第二八話 世界に広がる戦火
皆さんの評価がモチベーションとなって筆が進んでいます。
次回から視点は再び欧州に戻り影の薄かったあの国が躍動し始めます。
1940年5月26日午後5時37分
ポートモレスビー郊外の山中
大日本帝国陸軍第四十八軍臨時司令部
珊瑚海上でも海戦に実質勝利した日本軍だったが本来の作戦目標であるポートモレスビーには未だ到達できずにいた。先行していた大和、武蔵が最大船速で向かえば明日の未明にも到達できたが、小沢はそれでは敵航空戦力に対して全くの無防備になってしまうと一旦停止させ、主力部隊との合流を急がせた。また先の戦いで大破した摩耶、中波判定だが共に発着艦不能になった天城、土佐をトラックまで撤退させるべく小沢は復旧の終わったラバウルに支援を要請。すぐに護衛用の直掩機隊が代わる代わる送られることになり、また艦隊からも護衛用に愛宕が派遣された。ちなみに武蔵と愛宕にはこの戦いの後既にコロンボで待機している大西洋艦隊増援部隊への合流が課せられていた。そんな中安達率いる第四十八軍はなんとかポートモレスビーにとどまっていた。未だ市内の殆どは敵軍に握られたままだったが徹底した防御戦術によりこれを撃退し押し返しつつある地点もあった。しかしポートダーウィンから送られてくる航空戦力がこれを許すわけもなく結局は一進一退の状況が続いていた。これを聞いた小沢は迎撃では出番がなかったためうずうずしていた艦爆隊に出撃を指令。すぐさまポートダーウィンに無数の鉄の雨が降り注ぐことになり基地能力を破壊することに成功した。更にこの一報を受けバリ周辺まで進出していた寺本航空団が翌日以降から支援爆撃を開始すると通告。好転の兆しが見えていた。
「申し上げます。右翼の第七連隊が敵機甲部隊の進出を確認。撤退を申し出ています。」
伝令は司令部に入って来るや否やすぐに用件を伝えた。
『なるほど....。敵は右翼から仕掛けてきたか...。』
『いや攪乱という手も。ここは退くべきでは。』
『しかしここで退けば敵に勢いを与えることに...。』
『だがむざむざ正面から接触させるわけにも...。』
幕僚たちがその知らせを聞いて思い思いに心情を述べる。
その時、入り口から一人の男が入ってきた。
「全員起立!!」
参謀長の合図で全員が起立する。
「いいいい、楽にしろ。」
そう言って安達は手を振って幕僚たちを座らせた。
「で?敵が右翼に兵を差し向けたと?」
「はい。機甲戦力だそうです。いかがなされますか。」
「第七連隊は確か噴進砲が多く配備されていた部隊だったな。ほかの戦線との兼ね合いもある。ここは退かずに対応してもらおう。ただ敵に増援部隊、航空支援があった場合は速やかに撤退するように言ってくれ。」
「分かりました。」
そう言うと伝令は再び小走りで去っていった。
「閣下。我々はあとどれくらい持ちこたえればよいのでしょうか?」
参謀の一人が尋ねた。
「うむ。小沢から明日の明朝から支援を送るときた。やはりクマの航空団がポートダーウィンを無力化してくれたことで後ろの心配をしなくていいので総力を挙げて攻撃するそうだ。」
「では今夜を乗り切れば...。」
「ああ。一気に戦況が変わる可能性は大いにあるだろう。」
安達はそう言って負傷した脚を軽くさすった。
5月27日午前2時46分
ポートモレスビー沖南東
第一機動艦隊旗艦「赤城」甲板上
昨日の戦闘でフル稼働した戦闘機隊だったが当然休む暇はなく、多少の仮眠をとって来たるべきポートモレスビー空襲に向け、今は全艦爆隊、艦攻隊と共に夜間発艦のため眩しいほどに灯りに照らされたそれぞれの空母の甲板上に並んで訓示を受けていた。
「予想される敵戦力は海岸周辺に巡洋艦三、戦艦二、駆逐艦多数。地上に三個師団相当。太陽を背に空域に入り次第全隊は地上支援組と敵艦攻撃組に分かれる。戦闘機隊は敵戦闘機の排除を最優先。それが終わり次第機銃射撃を各個行なっていい。敵艦はまず艦爆隊が急降下爆撃でこれを攪乱。その隙をついて艦攻隊が魚雷を投下しろ。地上目標はまず敵の物資集積所を狙え。海上においても同じように敵補給艦を優先して叩くように。一斉攻撃で四十五分ですべて終わらせる。以上。」
淵田美津雄大佐が作戦概要を全員に黒板を使って説明する。
「では全員発進準備にかかれ!!!!」
『「はっ!!!!!!!!」』
攻撃隊全員が持ち場に着き始める。
「戦闘機隊は大変ですね。この二日でどれだけの敵と対峙していることか。」
古村参謀長が艦橋から光景を見下ろしつつそう呟いた。
「ああ。頭が下がるよ。必ず作戦を成功させねばな。」
小沢は同意しつつ拳に力を入れた。
「蒼龍、加賀、飛龍から通達!!攻撃隊発艦するとのことです!!」
伝令が大きな声で言った。
「分かった。あまり長い間灯りをつけていたくない。迅速にさせるように言ってくれ。」
「はっ。」
「閣下。さきほどシンガポールから連絡が。」
古村が耳打ちして紙を小沢に渡す。
「どれ..........これはガダルカナルの戦況かな?」
「はい。やはり敵はそちらに多くの力を注いでいるそうです。」
古村が渡したのは南方総軍司令部から来たもう一つの米軍上陸地点、ガダルカナル島の戦況を記した紙だった。
ここまで全く触れていなかったが、敵はポートモレスビーだけではなく統戦本によるソロモン諸島安定化計画の要、ガダルカナル島への大規模上陸を敢行していた。アレクサンダー・ヴァンデグリフト少将率いる第1・2海兵師団がヘンダーソン飛行場周辺に艦砲射撃、航空支援を受け強襲上陸。守備隊である海軍陸戦隊1個大隊と陸軍1個連隊はたちまち大打撃を受けて飛行場を放棄。南方の密林地帯へと撤退した。これを聞いた司令部はすぐさまラバウルとブーゲンビルから大規模空襲を仕掛けて幾分かの戦力を削ることに成功していた。しかしそれでも戦力差は歴然であり敵が飛行場を再建するのも時間の問題だった。
「そりゃあそうだろうな。恐らくこっちは東インド早期奪還を狙うマッカーサーのほぼ独断に近い作戦。対してあっちは海兵隊の大戦力と潤沢な後方支援がある。つまり戦略的価値があるということだ。」
「確かに。あそこを抑えればラバウルまで敵の攻撃範囲に悠々と収められます。」
「だがこっちにはあまり価値はないだろうな。あそこに力を割くより後方のフィジー・ニューカレドニアに精力を注ぎ分断した方がいい。」
「はい。それで司令部は?」
「30日に志摩艦隊の支援の下撤退作戦を行うらしい。泥仕合はしないということだな。賢明だ。」
「未だに陸軍内部には撤退を恥と捉える士官がいるそうですが...よく説得できましたね。」
「シンガポールには確か佐藤がいるはずだ。あいつのことだから徹底的に理詰めで事を運んだろうな。」
「彼ですか。まあ国防の三羽烏がいれば安心ですね。」
「まあいい。それよりこのことを知っている人間は?」
「幕僚たち以外には漏れていません。」
「ならいい。作戦に余計な要素は加えたくないからな。」
「はい。」
「我々は我々の仕事を貫く。それだけだ。」
そう言って小沢はたった今飛び上がった零戦を見つめた。
5月27日午前4時25分
ポートモレスビー市街地
連合国軍上陸部隊司令部
「閣下!!閣下!!起きてください閣下!!!」
「うぅ....どうした....まだ日も上がりきってないじゃないか。」
マッカーサーは部下が強くドアをたたく音で目覚めた。
「敵の攻撃隊です!!!空が覆いつくされるほどの!!!」
「何.....馬鹿な、夜間飛行をしてきたというのか!」
マッカーサーはその報せを聞いてすぐさまドアを開けた。
「はい。先ほど東の駆逐艦が大挙する敵機を確認。現在対空防御がとられています。」
「急いで部隊を...」
その時突如爆音が司令部を包んだ。
「どうした!!」
「敵機が来ました!!!400機はいます!!」
そう言われたマッカーサーが窓を見ると外には大量の日の丸がはためいていた。
「至急航空支援を呼べ!!」
「だめです閣下!!昨日の攻撃でポートダーウィンが無力化され...『報告します!!パース基地から連絡!!敵の攻撃を受けているそうです!!』」
「何!では我々は一切航空支援がないのか....。」
「それより閣下、眼前の状況を整理しましょう。」
「ああ....そうだな。」
マッカーサーは深く深呼吸をすると机上の地図に目をやった。
「重巡モービルより通達!!敵攻撃隊による被害甚大だそうです。」
「くそっ....やはり時期を急ぎすぎたか....。」
マッカーサーは自らのプライドを優先した今回の作戦決断を後悔した。
「南の物資集積所が爆撃を喰らって炎上中との情報が入ってます!!」
「第65戦車大隊から通達!!全滅の危険性ありとのことです!!」
次々と入ってくる報告がマッカーサーをさらにどん底に落とした。
「とりあえず閣下....ここも爆撃の危険性があります。退避しましょう。」
「ジャップめ......覚えているがいい。」
結局この攻撃でマッカーサーは全ての海上戦力を失い陸上戦力の6割近くを戦闘不能に追い込まれた。そして攻撃後に四十八軍は反撃を開始。また敵戦艦部隊の接近を聞いたマッカーサーは陸海から包囲されたことを悟り、その日の深夜に極秘に再び潜水艦を使って、ポートモレスビーを脱出。残された部隊は奮戦したものの29日に降伏。こうしてマッカーサーの復讐は脆くも終わったのであった。これ以降米軍はガダルカナルの要塞化に心を砕き、また豪州では自給体制が確立。南太平洋戦線は膠着状態に入った。一方でマッカーサーは二度の作戦失敗でついに太平洋方面からの転任を命じられ南米戦線への配属が決まり失意のままに去った。そしてこの事態を受け東京の連合国軍太平洋方面軍司令部はついに満を持して8月に『東洋のジブラルタル』、『インド洋のマジノ線』と渾名されるフランス領マダガスカル上陸を決行することを指令。統戦本の立案した作戦が採用されこの説明が7月に東京で開かれることとなった。そして舞台は一旦、更なる混迷極まる北アフリカ戦線へと移る........。
1940年6月3日
大日本帝国領北モロッコ フェス
大日本帝国軍アフリカ軍団司令部
従来カイロに司令部を置いていたアフリカ軍団だったが現在はより安全なモロッコに司令部を置いていた。先日のパットン将軍の一件以来、戦況は変わりつつあった。地中海を制した同盟国軍は仏伊経由でどんどん戦力を増強。連合国による妨害をものともせずついにロンメル率いるドイツ軍を北西リビアから撤退させた。そのまま南進した米・伊軍は先日英領スーダンのファショダに遂に到達。史実では英国の縦断政策、仏国の横断政策の交差点となりファショダ事件の舞台となった要地でここで数週間による激戦が展開され、結果的に連合国は南スーダンまで撤退。更にムスリムを味方につけた同盟国により西部のダルフール地方で大規模な反乱も発生。危機的な状況が続いていた。そんな中北アフリカで唯一充実した戦力を誇るこの部隊にリヒトホーヘンはあることを頼みに来ていた。
「成程。つまり我々に反転攻勢の先駆けになってほしいと。」
軍団長栗林忠道中将は丁寧な言葉遣いで確かめるように聞いた。
「はい。ベルリンでは現在全ヨーロッパ規模での一斉反転攻勢の作戦を練っています。更にそれは恐らくですが...インド洋でのマダガスカル侵攻とリンクしたものになるでしょう。」
リヒトホーヘンは前のめりになり力を込めて言った。
「しかしそれでは時期が遅すぎる、だからここはまず地中海方面だけでも橋頭堡を確保しようと。そういうことですか。」
「はい。」
「しかし敵軍は強力です。現に我々が対峙するパットン将軍、メッセ将軍の部隊は今や機械化が進み、このままでは北アフリカが落ちるかもしれません。」
「いえ.....。我々が狙うのは北アフリカではありません。」
リヒトホーヘンはわざとその部分をためて言った。
「え?では一体どこを我々に攻撃しろと?」
「ここです。」
リヒトホーヘンは地図上のある一点を指した。
「シチリア島.....いやあまりにもリスクが高すぎる....。」
「ここを占領すれば敵の補給路が寸断できます。」
「あなたはイタリア地中海艦隊がどれだけ強力か知っているか?」
「我々には切り札があります。紅海からくる日本海軍の増援部隊そして」
「ジブラルタルに籠りきりのイギリス地中海艦隊か......。」
「いえもう一つ。オーストリア地中海艦隊です。」
「え?しかしあれは機雷封鎖に遭い未だにクロアチアから出れないのでは?」
「それは既に解決したも同然です。」
この時リヒトホーヘンが浮かべた笑いの意味が未だ栗林には理解できなかった。
地中海のパワーバランスが、今変わろうとしていた。
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