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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の新たな日常
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085_0130【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅩⅣ~フォスター・マザー~

●フォスター・マザー(foster mother)


 乳母犬。

 自分で生んではいない子犬を育てる雌犬。

 広義にはイヌ以外の動物でも呼ぶ。


 すっかり夜になった時間、学生のいなくなった修交館学院の一号棟・理事長室にて。 


「いや~。よくやってくれたよ」

「「…………」」


 仕事(ぶかつ)を終え、大阪から神戸に帰った十路・樹里・ナージャの三人は、ほがらかなつばめにジト目を向けた。まだマンションに帰ってない彼女に報告するために、わざわざ夜の学院まで登校しないとならなかったので、既に軽くイラっとしてるというのに。


「よくもまぁ、またハメてくれましたね……」

「十路くんと木次さんも参加するとわかっていれば、もーちょっとスムーズに事を運べたと思うんですけどねー」


 十路とナージャのぼやきにも、つばめは微笑を崩さない。


「『世界の歌姫』のライブ、関係者席からガッツリ見れたでしょう?」

「見てるわけないでしょう。一番の危険要素は片付けましたけど、契約はマイリー・シチュワートが日本にいる間の安全確保なんですから、仕事してましたよ」

「追加でわたしもボディガードやることになりましたし」


 マイリー・シチュワートを連れて京セラドーム大阪に戻っても、まだライブ開演までは時間があったので、世間的には騒ぎにならずに会場入りできた。

 内部的にも大きな混乱はなかった。事態を知らないからか、警備責任者(ロビー)が上手いこと話したのか樹里は知らないが、スタッフたちは『世界の歌姫』マイリー・シチュワートを支えるための仕事をした。


 ライブ開演前に事件現場で後始末した十路たちも合流し、無事仕事をやり終え、今がある。


「で? 平日なのにこんな時間まで部活してきましたけど、明日公休もらえるんですか?」

「ただでさえ授業が潰れてるのに、更にってのは許可できないかな。自主休校なら止めないけど」

「世知辛いですねー」


 ともあれ、これで部活は終わった。報告書や《魔法》使用時のレポートは、空き時間や帰りの列車内で作ったので、USBメモリーごと提出するだけ。


 まだ仕事が残っているらしいつばめを置き、三人は学院を出て、通学路の坂道を下る。


「だから夜の部活は嫌いなんですよぉぉぉぉっ!!」

「あ゛ーも゛ー……」


 明かりの少ない道中、暗所恐怖症持ち(ナージャ)(すが)りつかれてウンザリしながら、十路は引きずって歩く。


 その姿を後ろから眺めつつ、樹里は少し遅れて追う。


(今回の部活、堤先輩が私を外そうしたの、間違いなかったなぁ……)


 少なくとも表面的には普段と変わらない十路やナージャのような 『プロ』とは違い、樹里の気持ちはささくれ立っている。


(まぁ、マイリーさんの身は守れたし、ちゃんとライブで歌ったわけだから、支援部の部活(しごと)的には成功だろうけど……)


 ライブが終われば、世界的アーティスト、マイリー・シチュワートは早々に、関西国際空港からアメリカへチャーター機で帰っていった。それを見届けて樹里たちも部活終了となったわけだが。


 騒動ひとつなく。何事も問題なく。ワガママひとつ言わず。普通ならそれが当たり前だろうが、マイリーの場合は異常なのではなかろうか。


 今回のことでお騒がせ娘も、なにかしら思うことがあったのか。

 そこは一介の学生には、確かめようもない。


 そうこうしているうちにマンションに着き、三人でエレベーターに乗り込む。すぐに降りて二階一号室の二重ロックを解除し、靴を脱ぐ。


 十路は脱いだジャケットと空間制御コンテナ(アイテムボックス)を放ると、大阪駅で夜食として買って来た肉まんを温め直す。蒸篭(せいろ)ではなくレンジを使う場合、カップや茶碗などに水を入れて(ふた)をするように置き、ラップは緩くかけるのがコツ。

 その間に樹里はキッチンで、ノンカフェインで夜飲んでも睡眠を妨げない玄米茶を淹れる。

 ナージャはその間、脱ぎ捨てられたジャケットをハンガーにかけ、クローゼットに収める。


 そして三人ともローテーブルに着き、モソモソ飲み食いする。

 全て食べ終えたタイミングで、十路が遅ればせながら問う。


「……で? なんでふたりとも、俺の部屋でくつろぐ?」

「ふぇ? あれ? なんとなく……?」


 疲れて頭が働いていなかったせいで、樹里は不自然さを自然に受け入れてしまっていた。


「大阪のソウルフード、551蓬莱(ほうらい)の豚まん食べるために決まってるじゃないですか」


 ナージャには別途理由があったらしい。チルドタイプ六個入りの箱詰めを買ってきたので、食べたければそうなる。でも十路が買ったものなのだが。

 ちなみに肉=牛肉のイメージが強い関西圏では、『肉まん』ではなくあえて『豚まん』と呼ぶ文化がある。


「まぁいいけど……」


 使った食器をシンクに放り込むと、十路は服を脱ぎ始める。だが女性陣はノーリアクションだ。ただでさえ疲れている上、(たくま)しい彼女たちではその程度、黄色い悲鳴を上げるなんてリアクションは期待できない。


「俺、寝るから……朝早かったし、明日もあるし……」


 Tシャツ・ボクサーパンツの下着姿になった十路は、風呂も入らず歯も磨かずベッドに潜り込む。


「わたしなんてもっと朝早かったですしー……」


 ナージャも追従する。長い髪をヘアピンでひとまとめにして、カーディガンだけ脱ぎ捨てて学生服のままゴソゴソと十路の隣に潜り込む。


 ボンヤリ眺めていた樹里は、遅れて起動する。


「……って! ナージャ先輩!? なにやってんですか!?」

「いやもう、自分の部屋まで帰るの面倒くさいから、ここで寝ようかなーと――ぐへっ!?」


 ナージャが蹴り出されて床に転がる。無言なところに十路の不機嫌さが表れている。

 でも彼女はめげない。


「抱き心地抜群のナージャさん(ちく)夫人! いかがですか!?」

「ロシア人……日本人でも竹夫人がなにか知らん……」

「竹とか(とう)の抱き枕です。普通の抱き枕と違って中が空洞なので通気性バツグン、涼しく寝られるそうです」

「なら真逆だろうが……抱き枕にするには、ナージャは暑苦しいんだよ……」

「ぶ~ぶ~! 今回の部活、わたし頑張りましたよ? もーちょっと(いた)わってくれてもよくないです?」

「暗所恐怖症なのに色々ご苦労さん……でも文句は受けつけないって言ったろ……」


 ぶちゃいく顔で不満を訴えるも、十路はシーツを被って無視する構えだ。


 日本人が考える『美人』とは異なる顔立ちだが、ナージャも美人であることは事実だ。白金髪に紫瞳と超レアで神秘的な特徴も兼ね備える。しかも人懐こさを発揮し男女問わず友人が多く敵意も上手くいなす。あと脅威のFカップ。樹里にとってはここ大事。

 明らかに好意を向けているそんな人物を素気無(すげな)くあしらえる十路は、ある意味スゴイと思ってしまう。

 いやまぁ馴れ馴れしい女性は、男性からも嫌われること多いが。十路だけには平気でベタベタ触わるし。だからウザがってる可能性は高い。しかも気安い態度が、内気で自信ない本性を守る鎧だと知っていれば、多少ぞんざいでも構わないと考えるのも当然と言えなくもない。

 

 ともあれ同衾は諦めたか。ナージャはカーディガンを拾う。


「よし。十路くんの使用済みパンツでももらって帰りましょうか」

「なにに使う気だ!?」


 さすがに十路が飛び起きたが、既にナージャは洗濯カゴからパンツを奪取し、『ひゃっほ~い♪』と振り回しながら部屋を後にした。

 唖然というかドン引きしつつも止めても遅いため、十路は仕方なさそうに再びシーツを被る。明日ナージャがどういう目に遭うのかは樹里にはわからない。


 十路は完全に寝入るモードに入ってしまったので、樹里は小さく息を吐いて、部屋の照明を落とす。


「……………………………………………………」


 でもすぐに自分の部屋には帰らない。可視光増幅している暗視視界で、ベッドの小山を眺める。


 今回の部活でも、十路はいつもの十路だった。


 やる気なさげで、無関心で、ぶっきらぼうで、理屈屋で。

 彼を知らなければ、冷たい態度に敵意を抱く。

 だけど結局は、誰よりも気を回し、誰よりも優しくて、誰よりも頼りになる。


 傷つくだけ傷ついて癒しを求めていない、誰からも賞賛されない影のヒーロー。

 ベッドで丸まっている当人に訊けば、否定するに違いないが、樹里にはその姿は物悲しく見える。


 忌避されるかもしれなくても、多少なりとも慰めになれば。


(…………よし)


 樹里は学生服を脱ぎ、その場に落とす。衣擦れの音が静かな室内に驚くほど大きく聞こえてしまう。感じる自身の心拍などそれ以上に。

 完全に背を向けてる上にこの暗闇なら、十路に見えているはずないが、下着まで脱ぐのは勇気がいる。いやイヌの変身する際、大阪駅の多目的トイレで経験していることなのだが。

 同様に、さすがに人間のままやる勇気はないから、イヌに変身する。


 前にも彼の寝床に潜り込んだ。毛布があったとはいえ、ろくなサバイバル経験のない樹里には、床に直寝は厳しかったから。

 その時も葛藤した。イヌの姿なのも同じ。

 でもその時とは違う不安と高揚で、大型犬(じゅり)はベッドに潜り込む。


(暑苦しいかな……?)


 短い夏毛だが毛皮には変わりない。ナージャのように蹴り落とされるかもしれない。恐々とゴソゴソと身を寄せ、投げ出された腕の中に入る。

 対する十路のリアクションはなかった。彼なら寝ていても体を触わられれば目覚めそうだが、なにもない。


 この程度なら受け入れてくれてると、考えていいのだろうか。


 人間のまま同じことしたら、果たして彼はどうするだろうか。

 それはちょっと怖くて考えたくない。


『えへ……』


 だから今は、ほんのわずかだけ彼に近づけたことを勿怪(もっけ)の幸いとして、野生味を感じる十路の匂いを感じながら、大型犬(じゅり)は瞼を閉じることにした。


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