080_0930 月曜どうでしょうⅣ~洞察力~
その日の放課後、支援部部室にて。
「ナージャ姉? なにしてんの?」
「新必殺技の練習です」
ホワイトボードに貼った的紙に、長い棒につけた小筆を振るうという謎の行為をしていたナージャは、南十星の登場に手を止めて振り返る。
紙には歪な線が何本も描かれている。ラクガキとも呼べない手慰みにしか見えない。
ナージャひとりだったから部室で練習していたが、たとえ仲間内でも詳しくは披露する気はないと、的紙を丸めてゴミ箱にシュート。
そして小棚から、グジェリ陶器のティーカップ、日本未進出のカフェチェーンのロゴが入ったモーニングカップ、耐熱ガラス製のティーポットを出し、お茶の用意を始める。
「もうひとつ隠し玉を思いついたんですけど……ナトセさんの協力が必要なんですよね」
複数ある紅茶のどれにしようか少し迷ったが、今日はなんとなくFORTNUM&MASONのアッサムに手を伸ばす。紅茶を趣味とするコゼット以外は細かな違いに頓着なく、コゼットも美味く淹れる限りは文句を言わないため、ナージャの気分で選ぶ。
「協力コンボ的な? 合成技的な?」
「いえ。強化的な?」
ストーブに乗っているヤカンで、熱湯は既に準備されている。しかも乾燥も防いでくれる。燃料補給が面倒だが、やはり石油ストーブ最強。こんな副次利用はエアコンやファンヒーターではできない。
「ゲームだと実用性ない合体必殺技じゃね? 回復技ならまだ出番あるけど、開発がムリヤリ入れたっぽいわざわざ使うほどじゃないビミョーなヤツ」
「リアルで考えたら、強化・弱化は馬鹿にできないですけど」
「なして?」
「魔力云々で一時的に、なんて再現は不可能だからです。防御力低下なら、酸かなにかで相手の装備をボロボロにするしかありません」
湯を注ぎ、ポットの中で茶葉が踊るのを確かめてから、調味料を準備する。南十星はスティックシュガーのみ、ナージャはジャムなので全部は不要だが、そのうち他の部員も来るだろうと、冷蔵庫に突っ込んでいる調味料ラックごと出す。
「というか、ナトセさんは隠し玉とか、そういうの用意してないんですか?」
「首チョンパ特攻も兄貴にゃ通用せんかったし、改善の余地アリ」
「まだ人間辞める気ですか」
「つーかさぁ、最近あたしの脳ミソっつーかOS? なにか起きてるっぽいんだよ」
「というと?」
「なんつーの? ほら、パソコンでダウンロードした時とかファイルいじった時とか、何パーセント終わったってバーが出てくるじゃん?」
「進捗状況のことですか?」
「《魔法使いの杖》と接続したら、システム画面の隅にそれが表示されんだよ」
「それ部長さんにでも相談したほうがよくないです?」
「いや、半分もいかずにほぼ止まってて、すぐどうこうって感じじゃないし、普通に《躯砲》使えるから、なんか困ってるわけじゃないけど」
ついでにお茶請けも。昨日湊川で買って冷蔵庫に放り込んでいた、大吉屋の人工衛星饅頭の箱を出す。実物を見て『どら焼き?』『平べったい大判焼きじゃん』と名前に拍子抜けするのは厳禁だ。和菓子でも餡子を使ったものなら紅茶にも合うので問題ない。
「ま。あたしのことはともかくさ。ナージャ姉が考えた隠し玉、どっかで試してみる?」
「すぐは無理ですけど、是非お願いしたいです」
更には甘いミルクティを好む野依崎用に牛乳パックと小鍋、それと焼き網を用意して、火の側から離れずとも済む準備は完了。ナージャはソファに座りこむ。
それぞれのカップにナージャが紅茶を注ぐと、なにも言わずとも南十星はストーブに焼き網をセットして、人工衛星饅頭を温め始める。
(さーて。どうしたもんですかねー……)
ストレートの紅茶を一口飲み、ナージャは保存瓶を開封する。
(十路くんと木次さんの間になにかあったみたいですけど……ナトセさんに教えて小姑発動って考えたら、話すの躊躇しちゃいますね……十路くんは拒否ってるみたいだからって安心したら、ナトセさんがトドメって線もありえますし……)
本当のロシアンティーは紅茶に混ぜない。ジャムをスプーンで舐め、『いずれわかることだろうが』と思いつつも話すべきか迷う。
「……ナージャ姉、なんかあった?」
「ほえ? なにがです?」
「いや、なんかあたしに話そうか迷ってる気がして」
野性の勘を持つ南十星では、大した時間稼ぎにならない。ポーカーフェイスに自信あるが、この少女にはあまり通用しない。
「いえ。十路くんが預かってたワンコ様はもう返したそうで、モフれなくて残念に思ってただけです」
とはいえ元非合法諜報員として、見破られたことは明かさない。プライドによる反感ではなく、日頃からこうしてブラフを掛けて撹乱するのも大事だから。それが他部員から『どうも信用ならない』『本音がわからない』と評される人物像を作っているが、生き方だから止めることはできない。
昼休憩の出来事だけでなく、十路は午後から授業をサボったことも、南十星には話さないことに自動的に決定した。
「あ゛~だりぃ……」
「…………」
遠慮なく王女の仮面を外したダレた顔のコゼットと、無表情で相変わらずなに考えているか不明の野依崎もやって来たから、隠してもバレる心配もなかろう。
「今日のお茶は?」
「フォートナムズのアッサムです」
「んじゃぁ今日はミルクティーでお願いしますわ」
「珍しいですね。フォーさんも同じでいいですね?」
「是」
注文を受けて小鍋で牛乳を火にかけ、茶葉を倍量入れたポットに熱湯を少量注ぐ。
ちなみにこの部室で『ミルクティー』とは、牛乳を加えた紅茶ではなく、温めた牛乳で紅茶を抽出するロイヤルミルクティーを指す。間違えたら理不尽な部長の鉄拳が唸る。
沸騰直前の牛乳をポットに入れて蒸らし、頃合を見て茶漉しを通して、マイセンのブルーオニオンとキャラものマグカップに注ぐ。前者はコゼットの前へ差し出し、後者は早速OAデスクに着く野依崎へと運ぶ。
「んで? フォーさん。今日の部活は?」
「いつもの寝ぼけた依頼を除外すると、部長向けが二件、ミス・ナージャ向きが一件、ミス・ナトセ名指しで一件でありますね」
小さな手が軽快にキーボードを叩くと、各人のスマートフォンが震える。各々饅頭を咥えたままスマフォをいじり、送られてきた依頼メールを確かめる。
「……フォーさん。これ、十路くんの案件じゃないです?」
ナージャに送られてきたのは、発動機同好会からの依頼だった。その名のとおり発動機を積んでるものならなんでも扱う、幅広い活動を行っている。
「依頼内容がパラモーター絡みだからでありますが? そんなイロモノなら、元陸自隊員よりも元諜報員に馴染みあるかと」
「いやぁ~……パラシュートでも数回ですし、パラグライダーなんてやったことないですけど。というか、あの同好会、今度はなにやるつもりなんでしょう……」
どこかで入手した小さなエンジンをインラインローラーにつけて、構内を爆走した事件はまだ記憶に新しい。似たような移動支援機器が市販されているから、楽勝かと思いきやとんでもない。ブレーキがないと事故前提の欠陥品だ。
紅茶を飲みつつ、依頼をどうしたものかとも考えつつ、今日もいつものような平和な一日で締めくくれると漠然と思っていたところに。
「お疲れー」
顧問と、午後から授業をサボっていた十路が、連れ立ってやって来た。
「部長。そういや確認し忘れてたんですけど、俺の《杖》、どうなりました?」
「もう出来てますけど? 予備部品で組み上げただけですし」
(あ。これ、なんかありますね)
会話にきな臭さを予感し、ナージャはティーカップを置いて姿勢を正した。




