020_1710 塔を出たラプンツェルはⅡ~errata_2~
安全面から乗り回すわけにもいかないので、十路は構内道路を《バーゲスト》を押して、のんびりと歩いていた。
ただしハンドルに添えた手は左だけ。右手は携帯電話を持って顔横にある。
『はろはろ~。元気してるかね~?』
「ここんとこ続けざまに電話してくるな……まだ起きてるのか?」
スピーカーから聞こえる南十星の気の抜けた声に、十路はため息をついた。彼女に言っても仕方ないのはわかっているのだが、今はあまり明るい雰囲気で話せる気分ではない。
『ほら、前に言ったじゃん? 明日そっちに行くことになったから、突撃する前に連絡しようと思ったんだけど……』
電話越しにも伝わったらしい。南十星の声が気遣わしげに、やや真剣になってトーンが落ちる。
『なんかあった?』
「ん……まぁ、な。前に話した部長の件で、ちょっとな」
『ケンカがまだ続いてる、ってワケじゃなさそうだね?』
「あぁ、《魔法使い》絡みの別件」
『ふーん』
家族とはいえ、部外者に詳細を語るわけにもいかない。簡略された答えになにを考えてたか、しばし南十星は沈黙する。
『……ね。そのぶちょーさんと話せる?』
「は? なとせが部長と?」
面識も交流もない相手となにを話すというのか。十路の眉が自然に寄る。
しかし南十星は思いつきで突拍子もない行動をするなど珍しくないので、その意味は深く考えない。当人も理解してるか怪しい。
なので十路は単純に、可能か不可能かだけを考えた。
「……部長が嫌がらなければ、できると思う。それと、今日は無理じゃないかって気がする」
『んじゃ、そっちの都合に合わせるから、話させて?』
「なに話す気だ?」
『そこは、女同士のハナシってヤツぅ?』
十路は思いっきり不安になる。女らしさを欠片も感じない南十星に『生物学的には同性でも共通の話題があるか?』と思ったのもあるが、一番の理由は考えなしで動くアホの子だから。
けれども天才型というか野性的というか。理屈も経緯もなにもかもすっ飛ばし、正解の結論に辿り着くことも珍しくない。これがあるから彼女の突拍子さは無碍にできない。声の調子からして、真面目な理由であることが察せられるという理由もある。
「とは言っても、部長が巻き込まれてるトラブルのことを、なにも知らない部外者のお前が話しても、怒らせるだけかもしれないぞ」
『…………………………………………』
不意に南十星が黙ったために、不自然な間が開いた。
「どうした?」
『あー、いや。なんでもない。うん。なんでもない』
「……お前、なに隠してる?」
それくらいは空気読めない十路にもわかる。
わかるが、タイミングが妙なため、それ以上はわからない。
例えば十路を経由することなく、コゼットのことを南十星が承知してて、それを隠しているなど考えにくい。彼女は飛行機が必要なほど離れて生活しているのだし、交流があるなら話すのに十路が仲介する要はない。
「まぁいいけど……」
大抵のことは過ぎるくらいに大らかな南十星だが、譲れないことは交渉の余地なく絶対に曲げない。隠した以上、問い質すのは時間の無駄だと判断して切り上げた。
オートバイがインストルメンタル・ディスプレイを点滅させ、なにかを伝えようとしているのもある。
「ゴタゴタしてるから、なとせが神戸来ても相手できないかもしれない」
『ん~……まぁ、一応は伝えた。あとはそん時ってことで』
「わかった。じゃぁな」
早口にそれだけ言って通話を切る。けれども携帯電話は仕舞わず、そのまま話す。
「イクセス。どうした?」
――いえ。コゼットがそこにいるのに、トージは気付かずそのまま通り過ぎそうでしたから。
まだ人が行き交う放課後の構内でバイクと会話すると、《使い魔》を知らない一般人からヤバいヤツ扱いされてしまう。イクセスも理解しているので、ディスプレイに文字を表示している。
GPSは一般人が思うほど高精度ではない。条件が悪ければ一〇〇メートルくらいズレる。
コゼットのスマホや空間制御コンテナから《使い魔》が追跡し、まだ構内にいるのは間違いないと判断できたが、大勢から特定人物を見つけられるほどではないから、十路はオートバイを引き連れて探していた。
一〇号館――図書館に併設されたカフェテラスに、コゼットの姿があった。図書館の入り口脇にオートバイを駐車し、ヘルメットを持って、さすがに夕方では人が少ない屋外飲食スペースに近づく。
彼女は肘を突いた両手で額を支え、俯いている。その前にあるノートパソコンには、イヤホンと、部室から持ち出したカードリーダーが接続されている。
SDカードの中身は音声か動画で、それを確かめたが故にコゼットは悄然としていると知れる。
「部長」
十路はぶっきらぼうに、ジェットタイプのヘルメットを、テーブルの上に置く。
「…………なんですのよ」
ノロノロとコゼットが顔を上げる。やはり他に人がいない場なので、王女の仮面を脱いだぶっきらぼうさだが、覇気はまるでない。
「気分転換に、ツーリングに誘いに来ました」
△▼△▼△▼△▼
表六甲ドライブウェイとは、神戸市内から六甲山へと登る玄関ルートだ。山頂付近まで一気に駆け上がるので、勾配はきつく、レース場もかくやというほど曲がりくねっている。
【あのSDカードになにが入ってたか、トージは気にならないのですか?】
その途中、ヘルメットのスピーカーからイクセスが語りかけてくる。
背後のコゼットが被るヘルメットにも無線機が組み込まれているが、あらかじめ訊かれないよう、予め文字でチャンネル変更が指示された。すれば普通の会話程度であれば、接触している至近距離でも聞かれる心配はない。
「なんとなく予想はついてる。クロエ王女の手出しがあるから微妙だけど、問答無用じゃない分、対応はずいぶん親切だと思う」
【……トージってドライですよね】
「否定はしないけど、今回に関しては、俺がとやかく言うのは違うだろ」
この調子ならば、イクセスもSDカードになにが入っていたか、予想しているのだろう。きっと十路と大差ない予想を。
【コゼットはどんな選択するか、トージは予想しているのですか?】
「一見そうは見えないけど、この人、事を荒立てるの嫌がるからな」
【よく理解してることで……そういう部分はコゼットもトージも一緒ですからね】
「違うな」
王女の仮面で問題を起こさないようするだけでなく、議論になりそうだったらぶった切って逃げるコゼット。
トラブルご免で平然と逃げ、逃れられない問題が起こりそうな要因は可能な限り事前に排除しようとする十路。
共に問題を起こさないことを念頭においている、という意味では一緒だ。
だが違う。
同じ猛獣でも、動物園で生まれ人の手で育ったものと、大自然を生き抜いてきたもの、果たして同じと呼べるだろうか。
「俺は部長ほど優しくもないし、聞き分けのいい人間じゃない」
△▼△▼△▼△▼
日が赤くなる頃には、六甲山標高八九〇メートルにある複合観光施設に着いた。
【それで? わざわざガーデンテラスまで来た意味は?】
「部長に気分転換って言ったの、聞こえなかったのか?」
【どう見ても、それどころじゃないですけど……】
彼女は神戸を一望する眺望デッキに佇んでいる。夕陽を受けて輝く金髪を風になびかせるその姿は絵になる。事実、幾人かの観光客が、彼女をカメラに収めている。マナー違反だとは思うが、当人と断定しにくい後ろ姿だけなので、文句は言いにくい。
異常なまでに儚い故の美を見せている。場所がもの寂しい断崖の上であったなら、自殺の心配をした誰かが声をかけるだろう。
観光施設は夕方五時くらいには閉鎖してしまうことが多いが、六甲山ガーデンテラスは違う。夜景は神戸の観光資源で、六甲山はそれを見るのに最適な場所だ。有料の望遠鏡を覗き込んだり、素焼きの皿を投げている人々がいる。
もっと人が少ない場所がよかったかもしれないが、コゼットの風情を見れば、少々人の目があるくらい丁度いいだろうと、十路は自分を納得させる。
「学校じゃ、部長を知ってる人間ばっかりだからな……仮面を外せやしないだろ」
駐車場のオートバイにそれだけ言って、英国調に整備された区画に十路も足を踏み入れる。
横に並ぶと神戸市街地に向けていた青色の瞳が、少しだけ十路を見た。けれどもすぐに前に向き直る。
特に言葉はかけない。六甲おみやげ館で購入した六甲山天然水サイダーで喉を潤し、コゼットがどうするのかと様子見する。
「……死ぬか、幽閉されるか、選べですって」
やがてポツリと桜色の唇が動いた。
「あの姉からなら、なに言われても涼しい顔できましたけど……さすがに実の両親から言われたら、効きましたわ……いずれこうなるって、わかってましたのに」
それで意を決したように、コゼットはスマートフォンを取り出した。
登録された番号ではないのか、しばらく操作を続けてから、彼女は耳につける。
なにやら丁寧な言葉があったと思える間を置いてから、コゼットは口を開く。
「電話の取次ぎをお願いします。ワールブルグ公国から来日し、スイートに宿泊している、クロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェ宛です。コゼットからとお伝えください」
相手は姉が宿泊しているホテルか。
沈黙がしばらく続いたが、やがて誰かが電話に出た気配が伝わる。
「えぇ……見ましたわ」
コゼットが素直に話し始めるということは、電話に出たのはクロエか、あるいはロジェか。事態を深く知っている人物に違いない。
「……国に帰りますわよ。早急に」
SDカードのメッセージが具体的にどのようなものか、十路が知るはずはないが、察せられてしまう。空気は読めなくても事情は読める。
コゼットは《魔法使い》として目立ちすぎた。宗教的文化的に《魔法》に対して微妙な感情を持つ国の王女としては、不名誉な方向性で。
遠く離れた島国でのことで、部員の情報が公開されているわけではないが、いずれ国許でも明らかになるのは時間の問題だ。
これまでどおりに日本で生活する我儘を通せば、実力行使が行われる。なにせ銃火器が持ち出され、街中で交戦した実績がある。しかもあれは警告程度で、次ともなれば戦火が拡大してもなんら不思議はない。
それを推してまで我を通す気概は、やはりコゼットにはなかった。交戦ともなれば、彼女ひとりの問題ではなくなる。
(予想どおりか……あー。イクセスが部長を嫌う理由、俺にもわかった)
無意識に舌打ちしてしまった。音と態度を誤魔化すために、十路はサイダーの瓶を呷る。
炭酸の刺激が一気に鼻に抜けた。




