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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
現代社会の《魔法使い》
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010_0500 現代を生きる《魔法使い》Ⅴ~総合生活支援部~


「お茶するなら、わたしの分もお願いねー」

「あ、お疲れ様でーす」


 続けて部室に来たのは、サマースーツを着た、服を変えればまだ学生で通用しそうなショートヘアの女性だった。


「は~……会議ちかれた~」


 ソファにどっかり座り込む彼女の童顔は、引き締めていれば美人の部類に入るかもしれない。しかしだらけた今は如何(いかん)ともしがたい。


「今日はちゃんと仕事してましたのね」

「毎日してるよ!? これでも社会人だよ!? 学校の最高責任者なんだよ!?」


 冷淡なコゼットに食ってかかる女性は、長久手(ながくて)つばめという。二九歳にして学校法人全体を運営する理事の代表であり、十路たちが参加する部活動の顧問でもある。


「あーそだ。みんな揃ってることだし、連絡事項を伝えておくね」

「あの、理事長? 部外者がいますわよ?」


 紅茶を淹れてるナージャと、本棚を物色している和真を指し示し、コゼットは注意するが。


「どーぞどーぞお構いなく」

「俺たちは隅っこで大人しくしとくんで」


 部外者たちは動こうとしない。図太いと言うべきか、自分勝手と評するべきか。


「聞くな出てけっつってんですわよ。ウチの部はいろいろ特殊ですし、守秘義務があるんだっつーの」

「いーじゃない、いーじゃない」


 ふたりを追い出そうとするコゼットに、つばめはヒラヒラと手を振って、なにも考えていなさそうな声に止めてしまう。


「コゼットちゃん。あんまり細かいこと気にしてたら、そのうち小ジワ増えるよ?」

「……ッ」


 王女と一般市民なんて社会的差はなんのその。こめかみをピクリと震わせるコゼット。この場唯一の大学生二〇歳お肌の曲り角の始まり。


「ア゛……? 男が寄りつかないほどエーカゲンよりは、マシっつーもんじゃありません?」

「ぐはぁっ!?」


 理事長と学生なんて社会的差はなんのその。仮想の矢が貫いた胸を押さえて崩れるつばめ。ひとり寝が寂しい夜がある独身恋人なし三〇歳手前。


「部員ズ! 顧問が部長にいじめられてる!」

「そうですね。それで?」

「トージくん冷たい!」

「や~……つばめ先生が悪いかと思いますけど?」

「ジュリちゃんも冷たい!」


 この場においても校内においても、最高責任者であるはずなのに、つばめは無責任でいい加減な言動が目立つ。そのため部員たちは今ひとつこの顧問を信用できず、態度が素っ気ない。


「それで理事長。和真とナージャが同席してもいいなら、そんな大げさな話をするワケじゃないんですね?」

「ん。まぁね」


 ナージャが淹れた紅茶が前に置かれたので、それを一口すすってから、念を入れた十路に返してつばめは口を開く。


「――まずは、昨夜(ゆうべ)はご苦労様。大変だったみたいだけど」

「そうでしたね」

「えぇ……」


 十路とコゼットの視線が樹里に向かった。


「どうして私を見るんですかぁ!?」


 言葉とは裏腹に、その視線に込められた意味を読み取り、樹里は既に涙目になっている。


「昨日大変なことをした張本人だろ」

「修理がメタクソ大変でしたわよ……」

「あぅ~……威嚇(いかく)だったのにぃ……」


 十路は昨夜の記憶を引っ張り出し、『あれが威嚇? まともに命中すれば感電死確実だろ?』と疑問に思う。


 樹里が昨夜(もち)いた《魔法》の雷は、周辺を電気的に破壊した。夜遅くだからまだよかったようなものだが、それでも数字にすれば数千万円相当の被害を出した。

 そしてその修理を、コゼットがやはり《魔法》で行った。


 その始末に駆けまわっていた間、都市部で強力な電流を扱う危険性を叩き込むために、樹里は正座で反省させられていた。

 十路は思い出す。路肩にパトカーが駐車し、警察が慌しくしているすぐ横で、アスファルトに正座する樹里の姿は、痛々しく情けなかった。


「《魔法》の雷なのに、なんで物理法則に従うんでしょうね……」


 その時の痛みを思い出したか、樹里の瞳からコントラストが消えている。『ゲームじゃそうじゃないですか。避雷針とか伝導率とか関係ないのに。水辺で使ったら都合よく感電したりしなかったりするのに』などとブツブツ呟く。


 そんな彼女の様子に、これ以上非難したら泣くとでも思ったのか、コゼットが話を変える。


「そもそも理事長? いくら県警からとはいえ、あの程度の要請でしたら、受けないでもらえません?」

「多分そんなこと考えてるんじゃないかと思って、言っておきたかったの」


 真面目なコゼットの言葉に、つばめがティーカップから顔を上げる。見せた表情は存外に真剣なものだった。

 こういう真剣な顔がまた引っかかるからこそ、部員たちはこの顧問がいまひとつ信用できない――というより、警戒心を(もた)げさせる。

 長久手つばめという女性の実態は、策略家だ。普段のエーカゲンな言動も、油断を(うなが)すものとも思えてしまう。特に――


「別にいいんじゃない? 《魔法使い》が街を守るヒーローやっても」


 この、悪魔を連想する笑顔だ。邪悪など微塵も表さず、何かを隠し、人を(たぶら)かし、事を進めようと裏がある。


「《魔法使い(キミたち)》は常人ではできない能力を持っている。だからそういう事に使うのは、別に不思議ではないと思うし、実際にお偉いさんの間でそういう意見はあって、昨日の緊急招集になったって経緯もあるんだよ」


 特異で強力な能力を持つ者たちが、世界の平和のために敵と戦う。映画などではお馴染のシチュエーションで、幼い頃には誰もが持っていた英雄願望だろう。

 そしてこの場の《魔法使い》たちは、やろうと思えばそんな存在に本当になることができる。しかし。


「アホくさ」


 コゼットは白けた顔で切り捨てる。


「お断りですね」


 十路はいつもの無表情で冷たく言い置く。


「や~……それはどうかと」


 復活した樹里は、曖昧(あいまい)な笑顔で否定する。


 そんな英雄願望を持つほど、彼らは子供ではなく、現実を知っている。


「ここでの俺たちは、学生なんでしょう? だとすれば警察の代わりをするのは、お門違いですよ」


 犯罪者を捕まえる役割は、既に職業として確立している。そしてそれは学生生活と両立できるバイト感覚でできるほど、生半可なものではない。

 しかし十路が言っているのは、《魔法使い》の立場からであって、そういう意味とは少し異なる。


「《魔法》は出現してたった三〇年の技術です。そんなものを普通の社会に放り込んでどうなるか、実験しなくてもわかるでしょう?」


 《魔法》は常人にはできないことを可能にするもの。だからこそ、安易に使ってはならないと。


 政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。

 企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。

 軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。

 《魔法使い》とは、社会的な影響力がありすぎる異物で、しかも秘密裏の存在ではないことが、大きな問題なのだ。


 例えば映画のスーパーヒーローのような存在が、現実に現れたらどうなるか? 市民は全員歓迎し、街は平和になるか?

 答えはNOだろう。

 まず、警察は世間から不要扱いされるだろう。それで職務が滞るようになれば、全ての治安維持をそのスーパーヒーローが行えないなら、治安は結果悪くなる。


 だから《魔法》を社会に安易に持ち込むと、過去にもあった技術革新の弊害が起こりかねないのだ。パソコンの普及が犯罪を複雑にしたように。化学分野の大工場が建設されて公害が起こったように。採掘用に発明されたダイナマイトが戦争に使われたように。


 そして《魔法使い》と常人が共に、手を取り合って暮らしているような、フィクション作品ほど現実は甘くない。常人の秩序を乱す者でしかない。


 その証拠に、『ソーサラー』という通称で呼ばれている。

 賢者である魔術師(ウィザード)ではなく、()み嫌われる邪術士(ソーサラー)と。


「まー、そうなんだけどね」


 部員たちの否定がわかっていたかのように、つばめの邪悪な笑みを消し、ごく自然な微笑に向ける。


「やっぱり『魔法』っていうファンタジーは、誰もが知ってるありふれたもの――いや、そう思い込んでるものだからね。だから現実にそれっぽいものあると、空想しちゃうんじゃないのかな?」


 現実に生きる《魔法使い》からすると、一般人が思う『魔法使い』像と比較されるのは迷惑とばかりに、十路とコゼットは顔をしかめ、樹里は困ったように眉根を寄せる。


「だから研究都市である神戸で、普通の人と《魔法》の関わりの検証実験という名目で、特例としてキミたちはこの学校で生活している」


 《魔法使い》は育成校で勉強させられるように、普通の生活を送れる人種ではない。

 しかしこの場の三人は、ある条件と引き換えに普通の学生生活を送っている。


「例外を受けるためには、果たさなけばならない義務がある。だから『あの程度』でも蹴るのが難しいんだよ」


 その条件とは、()()()()()()()社会実験チームへの参加。有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し、事態の解決を図る。

 そう説明すると、随分お堅い組織のように思えるが、校内ではもっと単純に認識されている。


 総合生活支援部。

 誰かの願いを叶えるための、《魔法使い》たちの部活動。


「警察にしたら不本意だったと思うよー? 大の大人ができないことを、学生の若造が簡単に片付けちゃうんだからね?」

「昨日の件は、面子にこだわってられねー緊急事態っつーことですわね……」


 昨夜の過去に、コゼットがため息をつく。


「なんかあったら現場で軋轢(あつれき)生みそうで、ヤなんですけど……」


 未来の予想で、十路もため息をつく。


「だけどそれを含めての、私たちの活動ですからね……」


 現在を(うれ)いて、樹里もため息をつく。


 彼らがこの部活動に参加する経緯には、それぞれ相応の理由がある。

 しかし、それは互いに詳しくは知らない。


 例えば、王女という立場を持つコゼットが、なぜ日本の学校に留学しているのか。

 例えば、『出来損ない』を自称する十路が、なぜ参加しているのか。

 例えば、《魔法使い》であるはずの樹里が、なぜ《魔法》に関しては素人臭いのか。


 そんな謎があるが、暗黙の了解として互いに訊かない。全員の事情を知っているのは、顧問であるつばめだけだろう。ナージャや和真も、この件については好奇心を発揮しないから、部外者であっても出入りをさほど(とが)められていない。


 《魔法使い》は本来、国家に管理される人種であり、特殊な学校に集められて、専門の教育を受ける。なのに彼らはこんな場所で、普通に生活することが許されるのだから、よほど特殊な事情がなければ不可能だろう。

 だから訊かない。訊いてはならない。


「まー、こうなるのは予想できたから、わたしも要請を引き受けて、キミたちにお願いしたんだけどね」


 安心させるような、逆に不安にさせる策略家めいた邪悪な笑顔で、部員たちに顧問は告げる。


「どういう意味ですか?」

「たかが交通違反で停電が起こったから、安直に《魔法使い》を運用するべきじゃないって、お偉いさんも理解したみたい。今後はよっぽどの事がない限り、呼び出し食らうことはないと思うよ?」


――交通違反であの被害か?

――強盗とか捕まえさせたら、町が消滅するんじゃないか?


 言葉は違えど、きっとそんな評価だったに違いない。

 コゼットと十路は、樹里に向けてサムズアップする。


「木次さんがキレたお陰で、当分は静かに生活できそうですわね」

「木次。意図しない破壊、グッジョブ」

「うわーん……褒められてるのに全然嬉しくないぃ……」


 ちなみに、別に後輩をいじめているわけではない。


「顧問からの話はいじょー。そんな具合だけど、緊急連絡が入ったらいけないから、ケータイは常に持ってるように」

「了解」

「了解ですわ」

「はぁい……」


 部会が終わったのを見計らい、それまで黙ってマンガを読んでいたナージャが、音を立てて本を閉じる。


「さぁ! お話も終わったようですし、今日もバトりましょうか!」

「応よ!」


 つばめがどこからか、携帯・据え置きハイブリッドゲーム機を取り出して突き出す。今までも大して真面目ではなかったが、より一層顧問らしくない態度だった。


「今日も負けませんよ!」

「ぬははははは! ディスクシステムの頃からやっていたのだ! 小娘とは年季が違う!」

「ほえ? ディスクシステムってなんです?」

「そこから!?」

「あー……これはジェネレーションギャップでしょうか?」

「また年齢差を感じる嫌な言葉を……!」


 熱くなり始めた。

 また、部室隅のOAデスクでも。


「高遠さん。いつの間にかパソコンいじってますけど、いつ空きます?」

「インストール終わるまで、結構かかるけど……もしかして使うつもりっスか?」

「えぇ――って、部室のパソコンにエロゲー入れんな!?」

「お姫様……男の情念(パトス)を理解してませんな」

「やるなら自分の部屋でやれっつってますのよ。なに堂々と変態を披露してますの」

「日本のHENTAI文化ナメんな!」

「貴方個人をナメてますのよ!」


 初回特典のアレな原画集を開く和真を、コゼットはチェス盤でブン殴ろうとしていた。


 騒がしくなった部室内を十路は眺め、イクセスと樹里に改めて問う。


「これが《魔法使い》の部活動……?」

【言葉の響きからすると、らしくないですが】

「や、もう、そこツッコまないでください……」


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