020_1420 手荒い歓迎Ⅵ~Replay attack~
右の貫手が喉に突き刺さった。
容赦ない急所への一撃をカウンターで受けて、のけ反って倒れた襲撃者は悶絶する。
予想とは違う展開に、十路は面食らう。
とても間に割って入れる距離ではなかった。だから振り降ろされた合金製の警棒に、ナージャは打たれるはずだった。
「あらら。すみません。いつも和真くんにやってるので、つい反射的に」
パーティ会場に雪崩れこんだ武装集団のひとりを、十八番の地獄突きで倒した後でも、彼女の態度はいつもと変わらない。キュウリをポリポリしてから、弁明のようなものを口にする。
「それにしても、こんなのでド突こうなんて、無粋な人たちですね?」
しかも、いつどうやって奪い取ったのか。襲撃者が持っていた警棒が、彼女の手に握られていた。
更に襲いかかってきた別の襲撃者の一撃を避けると、ナージャは逆に踏みこんで、それを振るう。相手の肩口、脇腹、腰、太腿、膝と。今は流しただけの長い白金髪をなびかせて、動きの軌跡を作り姿勢を低くし、最後に警棒で足首を払いながら立ち上がり、転倒させる。
「いや~。まさか通信教育で空手習ってたのが、こんなところで役に立つとは」
「通信教育……? しかも空手の……?」
あんな流れるような連撃は、空手のものとは思えない。少なくとも通信教育で得られる技術ではない。
ツッコミどころ満載だったが、彼女をかばう必要がなさそうなことに十路は安堵して、とりあえず無視する。他が忙しい。
「部長!」
クロークに預けていた空間制御コンテナを回収した樹里が、会場に戻ってきた。しかも交戦しながら。ミニ丈カクテルドレスにも構わずに、追いすがる襲撃者の横面を蹴り飛ばしながら、放り投げる。
放物線を描くアタッシェケースを受け取ると、コゼットは即座に取り出した装飾杖を構える。
「《サラマンダーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Salamander》! 《シルフおよび霊的媾合についての書/Sylph》!」
そして術式をふたつ同時に複数実行した。
壁際の襲撃者たちには、構えた突撃銃の表面を覆うように火妖精の《魔法回路》が。風妖精の《魔法回路》は全員の口元に発生した。
すぐさま熱力学制御により高温を与えられて、銃が飴のように曲がる。
その変化に襲撃者たちは、誰もリアクションできない。大気分子制御によって作られた、低酸素の空気を吸ってしまったから。人間は酸素濃度六パーセント以下の空気を、一度でも吸えば昏倒してしまう。
あっという間に襲撃者たちは無力化された。
闖入者たちの乱入に凍りついていた会場の空気は、解凍されて騒然となる。武装した者たちの乱入よりも、《魔法使い》の異能を目の当たりにしたために。
(変だな……?)
ざわめきを気にも留めず、十路は内心で首を傾げる。
特殊部隊だろうと強盗だろうと、普通ならば『動くな』と命令したり問答無用で発砲するなり、なにかアクションがあるだろう。
しかし突入してきた者たちは違った。それに警棒で襲いかかった勢力を、十路たちは迎撃したのに、銃を向けていた相手は反応しなかった。
「はいはーい、大丈夫ですよ皆さーん。もう心配はありませーん」
「落ち着いてください。不審者は気絶しましたので、もう大丈夫です」
ナージャが緊張感の欠片もないホンワカした声で。コゼットは毅然としながらも安心感を抱ける声で。場をなだめ始めたから、そちらは彼女たちに任せて、十路は倒れた襲撃者の身元を確かめる。
着ている服の素材、靴、そして装備ベルトは、しっかりしたものでレプリカ品とは思えない。
体格はかなりガッシリしており、鍛えられたものだ。
ゴーグルと覆面を引き剥がして出てきたのは、鼻が高くて彫りの深い、典型的な白色人種の顔立ちだ。
そこまではいい。問題は彼らの持っていた銃だった。
(STG-556……確か重さは三キロ超えてたはず……)
日本では『ステアーAUG』と称したほうが通りがいいだろうが、現在特許が失効になり、他メーカーがコピー製造しているアサルトライフルだ。機関部後方設置式の特徴的な形状で、加えて炭素繊維強化プラスチックのパーツを多用しているため、銃特有の重厚感や威圧感が薄い。
だから見た目はまだしも、持ってみて軽すぎることに、十路は首をひねる。弾倉を抜くと、ライフル弾が入る構造になっていない。
「それ、モデルガンですか?」
「《魔法》で溶かした時、予想より低いエネルギーで効果が出たから、変だと思ったのですけど……」
顔を上げると、同じように観察していた樹里とコゼットが、十路同様に得心できない表情をしていた。
(モデルガンで襲撃……? だけど警棒持って襲いかかってきた連中は本気だったぞ? どういうことだ?)
首筋に手をやり考えた十路は、ふたりに身振りで伝える。まずは唇の前に人差し指を立て、下を示し、耳をすませるように手をかざす。そして鉄棒を握るように両手を前に出し、右手をクイクイッと動かす。
下――地下駐車場の《バーゲスト》から、なにか連絡が入ってるかと訊いた。声を出さないよう指示したのは、会場の人間が注目している中、言葉に出すのはまずい話題と感じたから。
「……了解です」
樹里が意を汲んで、《魔法使いの杖》を取り出し、イクセスと《魔法》の無線を繋ぐ。
しばしの間を置いたAIとの会話のせいか、顔を引き締めた彼女は、手を動かし無言でその内容を伝えてくる。
下に敵。五人。拳銃で武装と。
そういうことに無縁そうな樹里が、軍隊でも使われる手信号を返したのを、十路は意外に思う。
「ハンドシグナルなんて、よく知ってるな?」
「や、お姉ちゃんに覚えさせられたんです」
樹里に姉がいるのも初耳で、それにしてもどんな姉だと思うが、今はどうでもいい情報なので放置して、視界の隅で十路は周囲を見渡した。
気づいたのは、護衛の立ち位置は先ほどまでと全く変わっておらず、王女のすぐ後ろに控えていること。
状況はなんとなく理解できた。
「部長。どうやら俺たち、誰かに試されたようですね? 強襲部隊が乱入してきて要人を守れるかって」
十路は不快げな顔を作り、立ち上がりながら聞こえよがしにコゼットに話しかける。
「誰の発案か知りませんけど、合格点もらえるんでしょうか?」
「……どうなのでしょう? 装備が手元になかったので、その分遅れましたし。守る対象が多すぎて、絞り込むのは難しいです」
会場の人々は、彼らの一挙一動に注目している。
不明な十路の意図に戸惑いを出さないように、コゼットはプリンセス・モードのままで話を合わせる。
「《魔法使い》なんて得体の知れない人種を警戒するのも、俺たちみたいな若造が役に立つかって危惧するのも、理解はできますけど……」
「けど、なんです?」
「こういうデモンストレーションに勝手に使われると、不愉快なんですよ」
そして十路はやさぐれたような態度を見せつつ、入り口へと踵を返す。
「帰りましょう。理事長の頼まれた部活は終わったでしょうし、俺たちがいたら騒ぎになるみたいですし、心配して『迎え』が来る前に帰らないと」
他の面々にも、十路の意図が伝わったようだった。
帰りはタクシーを使うよう、つばめに言われているため、迎えが来るはずはない。
「え~? ほとんど食べてないのに帰るんですかぁ?」
「ナージャ先輩! そんなのいいですから!」
「着替えの時間ってあります?」
「ありません!」
ナージャの背中を押して樹里が続き。
「Au revoir.(ごきげんよう)」
スカートをつまんだ優雅な一礼を残して、コゼットが最後に退出した。
△▼△▼△▼△▼
扉を閉じるバタンという音が、静寂に満ちていた会場に大きく響く。
そして一瞬の後、無秩序なざわめきが発生する。それは兵器としての《魔法》を初めて生で見た人々の畏怖。危険であるという意見、有用であるという意見、それを周囲の人々と話し合ってざわめく中。
「ふふっ……」
閉じられた扉を見つめ、人を見下したような倣岸な笑みを浮かべるクロエがいた。
そして彼女が小さく頷くと、側に控えていたロジェは、小さなマイクを取り出して、小さくなにかを呟いた。
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正装のまま四人はホテルの階段を駆け下りる。その途中、コゼットと十路が声を荒げてぶつけ合う。
「もうちょっと言葉選びなさいな! 騒ぎにしたくない意図はわかりますけど、あの言い方は無差別にケンカ売ってますわよ!」
「俺になに期待してんですか! しゃべくりは部長の役目でしょうが!」
「だったら説明してわたくしに任せろっつーの!」
「そんなヒマないってんだよ!」
傍から見ると結局まだ喧嘩を続けているのかとも思えるが、一応は状況をわきまえているらしい。ふたりはすぐに表情と内容と雰囲気を切り替えた。
「それよか堤さん。相手の予備戦力に間を与えずに、強行突破する気ですの?」
「無関係の民間人がいるんです。相手の狙いが俺たちなら、迎撃するにも逃げるにも、とっとと離れるべきです」
地下駐車場へ続く扉を開く前に、十路は立ち止まり、またも唇の前に人差し指を立てた。
そして樹里に手信号を送り、彼女も同様に返して、身振りで会話する。
(むっ……)
その様に、コゼットの心がささくれ立つ。
突入直前の特殊部隊と同じようなやりとりを、十路たちも行っていると予想できる。だが二人が無言で通じ合い、それをコゼットは理解できないのが、なぜか理由もなく面白くない。
(なにこんな時に変なこと考えてますのよ……)
思い直し、小さく頭を振って考えを捨てて。
「へ~。皆さんの部活って、こんな感じ――あいたっ!?」
相変わらず緊張感のないナージャの頭を、装飾杖でポコンと殴って黙らせる。
無言の打ち合わせが終わったらしい。十路は振り返り、視線で行動することを伝えてくる。
指を立ててカウントし、ゼロで勢いよく扉を開け放ち、隙間から樹里が長杖を構えて突入する。
「《雷撃》連続実行!」
すぐさま《魔法》の射出式スタンガンが乱射され、暗い地下駐車場を白紫色の光が一瞬照らす。イクセスの目が捉えた映像を受信しているので、突入直後でも相手を探す必要はなく、狙いは外さない。
目隠しがされたワンボックスカーの側に、五人の男が倒れた。その格好は戦闘服ではなく、作業着だった。拳銃と無線機がなければ、無関係の人間だと思うだろう。
「イクセス!」
十路の呼びかけに応じて、他の車の陰に隠れていたオートバイが、無人のままで駆け寄り、彼の前でターンを決めて停車した。
「二手に分かれる。木次はナージャを守って逃げろ。無線回線は開けたままにしておけ」
「了解っ」
普段の野良犬加減は鳴りを潜めた、毅然とした十路の指示に、樹里は《重力制御》を実行し、ナージャの腰を掴んで放り出した長杖に飛び乗る。
「うひゃっ!?」
「大人しくしててください!」
かなり強引にナージャを連れ去り、駐車場から飛び出していった。
「失礼っ」
「ちょっと!」
十路はコゼットのドレスのスカートをまとめあげて、有無を言わさず横抱きに抱え上げる。彼女をリアシートには乗せず、ハンドルを握る腕の輪の中に入れるようにして、自身もオートバイに跨る。
「どうしてこんな乗せ方ですのよ!?」
「スカート巻き込むからですよ!」
「つーか、わたくしも飛べる――きゃっ!」
これ以上の非難には耳を貸さないと急発進したため、前に横座りしたコゼットは、慣性に悲鳴を上げて十路の首にしがみついた。
△▼△▼△▼△▼
地上へのスロープを駆け抜けて、夜の街に飛び出してから、イクセスが風に負けない音量で話しかける。
【怪しげな連中がいたから、早めに警告したかったのですけど……無線機くらい持っててくださいよ】
「それは反省する……俺たちの立場を考えると、どこでも気を抜いちゃいけないな」
【過去形にするには、まだ早いみたいですよ?】
十路がサイドミラーに目をやると、別の場所で待機していたのか、大型バイク三台が猛スピードで接近してくるのが見えた。ライトの逆光でよく見えないが、乗っている者たちが身に着ているのは戦闘服ではない。フルフェイスヘルメットとライダースーツだから、通りすがりのライダーと思えなくもない。
しかし手にした短機関銃と思える物体が、予想を裏切ってくれる。
【この事態を想定してたから、コゼットを同乗させたのではないのですか?】
「あぁ、そーゆーことでしたのね……」
突出した一台が並走し、片手運転で十路たちに銃口を向けてきた。
殺意を向けられても顔色を変えることなく、十路はコゼットに指示を出す。
「防御を!」
「了解!」
応じて三次元物質形状制御術式《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》が実行されると、オートバイの真横に、高さ幅ともに一メートルほどの壁が隆起する。走行中なのですぐにその陰から出てしまうが、同じ《魔法》を連続実行することで、絶え間なく遮蔽物を作り、連射される弾丸を受け止め、すぐさま元の道路へと戻す。
そして連射が途切れた瞬間に、コゼットは術式のパラメータと座標を換えて、別の形で実行する。
「街中でブッ放すなボケ!」
相手の進路上のアスファルトが隆起し、高さ五〇センチほどの出っ張りが作られた。
そんな非常識かつ唐突な変化に対応できず、オートバイは衝突してつんのめり、乗っていた人間は車体から投げ出される。
【あまり派手なことしたら、後で面倒になるのでは?】
「あの程度なら死にゃしねーでしょうし、ごまかし効くでしょう!? つーか、文句はあっちに言え!」
イクセスとコゼットの会話に、十路は渋い顔をして、頭の中で整理する。
衆目のある街中で戦闘を行うのは、正体を暴露する可能性を高めるリスクがある。なのに相手はお構いなしに発砲してきた。だから警察が介入してくる前に、撤収の用意も万端なのだろうと予測される。
となると、一般人に被害が出た時、責任を押し付けられるのが、交戦している十路たち。
しかも正当防衛が成り立つ状況とはいえ、《魔法》を武器にしてるのを披露して目立つのは、部が社会実験チームであることを考えるとあまりよくない。実情がどうであれ、一般人に《魔法使い》が人間兵器だと印象づけてしまう。
(俺たちの立場、面倒くさっ……!)
ウンザリしながらも、面倒を最小で切り抜ける策を考え、彼は動く。
「目立たぬように、っと」
「ちょ、ちょっと……!」
十路はコゼットの頭を押さえつける。彼女は横座りしているタンク部分に、へばりつくような姿勢を取らされる。
「低くなって、振り落とされないようハンドル握ってください」
「なにやる気ですのよ!?」
「説明してるヒマないんで、掴まっててください」
【本気ですか……?】
彼は走るオートバイの上に立つ。不自然な姿勢で低くなったコゼットをまたいで、ハンドルポールに足を置き、タイミングを見計らってイクセスに指示を出す。
「飛ばせ!」
走りながら前輪を垂直まで跳ね上げ後輪走行すると、棹立ちした《バーゲスト》から、十路の体は後ろに撃ち出された。
タイミングを間違えれば自爆する、そんな荒業は予想もしなかっただろう。背中からの体当たりを、追跡者は正面から食らうことになった。追跡する大型バイクに十路が飛び乗ると同時に、ビリヤードのように乗っていた者は車体から押し出されて転がり落ちる。
十路は奪ったオートバイを操作して、残る最後の一台へと体当たりする勢いで近づき並走する。
相手は銃口を向けてきたが、腕を叩いて射線をそらす。続いて裏拳で放つが、銃を手放して反応してきた。
近すぎて逆に銃が当たらない格闘距離で、そのまま手離し運転で手技を応酬しあう。オートバイに跨ったままでは腰の入った打撃を放てないが、これで倒せると思っていないので十路は気にしない。
「前方不注意だ」
不意に十路がハンドルを動かし、間合いを開く。
平坦な声は風に流れて届かなかっただろうし、仮に聞こえたとしても日本語なので、外国人かもしれない相手が理解できたか不明だが、いずれにせよ追跡者が気付いた時には遅い。
派手な音と共に、路肩に駐車されていた乗用車に突っ込んだ。
△▼△▼△▼△▼
交通事故現場から離れて、追跡がないことを確認してから、十路は人気のない路肩にオートバイを駐車した。すると後続の《バーゲスト》も緩やかに減速して停まる。
「貴方、相変わらずムチャクチャですわね……」
装飾杖とアイテムボックスを抱えて、片手でハンドルを握っていたコゼットが、遅まきながら十路の離れ業に呆れる。
「《使い魔》乗りはあれくらいできて当然」
【《魔法》なしでやる豪傑は、トージだけだと思いますけど?】
顔があればジト目を向けているだろう、イクセスの言葉を聞き流し、十路はオートバイを降りる。誰の物とも知れないこの車体は、ここに乗り捨てる。
【ちなみにジュリたちは、追撃もなく安全に離脱したようです】
「飛んで逃げることを想定して、ヘリまで用意してるってことはなかったか……」
【これからどうするか、無線で訊いてますけど?】
「あー……そうだな。理事長と相談するから、待てって伝えてくれ」
荒事があったことを感じさせない無気力な態度で、十路はタキシードのスラックスから携帯電話を取り出す。
「部長。この襲撃、なにが目的だと思います?」
耳につけてコール音を聞く間、片手で蝶ネクタイを外しつつ、コゼットに問う。
「俺たちを狙ったものなのか。それとも俺たちの誰かを狙ったものなのか」
「……わかりませんわ」
言葉とは裏腹に、予感めいたものがあるのかもしれない。
コゼットは唇を噛み、両手で装飾杖を握り締めた。




