070_1330 flakey ordinaryⅨ ~雷轟電転~
(…………何事?)
さすがに彼女たちは、そのまま力尽きるのはどうかと思っただろうのか。単に実習工場では多少でもマシな寝床がなかったからかもしれない。
だが夜通し作業していたことなど知らない樹里には、経緯が全く理解できない。
夕方近い支援部部室内には、屍が四つ転がっていた。ソファはコゼットと野依崎が占有し、南十星とナージャはコンクリの床にダンボールを敷いて転がっている。
(寝てるだけ……だよね? や。寝るにしても、これどうなんだろ……?)
毛布に包まったコゼットの側に服どころか下着まで脱ぎ散らかっていたり、修理したてと思われる強化服を半分脱いだ状態で野依崎が倒れていたり、立派な胸に南十星が『はまり込んで』ナージャがうなされていたりと、寝ていても支援部員の混沌ぶりが発揮されているだけだ。
(様子見に来ただけだったんだけど……)
いくら休校で人が来ない敷地隅とはいえ、誰が来るかもわからないのに、色気の欠片もないのに際どい寝姿を曝す部員たちに嘆息つく。
仕方ないので樹里は、半分だけ降りたシャッターをくぐってOAチェアを引っ張り出し、建物を背もたれにして座る。完全にシャッターを閉めることも、彼女たちを起こすのもどうかと思ったので、屋外で見張り番をやることにした。
(のんびりしてる場合じゃないってわかってるけど……)
ぼんやりと秋の空を見上げると、樹里の口から気の抜けた欠伸が漏れた。普段なら気にして隠すが、誰も見ていない今、遠慮なしに牙のような犬歯まる見せで大口を開ける。
ローファーを脱いで椅子の上で小さく三角座りし、膝に顎を乗せて丸まる姿は、子犬と評する以外にない。
(なんとかしなきゃいけないって、わかってるんだけどなぁ……)
ボンヤリ考えるのは、やはり家出&幽霊部員状態である現状のこと。
面倒や現実から逃げているだけなのは重々承知しているが、厳戒態勢を取らざるをえない今、考えなくてもいいと少しホッとしてしまっている。そんな考えはさすがにマズいと自己嫌悪する。
当面のこともなにも聞いていないので、なにを考えていいのかわからない。考えても結論が出ないことが頭の中をグルグル巡る。
そんな風にボンヤリしすぎたのもある。だがそれ以上に、いつもと違うエンジン音のため、音の接近が意味するところを気付くのが遅れた。
(……堤先輩!?)
休校状態の学院に、大排気量 (音だけ)のオートバイが接近してくれるなど、彼が戻ってきた以外に考えられない。
樹里はローファーと追加収納ケースを手に、人外の跳躍力を発揮して飛びあがり、部室の鋼板屋根に音もなく着地した。
(あ゛ー! 椅子ー!)
忘れ物に気付いてももう遅い。徐行運転でかなり落としたエンジン音は、視界内に入ってくる位置まで近づいている。
△▼△▼△▼△▼
部室前にオートバイを駐車した十路は、なぜ外に椅子が出ているのかと疑問に思った。
しかしそれよりも、なぜかプレハブ小屋の上を見ている悠亜が気になった。
「どうした?」
「……いえ。まぁ、気にしても仕方ないと言いますか」
カラスでもいたのだろうか。悠亜はさっさと半端なシャッターをくぐろうとしたので、気にしないことにした。
しかし彼女は中腰姿勢で固まり、続こうとした十路をハンドサインで押し留める。
その意味を理解する前に、彼女はその空手に《魔法回路》を浮かべて振ると、直後に部室内でなにか金属が跳ねる音がした。
何事もなく三秒が過ぎ、首を傾げた時、部室内から閃光と轟音が溢れた。
「~~~~~!? お、おま……!」
閃光手榴弾の爆発だった。防御姿勢を取っていなかったため、十路は耳を押さえてのたうち回ることになる。あまりにも大きな音はもはや激痛だ。遅ればせながら『やるな』とも『やる前になにか言え』とも文句つけることもできない。
部室の中でなにかが暴れるだけでなく、屋根の上でもなにか倒れる気配があったような気がしなくもないが、それどころではない。
樹里が隠れて盗み聞きしようとしていたなど知らないので、鋭敏聴覚で爆音を聞いてしまって悶絶しているとか、想像だにしない。
△▼△▼△▼△▼
「を~……ひでぇ目に遭った。目覚ましに閃光手榴弾とか、テメェマジか……」
「非常事態だというのに、なにのん気に寝こけてるんですか」
ちょっと着崩れた服で力なく座るコゼットを、悠亜が冷たく見下ろす。やはりこの一人と一台というかふたりは、過激なまでに遠慮も容赦もない。
ちなみに爆音は構内にいた警察・自衛隊関係者を呼び寄せてしまった。敵戦闘機が機銃でばら撒いた機関砲弾に不発の榴弾があったので、支援部員たちで爆破処理したことにした。榴弾とはいえ三〇ミリサイズで、あんなド派手な爆発音は発生しないと思うが、押し切った。
轟音のせいでいまだ顔をしかめているナージャが茶を淹れ、全員それぞれの位置に着席したところで、《コシュタバワー》に体重を預けて立つ十路が真面目に口火を切った。
「部長たちの作業、どうなりました?」
「《魔法使いの杖》の修理は完了してますわ。んで、それ以外の内職仕事なら――」
コゼットが振り返り、顎をしゃくる。
示された壁際には、長さ一メートル弱から五〇センチほどの『棒』が、一〇本以上も立てかけられていた。
「ナージャ? こんな何本も刀用意する必要あるのか?」
「義輝さんの真似とでも思いました?」
「……誰?」
「室町幕府第一三代将軍サマですよ!? 日本人なのに知らないんですか!?」
「ほとんどの日本人は初代と三代しか覚えてないんじゃないか?」
「せめて金閣寺の三代だけでなく、銀閣寺の八代も覚えましょうよ」
永禄の変など、高校レベルでは教科書に載っていないだろう。一五六五年、三好義継、三好長逸・三好政康・岩成友通の三好三人衆、松永久通らの軍勢によって、京都二条御所が襲撃された事件だ。
時の将軍・足利義輝はその際、周囲に予備の刀を何本も突き立て、切れ味が鈍ると交換し、兵を次々と斬り伏せて抵抗したという逸話がある。
ナージャもその真似をしようというのか。とはいえ彼女が振るうのは《魔法》の剣で、血脂で鈍り刃が欠けることはありえないはずだが。
「しかもこれ、とても日本刀とは呼べないですよ。刃物用鋼材の切り出し加工ですし」
『棒』の鞘は漆が塗られず白木のまま。鍔はいい加減な金属の板、柄など厚みを持たせるなにかを布切れで乱暴に巻いてあるだけ。反りもほぼないので、刃渡りの長いナイフと思うのが正確か。
それだと無理な使い方をするとすぐ折れるだろう。その見込みもあっての数だろうか。
「いや、まぁ、なにやる気か知らないけど……」
考えてみれば、ナージャの問題は得物とは別次元のところにある。
「斬れるのか?」
「斬ります」
睨み上げるように十路が問うと、朗らかさを消したナージャは、微妙にニュアンスの違う回答を返してきた。
可・不可と可能・不可能、更には不能は意味が違う。
期待した答えと見ていいのかどうか。しばし迷ったが、どうであれ結論は変わりないと、それ以上は問わない。
はしたなく音を立てて紅茶をすする南十星へ視線を移す。
「あたしはリヒトからもらった金属、ぶちょーにブンカツしてもらって終わり」
カップを置いた南十星は、自分の空間制御コンテナから、トンファーを挿している装備ベルトを取り出した。
作業用ベルト用のホルダーをいくつも追加して、そこに掌サイズに切り分けられた、リヒトから譲り受けた《Saber tooth》の刃部分が収まっている。
「メタクソ大変でしたわよ……」
高そうなティーカップを置いたコゼットが、深々とため息をついた。
「金属の板を小さく切る程度で?」
「ア゛? 使ってる合金が五種類主要な働きをする立方晶窒化ホウ素の板なんぞ板チョコみたくエネルギー通しただけで分割される機能素材化されててしかも一六層も積層させてんだぞ? あぁ見えて雑に扱ったら簡単に機能しなくなるマイクロファブリケーションの代物だぞ? しかも使うのがナトセさんだっつーの忘れんじゃねーぞ? 《躯砲》起動したら全身エネルギー帯びんだからそれ考えた処置もしなきゃなんねーんだぞ? テメェやってみろ?」
「わかってない人間がすみませんでした……」
内容は十路でもサッパリだったが、劇画タッチに描くのが相応しいコゼットの壮絶な顔と早口に、苦労は嫌でも理解できた。
「それで。そちらはどうだったのでありますか?」
ずっと黙ってキャラものマグカップで紅茶を飲んでいた野依崎が、ここで口を挟んできた。
「それでしたら、きっと今夜にでもヂェン・ヤリンたちは襲撃してくると思いますよ」
初めての紅茶をチビチビ舐めていた悠亜が、応じてあっけらかんと報告すると、部室内に沈黙が宿る。『は?』とか『なんでそんなことになってる?』とか『なにやりやがった?』みたいな心の声が雄弁に聞こえた気がした。
「……えぇと。作戦は思いつきましたの?」
そんな言葉を一番発しそうな性格だが、飲み込んでコゼットが部長らしい、時間が残されていないことを理解した問いを投げかけてくる。
「例によってギャンブル要素満載の不確定極まりない作戦ですけど、一応……気は進まないですけど、全員に動いてもらわないとどうしようもないです。あと今回も警察と自衛隊の協力が必須です」
十路が本棚から兵庫県の地図を取り出し、テーブルに広げると、全員が取り囲んで覗き込む。
「宝塚市を中心に戦力を配備して、敵を待ち受けます。その際に高射部隊を配備している周辺駐屯地、戦闘機を配備している基地……それと、防衛装備庁の協力が欲しいです」
「連中が通常のミサイルで墜ちると思えないでありますが?」
航空戦力運用に詳しい野依崎が異論を挟んできたが、十路は『最初から期待していない』と首を振る。
「トージはここを封鎖して、敵航空戦力をおびき寄せるつもりのようです。その際に利用するだけで、実質的な対抗戦力は私たちだけです」
脇から手が伸びる。北部から宝塚市に流れ込む武庫川の、大きく曲がった山間部を、悠亜が指差す。
「残り時間や制限を考慮した上ならば、トージの作戦はベストに近い選択と言えるでしょう」
△▼△▼△▼△▼
具体的な話し合いが終わり、部員たちがそれぞれ準備を開始し、無人になったのを確かめてから、樹里は部室の屋根から飛び下りた。
「はぁぁ……」
シャッターが下ろされ、スイッチボックスが施錠されているのを確かめて、ため息が漏らした。
己が必要とされていないのを目の当たりにすると、結構くるものがあった。
話し合いとは言っても、十路による提案に異論を挟むことなく他部員たちは役割分担して動くだけだ。やはり非常時に一番詳しいのは彼であるし、現代軍事の常識を覆す《魔法使い》相手の戦術などセオリーがない。実際のところ出たトコ勝負をするしかないので、十路の提案という指針に従う他ない。
その中で、樹里の名前は一切あがることはなかった。
そもそも樹里は《治癒術士》で、事後に真価を発揮する。準備段階では役目がなくてもなんら不思議はない。
とはいえ、なにもないと、やはり寂しい。既に存在しない人として扱われているように思えてしまう。
樹里が一方的に幽霊部員と化しておいて、気にかけてほしいなどと願うのは、間違っているとわかっていても。
自分が力を発揮してるなどとは微塵も思わないが、不在でも部活になんら不都合ないのを見てしまうと、それはそれで複雑な気持ちになる。
それに、なによりも。
(イクセスが人間なのがすごく複雑だよぅ……)
《使い魔》と《使い魔》乗りなのだから、互いを補完しあう関係なのは今更のこと。十路が整備しようとすると、イクセスがセクハラだと暴れる姿が印象深いが、なんのかんの言いつつもいいコンビであると樹里は思っている。
そしてイクセスが悠亜の体を借りているからといって、関係がなにか変わったわけではない。少なくとも傍で聞いていてそうは思わない。
見る側の問題でしかない。
《コシュタバワー》に十路と二人乗りする悠亜を見た時、ものすごい違和感を覚えた。部員ではない姉である意味でも、中身が跨っているはずのオートバイである意味でも、双方で。
彼女が部員たちに混じって茶を飲みながら会話しているのも。
部屋を貸して欲しいと言われた時にも湧き上がった悪感情がまた芽吹く。
なんだか人となったイクセスに、居場所を奪われたような感覚になる。
(う゛~……私、こんなイヤな子だったのかなぁ……? 自分が嫌いになりそう……)
ため息をついて、樹里は気分と考えを変える。簡単に結論が出るようなものではないのだから、今はこれ以上考えても仕方ない。
(とにかく……今回の部活、なんとかしないとな……)
幽霊部員している事実などないように、ノコノコ参加できる厚顔は持ち合わせていない。
だが《ヘミテオス》たちとの戦闘は、相当に厳しいものになると樹里も予想するし、部員たちも楽観は当然していない。
やはり《治癒術士》の力は必要になるだろう。無責任に投げ出すことなど考えられない。
(なにも覚えてなくても、私はやっぱり『麻美』の欠片なんだし……私がケリをつけないといけないこと、なんだろうなぁ)




