025_0060 【短編】王女の休日(姉妹Ⅰ)
【トージ!】
ロジェとコゼットが乗った車から遅れ、無人のオートバイが茂みを飛び出して、十路たちの視界に出現した。
《バーゲスト》は着地と同時に、赤黒彩色の車体を横にしてウッドデッキを滑る。
「失礼!」
「あら」
イクセスの意図を理解した十路は、ヘルメットを投げ捨てて、驚くクロエに構わず横抱きに抱え上げる。
その足元に《バーゲスト》が滑り込み、彼がシートに腰掛けた瞬間、タイヤが木板を掴んで猛烈な勢いで飛び出す。
間一髪で《魔法》のハンマーが振り落とされ、ウッドデッキが砕け散る。無関係な一般人を巻き込むことも構わない、容赦ない一撃だった。
「冗談じゃないぞ……!?」
人波をすり抜ける《バーゲスト》に跨りながら、背後を振り返って思わず叫ぶ。
《魔法》のハンマーに潰されたと思った観光客は、再度振り上げられると無傷の姿を見せた。彼らはなにが起こったかわからないまでも、本能的に死の危険を感じたのだろう。周囲を見渡し、自分の体がなんともないことを確かめ、驚いていた。
【あのハンマー、金属を塊ではなく、分子単位で操作してるようですね。だから人ごみの中で振り回しても、目標だけを選択攻撃できるのでしょう】
《魔法回路》で区切られた内部で渦巻く粒子を見て、その効果をイクセスが推測する。
「粒子を同時に千万単位で操作してるってことだぞ!? どうやって演算してんだよ……!」
【その方法は不明ですが、ついでに言うと、粒子を大きくして高速で叩きつけることで、人体をミキサーに放り込んだみたいに切り刻めるってことです】
「えげつな……!」
十路は知るはずもないが、その術式の名前は《魔女に与える鉄槌/Malleus maleficarum》という。一四八六年に異端審問官ハインリヒ・クラマーとヤーコプ・シュプレンガーによって書かれた書から引用されている。
その本は、中世ヨーロッパで魔女裁判という災厄をもたらした一因でもある。ある意味では名に相応しい効果かもしれない。
「あの人、本気で俺を殺す気か!?」
【トージは人間離れしてるから、殺しても死なないとでもコゼットは思ってるんじゃ?】
「そこまで人間離れしてるか! 殺されれば死ぬわ!」
【私に言われても……】
「ムッシュ・ツツミ。どうする気です?」
人間とオートバイの会話に、タンク部分に横座りさせられたクロエが口を挟む。
十路の首に腕を回して密着している彼女は、なぜかこんな時でも、やはり不敵な笑みを浮かべていた。
「どうするも、民間人を巻き込まないように、部長を取り押さえるくらいしかないでしょう!」
坂道を駆け下りながら、十路は後ろを確かめる。
「《アンチモンの凱旋戦車/Currum triumphalem Antimonii》!」
一六〇四年に発行されたパシリウス・ウァレンティヌスの錬金術書をコゼットが叫ぶと、《魔法回路》がファミリー向けのワンボックスカーを包む。どうやら思考で車両を操作する術式らしい。ハンドルを握っていたロジェまでも、ルーフから外へ飛び出したが、車はラリードライバーが運転しているような、豪快なドリフトを決めて追ってくる。
と。柔らかいものが更に密着してきた。
「きゃー! こわーい!」
「アンタこんな時にふざけてる場合か!?」
「あら、ムッシュ・ツツミって意外とたくましい胸してますのね」
「状況考えんかぁ!?」
ようやく調子を取り戻したのか、ジェットコースターに乗っているような様子でクロエが抱きついてきたので、十路は本気で怒鳴りつけた。
そしてそのやり取りは、風に乗って後ろにも届いたらしい。
「殺るぞコルアアァァァァッ!?」
「殺ってしまいましょう」
獅子と荒鷹が、更に昂ぶった。
「ロジェ!」
コゼットが持つ装飾杖から、新たな光る電子回路が作成されると、車の一部が分離する。更に宙で形成され、弓と矢へと成形される。彼女が多様する術式《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》による物質形状操作だった。
「はい!」
エプロンドレスのお仕着せを着た女性が、即席で作成された弓と矢を受け取り、流れるような動作で番えて引く。
普通に鉄板とワイヤーを組み合わせただけでは、そんな反発力は出せない。だが鍛えられたロジェの背筋力と、計算されて作られた複合弓は、銃弾のような威力の矢を解き放つ。
「ぬぉ!?」
矢は下げた十路の頭上を通過した。走行する車上で動く標的に、しかも抱えたクロエへの誤射を避けた、とんでもない狙撃能力だった。
「なんであの二人、即席コンビなのに息ピッタリなんだ!?」
【トージ、こっちも《魔法》を使った方がいいのでは?】
「許可する!」
【いつもと比べて簡略化しましたね……】
即座の対応にイクセスが感想を述べている間に、十路の四肢に《魔法回路》が浮かび上がる。長々と宣言などしていられないので、一言だけで《魔法》を使うためのソフトウェアに使用許可を出し、脳機能を《使い魔》と接続する。
「迎撃任せる! 流れ弾に注意しろ!」
【EC-Program 《Thermodynamics chain-gun》 decompress.(術式《熱力学機関砲》解凍)】
指示に応じて、シート下に格納されていた消音器型外部出力デバイスが二基、露出される。そこを基点に《魔法回路》が形成されて、砲身ひとつに対して機関部を六つ持つ、仮想の機関砲が二門出現する。
機関部が回転し、空気を圧縮して窒素を冷却し、固体化させた弾丸を装填し、《使い魔》の火器管制システムで弾幕を作る。細いシャフトに直撃させるのは難しいが、毎分五〇〇発の連射速度で正確さを補ってへし折った。
どうやってあの二人組を抑えるか。十路が動きながら策略を練っていたら、先にコゼットが仕掛けてきた。
「《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》!」
直前の地面が変化する。これもまたコゼットが得意とする半流体物質形状操作により、フランソワ・ラブレーによる荒唐無稽な物語の登場人物のような、巨人の腕が土で作成された。
それは無造作に《バーゲスト》の前輪をつかむ。
「ウソだろっ!?」
そのまま二人の人間ごと、放り投げた。
放物線を描くことになれば、どこまで飛ばされてどうなるか、わからない。
【EC-program 《Aerodynamics riotgun》 decompress.(術式《空力学暴徒鎮圧銃》解凍)】
だからイクセスは空中で、空気の砲弾を撃ち出した反動で軌道を変える。
「くそっ!」
更に十路は空中でわざとバランスを崩して体勢を変えることで、《バーゲスト》の車体をロープウェイを吊り下げるワイヤーに引っかけることに成功した。
数トンの重量を支えるワイヤーを、プロレスリングのロープよろしく盛大に揺らして落下する。十路は足でクッションを取って着地し、斜面に逆らわずベクトルを流して停止した。
「身内がいてもお構いなしかよ……!」
「コゼットがわたくしに遠慮するはずないでしょう」
「……確かに」
大きく息をついて安堵し、十路は振り落とさないよう抱えていたクロエを覗き込む。
彼女は腕の中で、なぜか笑っていた。それも食後のような満足さではなく、ギャンブルで大勝負に出たような、貪欲で挑戦的な獅子の笑みだった。
この場面でなぜクロエがそんな顔をしているのか、理解できないながらも十路は問いかける。
「これでわかったでしょう?」
「?」
「なんだかんだ確執あっても、結局は家族だと近すぎて、わからないものですかね……」
言葉が足りないため、十路がなにを言いたいのか、クロエには理解できないと顔で伝える。
ただそれを彼女は訊かなかった。一転して、彼が薄いながらも獣の笑みを浮かべたからだろう。
こんなことは初めてではない。かつて野良犬と獅子が牙を剥き、互いに喉笛を食い千切ろうと戦ったことがある。
「俺と部長が初めて会った時も、こんなだったんですよ」
「というと?」
「殺すつもりで戦いました」
「…………」
そんなドラマティックな初対面は、さすがのクロエも想像の斜め上だったらしい。笑顔を硬直させて絶句した。
会話不可能になった彼女の代わりに、イクセスが問う。
【私もその時のことを知らないのですが、なぜトージとコゼットが戦ったんですか?】
「単なる誤解だ。なにも知らなかったから、お互いを倒さないとならない敵だと思って、戦りあったんだ」
【ちなみに結果は?】
「途中で敵じゃないってわかって、そのまま中止」
それを訊いて、イクセスが不敵な声を出す。もしも彼女に顔があれば、機体に付けられた名前通り、魔犬の笑みを浮かべているだろう。
車のエンジン音と、茂みをかき分けるが近づいてくる。
【だったら今回は、キチンと引導を渡してやろうじゃないですか】
「あの時は俺ひとりだったからな。お前と一緒なら充分勝てる」
十路も獣の笑みを深めて応じた時、茂みがひときわ激しく揺れて、白銀の物体が飛び出した。
視界に現れたものはミニバンではなく、金属製の狼だった。舗装もされていない場所を走るのに車では無理だと思い、コゼットは狼型四速歩行ロボット製作・操作術式《シートン動物記/Wild animals I have know》で変形させたのだろう。
いつか見たものより小さい金属狼の背中に、二人の女性が跨っている。
後ろに座るロジェは無表情で、矢を番えた弓を引き絞っている。十路が知る限りでも、彼女はほとんど感情を表さない。
だが、前に座って装飾杖を握るコゼットまでも無表情になっていた。
コゼットは本気で怒れば、むしろ顔に出さなくなる。そして今の青い瞳から、感情は感じられない。
ただ純度の高い戦意だけを浮かべている。防衛か捕食のために、本能で戦う獣の目だ。
「部長はこういう人だよ……」
十路は嗤う。
年上の女性としての顔も、少女のような気弱な顔も、否定するわけではない。
ただ、これこそが彼女の本質だと。力強く、気高く、それ故に美しい獅子のような。
「イクセス、二番に機関砲。それと足元」
指示を与えながら発射桿とするため、左のハンドルバーを引き抜いて。
【EC-program 《Thermodynamics chain-gun》《Polymerphysics wheel》 decompress.(術式《熱力学機関砲》《高分子物理学タイヤ》解凍)】
《バーゲスト》は街乗り仕様のオンロードバイクだから、《魔法》でオフロードタイヤに作り変え、後輪で地面を削ってアクセルターンで向きを変える。
そして金属の魔犬と狼は、同時に斜面を駆け下りる。
ロジェは騎兵のように矢を放てば、戦うことになった理由など忘却の彼方に追いやって、十路は発射桿からレーザーポインタを発射し、《Thermodynamics chain-gun(熱力学機関砲)》を射撃する。
立ち木の幹を削り、泥を跳ね上げて、距離を挟んで攻め合いながら向かう先はロープウェイの駅、その近くにある駐車場だ。
段差を飛び越えて、アスファルトに下り立ち、ターンを決めながら停車して。
「クロエ王女。降りてください」
「えぇ」
戦いを見届けるとでも言っているように、微笑を浮かべるクロエを《バーゲスト》から降ろして、十路は新たな指示を伝える。
「一番に機関砲、照準はイクセスに任せる。二番砲に腕、操作形式マスタースレイブ」
【EC-Program 《Mechanism Manipulator》 decompress.(術式《機構学マニピュレータ》解凍)】
左の消音器に展開されていた機関砲の《魔法回路》は、右に移動したように切り替わり、駐車されていた車に接触させる。するとアルミ缶を握りつぶすような音を立て、オートバイ本体よりも巨大な、パワーショベルのグラップル・ユニット――物を掴むためのアタッチメントに似た機械腕に作り変えられた。
向こうもまた、クロエを降ろしたことで対応を変えたらしい。弓を満月に構えたまま、ロジェだけ金属狼の背中から降りた。
たまたま人気のない駐車場で、一旦は戦闘が中止する。
しかし睨み合いはすぐさま終わり、金属の獣たちが再び衝突する。
距離を開けばイクセスが火器管制システムを操作し、狙いの甘い固体窒素機関砲で砲撃する。
それをコゼットは金属粒子操作ハンマーで、渦巻く粒子で砲弾を粉砕する。
近接すれば十路が、動作感知センサーとなる《魔法回路》に覆われた左腕を振り、《魔法》で支えられた重量一トン超の機械腕を繰り出す。
すればコゼットは地面を操作し、アスファルトの巨腕を作って殴り返す。
片や機械腕と幾何学模様の銃火器を搭載したオートバイを駆る男子高校生。
片や狼の背に乗って《魔法》のハンマーと大地を操る女子大生。
人智と物理法則を超越した物語のように。それにしては現実的で歪で。
異音に気づいた人々が、驚きと共に確かめたのは、目まぐるしく立ち位置を変えながら展開される、そんな戦闘だった。
「人が多くなってきたな……!」
【民間人を巻き込む危険性があります】
イクセスと話しながら、十路はコゼットの視線に注意する。表情を変えないまでも、時折視線をあらぬ方向に向けているので、彼女もまた気にしているのがわかる。
だから片足を地面に付き、そこを中心に《バーゲスト》を急旋回させ、再び林の中へと向かう。すればコゼットもそれを追う。
オートバイはコンクリートブロックに覆われた急斜面を、勢いに任せて乗り越える。金属の狼はそれを追い、野性の挙動で高々とひと跳びに越える。
「風力砲! 合図待て!」
それが狙いだった。指示を出しながら再急旋回させ、十路は機械腕を突き出そうと左肘を引く。
「!?」
いまだ空中にいるコゼットが、気づいて顔色を変えた。
だが彼女もただではやられない。十路の目前で地面が隆起し、鉄の巨腕を掴み取ろうと土の巨腕が作られる。
それを見ても十路は動きを変えない。左腕の動きに従わせ、文字通りの鉄拳を繰り出す。
無骨な《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》が、やはり無骨だが無味乾燥さが異なる《Mechanism Manipulator(機構学マニピュレータ)》の手首部分を掴み取った。
機械腕よりもオートバイ本体の方が遥かに軽い。だから跨った《バーゲスト》ごと、十路は軽々と振り回される。つい先ほども同じように投げ飛ばされたが、またもロープウェイのワイヤーでクッションを取れる投げ方は、コゼットはしないだろう。
「切り離せ!」
だから十路は逃れる。車体が浮いたタイミングで、外部出力デバイスに接続されていた機械腕を、術式をキャンセルさせて根元から切断した。
そして横に回転しながら飛ぶ車上から、十路は飛び出して、いまだ宙にある金属狼の背にあるコゼットに飛びついた。
「撃ぇ!」
十路が離れても、分離させたハンドルバーを持っていることで、まだ機能接続しているイクセスが、合図と共に《魔法》の空気砲弾を放つ。
至近距離なら人間の意識を刈り取る衝撃が、二人の体を吹き飛ばした。
△▼△▼△▼△▼
二〇メートル以上も吹き飛ばされたため、花を咲かせる一面のラベンダーは倒れ、二人が転がった跡を残している。
その先、花畑の中で仰向けに倒れた十路の上に、コゼットは馬乗りになっていた。
着地の際に装飾杖はこぼれ落ちて、紫の花群に転がっている。代わりにコゼットの手は十路の胸倉を掴み上げていた。
「……落ちる時にかばったってのに、ずいぶんな扱いですね……」
「うっさい黙れ!」
痛みに顔をしかめる十路が見上げる先。服を土で汚し、乱れた金髪に花びらをつけたコゼットは、瞳を涙で潤ませて顔を歪めている。無傷で彼女を取り押さえるために、十路が体を張って受け止めたが、それでもコゼットも相応の衝撃を受けたはず。
なのに痛みではなく感情で、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
「可愛げない女で悪いですわね……!」
コゼットが鼻の詰まった声をしぼり出す。
「どーせ守られる価値もないですわよ……!」
「なんでそうなるんですか……」
「うっさい!」
感情が昂ぶって聞き分けのない女性と化したコゼットに、十路はゲンナリした顔で揺すぶられる。
こういう時はなに言っても無駄な予感はしたものの、このまま揺すぶられ続けると胃の中身が逆流しそうに思えたため、顔をしかめながら十路は口を開く。
「Serez-vous mon 《chevalier》 dans votre avenir...? (私の《騎士》になってくれますか?)」
「……!」
飛び出たフランス語に、コゼットは動きを止めた。
それは以前、彼女が十路に放った言葉だった。
「聞いた時は意味わからなかったですけど、後で理事長に教えてもらったんですよ」
「それは……! 酔った勢いで……!」
自分の言葉とはいえ、素面で聞けば恥ずかしいのだろう。頬に朱の差したコゼットの言い訳を聞き流し、十路は言葉を続ける。
「他人がどう思ってるか知りませんし、なにもできない子供を保護者が守るのは、義務だと思ってますよ?」
異なる意見を否定する気は彼にはない。女は守るべきものという男も世にはいるだろう。それはそれでいいと思う。
「でも、いい歳した人間に『守る』なんて言うの、俺は傲慢か無責任だと思ってますからね」
しかし十路自身はそう思っていない。
守るという行為は、縛るという行為にも繋がる。全ての脅威から誰かを守るのは、その人の全てを管理するのがもっとも確実となるから。
そんな事はできるはずない。もしやろうとすれば、自立した人間の意志を無視することになる。
だが意思を尊重すれば、守れなくなる場面が来る。
守るという行為は、そんなジレンマを抱えている。十路はそれを知っている。
だから彼が行うのは、庇護ではない。乙女の危機に現れて助ける、白馬の王子になるつもりなど毛頭ない。
仮にタイミングでそうなったとしても、王女に仕える騎士にはならない。
「助けを求められば応じます」
彼が行うのは、あくまでも協力でしかない。魔術師王女が戦う時には肩を並べる、仕える主を持たない遍歴騎士以外になるつもりはない。
「だけど部長を守り続ける気なんて、俺はないですよ?」
更に、コゼット・ドゥ=シャロンジェがか弱い乙女であることを、堤十路は許さない。
「俺が守らないとなにもできないほど、部長は弱い女でいたいんですか?」
「…………」
そして乙女のように守られているだけで満足する、弱い女などでありたいと彼女が思うはずはない。
涙を引っ込めたコゼットと、真剣な十路が、しばし視線をぶつけ合う。
「……あーぁ。アホくさ」
先に視線を外したのはコゼットだった。不意に力を抜いて手を離し、十路の上から退く。
「貴方、絶ッッッ対モテませんわね」
「モテるなんて思ってませんけど、癇に障る言い方ですね」
花の上から立ち上がり、力を込めた言い方に釈然としてない顔を作り、十路は首筋に触れる。
そんな少しだけ背の高い彼の顔を、コゼットは下から上目遣いに見上げる。
「ブサイクじゃないにしろ大した顔じゃねーですし。チビってわけじゃなくても背ぇ高くもねーですし。気は利いてねーですし甲斐性なんて期待できそーにねーですし。仏頂面ばっかで笑ったと思えば暗いですし。空気読めねーですし面白いことも言えねーですし」
「ケンカ売ってるんですか?」
『その気ならやってやろうじゃないか』と十路が目を細めて見返すと、コゼットは大きくため息をつく。
そして視線を逸らし、ふて腐れたように、拗ねたように呟いた。
「……しかも女に求める理想が高すぎだっつーの……」
「は?」
「なんでもねーですわよっ」
△▼△▼△▼△▼
『つーか貴方、今までクロエとなにしてましたの?』
『なにって、クロエ王女の行きたいところに付き合ってただけで、ほぼ観光案内でしたけど?』
『あんな会話してて?』
『部長が言ってるの、どの会話のことです?』
『いえ、その……匂いがたまらないとか、恥ずかしいところに連れ込まれたとか、白くてドロドロしたのが飛び散ったとか……』
『それ、昼飯でクリームが飛び散った時の会話ですよね?』
『…………』
『なに想像したんですか』
『うっさい黙れ!!』
目隠しの茂みに隠れたまま、《使い魔》のセンサーが捉えるコゼットと十路の会話を聞いて、クロエは妹への同情と、姉には見せたことのない一面に、苦笑いが止まらない。
「これは、コゼットも大変ね……」
堤十路が求める異性は、同年代の男子とは全く違い、見た目の麗しさなどを基準にしていない。
彼は対等なパートナーを望んでいる。見た目については二の次で、彼が語った『好きになった女性がタイプ』という言葉は間違いではない。
異性を知らず、恋に恋するような幻想を持っていない。そこまで彼は子供ではない。
しかし求める理想に現実性がない。そういう意味では大人とも言えない。
苦難の時、誰かを支えることを彼は厭わない。
同時に自分が苦難の時には、誰かに支えて欲しいとも望んでいる。
それを彼が自覚しているかはわからない。それを指摘して認めるかはわからない。
そしてコゼットの感情を理解しているかもわからない。
「国家に管理されず、普通の生活を望む、最強の《魔法使い》……惚れる相手としては、最悪の部類ですわね」
クロエは理解する。
彼の眼鏡に叶い、彼の望みに最後まで付き合えるパートナーなど、まずいないだろうという現実。
彼が獰猛に笑いながら戦った妹ならば、もしかすれば仄かな望みを叶えるかもしれないという予想。
愛したくても愛することができなかった妹を、代わりに愛してくれる者がいるならば。決して幸せにはなれないだろう彼女が、少しでも幸せと思う時間が作れるならば。
それを確かめたくて行動した甲斐は――あったとは言いがたいが、ほんの少しだけあったとは言えるかと、クロエは微笑する。
「ムッシュ・ツツミの人となりと、彼の気持ちを確かめたくて、殿下はお一人で神戸に来られたのですか?」
「ま、そういうこと。同時にコゼットの気持ちが如何ほどのものか、確かめたかったわけですけど……《魔法》を振り回して追いかけるとは、かなり彼のこと気に入ってるようですね」
ラベンダーの中で言い争っている二人を眺めながら、ロジェが仕える主に問うと、クロエは軽く肩をすくめた。
「今回の来日予定では、今日を逃せば機会がなかったですし。プライベートな用件ですから、一人で行動したかったのです」
「我々としては大迷惑です。今夜の会合や食事会、どうなされるおつもりですか?」
「キャンセル効く範囲でしょう?」
「確かにそのように手配していますが……」
「そもそも今日の食事会、企業の重鎮はともかく、なぜその息子がついて来ますのよ」
「婿にでもと紹介しようと思っているのでは?」
「あーヤダヤダ。そんなボンボン相手する気ないですから」
主従の会話に、イクセスがジト目を向けていそうな調子で口を挟んだ。
【方向性の間違った行動力がムダにある、はた迷惑な王女ですね】
それに応じたのは、意外にもハンドルを支えるロジェだった。
「あなたもそう思いますか」
【はい。コゼットとは別の意味で王女らしくない王女ですね】
「コゼット殿下と二人きりでお話ししたのは、今日が初めてなのですが、確信しました」
【なにをですか?】
「姉妹でもコゼット殿下の方がほんの少し、いえかなり、いえ比べようもなく、常識的です」
【そうですか? 私からすれば、コゼットも充分に非常識ですけど】
「少なくともクロエ殿下のように、薄い本に描かれた同性愛を見てニヘニヘと気色悪い笑みを浮かべないと思いますので」
【あぁ。コゼットは食事時の会話を性行為だと誤解するムッツリスケベですが、そういったアブノーマルな性癖は持っていませんね】
「貴女たち……? なにわたくしをダシに通じ合ってます……?」
以前は戦った敵同士だが、今日はもう戦う必要がないので、話を合わせるオートバイとメイドに、クロエは口元をひくつかせる。あとムッツリスケベメイドも同じ誤解をしていたのだが、それに関しては誰も触れない。
王女のクレームは無視して、イクセスはスピーカーからため息を漏らした。
【それはそれとして、一体どう始末つけるつもりですか……】
△▼△▼△▼△▼
【トージ、コゼット】
茂みの中から、オートバイの声だけが届く。
【公共施設内で《魔法》を展開して戦闘したわけですけど、どうする気です?】
「う゛……」
呆れたようにイクセスに指摘されて、コゼットがうめく。
施設の修理そのものはいい。彼女の《魔法》はそういう方面に強いため、充分に可能だ。倒れた花まではどうしようもないが、そこは植物の生命力と、ハーブ園の管理者に任せるしかない。
しかし《魔法》を使った時の義務である報告書のことを考えると、非常にまずい事態だった。コゼットは《魔法》という兵器にもなりうる科学技術を、激情に駆られた完全な私的運用を行ったのだから、殺人未遂罪他で処罰されても不思議ない。
「ど、どうしましょ……!」
普段見せない動揺を、わかりやすくコゼットは顔に出して、オロオロとうろたえる。しかも二人の戦闘で観衆の誰かが呼んだのだろう、パトカーのサイレンが近づいてくることで、混乱に拍車をかける。
総合生活支援部員は、防衛省と警察庁が発行している特別身分証明書を持っている。しかし現状では、それを提示したところで意味はない。観光客から聞き取りが行われれば、コゼットが暴れたことはすぐにでもわかる。
【音の位置からして、現場到着まであと一分ってところですかね】
「マズイマズイマズイ……!」
【逃げますか?】
「この状況で逃げたら余計に事態をややこしくするでしょうが!」
【じゃあ大人しく逮捕されてください】
「だからって逮捕もされたくないですわよ!」
イクセスと会話しながら、ウェイビーロングの髪をかきむしって焦るコゼットに、十路はやる気なさげないつものポーズで口を開く。
「手はないこともないですけど……」
ただし、気の進まなさに語尾が消えている。
「そもそも今回の部活、どういう依頼でした?」
「それは……」
十路に言われ、コゼットは振り返る。
「?」
茂みの隙間から辛うじて見えるクロエは、この場面で妹に視線を向けられて、キョトンとした表情を浮かべる。
見間違うほどではないが、釣り目がちの美貌に共通点のある、姉妹でよく似た顔に。
「うやむやにするってだけで、根本の解決にはなりませんけど」
十路がなにを考えてるのか、コゼットも理解したのだろう。
「……ふふっ。そういうことですのね……充分ですわ」
獅子が笑ったような、ニンマリとした野獣の笑みを浮かべ。
「服を寄越せぇぇぇっ!!」
茂みの中に突撃した。




