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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の恋愛事情/南十星編Ⅰ
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030_0100 妹がアホの子で困ってますⅡ~ジャーマンポークステーキ・ライススープ付~


 不意に携帯電話の着信音が響き渡った。

 スラックスのポケットからそれを取り出すと、十路(とおじ)は液晶を見てやや困惑気味に電話に出た。


「部活ですか?」

『部活とゆーか、お願いとゆーか?』


 電波の向こうから、貫禄(かんろく)など微塵(みじん)も感じられない、若い女性の軽い声が応じる。

 相手は長久手(ながくて)つばめ、二九歳の若き学院理事長にして、この《魔法使い(ソーサラー)》たちの部活動の顧問だった。ただし大した用事もなく連絡することもあるため、今回は重大な要件かどちらかと十路は迷う。


『転入生が新神戸駅で待ちぼうけくらってるはずだから、トージくんがバイクで迎えに行ってくれない?』

「……は?」

『いや~。迎え寄越すって言ったのに、今日来ることスッカリ忘れて大遅刻』

「なにやってるんですか……? しかもなんで俺に? 学生よりも学校の人間を行かせた方がいいでしょう?」

『そのコ、キミたちの部活に入るコなのだよ』

「はぁ? 支援部(ウチ)に新入部員?」


 顔をしかめながら十路がオウム返しに(つぶや)いた言葉に、樹里とナージャが驚き顔で振り返る。


「はい!? そんなの初耳ですよ!?」

「新入部員ってことは、やっぱりワケありの《魔法使い(ソーサラー)》さんですよね?」


 彼女たちが驚くのも当然のこと。この部の部員は、なんらかの事情を持ち、国家に管理されていない《魔法使い(ソーサラー)》たちだ。今この場だけでも複数、そんな特殊な存在が集まっているが、そんなのがゴロゴロいるほど国の管理がずさんなはずはない。

 軍事的な解釈では、核兵器が街の片隅に転がっているより悪いのだ。

 なのに電話の向こうでつばめは事実だと言い、明るく打ち明ける。


『ドラマティックな出会いにしようと黙ってました~!』


 対し十路はイラついて、抑揚(よくよう)のない、だから凄みが伝わる声を出した。


「ふざけて調子に乗ってたら、アンタいつか泣カス……」

『す、すいませんでした……』


 本気が通じたことで、ひとまず十路は溜飲(りゅういん)を下げた。つばめには業腹だが、その転入生にはなんの罪もないため、迎えに行くつもりで確認を取る。


「で? 相手はどんな人間ですか?」

『行けばわかるよ』

「顔も名前も学年も知らなくて、わかるわけないでしょう?」

『それがわかるのだよ。トージくんの場合は』

「はぁ?」

『それじゃ頼んだね~』


 全く理解できない内容だが、つばめはそれで電話を切ってしまった。十路はしばし携帯電話を呆然としたように眺め、そして深々とため息をついて立ち上がる。


「イクセス。そういうことらしい」

【……仕方ないですね】


 人間の耳よりも高精度のセンサーで、会話の内容を聞いていたオートバイは、まるで人間のように、ため息混じりに女性の声を出した。

 そうして出かける準備をする十路を眺めつつ、樹里とナージャは語り合う。


「新入部員って……」

「まさか、あの女の子ですかね?」


 以前の部活動で彼女たちは、ある《魔法使い(ソーサラー)》と出合い、助けられたことがある。


「《魔法使い》って以外、ほとんど正体不明でしたけど」

「直接話した木次(きすき)さんがそれなら、わたしはもっとわかりませんよ。ちょっと姿を見ただけですし」


 結局はなにもわからないが、新入部員になりそうな人物で、他に思いつくような存在はいない。


「…………」


 ちなみに野依崎(のいざき)は、なにも言わずにミルクティーを飲んでいた。

 彼女は樹里たちが知らない真実を知っていたが、それを説明するのが面倒だろうから。



 △▼△▼△▼△▼



 陽が落ち、暗くなり始めた頃合に、オートバイに(またが)った十路は新神戸駅に着いた。


「……で、どこだ?」


 駅前ロータリーの片隅に駐車して、フルフェイスヘルメットのシールドを上げて辺りを見回すが、目的の人物が彼にはわからない。

 新神戸駅は新幹線の停車駅であるが、市内中心部から離れた山の中あるため、首都圏の混雑などとは比較にならない。しかし仕事や旅行帰りの人間がタクシーを使ったり、車で迎えに来た者と歓談していて混雑しており、それなりの人数が行き交っている。田舎の駅で一人ポツンと立っているならまだしも、こんな状態では情報もなしに特定できるわけはない。


「俺なら相手がわかるって理事長が言ってたけど、どういう意味だ?」

【《騎士(ナイト)》なら、他国に所属してる《魔法使い(ソーサラー)》のことも知ってるでしょう? そういう意味では?】


 ヘルメットに仕込まれた無線越しにイクセスと会話しつつ、十路はオートバイを降り、隠れた顔を盛大にしかめた。

 十路は世界で五人といない、史上最強と(もく)される《魔法使い(ソーサラー)》であり、独立強襲機甲隊員という特殊任務専門の陸上自衛隊員だったが。


「俺を《騎士(ナイト)》って呼ぶな……そう呼ばれるの嫌いなんだから」


 彼はその通り名を嫌っている。

 しかしイクセスは気にせずに、聞き分けのない弟に対するように話を続ける。


【私が問題にしてるのは、トージが前職で得た情報で、心当たりがないのかということです】

「確かにそういう機密情報に触れてるけど、俺が知ってる《魔法使い》は、現役の諜報活動員とか、軍隊でも特殊な役職に就いてる連中ばかりだ。そんなのが入部するのは、ちょっと考えられないんじゃないか?」

【では単純に、長い時間、待ちぼうけくらってるからとか?】

「一目でわかるほど怒ってる可能性はあるな……」


 十路は気の抜けた様子で首筋をなでながら、どうしたものかと考える。


「こらーーーー!!」


 だから手荷物を投げ出し、猛ダッシュで接近する人物に気付くのが遅れた。


「入れ違いになったってことも考えられるしな……」

【ところでトージ。あなたの背後から――】


 イクセスがそれを指摘しかけたが。


「あ~~~~にきっ!」

「お?」


 それより早く、その人物は甘い声を出して十路の腰に抱きつく。いや腰をホールドして背後を取り、重心を崩させる。


「遅いんじゃああああぁぁぁぁッッ!!」


 気合の咆哮と共に十路を地面から引っこ抜いて、身長差も体重差も無視し、むしろ利用して後ろに倒れ込んだ。


「の゛――!?」


 横から見ると十路は『つ』の字を描き、相手は美しいブリッジを作る、見事なジャーマン・スープレックスが炸裂した。プロレスの試合ならば確実にフォールされるどころか、レフェリーストップが入るくらいに見事だった。

 固い路面に人体が叩きつけられる嫌な音が響き、しばらく駅前の時間が停止する。


【…………生きてますか?】


 よい子は真似してはいけない危険行為でピクリとも動かない十路に、イクセスが恐る恐る無線で呼びかけると、反応があった。


「……メットがなかったら()ってたぞ……!」


 とっさに(あご)を引き、受け身を取って衝撃を分散させたが、それでも痛いものは痛い。十路は首筋に手を当て、ヘルメットを脱ぎながら身を起こす。

 そして先じて離れて立ち上がっていた、投げ飛ばした相手を怒鳴りつける。顔も分からない状態で、こんなことを彼にする人間は世界に一人だから、遠慮はない。


「アホか!? 下手すりゃ首の骨折って死ぬぞ!?」

「この程度だいじょーぶっしょ! めっさ待たされたウラミくらい晴らさせろぃ!」

「それは俺に言うな!」

「じゃあ誰に言えってのさ!」


 あちこちの方言が混じったような、奇妙な言葉で怒鳴り返す相手は、十路がよく知る少女だった。

 Tシャツの上にミリタリーベストを羽織り、デニムのショートパンツにバスケットシューズをはいた、中性的で活動的な格好をしている。落ちたキャスケット帽を被り直すその下の顔は、猫のような雰囲気を放っている。

 体格はかなり小柄だ。身長は下手すれば小学生にも負ける。体の線もどちらかといえば細いが、アスリートのようなしなやかな筋肉で構成されているからか、不思議と華奢(きゃしゃ)な印象はない。

 初見では元気良さげな子供と思うだけだろうが、人を殺しかねない技を持つのだから、この見た目が曲者(くせもの)だと十路は思う。

 まるで虎の子供だった。幼い見た目はヌイグルミのような愛嬌(あいきょう)があるのに、爪で引き裂き牙で噛みつく凶暴性を(あわ)せ持っている。


【それで、誰ですか? トージを『兄貴』と呼んでましたけど……?】

「俺の妹だ……」


 小脇に抱えたヘルメットから聞こえるイクセスの問いに、十路は不本意そうな声で返す。

 彼の両親は既に死去しているため、唯一『家族』と呼べる相手だった。とはいえ十路は育成校で寮生活していたために、彼女は伯父(おじ)(もと)で長年離れて暮らしている。


(つつみ)南十星(なとせ)でぇーーーーっす!」


 彼女は両手を上げてハイテンションに、通行中の人々に変な目で見られる見当違いの方向へ自己紹介をして。

 すぐにテンションを落として振り返る。


「……でさ、兄貴。さっきから誰と話してんの? ボソボソした女の人の声が聞こえっけど、いないじゃん?」


 無線のスピーカーから漏れる声は聞こえても、さすがにイクセスの正体までは理解できないらしい。というか理解できないのが普通だろう。


「相手不明で自己紹介したのか?」

「第一いんしょー大事じゃん? だけどどこ?」

「……ここだ」


 十路はオートバイのシートを叩いて、端的に話し相手を教えた。

 すると南十星は赤黒の車体をしばし見て、明るい顔立ちを漂白し、十路に哀れむ目を向ける。


「兄貴が転校して楽しくやってるって、あたまパァになったってイミだったんだ……」

「違う!!」


 虚空を見つめて妖精さんと対話できる超能力者扱いはご免だが、単純に『このオートバイはしゃべる』と説明したら、その疑惑を深めてしまう可能性が高い。AIに挨拶させるのが一番早いのだが、駅前でさせるのも問題なので、十路は後回しにして話をぶった切った。


【トージ、いいのですか? 身内とはいえ、私の正体を教えて】

「問題なさそうなのが嫌なんだが……」


 《魔法使い(ソーサラー)》の()()である《使い魔(ファミリア)》の存在は、表沙汰にするものではない。

 しかし、確信があった。《使い魔(ファミリア)》の存在を明かしても問題ない予感が、否定したくてもできないほどひしひしと感じる。


「でだ」


 渋面を作りながら、イクセスのことは聞いてないのかとも思いつつ、十路は予想が外れる一縷(いちる)の望みにすがって、突然現れた家族に確認した。


「まさか、なとせが転入生で、支援部の新入部員じゃないよな……?」

「あたし以外にいんの?」


 キョトンとした答えに、十路はオートバイの側で頭を抱えた。


「理事長……なにしてくれやがった」

【トージも知らなかったのですか?】

「なにも……」

【ツバメならば、毎度のことと言えばそれまでですが】

「それどころかなとせ(コイツ)まで黙ってやがった……」

【というか、そもそもトージの妹も《魔法使い(ソーサラー)》なのですか?】

「というか、イクセスも前の部活で、謎の《魔法使い》を見たんだろ?」

【見たのはほんのわずかな時間ですから、正確な人物照会できるほどのデータはないですけど……やはり?】

「あぁ、俺は見てないけど間違いない……あの時の《魔法使い》は、なとせだ」


 なにが起こっているのか全く不明だが、ここでイクセスと話していても仕方ない。学校に戻り、どうつばめに問い詰めてやろうかと考えつつ、十路は後部横に引っかけた予備のヘルメットを投げ渡す。


「……とにかくなとせ、後ろに乗れ。話はそれからだ」

「そ・の・ま・え・に」


 南十星は飛び切りの笑顔で、久しぶりに再会した家族に挨拶した。


「ただいま、兄貴っ!」

「…………おかえり」

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