025_0030 【短編】王女の休日(姉Ⅱ)
【さっきからコゼットが、ガンガン無線を飛ばして来るんですけど?】
うんざりしたように、イクセスが小声でこぼす。
「ってことですけど、クロエ王女?」
それを十路は受け止めることなくパスすると。
「放置ザマス」
クロエはにこやかに無視した。
「なんでしたら、会話を中継すればいいザマス。それでコゼットもこちらの様子が知れるザマスし」
【まぁ、一方的に音声データを流しておけば、私もコゼットの罵詈雑言を聞かなくて済みますけどね……】
二人と一台がいるのは、北野異人館街。コロニアル・スタイルと呼ばれる、ペンキ塗りの外壁や赤レンガの煙突が特徴的な、洋風の建物が立ち並ぶ地区だった。明治時代、来日外国人の居留地として作られた、和洋が入り混じる神戸の歴史を色濃く表す観光地だった。
古いヨーロッパの町並みとは異なる、しかし日本でありながら異国情緒漂う坂の途中。オートバイを停車させて、十路とコゼットはジェラートを食べていた。
「それよりも、ムッシュ・ツツミ? プライベートですから、『王女』という呼び方は止して頂けませんか」
「じゃあ、なんて呼べと?」
「気さくに『マイハニー』とでもお呼びください」
「全力で遠慮します。クロエ王女」
にこやかなクロエの言葉に、十路は冷淡に応じる。
いま彼女はふざけているようで、仮面の表情を脱ぎ捨てて、王女の本質を丸出しにしている。二面性――それも妹姫とは異なる腹黒さを持つ、姉姫の裏を感じて当然だった。
外見は似ている。凛としていれば聡明な美人、そうでない時はきつい印象を与える、吊り目がちな顔立ちも共通している。
しかし、内面が違い過ぎる。真逆と呼んでいいほどに。
「コゼットに接するように、わたくしとも気軽に接して頂ければ、ありがたいのですけどね。名前にしても呼び捨てで構いませんよ?」
笑顔でそう言われても十路は、コゼットと接するようには、クロエと接することができない。
そして、したいとも思わない。
やはり十路にとってのクロエは、自分の今の生活を破壊しようと企んだ敵であり、現状こうして並んで歩いていること自体、ありえない事だと考える。
「気軽って言っても、部長を相手にする時だっていつも『部長』ですし、名前で呼んだことなんて――」
ない、と答えようとして、十路は思い出して言葉を途切れさせた。
敏感でなくとも、クロエでなくとも、コゼットと十路の間になにかあったと悟ることができるだろう。
「いかがされました?」
「あー、いや……一度だけ部長のこと、勢いで呼び捨てたのを思い出しただけです」
あれはコゼットが帰国しようとした直前、理事長室で最後の挨拶を行った後でのことだった。
――アンタの望みを言ってみろ。
――一〇年間、死に物狂いで努力して手に入れた生活を、こんな簡単に手放していいのか?
――だったら言えよ! コゼット!!
その時の記憶を明確に掘り起こし、十路は気恥ずかしくなり首筋をなでる。押しているのは自力で走るオートバイ、実のところ大して力をかけずとも動くので、片手を添えるだけで問題ない。
(柄にもなく熱くなったもんだ……)
そういうお熱い時期は通り過ぎて、冷静というか達観の域に達したと、十路は思っていた。そして彼は、それが求められる環境にいた。
しかしあの時、コゼットの態度は十路にとって、腹立たしいものだった。
たった一言、『助けて』と彼女が言えば、それでよかった。
今のいつ崩れるともしれない安寧とした学生生活をコゼットが、そして十路が送るためには、それだけでよかったのだ。
それだけで十路も、そして樹里も、コゼットを助けるために戦ったのだ。
(ワガママで理不尽なこと平気で言うくせに、部長って妙に聞き分けいいところあるからな……あの人が一番大人だし、仕方ないのかもしれないけど)
内心で十路は不満をこぼすが、コゼットが普通の生活を諦めることこそ、当然の対応だろう。
コゼットが持っていた問題は、《魔法使い》を危険視する国の王族に生まれたという、非常にデリケートなものだ。
それを是正しようとすれば、相手は国家で、そして直接相対した相手は欧州陸軍連合戦闘団――ヨーロッパ各国陸軍の精鋭が集まった、多国籍軍だったのだ。
コゼットがワガママを貫く相手としては、悪すぎるだろう。ワケありの《魔法使い》という共通する境遇を持っていても、無関係な人間を巻き込める状況では、ない。
しかし現実には、部員たちだけに留まらず、部外者他を巻き込んだ。しかも非常識な戦闘を行った上に、本物の軍隊を撃退したわけだが。
「貴方はなぜ、コゼットのために戦ったのですか?」
すれ違う観光客もいるため、ポツリとクロエに呟いた言葉に、十路が振り返る。
彼女は十路の顔を見ず、視線を立ち並ぶ洋館に向けていた。神戸を訪れた観光客のようなフリをしているが、顔に浮かんだ表情は真剣すぎる。
彼もそ知らぬ顔で前だけ見て、平坦な声をクロエに届ける。
「俺はワガママなんですよ。今の生活を送るには、あぁいう形で部長と別れるのは、許せなかった」
「貴方の生活には、コゼットが必要だと?」
「まぁ、そういうことです」
支援部の部長として、急に仕事を投げ渡されても困る。
《付与術士》として、備品の管理をしてもらないと困る。
そしてなによりも、裏表激しく、中途半端にガラが悪く、意地っ張りでケンカっ早くて理不尽なことでも平気で言う可愛げないのない、しかし気に入っている先輩が、自分ではどうしようもできない《魔法使い》ならでは理由で去らねばならないことは、どうしても止めたいと願った。
見過ごすことは、十路自身のためにならないと思った。
「貴方たちは危険すぎる……」
クロエは正面に目を向けたまま呟いた。
「生半可な軍事力では太刀打ちできない戦闘能力を持ち、しかもそれを、社会の理念から外れた個人の信念で振るう……テロリストと変わりありません」
「ある程度は否定できませんけど、テロと一緒にされるのは心外ですね。俺たちの基本スタンスは、専守防衛です」
侵攻を行わず、防衛のために武力を行使する。
十路はその理念で自身の能力を使い、樹里やコゼットも同様であると信じている。
しかし彼ら、彼女たち個人を知らない、対外的な不特定多数にそんな言葉を信用をさせるのは、非常に難しい。
これ見よがしに銃を見せつけて、笑顔で『危害は加えません』などと手を広げても、信じる者などいはしないだろう。本当に危害を加えるつもりがなくても。
二一世紀に現れた、脳内に既存スパコンを上回るDNAコンピュータを持ち、科学技術で物語の異能を再現する新人類が、『邪術士』と呼ばれ忌み嫌われるのは、そういう理由だ。
「貴方は傲慢ですね」
今日は吹きつける風がやや強い。麦わら帽子をかぶっていないクロエの真っ直ぐな金髪は、なびいて舞う。
それを手で押さえ、異国情緒を楽しむように目を細め、吐き捨てる。
「自分勝手な大人たちに、俺たちは振り回されてるんですよ。だから少しくらい、ワガママ言わせてもらいますよ」
十路たちワケあり《魔法使い》の事情は、一言で片付けられるほど単純ではない。
そしてこの手の話は、以前クロエと話し合い、平行線をたどるとわかっている。
だから言葉を叩きつけて終わらせて、話の筋道を正す。そもそものクロエの疑問は、なぜ十路たちがコゼットのために戦ったか、だ。
「支援部にケチつけるために、わざわざ東京から来たんですか?」
「いいえ? そういうのじゃないザマスよ?」
クロエはおどけて仮面の言葉遣いに直す。支援部は危険という彼女の意見は、話の道筋がやや逸れてしまっただけなのだろう。
「身内びいきもありますけど、コゼットはなかなか優良物件だと思うザマスのよ」
「……は?」
しかし切れ長の目を細め、サディスティックな笑みを見せるクロエに、十路は『それが本当に聞きたいことなのか?』とばかりに盛大に顔をしかめて見せた。
「わたくしもプロポーションには、それなりに自信持ってるザマスけど、あの子のほうがメリハリあるザマスのよ」
「俺たちが知ってる部長って、結構ズボラなのに。あの体形維持するのに、陰で努力してるんですかね」
「学校に通ったことないのに、理学の博士取ってしまうザマスし」
「それは素直にすごいと思います」
「耳の裏と首筋が弱いザマスよ」
「それを俺に聞かせてどうしろと?」
「恋愛経験皆無ザマスわ」
「経歴・事情・当人の性格もろもろ鑑みて、あるとは思えません」
「まず間違いなく経験ないザマスわ。もう二〇歳ザマスのに。本当に『魔法使い』になってしまうつもりザマスかしら?」
「なんの経験かは深く問わないことにします」
「それから結構濃いめだから、日頃の手入れに時間かけてるはずザマスよ」
「なにが濃くて手入れしてるかも、あえて聞かずにおきます」
「あの子のオネショ癖、治るの遅くて、一〇歳までしてたザマスのに」
「今までの話となんの関係が?」
「子供の頃はカエル放り投げた程度でビクビク怯えてたザマスのに、いつの間にかベッドの毒グモや毒蛇も平然で払いのけるように」
「アンタ鬼か」
「あぁでも、あの子の部屋を爆破したら、廊下でチビってたザマス。まぁそれも最初だけで、二回目からは驚きはしても平然としてたザマスね」
「アンタ外道か?」
「実はあの子、料理も結構できるザマスのよ? 食事に毒仕込んで痛い目見てから、自炊するようになったザマスし」
「アンタ鬼畜だな!?」
「服に毒針を仕込んでいたら自分で洗濯するようになったザマスし、罠発見のためにも掃除は自分でするようになったザマスし、枕に刃物仕込んでからはベッドメイキングも自分でやるようになったザマスし、公女などいう肩書きに似合わず、意外と家庭的なんザマスよ?」
「そりゃアンタが部長を殺そうとした結果だ!?」
留学前、公宮殿に幽閉されていた時、クロエに殺されかけた話はコゼット当人から聞いている。
だから十路は全力でツッコむ。思わず王女をアンタ呼ばわりする勢いで。
しかしここは神戸の観光地で、人も多い。『殺す』などいう物騒な単語を声高に叫んだせいで、周囲の観光客が振り返った。
日頃空気を読まない十路でも、さすがにマズイと思い、一時口をつぐんで気を取り直す。
「とにかく、コゼットにもうちょっと可愛げがあれば、申し分ないザマスのよ」
「……それは確かに」
外面と外身は完璧なのに、コゼットの中身が残念なのは、二人の共通認識だった。一時は敵として戦い合った仲であっても、理解しあうことは充分に可能だった。
「まぁ、美人だとは思いますし、スタイルいいですし、頭もいいですし、なんやかんや言いつつも頼りになりますし、その辺りを否定する気はないですけど」
コゼットは外面と外身は完璧で、中身についても色々思うことはあるが、十路にとっては許容範囲内だと思っている。
しかしクロエが問題として取り上げているのは、そういう意味ではないらしい。
「他にないザマスの? コゼットに対する感想とか」
「それ以上は特に。部長を女性として意識してるとか、ないですし」
「『美人』とか『スタイルいい』とか、褒め言葉を平気で使うザマスのに?」
「事実だと思うから、使っただけですけど」
十路はいつも通り無表情で、平坦な声を出す。それ以上の感情などないと。
そしてジロッとした疑惑に濁った目でクロエを見返す。
「なにを期待した質問してるんですか?」
「先ほども言った通り、コゼットは結構な優良物件だと思うザマスよ? それで興味がないとなると、ムッシュ・ツツミの好みの女性は、どんなタイプなのか興味があるザマス」
「そういう話、興味ないんで」
「あら? 秘密ザマス?」
「いや、本当に興味ないんで。それで不満なら、好きになった女性がタイプってことにしてください」
その手の話はもういいと十路がため息をつくと、クロエは曲解した。ほぼ間違いなくワザと。
「女性に興味がないということは、やっぱりムッシュ・ツツミは男性が趣味……!?」
「『やっぱり』ってなんですか……」
「公国においでなさい。最大限の持て成しをするザマスよ」
「クロエ王女の前で、男同士の絡みやらされるとか嫌なんで、全力で遠慮します……」
どこまで本気かわからない。
しかし十路は、そっと尻を押さえた。




