090_0100 考えなければならないことが多すぎるⅢ ~ナーバス・サーカス危機一髪~
「さて。顧問いませんけど、部会しますわよ」
いつもならばお茶汲み係はナージャだが負傷したこともあり、樹里が代行してお茶を配り、座った部員たちが舌を湿らせたところで、コゼットが部長らしく口火を切った。南十星の足元でエサをもらったイノシシがくつろいでいるのは、もう誰もツッコまない。
「確実にそこそこめんどい話と、不確定ですけど当たればクソめんどい話、ふたつありますけど、どちらから話しましょうか?」
ひとつは十路にも心当たりある。きっと後者だろう。
「なら、『クソめんどい話』を先にお願いします」
『そこそこめんどい話』がなにかと首を傾げるが、『クソめんどい話』を方針だけでも決めておかないと、そちらも片付けることができない。
他の部員たちも異論はない様子なので、コゼットは意を汲んで、端的に現状を説明した。
「えー……わかってるとは思いますけど、現在支援部は絶賛ピンチ中と言えますわ。いやピンチ前?」
『先のことを考えると』と頭につくが、悪化する以外想定できないため、現状説明としてもあまり変わらない。
コゼットがトートバッグを漁り、オートバイに寄りかかる十路へファイルを投げてきた。
なにかと思って受け取り開くと、見覚えある文章が並んでいる。
「マニュアル作ったの堤さんですから、貴方が説明してくださいな」
「そんなご大層なものじゃないですけど……作った時点じゃ、対ゾンビ制圧マニュアル並みの代物だったんですから」
先日の部活に際し、十路が作った覚え書きだった。今後支援部に陥る事態をある程度パターン化して予測し、思いつく対処方法のあらましを書いただけだ。具体性はかなり欠けていて、なにかの役に立つのか、十路自身が首をひねる。
だが、目安もなにもないよりはマシだろうと思ったから、彼はこの文章を作った。
先の戦闘で死を覚悟していたから。彼が支援部に入ることになった経緯を考えれば、死んで想定される事態が起きた際に存在しなかったとしても、『役割』は果たせるだろうと考えて。
十路は恐々と、ファイルで顔を隠しながら樹里を確かめる。
彼女はソファに座り、何部も印刷していたらしいコゼットから同じファイルを受け取り、目を通してるだけだ。
言うなれば、この覚え書きは遺書だった。
十路の独り善がりや自己犠牲的行動に激怒する彼女だ。それを知られたら、怒られそうな気がしてならない。
ただ怒られるだけならいい。自衛官時代に怒鳴られ慣れている。けれども樹里の怒りは、不気味なほど静かだったり、泣きながらだったりと、とにかく効くから警戒してしまう。
「堤先輩?」
「いや、なんでもない」
樹里に視線を気づかれてしまったので、なんでもないふりをする。が。
「そういえばこの覚書。先輩と義兄さんが戦った次の日に、全員にメール添付で送られてきましたけど……タイミング変すぎやしませんかねー……?」
「……………………」
死んでも渡せるよう時差配信設定にして、生きて戻れたら解除するつもりだったが、死にかけて色々あったので設定解除し忘れて、そのまま配信されて今に至る。
遺書代わりだったのを察している様子だから、十路は後ろめたさと恐怖で樹里の顔を見れない。冷たい声が既にコワい。なんかコワい目向けてそう。誤魔化すためにも説明を始める。
「あー……まぁ、この間の一件で俺たちは、また有名になったわけだ。悪い意味で」
野依崎が手にしていたタブレット端末を見せてくる。夕方の情報番組が特集を組んで、それを放送していた。
『現在と、当時の姿をご覧ください。このように様変わりしています』
まず崩落一歩手前な明石海峡大橋の空撮映像。そしてあちこちが破壊された淡路島を大阪湾の上からズームで撮影し、お茶の間に放送した過去のニュース映像だ。
市街地は阪神淡路大震災から復興されずに放棄されているため、最新映像と比較して、どう変貌したかを伝えている。極めつけには誰が見ても異常と知れる、半欠けになった淡路島の中心・先山の姿だ。
『昨夜の政府発表では調査中とのことで、現在のところなにが起こったのかは判明しておりません』
そして、視聴者提供やら動画サイトから引用の、事件当夜の映像も編集されて流れる。
交戦を思わせる――それも銃火器類とは異なる、不自然な発光現象が淡路島の影を浮かび上がらせる、神戸市の海岸から撮影されたもの。
明石海峡大橋上でも似た発光現状が起こったため、撮影者はスマホを構えたのだろう。暗がりの中に建つ巨橋の中で、なにかが高速で移動して激突し、夜空を塗りつぶすほどの放電現象が起こる。そしていつ登場したのか、巨大四足獣のシルエットが暴れて、姿を消す。
夜空を貫く《塔》周辺で、やはり何かが高速で移動する。片やミサイルと思われるものを発射し、片やそれを雷が迎撃する。かと思いきや、夜空全体が網目のように雷光で覆われ、最終戦争のような光景が出来上がる。
そして淡路島中心部から、斜めに傾ぐ巨大な光の柱が生まれて夜空に伸びる。それは凄まじいエネルギーの固まりだと証明するように、先山を削り取って溶解して灼熱した断面を曝す。間を置いて凄まじい突風が海を隔てた神戸市にも届き、撮影者を慌てさせて映像が揺れる。
『また、この事態に対し、《魔法使い》が所属する学校・修交館学院にも当番組から問い合わせを行いましたが、いまだ公式の回答はありません』
神戸市から直線距離で五〇キロほどしか離れていない場所で、戦略攻撃レベルの術式を何発も使った、史上最強の生体万能戦略兵器 《魔法使い》の姿を一般人にも垣間見せた。
これまで支援部は、神戸市内でも度々交戦しているが、ここまでハッキリと人間兵器の真髄を衆目に曝していない。
五〇キロなど隣町の距離だ。生活圏間近でマンガじみた超人バトルを繰り広げたのだ。平和ボケと言われる日本人でも危機感を抱く。
しかもこれまでの戦闘には、支援部にはお題目があった。外国の武装勢力に攻撃されたため、正当防衛で交戦を行ったと、政府と修交館学院が公式に発表している。しかし今回はなにも公表していない。
「俺がなにしたか詳しく公表したら、決闘罪違反は免れんしなぁ……」
「それで済むと思ってる兄貴すげー」
バスケットシューズを脱ぎ、ストーブの側で寝転がるイノシシを足置きにする南十星に言われ、十路は首筋を撫でながら改めて考えた。
内乱罪の適応。条文には『国の統治機構を破壊し』と付くが、無人島内なのでそんな施設は存在しない。離れ小島でも吹き飛ばして排他的経済水域を狭めたなら適応されるかもしれないが、瀬戸内海のド真ん中でそんなこと起こりようがない。放射線レベルは一時高まったかもしれないが、原発事故とはまるで違うので、海を隔てた周辺住民の避難が必要ということもなかろう。
建造物等損壊罪。器物損壊罪。激発物破裂罪。非現住建造物等放火罪。建造物は盛大に吹っ飛ばしているが、火薬やボイラーの破裂ではないし、無人島内なので公共の危険も発生しない。
破壊活動防止法の適応。字面からすると『暴力主義的破壊活動』に抵触しそうだが、前述の行為をいずれもしていないので、やはり適応は難しいのではなかろうか。
殺人や傷害。戦った誰もが生きているし、《魔法》で治療しているので刑法としては立証しようがない。民法上で争うにも証拠がない以上かなり怪しいだろう。
引っかかるとすれば、刑法二編第二七章『傷害の罪』の特別罪、決闘罪に関する件。簡易的な六法全書だと記されていない、一〇〇年以上前に制定された古い法律だ。決闘を申し立てたり、応じた時点で罪が成立する。しかも実際に戦ったのだから、二年以上五年以下の懲役刑に科せられる。
「……済むだろ? あと銃関連も引っかかるな」
「《魔法》に関しての法律はまだまだ未整備なんですから、それ基準にすなっつーの」
人は法を基準にして社会生活を営むものだと思うが、コゼットのツッコミにこれ以上返しはしない。十路もそこはちゃんと理解はしている。『ならなぜボケるのか』といったツッコミもないので改めてスルーする必要もない。
「まぁ、公表しなくても、俺たちの仕業だってのは丸わかり。世間の危機感も当然だけどな」
力を有する者が、個人的感情で振るう。誰しもが恐怖し警戒する事態だ。
普通ならば度の過ぎた行為は犯罪として定義され、力の行使には制限を受ける。だから日本国内では銃火器を携帯できるのは、訓練を積んで許可を得た人間にしか認められていない。
だが完全に縛ることはできない。刑法二六章一九九条に『人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する』と定義されていても、国内で年間数百件の殺人事件が起きている。
それが、考えるだけで核兵器級の破壊力を行使する人間兵器相手となれば、『もしも』を考え畏怖するのが普通だ。
支援部員は可能な限りそうならないよう、ごく普通の学生として振舞っていたが、こうして《魔法》を行使した痕跡を見せて、危機感を煽られれば、見る目も変ってくるだろう。
「各人、学校内でなにか変化は?」
部員たちは顔を見合わせる。大きな変化は今のところないようだ。
あくまでも、今のところは。
「ならやっぱ、今後考えられるのは、Aパターンか」
最も考えられる可能性として、覚え書きの中で真っ先に書いた内容のページをめくる。
『敵』が動くとすれば、軍事心理戦を仕掛けてくる。やはり一番の目的は、支援部員に悪評を抱かせることだろう。『敵』が動かずとも、自然とそうなりそうな雰囲気がある。
「プロパガンダの対策はあるんです? マニュアルは大筋だけで、対抗策とかあんまり書いてないですけど」
どちらかというと元特殊作戦要員よりも元非合法諜報員の分野ではないかとも思うが、質問には答える。いや肩をすくめる。
「ない。いつも通り普通に生活するだけ。反応するのは、俺たちを快く思っていない連中の思うツボだ」
「やっぱりそうなりますよね~」
一応で訊いただけらしい。やはり元非合法諜報員の専門分野だった。
「でだ。基本方針は無視で行くしかないが……情報収集だけは頼みたい。具体的な戦力移動とか」
「既に掴んでるであります」
用心で情報担当の諜報員とハッカーに頼んだのだが、野依崎は服の内側からケーブルを引き出して、タブレット端末に接続した。
画面に映し出されたのは、まとめ記事だった。ネット上で閲覧できるものではなく、野依崎が方々から得た情報をまとめたものだろう。記事引用と掲示板の引用が同居してたりと、結構無秩序だ。
「どういう経緯か今年の観艦式には、外国の艦艇がかなり参加するみたいであります」
「あ~……確かに引っかかるな」
参加する艦の一覧を見れば、陸自出身で海上自衛隊とは無縁だったとはいえ、十路もその怪しさを理解できる。
だが元軍属コンビの理解を、説明なしで未経験者に求めるのは酷だろう。代表してコゼットが手を上げる。
「まず、観艦式について説明お願いしますわ。字面からなんとなく想像できますけど、内陸国出身にはイマイチピンと来ねーんで」
「海軍の軍事パレードですよ。海上自衛隊だと、大体三年に一度、十一月一日の自衛隊記念日前後に、艦艇が何十隻も相模湾を走ります」
「それに外国の軍艦が参加することは?」
「あるにはありますけど、やっぱ軍事パレードですから、国内の士気高揚とか示威行為の意味が強いですし、記念行事って呼べる時くらいですかね。国家樹立とか軍の創設ウン十周年記念の時、親善交流って名目で国外の艦艇も招待します」
「なんでもねー時に、急遽参加なんつーのはありえねーと」
「おまけに普通は一、二隻ですけど、今回どこの国も二隻以上派遣してます」
ナージャも言われるまでもなく情報収集していたらしい。カップを傾けながら口を挟む。
「しかも、今年のミリタリーワールドゲームズ、開催国日本ですよ?」
「またワケわからん行事が……軍隊って意外とイベント目白押しですの?」
「通称軍人オリンピック。大体四年ごとに開かれる、軍属のスポーツ選手が参加する国際競技大会です。まぁ、参加するのが軍人さんってだけで、あとは普通の競技大会ですけど」
オリンピックやアジア大会ほど大規模な国際大会ではないため、一般人の知名度はどうしても低い。
ミリタリーマニアが調べるとしても、野依崎が挙げる大会のほうがそれらしく、興味を惹くだろう。
「特殊部隊オリンピックや豪州射撃競技会、国際狙撃大会とは違って、警戒は不要でありますか?」
「それと比べれば持ち込まれる火力は少ないでしょうし、参加選手全員が戦闘要員とは限りませんけど、装備を渡せば戦える人材がいることに間違いはありません。なら警戒は必要でしょう?」
普通のオリンピックでも、実弾を使う射撃競技がある。ミリタリーワールドゲームズでは当然のように存在する。
部隊で参加するわけではないとはいえ、敵戦力なりうる人員が合法的に国内にいるのは、やはり警戒心が刺激される。
「要するに、わたくしたちの敵になりうる多国籍の軍事力が、合法的な手段で近く日本に集結する、と」
「えぇ」
「なら、自衛隊と在日米軍は?」
視線でコゼットの質問をパスすると、野依崎とナージャは軽く肩をすくめた。
「オープンな情報では、先ほどの観艦式がらみもあると思うでありますが、横須賀ベースの艦艇が平時と比べて出入り激しいであります。クローズな情報では第三海兵遠征軍第三海兵師団の人員が、一部沖縄から本州に移動しようとしているみたいであります」
「直接ルートがなくても情報拾えるくらい、自衛隊もゴタついてるみたいです。特に札幌、あと習志野と相浦ですね」
「マジか……」
海兵隊とは上陸作戦を行い、海外の敵地に殴り込む専門部隊だ。装備も充実し、兵士たちも精強ぞろいでなければ、役割をこなせない。中でもアメリカ海兵隊が世界最強と称されているのは、軍事の素人でも聞いたことあるだろう。
自衛隊駐屯地でその地名が出てくれば、団本部が置かれている第一空挺団と特殊作戦群、水陸機動団を連想する。自衛隊特殊部隊と、日本版海兵隊と呼ばれる部隊を。
日本国内にいる、最強の人類と呼んでも過言ではない者たちが、そろって緊張感を持っている。只事ではない。
「他はなんとなーくわかるけど、なしてサッポロ?」
「北部方面隊の機甲部隊だろう。札幌駐屯地に方面総監部がある。最近は状況変わって九州にも配備されてるけど、陸戦兵器は対ロシアを想定して北海道に優先配備されてる」
「それだと怪獣が出た時、戦車とか殺獣光線車とか使えなくね?」
「鉄道会社が頑張って運んで……いや? TOHO自衛隊の技術力なら、すんごい輸送機もあるだろ?」
「ユソーキどころか、謎の戦闘機っぽいので運ぶ。たった二機でメカ●ジラまで」
「積載量すげぇ。北海道の全戦力、一機で一度に運べるんじゃないか?」
南十星と語るのはシン・怪獣王版の、現実に即した自衛隊は忘れ去った内容だが、それはさておき十路は考える。
ナージャと野依崎が収集能力を持つとはいえ、割合簡単に情報を拾えていることから考えて、特殊部隊内はまだしも、現場の一般隊員まで支援部との戦闘を認知している可能性は低いと見る。大規模な演習かなにかと周知されているだろう。
機甲部隊まで移動の兆しを見せているとなると、これまでのような暗闘に収まらない、本格的な戦闘を視野に入れていると見るしかない。
(支援部に対する用心なのか……それとも俺たちの意向に関係なく、仕掛けてくるつもりなのか……現状だと判断難しいし、下手に突けばヤブヘビになるから、やっぱり用心しながら様子見するしかないか)
「あのー……」
首筋を撫でながら十路は考えていたが、樹里がおずおず挙手したから手も視線も止める。
「《魔法使い》に対抗するために、特殊部隊とはいえ通常の軍事戦力が行動するのが、なんというか……」
《魔法使い》の相手は《魔法使い》にしか務まらない。それが常識だから、言いよどむ樹里のモニョモニョした気持ちもわからなくない。
「《魔法使い》だって弾中れば普通に死ぬし、軍隊が出てくるのは当たり前なんだが……今回は政治というか軍事心理学的な理由が一番だと思う」
だがその常識を打ち破った《騎士》ではなくとも、それをやる理由があると、十路は例を上げる。
「プロの格闘家が街中で、『ホントに強いのか』とかって素人に絡まれるとしたら、どうしてだと思う?」
「そういうのって大体、誰か一緒でお酒入って箍が外れた時って聞きますけど?」
「現実には調子乗った酔っ払いだろうけど、ここは仮定として、ヤのつく自由業の方々が素面で意図的に絡んだとでもしてくれ」
「や~……格闘家さんの選手生命を終わらせる、でしょうか? 手出しさせれば大事にしてライセンス剥奪、事件沙汰を嫌って手出ししなければ殴る蹴るの暴行を、って感じで」
「ま、そんなところだろ。俺たちの場合も同じだ」
支援部はプロどころか民間で、ヤのつく自由業役さんはもっとプロフェッショナルでより物騒だが。
「支援部員を物理的には当然、社会的にも抹殺したいヤツがいるってことだ」
チンピラなら世間に対する悪評など気にする必要もなかろうが、軍隊が活動するには国際的な『正義』が必要だ。
最初はイチャモンでも構わない。多少あやふやな理由でも手出ししてきて、正当防衛のつもりで支援部が対抗すれば、相手の『正義』が確固たるものになり、支援部を攻撃する正統な理由になる。
「……それってさ? 今に始まったことじゃなくね? やること今までと同じじゃ?」
南十星が鼻の頭をポリポリかく。
「まぁ……そうとも言えなくもない、というか、まぁそうなんだろうな。怪しい部分は多々あるけど、俺たちは基本、既存の法律遵守で戦ってるのは事実だし」
これまでの支援部の戦闘行為は、法律を無視したとしても、正当防衛や緊急避難、非常時だから仕方ないと言い訳できる範囲で逸脱したか、世間に真相を隠せる形だった。
ルールを守る格闘家になぞらえることは、辛うじて可能な範囲だろう。
支援部の、普段の活動は、警察・消防・自衛隊への協力であるため、問題になることはない。
コゼットの『暗黙の了解』で戦った時は、帰国しようとする彼女を一時的に誘拐したわけだが、その後欧州陸軍連合戦闘団の自走砲や戦闘ヘリが市街地で発砲したため、正当防衛だ。しかも公的には映画撮影の事故として片付けられている。
南十星の『暗黙の了解』で戦った時は、自衛隊――ひいては日本政府から仕掛けてきたケンカだ。多いに一般市民を巻き込んだが、最初に巻き込んだのは自衛隊側であり、しかもフォローまでしているのだから、大阪湾を盛大に凍結させたが批難される謂れはない。世間的には対テロ作戦となっているのだし。
ナージャの『暗黙の了解』で戦った時は、可能な限り一般市民に隠し、巻き込まぬようにした上で、ロシア特殊部隊を撃退した。
野依崎の『暗黙の了解』で戦った時は、神戸市丸ごと巻き込まれるのが決定的だったから、市内各機関と協力して市民を守り、元凶たる敵戦闘艦を紀伊水道周辺で轟沈させた。
支援部から手出しはしていない。攻撃か侵犯を確認してから攻撃を行っている。使う武器は法律上の定義からすると兵器として曖昧な《魔法》か即席の武器だ。銃火器を使う場合は、衆目から隠してわからぬように使ってきた。
なにより支援部員はもちろん、一般市民にも相対した敵にも死者を出していない。
警察官が正当な理由と手順で発砲してもニュースになり、国民を守る軍事組織が国民から批難される国だ。科学力と腕力と暴力で片付けたことに対する批難は避けられないとしても、反論はできるし、感情ではなく理論で判断する人間から理解も得られると踏んでいる。
「そのヘンな言い方、なんなん?」
「改めて考えて、俺たちよく生きてるな、と。そんな制限だらけでギャンブル要素満載の作戦ばっかりだったから」
支援部の戦いはいつも不確定要素ばかりで、選択肢の決断には多大な勇気が常に必要だった。その賭けに勝ったから、今があるのは間違いない。
だが、勝率を上げる外的要因が存在したのではないかと思う不審がある。
別に南十星に隠すつもりではない。ふと考え、今更気にしても仕方ないから話さないだけだ。野性の勘を発揮したか知らないが、彼女の態度に嘘を感じた様子はない。
(…………いや。ちゃんと確かめたほうがいいのか? 機会があればって程度だけど)
ともあれ、今ここで話すようなことでもないため、頭の片隅に追いやって別の忠告をする。
「俺たちが今まで、グレーゾーンでも突っ込みどころ少ない戦い方してるからこそ、痺れを切らせるだろう。今までは俺たちが失敗ってたら、社会的に抹殺されるだけで済んだ……かもしれんけど、今後それじゃ済まない事態になるのは確実だ」
そして、また樹里が機嫌悪くなりそうだと思いつつも、言っておかなければならないから追加した。
「だから各員、身の振り方を考えておくこと。事が起こってから怖気づくようなら、さっさと支援部を退部して、人里離れたどこかで隠れて生活するのをオススメする」
忠告したが、誰も返事しない。
コゼットは小指を突っ込み耳ほじってる。南十星は靴下の爪先でイノシシをウリウリしている。ナージャは長い髪の尻尾を振り回している。野依崎は脳内デイトレードでもしているのか《魔法回路》が乗った瞳で虚空を見つめている。
そして樹里は、胡乱げな目で十路を見返し、ふと逸らして首を振りながらため息を吐く。
『今更なにを』とか『なんかホザいてますね』なんて心の声が聞こえる気がする。樹里は『またこの人は独り善がりなことを……』といったところか。全員その時が来ても戦う覚悟を持っているようだった。
こうなる予感はしていたが、やはり彼女たちを戦わせたくない十路は、深々とため息を吐いてしまう。怪しいとはいえ、戦闘はまだ仮定の段階だから、これ以上の反対は口にはしないが。




