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アレゴリカ歴766年6月。この日、コリシダ王国東部の街リシンがアカント帝国軍に攻撃されていた。

コリシダ王国の軍隊は、アカントの侵攻によりその大部分が壊滅し、今や武装した市民兵などを中心としたゲリラ兵がアカントとの戦争の主力となっていた。リシンの街は、そういったゲリラ兵たちが隠れている拠点であり、宰相リヒトホーフェンの密命を受けた親衛隊副隊長ルッケンガルドは手勢を連れてここを攻撃していた。テロリストの手にかかって死んだランスマンの後任であるこの男は、前任者や上官とは異なり、いかにも武人然とした男であった。外見同様、性格も武人のような男であり、内心この戦争というものが正しいものなのか、ということを常に心に抱き続けていた。

だが、彼は帝国にその命をささげる覚悟を持っていたし、彼がどう足掻こうと、この戦争の流れは変えることはできない、という諦観があった。


「降伏しろ、さすれば命は保証する」


ルッケンガルドの言葉に、ゲリラ兵は攻撃をもって答えた。ルッケンガルドは腰に差した剣を引き抜くと、向かってきた敵を一閃する。首を落とされた敵はバタリと倒れた。

ルッケンガルドは息を吐き、剣を収めようとした。その時、ふと強い何かを感じ、剣を構えた。

彼の眼前に、一人の男が立っていた。男は埃で汚れた外套を纏っていた。武器らしい武器は持っていないようであった。


「・・・非戦闘員か。悪いことは言わん。早々に立ち去れ」


「・・・バウル・ルッケンガルドだな?」


「・・・いかにも」


ルッケンガルドが答えると、男はニヤリと笑った。ルッケンガルドは剣を構える。その男の尋常ならざる気配に、戦慄しながら。


「何者か」


「K。私の名前はKだ」


「・・・!」


ルッケンガルドは驚く。K。昨年末より、アカント帝国の要人暗殺、コリシダ人収容所襲撃など、少なくとも十七の事件にかかわっているといわれるテロリスト。前任者ランスマンを殺したという、謎の男。

ルッケンガルドはまさか、このような普通の男とは思っていなかった。外見的にも、もっと屈強な巌のような男と思い込んでいた。だが、外見こそ普通でも、中身は全く違うことが、この戦場の空気から察することが出来た。


「・・・私を殺しに来たか」


「ああ。親衛隊のルッケンガルドよ。恨むならば、リヒトホーフェンを恨め」


そう言い、男が走り出す。丸腰の相手といえど、油断はできない。ルッケンガルドは剣を握りしめ、接近する男に振る。鮮やかな剣裁きだが、男は紙一重でそれをよけると、ルッケンガルドの件を持つ腕を掴もうとした。ルッケンガルドは左腕を前に出し、それを防いだ。男の手を掴み、右手の剣で切断しようとして、突然の痛みに絶叫した。ボキリ、と音がした後、彼は左腕が軽くなったことに違和感を覚えた。

見ると、左腕は肩より先から強引にちぎられたようにぽっかりとなくなっていたのだ。


「ッ!」


男がニヤリと笑いながら、ルッケンガルドの左腕を投げ捨てる。その手に武器はない。人間離れした怪力で、腕を引きちぎったのだ。


「ば、化け物か、貴様!」


ルッケンガルドが後ずさりながら言う。男は彼を見て言う。


「そう。それを作り出したのは、お前らだがな」


そして、男は手刀をルッケンガルドの首筋に向けて放つ。その速さに、ルッケンガルドは対応できなかった。彼の意識はそこで途絶え、二度と再び戻ることはなかった。




帝都にある王城グラウスシュタインフェルト城。この城の実質的な主であり、アカント帝国の支配者である宰相ヴァルクハルト・フォン・リヒトホーフェン。つい先日40歳となった彼は、その顔をゆがめて報告書に目を通していた。

報告書には親衛隊副隊長ルッケンガルドの死と、リシンにおける被害状況が書かれていた。


「またしても、奴か」


リヒトホーフェンは一人、呟いた。これで何度目になるだろうか。自分の完璧な作戦を崩されたのは。

Kはかつて、リヒトホーフェンが命じていた秘密実験によって作られた「完全なる兵士」である。人を超えた「超人」。だが、それを作り出すことは出来なかった。キンメル政治犯収容所において培われた実験データは、リヒトホーフェンのもとにも存在していたため、再び別の研究所において開発を進めたが、薬の開発は失敗続きであった。そのうち、研究所のほとんどがKによる襲撃を受け、捕えられていたコリシダ人は逃亡し、アカント人の技術者は一人残らず殺されていた。

親衛隊隊長マクニエス以外の主要な親衛隊員の死亡も相次いだ。優秀な駒が減りゆく現状に、リヒトホーフェンは頭を悩ませていた。

Kを殺すために、アカント・コリシダ中に草を放っていたが、いずれも有力な情報を掴んでは来なかった。

また、Kによって収容所にて行われていた所業が世間にさらされていた。帝国内部であれば握りつぶせるが、大陸の同盟国にその噂が流れ始めているのは、好ましい状況ではなかった。アカント帝国と同調している隣国シルリアの外相は、国内でのアカントに対する風当たりが厳しくなっている、という旨を知らせてきた。また、遠い大国ケラストア共和国からも、非難の声明が発せられていた。

情報の隠ぺいのための人員は少なく、またコリシダ人対策、テロリストKへの対策などに追われ、リヒトホーフェンは寝る暇が全くない状況に陥っていた。


カリスト・マクニエスはその日、愛人である青年将校の自宅からの帰宅最中に、何者かに襲われた。

マクニエスの悲鳴を聞きつけた警察が裏通りに駆けつけると、裏通りにはマクニエスの散乱した肉片が落ちていたという。頭部以外はほとんど原形をとどめていなかった、という。

親衛隊隊長マクニエスの死と、同性愛者であったという事実が、帝都中に広がった。

リヒトホーフェンはマクニエスの後任として、リカルド・ベークを任じると、さっさと自室にこもって一日中出てこなかったという。

マクニエス死後、隊長となったベークは、徹底的な情報統制を敷き、この事件について何か話そうものがいれば、アカント人であろうが牢獄に叩き込んだ。親衛隊・秘密警察は帝都を常に監視するようになり、アカント人たちは困惑するようになった。

リヒトホーフェンはそれから四日後、徴兵を発令。また、税率を一割上げることを同時に発表した。

その直後に起きた事件により、リヒトホーフェンはまたしても頭を悩ませる事態となった。

カリスト・マクニエスの甥、クラウス・マクニエスが家名を侮辱されたとして、アカント人数人を死傷する事件があったのだ。

これをきっかけに、不満がたまっていた下級市民が暴動を起こした。暴動は二時間後には鎮圧されたが、宰相への信頼は低下の一方であった。

それまでマクニエスによって統制されてきた親衛隊も、新たな隊長ベーク派と、マクニエスの信奉者であるカリスト派に分かれることとなり、リヒトホーフェンでさえ管理できない集団と化してきていた。

有能な人材はすべてKによって殺されていたために、親衛隊は日に日に制御できない烏合の衆となってきていた。

アレゴリカ歴766年7月。リヒトホーフェン暗殺をもくろんだとして数人のアカント人とコリシダ人が捕まった。暗殺をもくろんだ者の中に、アカント人青年将校が二人混じっていたことが広く市内に伝えられた。

情報統制をしていたにもかかわらず、漏れ出たことで親衛隊長ベークは激怒し、さらに市内への監視を強め、弾圧を開始した。帝都は完全なる恐怖に包まれることとなり、コリシダ人・アカント人を問わず、捕えられ殺されることとなったのである。


リヒトホーフェンの顔は、げっそりとし、その顔には隠しようのない疲れが浮かんでいた。

閣僚の中からも離反者が公然と現れるようになり、今残っている閣僚は皆傀儡ばかり。実務はすべて宰相に委ねられていた。

コリシダとの戦争は進まず、次々と制圧した拠点が奪還されているという。さらに傍観を決め込んでいたケラストア共和国が、アカントに対し宣戦布告したことは大きな誤算であった。

アレゴリカ歴766年8月。帝都に次ぐ二番目の大都市ホルンにて暴動が発生し、リヒトホーフェンを支持するホルン市長や教区長が殺害された。Kと名乗る人物により、コリシダ人や弾圧されたアカント人が集結し、アカント正規軍と籠城戦を繰り広げる事態にまで発展した。リヒトホーフェンは事態の収拾のため、左遷したネーネドルフ元元帥を召還したが、ネーネドルフはこれを拒否した。怒った宰相の手でネーネドルフはその場で処刑された。

ネーネドルフは死ぬ前に言った。


「リヒトホーフェン、おぬしはもうお終いだ」


リヒトホーフェンは激昂していったという。


「いいや、私は終わらない。私こそ、神に選ばれた偉大なる王なのだから」


仕方なくベークに指揮を委ねたリヒトホーフェンだったが、ベークはこれに手こずった。その結果、多くの離反を促すこととなった。

また、ベークの留守中にカリスト派は謹慎を受けていたクラウス・マクニエスを担ぎ出し、帝都内にてベーク派への弾圧を開始した。以後、親衛隊は完全にリヒトホーフェンのコントロール下を離れた。

そして、リヒトホーフェンの最後の日が近づいてくるのであった。

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