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第三一話 『ハスキー』作戦(中編)


次回遂にシチリアをめぐる攻防に決着がつきます。











 1940年6月28日午前7時43分


 シチリア島 


 パレルモ南約3km


 連合国軍上陸部隊最進出線








 上陸から6日、作戦は大幅な遅延に遭っていた。連日の悪天候で作戦の肝である航空支援は上陸時を除き使用不能となり、また悪路によって部隊の侵攻速度も大幅に遅くなっていた。この機に乗じて同盟国側も防衛組織を再構築しようとしたが、激しい雷雨で塹壕を作ることもままならず結局部隊の再配置に留まり、増援部隊も最もシチリアに近い半島側の都市であるレッジョ・ディ・カラブリアで足止めを喰らいシチリア島には到達できていなかった。つまりそれはこの悪天候が終わった時、本当の戦いが幕を開けることを意味していた。そんな中でもロンメル率いる南の上陸部隊は進撃を重ね遂にパレルモの目と鼻の先まで到達した。しかしそこでは今までで最も激しいイタリア軍の抵抗が待ち受けており、最前線は阿鼻叫喚の地獄と化していた。


「報告します!!敵部隊徐々に後退を始めました!!」

頭に血の滲んだ包帯を巻いた兵士が上官である軍曹に半分叫びながら伝える。


「分かった!だが敵の罠ということもあるから十分気をつけろ!!」

軍曹はそう言いながら遠くの岩から出てきたと思われる敵兵に向かって何発か射撃を行った。


「はい!!よしおまえら行くz...」

周りに発破をかけて物陰から飛び出した兵士だったがその途端擬装していたカルロ・ヴェローチェの12.5㎜を受けて忽ちハチの巣と化した。


「糞っ...だから言わんこっちゃない...おい!誰かあそこにパンツァーファウストでも打ち込め!!」

軍曹は直前まで一部だった肉片を口から吐き出しながら叫んだ。


戦場は苛烈さを徐々に、しかし確かに増し始めていた。







 午前8時12分


 シチリア島南東約34km


 「キング・ジョージ5世」主艦橋








 一方この悪天候によって転覆の危険性まで出てきた艦艇部隊は一旦暴風域から脱出。苦戦を強いられている上陸部隊への新たな支援方法を模索するべく一旦旗艦である『キング・ジョージ5世』に集合して策を練っていた。


「つまり軽量な艦艇を退避させ大型艦のみで艦砲射撃を行うと.....。」

ラムゼーは眉間に皺を寄せ地図を睨みながらそう言った。


「ええ。今のところ我々の持つ戦力を最大限に生かすにはこれしかないかと。」

メッシーナを指さしながらホルティが進言する。


「しかしそれでは潜水艦への警戒が...」

ラムゼーの横にいた少将が不安そうにそう言った。


「敵はこんな天候でまさか再度攻撃に打って出てくるとは思ってない。そこをつくのです。」


「ですが敵が仮に警戒を強めていたら我々は丸裸も同然だ。」

二人は各々の意見を言い合う。


「まあ二人とも。とにかく何がもっとも効率よく敵に打撃を与えられるかを考えよう。」

その時伝令が入ってきた。


「どうした。」


「はっ、報告します。タラントを監視しているオーストリア軍の潜水艦部隊から入電。敵急速に軍港の機能を回復させており、敵艦隊出撃は時間の問題。早急に用意されたしとのことです。」


「何!タラントには三度も空襲して徹底的にやったはず..なのにもう回復しているとは...信じられん。」

ラムゼーは行き場のない思いをぶつけるように机に軽く手を叩きつけた。


「だが実際起きていることです。閣下、あなたの命令を皆が待っている。」

本来自分の方が年上にもかかわらずしっかり立場をわきまえているホルティは穏やかながらも毅然とした口調でそう言った。


「そうですね....おい今の気象状況は?」


「はっ。予報士によると現在シチリア島上空に展開している低気圧は未だ勢力が衰えず、また移動する気配もないそうです。恐らくあと3日程度は変わらないかと。」

代表して航空参謀が進言する。


「分かった............。よし、我が部隊はこれより全隊速やかにタラント方面に回頭。イタリア地中海艦隊との艦隊決戦に備える!」

このラムゼーの決断に艦橋は大いに沸いた。


「よくぞ決断しましたな。よし直ちにウィーンに通達!艦隊決戦用の装備への転換を命令しろ!」

ホルティはそれを聞くとすぐさま自艦隊への命令を始めた。


「よし我々もそれぞれ動こう。」


『「「はっ!!!」」』








 午前10時34分


 日本領北モロッコ カサブランカ


 大日本帝国軍北アフリカ軍団司令部








 シチリア島での激戦が続いている中、遠く離れたこの北モロッコでも今再び戦端が開かれていた。パットンは連合国軍のシチリア上陸を聞いてすぐさま全軍に西進してモロッコへの進撃をするように指令。これに対し駐モロッコの連合国軍はすぐさま防御を固めたが物量を前面に押し出したアメリカ軍は凄まじく膠着状態だった戦線は次々と打ち破られまた破られていない戦線も包囲を防ぐため撤退せざるを得ないなど後退に歯止めがかかることはなかった。しかし前線部隊の頑張りによって得られた僅かな余裕によって後方では防衛線の構築が迅速に進められ結果として国境から若干後退した地点でアメリカ軍の進撃を止めることに成功していた。また司令部もより戦線から遠ざかるフェスからカサブランカに移動していた。


「つまり敵は現在国境から150km離れたターザに到達しようとしているのか...。」

栗林大将は腕を組みながら現状を鋭く分析していた。


「はい。フェスもこれでは危なかったですね....。」

参謀長が返答する。


「私としてはなるべく兵達のそばにいたかったのだが...仕方あるまい.....。」


「ええ、ですがその他の地点では敵は未だ100km程度しか侵攻してきていません。恐らくパットン将軍のことですからここで一旦進撃を止める可能性も十分ありますね。」


「ああ。包囲殲滅の危険が高すぎるからな。」


「激情型に見えて実は非常に理論的な人ですからね。」

参謀長が大きく頷く。


「しかしこれで我々はこの戦線に釘付けか...シチリアの支援という当初の目的は達成できそうにもないな。」

栗林はそう言って溜息をついた。実際リヒトホーヘン達の立てた作戦計画では北アフリカの同盟国軍はみな動けないことを利用してシチリア島に航空支援を行うことだった。しかし今やモロッコの制空権ですら怪しくなっておりそれどころではないことは明白だった。


「とにかく今は侵攻してくる敵部隊に対する反撃を考えるときですか...。」


「ああそうなるな。」

栗林はそう言うと同時に心の奥底で前線で死闘を繰り広げている兵士達に静かに感謝した。








 午後1時54分


 シチリア島 カンポレアーレ


 ドイツ軍上陸部隊司令部中央指令室








「報告します。先頭の部隊がパレルモ郊外へ到達。しかし敵の抵抗なおも頑強、ここで防御を固めたいとのことです。」


「分かった。後方部隊の到着まで現地点で待機するように言ってくれ。」

ロンメルは的確に指示を飛ばすと制帽を深く被り直した。


「しかし雨脚が弱くなったと思ったら今度はこの気温か....全く攻めるところを間違えたようだな...。」

北アフリカの過酷な気候にも耐えたロンメルだったがこの蒸し暑さには我慢がならないようだった。


この数日間続いた激しい雷雨は一旦正午過ぎから弱まり、僅かではあるが太陽が顔を覗かせていた。しかし本来この時期のシチリアは先に述べた通り高温で乾燥した気候であるが故、日光が降り注いだことで一気に戦場の気温が上昇。高温多湿の環境下で兵士たちは更に疲弊し熱中症で倒れる兵士も急増していた。


「そういえばモントゴメリー将軍の隊はどうなっている?」


「はい、メッシーナを死守せんとする敵勢力の前に苦戦していたそうですがつい先ほど敵の主要防衛線を突破しカターニア市内に突入したそうです。しかし幹線道路などのインフラは軒並み破壊されており進軍速度は亀の如き遅さだそうです。」

リヒトホーヘンがすぐさま返答する。


「うむ...あっちもあっちで苦戦しているようだな。やはりイタリア軍は強い...この嵐がメッシーナでも止んでいればすぐさま彼らはレッジョ・ディ・カラブリアから増援を送ってくることだろう。」

そう言って眉間に皺を寄せながらロンメルは溜息をついた。


「そういえばラムゼー大将は艦隊をタラント港に向けたらしいですね。」


「ああそうだ。どうやらイタリア地中海艦隊が支援の為こちらに向かってくるらしい。それを艦隊決戦で一挙に葬ろうという腹らしい。」


「今時艦隊決戦とは....この悪天候が続けば可能ですが一たび晴れてしまえば奴らには本土の飛行場とさらに強力な空母があります...あまりにもリスクが高すぎるのでは?」


「私もそれは思った。しかし軍人の仕事は確かに最低限のリスクで最高の結果を勝ち取ることだが、時には大きなリスクを賭けることもある。そしてそれを確実に成功させることもな。お前の合理的な考え方もわかる。だが使い分ける『眼』を持たなきゃならんな。」


「成程....。要はリスクマネジメントですか....。」


「ああ。当たり前のようで出来てない軍人も多いがな。」


「私もまだまだ経験が足りてませんね。」


「はははっ。そりゃあそうだろ何しろ未だに親元から離れられてないのだからな。」

その時一人の伝令が入ってきた。


「どうした?」


「はっ。パレルモに進出している部隊からの報告で敵守備隊にどうやら弱点があることを見つけたとのことです。」


「分かった報告してくれ。」

そうロンメルが言うと幕僚全員が指令室中央の地図へと集まってきた。


「現在我が軍は南のモンレアーレ方面からパレルモに入っています。ここは敵も予測していたらしくかなり強力な部隊が構えていて突破は非常に困難な状況です。」


「それはもう知っている....それでどうしたんだ。」

もったいぶるなと言わんばかりに参謀の一人が口を挟む。


「ご存知の通り敵守備隊はイタリア軍だけではなく、アメリカ軍とフランス軍で構成されています。これまでの戦いぶりから見てもイタリア・アメリカ軍で構成される戦線に我が軍は度々苦戦していましたがフランス軍はその機動性の低さから簡単に突破できていました。そこで我々は一計を案じ各防衛線に斥候を派遣して敵部隊構成を確認してきました。するとモンレアーレへの集中により東のヴィッラバーテの主力はフランス軍であることがつい先ほど分かったのです。」


「成程...敵を南に釘付けにしつつ東から素早く侵攻し敵を挟撃する...いい案だな。」

リヒトホーヘンが深く頷いた。


「では早急に動かなければいけないな。パレルモに向かう部隊を東と南に分けよう。必要とあればメッシーナ方面を警戒している部隊を廻しても構わん。ここを落とせれば一気に戦況は動くぞ。」

ロンメルは力を込めてそう言った。


「分かりました。早速作戦を立てます。」










 午後6時19分


 パレルモ マッシモ劇場前









 ヨーロッパの中でも一二を争う歴史と品格を誇るオペラ劇場として有名なここマッシモ劇場。古今東西様々な演劇がここで行われ幾多の役者たちが喝采を浴びてきた場所であるが、今は連合国軍のシチリア上陸に伴う住民疎開で閑散としていた。


「司令。敵部隊が第2防衛線を突破。まもなくパレルモ中心部への侵攻を開始するものと思われます。」参謀長は苦々しそうにそう言った。


「そうか....私のミスのせいでここまで早くパレルモが落ちるとは....。」


 ロンメルたちの賭けは当たった。東の守備隊を難なく突破した敵機甲部隊がモンレアーレ方面へと進撃しているとの報が届いたとき既に司令官は負けを確信していた。南に戦力を集中し敵部隊を消耗させたのち一挙反転攻勢に出る予定だったが司令官はただ一つその穴埋めであったフランス軍の戦力を見誤っていた。元々同盟国ではあるが自国以外にあまり興味のないフランス軍の士気はあまりに低く簡単に投降するなどその従軍態度は度々イタリア軍でも議題に挙がっていたが戦力的余裕のない今は目を瞑っていた。しかし最終的にそのせいでパレルモは早期陥落することになってしまったのである。


「メッシーナに最後の入電。我が部隊は降伏することと決してフランス軍単体での戦線構築をさせるなと送っておけ。」


「分かりました。」

参謀長は詳細を紙に書くとすぐさま伝令に渡した。


「現在の各部隊の状況は?」


「モンレアーレ方面で最後まで抵抗していた部隊が降伏したのが先ほど17時過ぎです。それ以降全部隊は教会方面まで後退しています。」


「ではその部隊に降伏を命令しますか?」


「そうだな。」


「しかしフランス軍はあまりにも戦力になりませんね。」


「奴らは未だに何一つ戦果を残せていない。その癖未だに半分落ちたも同然のマダガスカルに固執している。」


「あそこで何年戦うつもりなんでしょうかね?」


「聞くところによると自給自足できるような体制はできているらしい。まあそれがどうしたってとこだが。」

反吐が出るといわんばかりに司令官は石畳に痰を吐いた。


「とにかくここで我々に求められていた仕事は終わった。あとはメッシーナとカターニアに頑張ってもらうしかない。」


「レッジョ・ディ・カラブリアの連中が来れればよかったのですが....」


「普通ならば来れていた。しかし百年に一度あるかないかの大雨がすべてを狂わせたな。この戦争、やはり何かが違う。」

その時伝令らしき兵士が駆け寄ってきた。


「報告します。先ほどドイツ軍司令部に送った者が帰還しました。ロンメル将軍は喜んで我が軍の申し出を受けるそうです。また捕虜の扱いはジュネーヴ条約に準するとも。」


「あの骨抜き条約を未だに守ろうとするとは.....やはりすごい人だな。」


「ええ。」

参謀長も同感の意を示す。


「では早速彼らのとこまで行こうか。」

そう言うと司令官は軍用車に乗り込み一つ深いため息をついた。








 午後7時12分


 カターニア南方約10kmの農村


 イギリス軍上陸部隊司令部








 

「つまり...君たちはもうパレルモを落としたと?」


『はい将軍。我々は現在パレルモ市内に司令部を移譲。これより8時間程度の休息をとった後東進し将軍の部隊と共同・・でメッシーナ攻略にあたる予定です。』


「なるほどな....共同か....分かった。我々も間に合わせることとしよう。」


『ええ是非とも。では。』


「ああ幸運を。」

そう言うとモントゴメリーは無線を切った。


「それでリヒトホーヘンは何と?」

参謀長がすかさず尋ねる。


「既にパレルモを攻略。休息後メッシーナを我が部隊と共同で攻略したいとのことだ。」


「なるほど...しかし共同とはまるで我が軍が単独でできないかのような言い草ですな。」

参謀長はモントゴメリーが喜ぶはずと思い半分怒り調子で言ってみた。


「.......」


「閣下?どうされましたか?」


「いや.....今の我が軍に確かに単独での作戦遂行能力はない。兵たちもカターニアの市街戦で相当疲弊しているし戦力も微減を続けている。」


「え....」


「奴の言うとおりだな。友軍同士で勝者を争い結果的にどちらも敗者になっては意味がない。至急、彼らとの共同作戦計画を練ってくれ。」


「はあ....。」

参謀長は思わず何とも気の抜けた返事をした。


「では頼んだ。」

そう言うとモントゴメリーは自室へと戻っていった。


「何だか調子狂うなあ.....急に冷静沈着になられてもなあ....。」

参謀長は頭をまた掻きながら作戦を練るため指令室へと歩き出した。








 6月29日午前7時39分


 タラント沖南東


 オーストリア=ハンガリー帝国海軍地中海艦隊旗艦「ウィーン」主艦橋








「前方を飛ぶ偵察機から連絡。本艦隊から北約30海里の地点に敵艦隊を確認。陣容は戦艦4、巡洋艦6、空母1とのことです。」

通信参謀が平板な調子で紙の内容を読み上げた。


「成程....やはり空母がいたか...。」

ホルティは自らの悪い予測が当たったことを悔しがった。


「しかし閣下.....たった1隻の空母です。我々にも後方に優秀なサラエボとベオグラードがいますし..。」


「確かにな。しかし敵部隊を侮らない方がいい。ここにきて半島方面の天候が急速に回復してきているとの報告も入っている。つまり奴らの後ろには強力な航空戦力が待ち受けているということだ。」


「では今すぐ中止してシチリア島へと撤退した方が....。」


「うむ。その方がいいだろう。早速ラムゼー大将に進言してみよう。」


そういうとホルティはすぐさま通信士に駆け寄り通信内容を喋り始めた。昨日の決断により艦艇部隊は一路イタリア地中海艦隊を目指しタラント海軍基地へと進んでいた。途中苦戦していたカターニアに支援の艦砲射撃を行ったため若干予定より遅れてはいたが今のところ順調な足取りだった。しかしその支援砲撃の間にみるみる天候が回復。敵航空戦力の進出が懸念されたことからもホルティの決断は理に適ったものだった。


「そうなると我々は本当に支援だけですか...。」

参謀長が悔しそうにそう言った。


「馬鹿を言うな。軍人が功を焦ることほど戦局が不安定になることはないぞ。」

ホルティがすぐさま忠告する。


「そうですね....。本来の目的を忘れそうになる所でした。」


「分かればいい。とにかく今は一歩引いて見ることだな。」

その時通信参謀が駆け寄ってきた。


「どうした?」


「はい。つい先ほどイギリス海軍の潜水艦が発見したそうなんですが...レッジョ・ディ・カラブリアで大規模な輸送船団を確認したそうです。」


「成程...ついに彼らも動き出した訳か...。」

ホルティが言う。


「なのでラムゼー大将も急遽艦隊の進路を変更して一路レッジョ・ディ・カラブリアに向かうことにしたようです。」

そう言うと通信参謀は紙を参謀長に渡した。


「確かにそうですね...では我々も早速変更しましょう。」


「うむ。」


「あと加えてなんですが、今から向かった場合どうやらイタリア地中海艦隊と結局レッジョ・ディ・カラブリアで会敵するらしいです。」


「ということはまさか...。」


「ああ。ハスキー作戦の締めが一気に始まるということだ。」

そう言うとホルティは半分冷めたコーヒーを口に含み目を閉じた。








 シチリア島をめぐる攻防に終わりが近づいていた。









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