探しだすことと、回収とが危器物管理課の主な仕事であり、犯人の捜査という点ではやはり捜査課の方が専門だ。だから、いまの段階では、堂上たちにできることはなにも無い。

「もし万が一のことがあったら、うちに来なよ。こころちゃんの刀はうちに置いてあるからさ――」

 ひと通り現場を見ると、円はそう言い残して帰っていった。円は警官ではなく外部の協力者のひとりであり、別に本業を持っている。用事終われば、帰っていく。

 霊能力というのは非常に稀有な才能で、その能力を有している人間は、署内でもほとんどいない。そのため、危器物管理課は外部の霊能者を協力者として招いているのだ。円には、剣術家をやっていた堂上の家と、代々霊能力を伝え続けていた久坂の家とのあいだに古い繋がりがあり、三年前堂上が警察官になったときに協力を頼み込んだという経緯がある。

 円を見送ったあと、堂上も署へと戻ることにした。

 部署での報告を済ませ席を立つと、気がつけば時刻は七時を回っていた。珍しく遅くなってしまった。帰宅しようと、堂上は署の玄関へと向かう。

 その途中、スマートフォンが震えだした。

 見てみると、メールのアイコンが点灯している。差出人のメールアドレスは知らないものだったが、件名の欄には、昨日の合コンで話しかけてきた女の子の名前が書かれていた。その衝撃に、堂上の心臓が跳ねた。まさか自分に!? と思った。

『こんばんは、堂上くん。

 昨日は楽しかったね。堂上くん初合コンだったんだって? どうだったかな?

 今日は少しお話したいことがあってメールしました。

 お仕事終わってるかな? 今夜は空いてる?

 お返事待ってます』

 すぐに返事をした。

 こんなに素早く指が動いたことがいままであっただろうかと、堂上は過去を振り返る。堂上の人生において、女の子からメールが来ることなんて初めてのことだった。女の子は苦手だが、仲良くしたくないわけじゃないのだ。できれば、気軽に話せるようにだってなりたい。……さらに本音を言えば、お付き合いだってしてみたいのだ。

 返事はすぐに返ってきた。

『ありがとう! 嬉しい!

 じゃあ、八時に駅前の喫茶店でね!』

 その文章のあとに、喫茶店のマップが貼られていた。

 堂上は走りだした。


 喫茶店に着くと、その女の子は先に来ていた。まだ七時半過ぎなのに……。なぜこんなに早く来ていたのかと尋ねると、堂上には気を利かせて遅めの時間を伝えたらしい。その気遣いに心を打たれた。

 ……しかし困った、と堂上は思った。

 情けないことに、彼女の名前が思い出せなかった。昨晩は緊張していて、自己紹介のときに聞いたはずの名前をさっぱり覚えていなかったのだ。

「お恥ずかしながら……」と、そのことを謝罪しながら彼女に伝えると、アハハと口を押さえて笑ったあと「植田恵だよ」と教えてくれた。「本当に緊張していたんだね」と続けて言ったその笑顔に、堂上は思わずときめいてしまった。

 注文を取りに来た店員に「コーヒー」と伝えると、いよいよふたりきりになった。

 なんの話だろう、とそわそわする。しかし、焦ってはいけない。昨日の失敗を繰り返してはいけない。失礼の無いように気を配り、さらに、できれば普通の人みたいにスムーズに会話をしたい。まずは頼んだコーヒーが来て、一息吐いてから――。   

 そんなことを考えていると、恵が突然「ふふっ」と笑った。

「ほんとに女の子に慣れてないんだね」

 内心を見透かされ、顔が熱くなった。「ええ……」と、小さく堂上は頷いた。

「昨日、あのあとみんなでカラオケに行ってね?」

 ん……? と思った。

「昨日? あのあと?」

「そう、昨日の合コンのあと。堂上くん以外の五人でカラオケに行ったの。ごめんね。でも堂上くん、疲れたゾンビみたいな顔ですぐに帰っちゃったから、誘えなくて。そこで幹事の人に聞いたの。『あいつは合コン初めてで、さらに今まで彼女もいたことがない』って。それであんなに緊張して、疲れちゃってたんだね」彼女は上目遣いでそう言った。

 堂上の顔からは、いまにも火が出そうだった。恥ずかしさと、怒りで。

 あの野郎、一方的に誘っておきながら……、と幹事に対して殺意が湧く。

 しかし恵の笑みからは、嘲笑っている感じはしてこなかった。それに少しほっとした。

「今日はね、相談に乗ってほしいことがあってメールしたんだぁ……」

 相談……?

 メールには話したいことがあると書いてあったが、それは相談事だったのか……。

 ――そうだよな。まさかいきなり愛の告白とか、彼氏になって欲しいとか、そんなわけないもんな……。実は、ちょっとだけ密かに夢見ていた自分が恥ずかしかった。

 恵の顔を見ると、少し沈んだ表情をしていた。先ほどまでの朗らかさが失せている。もしかして、深刻な悩みなのかもしれない……。

 すると恵は、バッグからスマートフォンを取り出し、いくつかの操作をすると、堂上にも見やすいよう、テーブルの上へとそれを置いた。

「まずは、これを見てほしいの」

 メールの受信履歴が表示されていた。

 差出人の欄は、すべて同じメールアドレス。件名は空欄。本文も同じく空欄。そんなすべて真っ白なメールが、数分おきに届いていた。下へとスクロールしていくと、延々と同じようなメールの履歴が続く。

「これは……」

「電話もなの」そう言って恵は、着信履歴も見せてくれた。同じ番号から延々とコールをされている。それも、数分おきに。

「一週間くらい前からこう。メールと着信が鳴りっぱなし。一日中ってわけじゃないんだけど、一度来始めたら数時間はこんな感じ。これっていわゆるストーカーだよね? もう、嫌になっちゃって……。迷惑電話や迷惑メールに設定しても、相手はわたしの番号とアドレスを知ってるから、次々に変えてまた送ってくるの……」

 カタカタと音が鳴っていた。小刻みにテーブルが揺れる。気づけば、恵が震えているのだ。

 電話番号や、メールアドレスを変えれば……と、堂上は一瞬思ったが、そういう問題ではないのだと、即座に思い直した。

 相手はこんなことをする人間だ。自分にこれほどまでに執着している。自分のことを詳しく知っている恐れがあった。もし番号やアドレスを変えたあとで、同じようなメールや着信が来たら? 自分のことが筒抜けだということになる。それを認めるのはとても怖いことだ。だから認めたくなくて、番号やアドレスを変えられないのだろう。変えてしまえば、はっきりとわかってしまうから。

 しかし、このままでもいられないな、と堂上は考える。

 もし送り主が無視されるのに痺れをきらせたら? 

 もしその送り主が、自分の住所まで知っているとしたら? 

 聞く限り、いまのところ自宅にまで問題が発生しているわけではないようだが、この嫌がらせが、このままエスカレートしない保証はない。もし相手が深いところまで情報を知っているとしたら、ただの時間の問題だ。自然に状況が改善されるとは、思わないほうが良いだろう。

「怖かったの……。だから昨日、堂上くんが警察官だって聞いて嬉しかった。この人ならって。実はこのメールや電話のことは、少し前に警察にも相談したの。でも、取り合ってもらえなくて。『番号とアドレスを変えたら?』って……」

恵の目元で、涙が光っていた。

 警察は、まず具体的な被害がなければ動かない。堂上は、そのことをよく知っていた。

 でも、こんな怖がっている子を放っておいて良いのか?

 堂上の心が、自身の内側ではっきり「NO」と答えた。

「……わかりました。できる限り力になりますよ……」

 そう言ったあと、堂上の脳裏に、呆れている円の顔が思い浮かんだ。


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