025_0020 【短編】王女の休日(妹Ⅱ)
浮いている。ものすごく浮いている。
神戸空港でコゼットは、彼女の姿を見て、顔を引きつらせた。
「コゼット殿下、お久しぶりです」
周囲の人々から向けられる、奇異の視線をものともせずに、ロジェ・カリエールは無表情に頭を下げる。
「その服で飛行機に乗りましたの……?」
「着替える暇などありませんでした」
ロジェの言い分は納得できるものだが、プリンセス・モードの仮面をかぶることも忘れたコゼットは、ウンザリとした顔で彼女の全身を改める。
落ち着いた黒基調のロング丈ワンピースに、フリルのついたエプロンを重ね着し、頭にはホワイトブリムを載せている。
メイドだった。誰がどう見てもメイドだった。完全無欠にメイドだった。街中で見るとすれば、イベント会場か少々特殊な喫茶店の前だけであって、普通は空港で見かける格好ではない。
(メイドと一緒に行動しろっつーことですの……? 勘弁して欲しいですわ……)
コゼットもまた周囲から若干浮き気味だったのだが、このロジェと比べれば普通に思えてしまう。
彼女までも浮いているのは、宗教的な儀仗を連想する《魔法使いの杖》を手にしているからだ。一般人にはそれが兵器としても使えるオーバーテクノロジーだと理解できなくても、そんな物を手にしていれば、やはり注目される。
しかし気にしていられない。コゼットは直接相対していないが、ロジェは殺し合った敵なのだ。周囲の人々に変な目で見られようと、それくらいの警戒はする。
「まさかヤバイ武器、持ってんじゃないでしょうね?」
衆人の耳もあることから、コゼットは真剣な小声で確認すると、表情は変わらないながらも、やや憮然とした声でロジェは返す。
「国内線とはいえ、飛行機に乗ったのです。持ち込めるはずありません」
銃を持つ者は非常に限られ、国際的にはテロ対策に非力だと思われがちな日本でも、飛行機の搭乗時には、機内持ち込み物品の警戒はされている。
それを明らかにするために、ロジェは無表情のまま、脛丈のスカートを自分でめくった。『たくし上げた』というレベルではなく、『丸見せ』というレベルで。
「ブ――ッ!?」
ガーターベルトで吊り下げられたストッキング、それに包まれた筋肉質ながらスラッとした足、意外にも少女のようになだらかな黄褐色の下腹部、レース仕立てのスキャンティが目の前にさらされたことに、コゼットは噴き出す。
「この通りです。なんでしたら服を脱ぎましょうか?」
「貴女、アホですの!?」
更なる衆目が集まっても、ロジェは顔色を全く変えない。
確かに彼女は以前、太ももにグルカナイフを隠し持っていた。しかしそれをコゼットに確認させるために、下着までさらけ出す辺り、ロジェ・カリエールという女性もどこかズレている。
「いいから、わかりましたわよ……」
コゼットは頭痛を感じて額に手を当てながら、装飾杖を下に振ってロジェのスカートを下ろさせる。
そもそもロジェが武器を持っていないのは、コゼットも承知している。いま彼女は《魔法使いの杖》と接続しているのだから、《マナ》を通じたセンサー能力で、触れることなくロジェの身体検査を行える。
急いで飛行機に乗ったからなのか、ロジェの手荷物はなにもなく、ほぼ身一つだった。彼女が持っている金属といえば、服の留め金と財布の小銭程度。ボタンに偽装された発信機をつけているということも、皮製のブーツに危険物が仕込まれてもいない。
もしもロジェが嘘をつくなら、なにかを隠したブラフだ。付き合う必要はなく、コゼットは即刻依頼を破棄しようと考えた故の質問だったのだが。
(本気でなにか企んでるわけではなく、クロエが脱走して困ってるってことですの……?)
どうやら依頼は受けるしかないと、コゼットは諦めたように息をついた。
油断はできない。ロジェは元軍人だと聞いているので、素手で殺傷できる技術を持っているだろう。
しかし《魔法使い》といえど、《魔法使いの杖》を持っていない状態で、《魔法》を使えるコゼットに対抗できる人間など、普通は存在しない。以前の部活でそれに近いことをした十路でも、準備なしで可能にできるとは思えない。
「……さ。行きますわよ」
コゼットはぶっきらぼうに踵を返し、《魔法使いの杖》をアタッシェケースに仕舞わないまま、空港の出口へと歩く。
その背中を追いかけながら、ロジェは小声で問う。
「よろしいのですか? またコゼット殿下を殺すために、わたしはここに来たとは思われないのですか?」
「そん時は、遠慮なく返り討ちにしてやりますわ」
警戒心を残しながらも、コゼットはひとまず依頼の遂行を第一の目的として、行動を始めた。
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神戸空港は人工島に作られた海上空港のため、どこに行くにしても、ひとまず新交通システム・ポートライナーに乗って本土に移動する必要がある。
列車と同じような作りの車内には、やはり空港の利用客だろう。トランクケースを持った人々が乗っている。
その中で、豪奢で奇妙な杖を持つ金髪碧眼白皙の美女と、コスプレとは思えない本格的なメイド服を着た長身の女性は、非常に目立つ。しかし彼女たちは気にせず、車両の片隅を陣取って話し合う。
「ぶっちゃけますわ」
話し合うというよりは、コゼットの物言いは事後報告に近いが。
「クロエがどこにいて、どういう状況なのか、おおよそ掴んでますわ」
「お早いですね?」
朝方コゼットに連絡してから、一時間少々しか経っていない。そんな短時間で動向を掴んでいることに、ロジェも驚きだったのだろう。無表情で優美な曲線を描いていた眉が動く。
「タネ明かしすればワケないですけど……支援部の部員が偶然クロエと会って、一緒に行動してるみたいですの」
「部員、というと?」
「トージ・ツツミ」
「彼ですか……」
その時のことを思い出したのだろう。ロジェの無表情が崩れて、複雑そうな感情が浮かんだ。
彼女は十路と戦い、敗れたのだ。それも最強の生体万能戦略兵器たる《魔法使い》が、消火器で敗北という屈辱的な結末で。
しかし、それだけではないだろう。
彼と戦い、ロジェが敗れた一番の敗因は、事前の情報に誤りがあったこと。《魔法》を使えないと思っていた彼が、《魔法》を使用したこと。
(堤さんが騙したわけじゃないでしょうけど、こりゃ根に持ってますね……)
ロジェの心中を察し、そしていつも仏頂面をしてるのかと思いきや、意外と感情表現の幅があることに関心したが。
今は関係ないとばかりに無視をして、コゼットは話を続ける。
「そんなわけで、クロエは堤さんと一緒に動いてますわ」
「そのような連絡があったのですか?」
「いいえ。携帯電話の電源切ってやがりますわ」
「なぜそれで、ムッシュ・ツツミと殿下が一緒だとわかるのですか?」
「だからですわよ。クロエが一緒でないなら、堤さんが携帯電話の電源を切る理由がないでしょう?」
状況証拠や推測だけでなく、確実な証明をコゼットは手に入れている。
「それに《使い魔》も一緒で……さっきからグチグチ文句こぼしてやがりますのよ」
それが《魔法使いの杖》を衆目に触れさせている理由のひとつだった。ロジェへの警戒だけではなく、《魔法》の無線でイクセスと連絡を行うために必要だった。
「で。あの女、なにしに神戸に来やがりましたの?」
呆れたようなコゼットの問いに、ロジェが困惑を深めて返す。
「それはわたしがお訊きしたいことですが……殿下は今どちらに?」
目的地がわかれば、神戸に足を運んだ理由も推測できるだろう。
しかしコゼットもまた、それが推測できないからこそ、ロジェに質問したのだった。
「神戸の観光地を移動してますわよ……? まさか観光のためにホテル脱走しましたの?」
「……はい?」




