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第二九話 新たな幕が上がるとき








 1940年5月23日


 エーゲ海


 ギリシャ王国 ドデカネス諸島

 

 ロドス島 








 世界七不思議の一つである「ロドス島の巨像」の所在地であるここロドス島。古代から地中海における交通の要衝として知られ、ペルシア、マケドニア、ローマ、オスマンといったその時々の有力者が帰属をめぐって争った土地としても有名である。現在はギリシャ王国領となっておりまた港湾都市として大小様々な船舶が出入りするなど、エーゲ海随一の発展をしている。勿論ここの重要性を理解しているギリシャ軍は小規模ながら島の南に海軍基地を設営。周辺海域の警戒にあたっていた。やがて戦争の激化に伴い今そこは厳重な警備と大規模な守備隊に覆われた軍港となっていた。しかしそこにギリシャ人の姿はどこにも見当たらなかった。


「ここが新しい我々の港かね?」

指揮官らしい男が横にいた副官に尋ねた。


「はい閣下。まもなく引き渡しが終わりここは完全に我らオーストリアの租借地となります。」


「しかしよくもまあインクヴァルトのような生粋の政治屋がギリシャに連合国参戦を約束なんぞさせることができたな。」


「はい。挙国一致内閣だからこそでしょう。皇帝陛下も大変お喜びになっていたようです。」


「とにかくここができたからにはやっと我々も動ける。フィウメがあの状態では仕方ないからな。」


「はい。」

その時ギリシャ軍の軍服を着た者が走り寄ってきた。


「オーストリア軍の指揮官の方ですか?」


「ああそうだ。」

そういうと男は手袋を脱いで手を差し出した。


「オーストリア=ハンガリー帝国海軍地中海艦隊司令長官、ホルティ・ミクローシュ元帥だ。よろしく。」


ホルティ・ミクローシュ。史実においてもオーストリアの海軍軍人として活躍した後に独立したハンガリー王国の執政として20年近くハンガリーを治めその基礎を作った男である。議会制でありながら緩やかな独裁体制という変わった制度の下、君主不在の中で領土縮小や隣国との対立など数多くの苦難からハンガリーを守った。議会の支持により否応なしにナチス・ドイツと手を結んだがホロコーストには断固反対でユダヤ人の引き渡しを拒否、また共産主義を忌み嫌い、独立当初の臨時ソヴィエト政権に立ち向かうなど優れた価値観の持ち主だった。枢軸国が劣勢になってくると単独で連合国との休戦をしようとしたがナチスの衛星政党である矢十字党のクーデター、続くドイツ軍の侵攻により失脚。戦後になってもハンガリーが東側諸国になってしまった為帰還できず余生をポルトガルで送った。この世界では同じく海軍軍人として数多くの戦争で活躍した後に参謀本部に長らく務めていたが、この度帝国海軍の危機を救うべく現場復帰。アドリア海を機雷封鎖されて身動きがとれていなかった艦隊を大胆な策でここエーゲ海まで移したのである。


「これでいいかね?」


「はい。それでは。」

そう言ってサインが書かれた紙をもってギリシャ軍士官は消えた。


「これで何とか6月のシチリア作戦に間に合いますね。」


「そうだな。この艦隊をもってすれば必ずできるはずだ。」


ホルティの前にはオーストリア=ハンガリー帝国海軍の主力艦がが一堂に会していた。

旗艦である41センチ連装砲4基搭載のウィーン級戦艦「ウィーン」、2番艦「ブダペスト」、準主力艦である36センチ砲搭載戦艦ザグレブ級戦艦「ザグレブ」、「フィウメ」、そしてトランシルヴァニア級重巡洋艦「トランシルヴァニア」、「カルパディア」、「タトラ」、重巡改装で48基搭載のサラエボ型空母「サラエボ」、「ベオグラード」の計9隻から構成される巨大艦隊である。しかしこの艦隊の母港フィウメは開戦直後大規模空襲と機雷封鎖に遭い、それだけでなく地中海への出口であるオトラント海峡も機雷封鎖すると共にタラントのイタリア地中海艦隊が睨みを利かせた。これによって完全にオーストリア海軍は身動きが取れなくなったと思われていたが、ホルティにはある秘策があった。


「しかし閣下が最初にあの方法を言った時はまあ驚きましたよ。何せ会議室に入って来るや否やいきなり『諸君はオスマン帝国を知っているか?』ですからね。」

副官が鼻を擦りながら言った。


「あああれか...。ああ言うしかなかったんだよ。君たちに理解してもらうためにはね。」

そういってホルティはニヤッと笑った。


オスマン帝国を知っているか、正確にはオスマン帝国の建国史を知っているか、ということだ。中近世において圧倒的な国力をもってアジア・ヨーロッパを席巻したオスマン帝国。その転換点が1453年のコンスタンティノープル陥落であることに異論はないだろう。千年続いた大帝国ビザンツ帝国の帝都をオスマン軍は10万の大軍で包囲。しかし陸からの攻撃は強大な三重の城壁に悉く跳ね返され海軍は金角湾の鎖を突破できないでいた。ここで時の皇帝メフメト2世は一計を講じた。北の山地に無数の油を塗った丸太を配置し船を移動させたのだ。この結果戦況は一転しオスマン帝国はついにコンスタンティノープルを占領した。平時から歴史書を好んで読んでいたためこの逸話を知っていたホルティはまさしくこの策を改良した作戦を立案、それはなんと主力艦隊全艦艇をギリシャまで陸路を使って移動しエーゲ海に到達させるという荒唐無稽にもほどがある作戦だった。勿論軍内部はこの作戦を聞いて大わらわになり不可能だと断じた。しかしホルティには確かな確信があった。まず一つはアルバニア戦線の安定。ティラナ陥落など一時は全領土が陥落するところだったがやがて戦局は好転し現在はティラナ周辺で膠着状態に陥っている。そしてもう一つは制空権の奪回。4月20日にドイツ・オーストリア空軍は合同でアドリア海周辺の制空権確保のため合計1000機近い大航空団で『双頭の鷲ドッペルアドラー』作戦を実施した。結果としてアドリア海側の飛行場、海軍基地、工場群は大損害を受けムッソリーニがこれに激怒。報復としてドイツ南部とオーストリア西部が空襲を受けたが中規模の損害で済んだ。これによってアドリア海は今かつてなく平穏だった。この機を逃すまいとホルティは何とかその後軍内部を説得。機雷がそこら中にうようよしている北部アドリア海を脱出する『赤子の揺り籠ベイビー・ヴィーガ』作戦を5月9日に遂に開始。すぐさま国中から集められたトラックや特注の運搬車がいくつかのパーツに分かれた艦船を次々と運び出し始め、国内の高速道路は全封鎖されると共に空軍と陸軍が合同でこれを護衛。昼夜を問わないピストン輸送で僅か3日後には全隊がギリシャ東部のテッサロニキに到着。すぐさま現地の造船所で分解されたパーツを溶接しなおすとともに衝撃による破断防止のために徹底した修復作業が行われ、16日にすべての艦艇の修復が終了し今しがた本拠地と定めたロドス島に腰を据えたところであった。(後にホルティは自伝で『第二次大戦で最も神経をすり減らし、最も成功した作戦』と述べたほどだった。)また幸運なことに同盟国側も作戦の詳細を知ることができず最終的に分かったのは中立国であるギリシャに大量のオーストリア軍が入国したということだった。すぐに在ギリシャ同盟国大使館がこのことに抗議したが無用な挑発でこれ以上戦線を増やしたくないことからあくまで抗議のみに終始するものだった。ホルティの賭けは当たったのである。


「慣熟訓練はどうかね?」


「はい。各艦独自にそれぞれ封鎖中にしていたお陰で練度自体は大きく落ちていません。あとは修復後の違いを把握する作業くらいかと。」


「そうか....。それでギリシャ軍はいつ宣戦布告を?」


「予定では作戦開始の2時間前に最後通牒を各大使館に通達。それまではいかなる挑発行為にものらないそうです。」


「では我々も1ヶ月程度の緩やかな休暇を楽しむとしよう。」

そう言ってホルティは軽く伸びをして旗艦「ウィーン」へと歩き始めた。








 1940年5月28日


 地中海 ジブラルタル海峡


 英領ジブラルタル


 イギリス海軍地中海艦隊旗艦「キング・ジョージ5世」









「この時期にシチリア島に上陸とは中々なことをあの若造も考えるもんだな。さすがジョンが一目置くことだけのことはある。」


そう言って地中海艦隊司令長官バートラム・ヒューム・ラムゼー海軍大将は作戦書類を見ながら改めて舌を巻いた。史実ではノルマンディー上陸作戦やダンケルク撤退戦の指揮など、名だたる戦いでその名声を確立した名将であり、最期は飛行機事故で終戦を見ることなく命を落とした。この世界でも類まれなる指揮能力や戦術眼を駆使して名将として名を馳せている。これまではムルマンスクへの輸送護衛やドーバー・イギリス海峡の制海権確保など比較的地味な立ち回りが多かったが今回遂に地中海艦隊司令長官として表舞台に登場することになった。


「長官如何ですか作戦計画は?」

副官が紅茶の入ったカップを持ってくるついでにそう尋ねた。


「ああ。かなり緻密なものだよ。大まかに説明してやろうか。」


「はいお願いします。」


「うむ。まず北アフリカ方面の連合国の所有する航空戦力の6割近くをシチリア島攻撃に向かわせる。全12次に及ぶ航空攻撃でメッシーナ、カターニャ、パレルモなど主要都市の飛行場、港湾、補給施設、そしてできれば地上戦力を撃滅する。この第一段階作戦を『孤島アイソレーティド・アイランド作戦』と名付ける。」


「6割とは凄まじい量ですね.....それでは逆にモロッコやエジプトの守備が疎かになるのでは?」


「ああ。だから事前にリビア・アルジェリアの敵軍に対し大規模砲撃を仕掛けるらしい。」

ラムゼーは髭を軽く擦りながらそう言った。


「成程...砲撃を仕掛ければ敵は恐らくそれは地雷原の排除と侵攻の準備だと思う、そして国境線に軍を終結させる訳ですか。」


「考えてみろ。そこで仮に敵に目論見がばれてもシチリアが落ちれば敵の補給網は断たれる。そんな中で侵攻するわけがない、まあ正確に言えば可能性が少ないということだ。」


「流石はドイツ軍最高の頭脳だ...。」

副官は自分の分の紅茶を飲みながらその作戦の意図に感心した。


「そしてひとしきり終わった後で今後は第二段として戦艦群の艦砲射撃と共にシラクサにモントゴメリー大将率いる第8軍が上陸し本土との連絡を絶つためメッシーナへと進撃を開始する。また同じく西南の海岸からはロンメル将軍率いるドイツ帝国軍北アフリカ方面軍が上陸。一路こちらはパレルモを目指して進軍。東西から敵軍を挟撃し1週間以内に敵抵抗を沈黙させる。これを『黄金の象ゴールド・エレファント作戦』と銘打つ。そしてここからは第三段として新たに防衛陣地の構築による出来るだけ長期間の抵抗を続けて敵の戦線構築を妨害する。これで完了だ。なお敵が多数の上陸部隊を送ってきた場合は内陸部で抵抗、焦土戦術をしつつ10日以内に全軍撤退を目指す......。以上だ。」


「なかなかですね。しかもわが軍の顔が立つようになっている。」


「ああ。モントゴメリーの鼻が天まで伸びる様子が目に浮かぶよ。」


「参加戦力は?」


「かなりのものだな。ちなみに海上部隊の指揮は我々に任されている。何とあのオーストリア地中海艦隊も参加するらしい。」


「本当ですか!流石ホルティ元帥です。ここに合わせてくるとは....。」


「我々に課せられた責任は重い。だから最善の準備を尽くしていこうじゃないか。」

そう言いてラムゼーは再び紅茶を口に含んだ。







 1940年6月16日


 日本領西エジプト アレクサンドリア


 大日本帝国海軍大西洋方面艦隊旗艦「武蔵」主艦橋








「やっとこの艦隊も艦隊らしくなったな。いいことだいいこと。」

そう言って大西洋方面艦隊司令長官豊田副武大将は港に並んだ艦艇を見渡す。


「ええ。我々にもようやっとまともな戦力が与えられましたね。」

史実と違い洋上勤務を命じられている艦隊参謀長高木惣吉少将が同調する。


「ああこの艦隊があれば少しは連合軍の助けになると思うね。」

豊田の目線の先では今まさに愛宕が先陣を切って港から出ようとしているところだった。


「我が艦隊はドイツ軍の上陸支援に向けられています。作戦決行日まであと1週間、どうされますか?」


「うむ。とりあえずロンメル将軍との連携を密に取ろう。お互い敵の目の前で右往左往はしたくないからな。」


「ええ。しかしこんな大それた作戦を考える人材がいるとは....一回ドイツの軍学校を見学してみたいですね。」


「まさに我が軍の三羽烏と双璧を成す存在だな。若く、知性に富み、合理的で兵のことを第一に考える。これからはこういう人材が育たなければ我々に未来はないかもな。」


「我々はさしずめ時代遅れの爺さんってとこですかね。」

高木は寂しそうな口調でそう言った。


「いやいや違うな高木。我々の役割はきちんとあるさ。『導く』というな。」


「成程。確かにそうですね。」

高木は軽く微笑んだ。


「さあ......我々の力を白人共に見せつけてやろう。」

豊田はそう言って拳を掌に叩きつけて気合を入れた。







 1940年6月21日


 アレクサンドリア市内


 ドイツ帝国軍北アフリカ方面軍司令部








「遂にリビアでの借りを返す時が来たなジュニア。」

ロンメルは気合十分と言わんばかりに語気を強めて言った。


「はい。敵の喉元にナイフを突きつけてやりましょう。」

リヒトホーヘンも同じように張り詰めた声でそう言った。


「敵陣地への砲撃は?」


「3日前より断続的に各戦線で大規模砲撃が続いています。最新の威力偵察によると敵部隊はかなりの数が前線に集結しつつあるようです。」


「順調だな。あとはゴーサインだけだ。」

ロンメルは腕を組み何やら考えながら言った。


「そういえばお前はどうするんだ上陸の時は?まさか一緒に上陸するとは言うまい。」


「勿論ですよ。私もおじさんと一緒にムサシに乗って戦況分析をします。」


「一回日本の艦に乗ってみたかったからな。楽しみだ。」


「ええそうですね。東洋一の海軍のその実力、とくと見ましょう。」

そう言ってリヒトホーヘンは机の上にあるウイスキーの栓を開けた。


「この作戦....『ハスキー作戦』が成功することを祈って.....。」

二人は完杯しひと時の贅沢を楽しんだ。







 戦争の新たな幕が上がろうとしていた。

 








 

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