師との話
着いた港は隣の町だった。僕たちがこの町に着く前に僕たちの町の事は伝わっている。
「そういえば、私は名乗ったが君の名はまだ聞いていないな」
そういえばそうだった。
「僕は、ワルサーといいます。」
「そうか」
町の海側から内陸側へ歩きながら話す。今まできづかなかったが、思い返せばあの町から出るのは初めてかもしれない。
「ではワルサー。君は私の下で仕える訳だがまず知りたいことがある。」
知りたいこと。ツァスタバさんが僕について知っていることは名前だけ。自分のそばに置くのだから信用したいのだろう。
「君のできる事と、できない事。それがわからないうちは君の扱い方もわからない」
少し考えてみる。が、こういう抽象的な質問はどう答えるべきか難しい。沈黙がしばらく続いた。
「では聞き方を変えよう。君は文字の読み書きはできるかい?」
この国、カルティアでは識字率が8割といったところ。5歳の僕でも読み書きはできる。アルドミア語だけだが。
「アルドミア語だけなら読み書き両方できます。けど、その位です。難しい言葉は知らない言葉もたくさんあると思いますが」
「算術は?」
「できません」
ツァスタバさんは少し思案した後、そうかい。と言った。
「君は魔術を使えるかい?」
魔術。僕の家族に使える人はいなかった。
「使えません」
魔術を使えるならもっと役に立てるだろうに。魔術師が羨ましかった。
「・・・それは教わっていないから使えないのか、もしくは素質がないのかどっちなんだ?」
「家族に魔術を使える人はいなかったから、教える人はいませんでした。親が魔術師でないので多分僕も魔術師にはなれないと思います」
まだ朝早いが、ここも港町。大人は網とかそういう道具を持って通り過ぎて行くのが普通だが近くで街一つが燃えたのだ。ほとんどだれも見ていない。家で震えているのだろうか。
「魔術を使えない者でもその子供は魔術師であることがある。珍しくもないことだ。私が教えよう」
親が魔術師でなくとも子は魔術師であることがあるのか。知らなかった。
「ほかには・・・ワルサー。君は剣でも弓でもなんでもいいが、戦闘技能はもっているか?」
「武器は、触ったことがないです。危ないからって・・・」
「素手の格闘術も知らないだろう?」
「はい」
こんなことになるとは思ってもみなかった。窃盗ですら僕の町では稀だったのだから、護身術さえ知らない。
「わかった。取りあえず私の知りたいことは聞けたよ。ワルサーから私に質問はあるかい?」
聞きたいことはたくさんあるが、まずはどのような仕事をしているか。その仕事をどのように手伝えばいいのか。そのことが何よりも今は大切だった。
「私は殺し屋さ。殺しばかりではないけどね。今回はタルナードの殺害の他に彼の持って行った魔導書の回収もするという仕事だった。このように人から何か奪ったりもする」
「それで僕は何をすればいいのでしょう」
「私の下で働くには文字の読み書き、算術、戦闘技術が必須条件だ。魔術はあった方がいい位かね。だから最初の仕事はそれらを学ぶことだ」
僕にできることはせいぜい文字の読み書きだけだ。できる事なら早くできることを増やしたい。殺し屋というならばよりたくさんの事を学ぶほど役に立てるのではないだろうか。
◆◆◆◆◆◆
一時間ほど歩いて港町の内陸側の端まで来た。このカルティアという国はアルドミア大陸の北西に位置している。つまり、東に向かて歩いてきたわけだ。太陽も目線と同じくらいの高さまで登っていてまぶしい。ずっと下を向いて歩いていたからきづかなかった。
「昨夜を思い出すのか?」
「いえ、ただ眩しいなと」
「そうか。それはそうとな、ここからは馬車だ。君は馬も引けないだろう。私が引くのを見て覚えておくれよ」
馬に引かせるのは車輪の二つ付いた小さな荷車だった。その一番前のところに腰を掛ける場所がついている。そこに二人で座る。後ろの荷物スペースにはツァスタバさんの槍が乗せられ、他に弓も乗せられている。乾草の下に隠されているため一瞥したくらいではわからないだろうが。
「面白いかい」
「はい。すごいです。ツァスタバさんは色々な武器を使えるのですね」
干し草の山の方を見ながら返事をするとと意外な言葉が返ってきた。
「ふふ、色々だと?私が使えるのは槍だけさ」
ではなぜ弓も乗せているのだろう?
「不思議かい。実のところ私がまともに使える武器なんてのは槍ぐらいしかない。私は風を読むのが下手でね。無風でなくては矢が狙ったところに行かないくらいだし、剣に至っては心得がない。町の人間よりはマシだと思うけどね。」
「ならどうして弓は持っているのですか」
「弓は対象に気づかれにくいだろう?風さえなければこっちを持っていくのさ」
それでも難しそうだな、と思った。遠くを狙うのだからそれだけで難しいように思う。ただし、使えるのならこちらの方が便利そうだ。
「そういうわけで君に教える戦闘技術は槍だ。多少は弓も教えるが教える側が下手だから君も弓では大成しないだろう」
「構いません。僕は道具で使い手はあなたです。あなたのやり方で僕を研いでください」
僕はためらわず言った。手段よりも結果が大切なのだから、武器の種類なんてあまり気にしない。
「うむ。だがまずは私達の隠れ家に行こう。そう遠くはない。馬があるから明日には着くさ。そこで君を鍛えてやるよ」
僕はツァスタバさんと馬車に揺れながら目的地を目指した。僕の故郷だった町の方を見ると当然まだ大量の煙が上っていた。もう来ることもないのだろうか。母と弟にも会えないのだろうか。ワルサーはつぶやいた。
「さよなら」