表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火竜の紅鱗  作者: 白藍
1/19

ナツメの生きる意味

警告タグは今のところ保険です。

『これを私の古い友人に届けてくれないか』

『とても大切な預かり物なんだ』

『竜の里を探してくれ』

『ナツメ、私の可愛い娘』

『いつでもお前の幸せを祈っている』


 ああ、またこの夢だ。ナツメは、覚醒に向かいつつある意識の中で、これまでに何度も見た夢の面影にぎゅっと眉根を寄せた。蒼く血の気の引いた顔。最後に強く抱きしめられた感触は、まだ生々しくこの身に残っている。ナツメは、その抱擁のあと、すぐに目も開けていられないほどの光に包まれ、気づいた時には、見知らぬ町に飛ばされていた。それが今から2か月前のこと。

「……ゼノ」

 まだ薄青い空に、起きるには早すぎる時間であることはわかっていたが、この夢を見たあとでは、もう一度眠る気にはなれない。緩慢な動きで荷物を漁り、適当なシャツとズボンを選ぶと、それを身に着ける。肩先まである黒髪をいつもどおり紐で一つに縛ると、顔を洗うため、部屋を出た。

 

 彼女がこの町に飛ばされたとき、身一つでなかったことは不幸中の幸いだった。薬を作るために、薬草を採取していて、それと共に飛ばされたのだ。右も左もわからない町をさまよい歩き、薬を扱う店をやっとのことで見つけ、薬草を買い取ってもらえたおかげで、宿に泊まることができた。薬の売買は、一緒に暮らしていたゼノ任せだったので、薬草の価格に疎い自覚はあるが、宿がとれるほどのお金になるとは思っていなかった。ナツメにとっては、馴染みのあるものだが、かなり貴重な薬草だったらしい。


「古い友人って誰なんだろう。もうちょっとヒントをくれたって、バチは当たらないんじゃないかなあ」

 沈みがちな気分を少しでも和らげようと、ゼノに向かって悪態をつく。井戸に続く宿の裏口を出ると、まだ太陽に温められていない空気がひんやりとしている。季節は初夏を迎えようとしていた。


 ゼノはナツメがこの地で初めて出会った人だった。正しくは、行く当てのなかったナツメを拾ってくれた恩人だ。彼女は、趣味で山歩きをしていて、その日も一人で近くの山に出かけていた。青い木々の澄んだ匂いが好きで、名も知らない花々を楽しみながら歩いていると、影が射し、重い灰色の雲が目に入った。これは、もう帰るべきだなと判断を下したその時、鋭い稲妻の光があたりを照らし、ナツメは反射的に目を強く閉じた。光が瞼を焼き、くらりと地面が歪んだような気がして、よろけた彼女が目を開けたとき、そこはすでに見知った場所ではなくなっていた。

 森は森でも、匂いも景色も何もかもが違う。ナツメは自分の身に何が起こったのかまったく理解できなくて、茫然と立ち尽くしていた。そこに通りかかったのが、薬草を採取していたゼノだ。初老にさしかかったころかと思われる容貌だが、やけに迫力のある眼差しだったのが印象に残っている。彼にとって見慣れない服装の怪しい女だっただろうナツメを、自身の小屋に連れ帰り、いろいろと世話を焼いてくれた。言葉が通じず、怯えきっていた彼女に、ゼノが翡翠色の腕輪をはめてくれ、そこから急に意志の疎通がとれるようになった。非現実的な現象に大いに驚いたのは懐かしい思い出だ。ナツメが混乱しながらも、自分に起こったことを伝えるとゼノは、やんわりと笑い、自分は隠居の身だから、遠慮せずに好きなだけ居るといいと、彼女の面倒を引き受けてくれた。


 あれからもう3年も経つのか。部屋に戻ったナツメは、左手首にはまっている腕輪のつるりとした表面を指の背で撫でた。苦い感情に浸ってばかりもいられない。窓から差し込む朝日に励まされるように、よしっ、と気合いを入れた。

 ナツメは、この広い世界で、探し出さなければならない。ゼノの古い友人を。彼がナツメに託した想いを叶えるために。

 それが、ゼノに救われた彼女の、唯一この世界で生きる意味。


読了ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ