025_0010 【短編】王女の休日(姉Ⅰ)
「送って頂いて、ありがとうございました」
「木次もいきなり呼び出されて、大変だな」
「あはは……」
愛想笑いで複雑な感情をごまかす後輩・木次樹里が差し出すヘルメットを、堤十路はオートバイに跨ったまま受け取る。
《魔法使い》の部活動・総合生活支援部に所属する彼らは、休日の今日もいつもの時間に登校し、部室でそれぞれの時間を潰していた。
そんなところに樹里が、突然実家から呼び出しを受けた。
彼女の実家は、神戸市内でレストラン・バーを経営している。夕方以降の営業しかしていないが、今日はパーティの予約が入り、料理の仕込みが大変ということで、樹里がヘルプとして呼び出されたらしい。
まだ朝の時間だが、総合生活支援部の活動は、内容も時間も不透明な部分が大きい。依頼次第では活動中に抜け出すのが難しいかもしれないため、十路は予定が立っていないうちに樹里を送り届けることで、部活を休ませることにした。
生真面目な樹里には、それが申し訳ないらしい。彼女は神妙な顔で頭を下げる。
「部活のこと、すみません」
「緊急事態なら遠慮なく連絡するから、それは覚悟しといてくれ」
「や、それはいいんですけど……部長、どうされたんですかね?」
部長であるコゼットは、彼らが部室にいる時間に来なかった。責任感の強い彼女から休む旨の連絡もないため、樹里は軽く首を傾げる。
しかし十路は、あまり気にしていない。
「《付与術士》の仕事で忙しいみたいだし、寝坊してるのかもな」
このところコゼットは、放課後に顔を出す程度しか部室に来ていない。問題がないと判断したら、十路と樹里に後のことは任せて、別の場所で《付与術士》の仕事を行っている。
詳しい状況は十路も知らないが、普段あまり化粧気のない彼女が化粧をしているので、寝不足になるほど忙しいことはわかる。
「どうせ今日も大した活動はしないだろうし。こっちのことは気にするな」
十路は話をまとめて、受け取ったヘルメットを後部の横に引っ掛けて、上げていたフルフェイスヘルメットのシールドを下ろす。
【帰りはトージに連絡すれば、迎えに来ますから】
跨るオートバイ・《使い魔》のAIイクセスが樹里に言い残し、一人と一台は発進した。
基本的には人の操作に従い、AI制御の介入で最適な運転をするセミ・マニュアルモードで、偽装の駆動音を響かせて神戸の町を軽快に走るその最中、イクセスは無線で十路に話しかける。
【どういう風の吹き回しですか?】
「主語を抜かすな」
【トージが自分からジュリを送るとは思いませんでしたから、どういう風の吹き回しかと。それにさっき、帰りに迎えに来させると言っても、反論もありませんでしたし】
「木次は遠慮するから。問答に時間を使うより、俺がとっとと動いた方が早いだけのこと」
【結局は面倒だから、そうしただけのことですか……】
トラブルご免を自称し、あまり積極性を見せない十路には珍しい行動だと、イクセスは思ったのだろう。呆れた行動理由に納得する彼女はため息が、ヘルメットに内蔵された無線機から十路の耳に届く。
「それがどうかしたのか?」
【いえ。なんとなくですが、トージはなにかとジュリを気にかけてるように思っただけです】
「そうか?」
【えぇ。ジュリを相手にする時と、他の面々の時、ちょっと違いますよ】
「なんやかんやで世話になってるのは考えるけど、差をつけてるつもりはないけどな……」
そんな話をしつつ学校に戻る道中で、スラックスのポケットで携帯電話が震えた。
十路は神戸市の中心部・三宮駅近くの路肩に停車し、ヘルメットを脱ぎ、急いで電話に出た。
「どうしました、部長?」
『今どこか出てますの?』
疑問に疑問を返してきたのは、コゼットだった。やって来た部室が無人なだけでなく、オートバイもないために、彼女は不審に思って連絡したのだろう。
「木次が実家に呼び出されたから、送り届けたところです」
『ってことは、木次さんの手を借りれませんか……』
話しながら考えるようなコゼットの声に、十路は電話をかけてきた用事を察する。
「部活ですか?」
『えぇ……一応緊急の部活ではあるものの、用事のある木次さんを呼び出すほどでもねーっつーか、ちょっと微妙な内容なんですけど』
「?」
歯切れも要領も悪いコゼットの回答に疑問を抱いたが、十路が口にするより早く、彼女が一連の説明を続ける。
『依頼されたのは、どっかのアホな第一公女殿下の捜索ですわよ』
「まさか、クロエ王女のことですか?」
『前の部活後に公国に帰りましたけど、外交関係の仕事でまた来日したらしいのですわ』
「はぁ……」
『ですけどホテルから脱走して、書置きを残して、新幹線で神戸に向かったらしくて』
「はぁ……」
『あの女がなに考えてるか知りませんけど、一国の王女がひとりで出歩いてるとなると問題ですし、連れ戻さないとなりませんの。しかし大事にするのも問題ですし、わたくしたちになんらかのアクションがある可能性が高いですから、それで支援部に依頼が来たのですわ』
「はぁ……」
気の抜けた返事ばかりする十路に、コゼットは苛立ったのだろう。電話越しの声に刺々しさが乗った。
『面倒なのはわかりますけど、警察と外務省が関係する、即応部隊としての活動ですわよ? ちったぁ気合入れて話を聞いてくれません?』
「いや、そうじゃなくて……俺が説明するより、直接話した方が早いと思いますから、電話替わりますね?」
『ハ? 替わるって、誰とですの?』
十路は気が抜けているのではなく、話を聞きながら困惑していただけだった。
コゼットと話している最中に近づき、にこやかな笑顔で手を振り、オートバイに跨る十路の気を引こうとしている人物がいた。
麦わら帽子と色の薄いサングラスで半分隠れているが、コゼットとよく似た泣き黒子が印象的な顔立ちは、見間違うはずはない。カジュアルボトムにサマーセーターという普通の格好をした、旅行中の外国人といった風の、その女性。
「いま目の前に、クロエ王女がいるんですよ……」
『…………ハァァァァッ!?』
理解に時間が必要だったのだろう。沈黙の後に発せられたコゼットの大声に、十路は顔をしかめて携帯電話を離して、そのまま目の前の人物に差し出した。
するとクロエは受け取って、耳もつけずにボタンを押して、通話だけでなく電源まで切った。ただ電話を切っただけではリダイヤルされるからだろう。
「部長を無視して、後でなに言われても知りませんよ……?」
「いいんザマスよ。それにコゼットに怒鳴られたところで、どーってことないザマスし」
顔だけでない。その奇妙すぎる日本語も忘れるはずもない。
正真正銘、ワールブルグ公国第一公女クロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェが、なぜか十路の目の前にいた。
「それで、クロエ王女……? なんでここにいるんですか……?」
詳しい経緯を改めて訊く必要はない。やる気なさげに首筋をなで、無視もできないので仕方なさそうに十路が問うと。
「貴方に会いに来ちゃった♪」
クロエはブリっ子めいた仕草で身をよじった。
「…………」
「なにかリアクション欲しいザマス!?」
御歳二三歳の年甲斐もない王女殿下のおふざけに、十路は白けた一瞥を返しただけだった。公の場ならば相応に敬意を見せないと問題だが、東京のホテルから脱走した貴腐人に街角で媚を売られて、態度を変える必要性を全く感じなかったので。
あと、そのアクションは誰かを連想するので、彼女を相手にするように冷淡な反応をしたくなる。昔、その誰かさんは王女姉妹の家庭教師だったらしいので、悪い影響を受けまくったのかもしれない。
「なにしに神戸に来たか、とっとと話してもらえません?」
だから十路は目に力を入れて、重ねて冷たく問う。普段は昼寝ばかりで人畜無害でも、いざとなれば熊も噛み殺す野良犬の戦意を垣間見せた。
しかしクロエは、常人なら恐れを抱く視線を、平然と受け止める。
「先ほど言った通りですよ、ムッシュ・ツツミ。貴方に会いに来ました。ここでお会いできたのは偶然ですけど、丁度よろしかったです」
それどころから口調を一変させて、傲岸不遜な獅子の笑みを返し、王女としての気品と自信に溢れる真の顔を見せた。
「また部長にちょっかい出すために、今度は俺から始末しようってことですか?」
「それは前回の一件で懲りてますから、そんな気概はありません。国としても、わたくし個人としても」
話しながら十路は、オートバイのボディを軽く叩き、クロエに気取られぬよう、立てた人差し指で円を描く。手信号でイクセスに、周囲の警戒を指示した。つい先日、間接的に戦った敵と再会したのだ。これがなにかの策だと考え、警戒するのが当然だった。
しかしイクセスは、インストルメンタル・ディスプレイに小さく『未確認』と表示する。センサーで確認できる範囲に敵はいない――正確には、関係者だと判別できる人物は、確認できないと示している。
巧妙に隠れているか、索敵距離外から狙っている可能性は、充分にあるということだ。
「ロジェは連れていません。わたくし一人ですよ」
十路の警戒がわかったのか、クロエは王女らしい、気品ある余裕の表情で笑う。
そして当たり前のように、オートバイの後部横に提げたヘルメットを手にする。
「信用できないのであれば、わたくしと一緒に行動しましょう」
「……そうですね」
クロエの意図が奈辺にあるか不明だった。
しかし十路はオートバイに目を向け、イクセスと意思を疎通し、提案を呑んだ。クロエがなにか企んでいたとしても、一緒に行動するならば、人質に取っているのと同義であるし、オートバイに乗って移動すれば追跡をあぶり出せる。
それに保護と呼ぶべきか捕獲と呼ぶべきか、捜索と身柄確保で依頼が出されている相手を、放置するわけにもいかない。
【私は他の部員のように、優しくありませんから】
イクセスが固い声を出す。クロエの前でしゃべったことがあるので、オートバイが《使い魔》であることは知られているし、交通量が多くざわめいている町の中心部では、逆に人の耳を気にする必要もない。
【不審な動きをすれば、王女だろうと実力行使することに、躊躇する気ありません】
「どうぞ、ご随意に」
イクセスは、コゼットに突っかかるような言い方が多い。
しかし余裕の笑顔で返すクロエには、妹とは違う手ごたえのなさを感じたのだろう。偽装されたスピーカーから、小さく舌打ちするような音が発せられた。




